1583話
長剣を手にしたリュータスと護衛達の前に、兵士達が姿を現す。
もっとも、兵士達といっても装備品はそれぞれで違っており、統一された装備という訳ではない。
それでも、武器を手にしている者達を見れば兵士と呼ぶ以外にはないだろう。
(冒険者なら、取引も出来たのかもしれないけどな)
基本的に冒険者は、金を目当てに依頼を受けている。
ましてや、このレーブルリナ国の冒険者はミレアーナ王国の冒険者と比べて決して優れている訳ではない。
だからこそ、楽をして金を儲けることが出来るのであれば、少数の例外を除いて取引に応じる筈だった。
だが、今リュータスの前にいるのは、兵士だ。
(貴族の私兵……いや、違うな。これだけの人数がいるってことは、多分国軍か。その割に装備がそれぞれ違うけど。となると、非正規の任務で派遣してきたってことか)
せめてもの救いは、レーブルリナ国の兵士が周辺の国々に比べて弱いことだった。
もっとも、兵士が弱いからこそ……そして小国故にミレアーナ王国程に数を揃えることも出来ないからこそ、巨人という手段に飛びついたのだろうが。
また、レーブルリナ国の兵士が弱くても、リュータスはそれをどうにか出来るだけの力がある訳でもない。
今のリュータスに出来るのは、とにかく時間稼ぎだけだった。
洞窟の中に入っていった護衛が、なるべく早くレイ達と合流出来ることを祈りながら。
「おや、皆さん。このような場所にどうしたのですか?」
いつものように仮面を被り、リュータスは姿を現した兵士達に話し掛ける。
「兵士さん、こんな場所でどうしたんですか?」
そう親しげに声を掛けたリュータスだったが、その手に長剣を持っている以上、兵士達もそう簡単に警戒を解くような真似はしない。
「お前は?」
「私は……」
兵士の言葉にいつも使っている偽名を口にしようとしたリュータスだったが、それは途中で止められる。
何故なら、リュータスが話し掛けていた兵士の横にいる別の兵士が持っていた槍を構えた為だ。
「兵士さん、一体何故そんな……ああ、私が武器を持ってるからですね。安心して下さい……というのも変ですが、私はてっきり盗賊か何かが現れたと思って、こうして武装したんですよ。商人としては警戒する必要がありますので」
ジャーヤが支配しているメジョウゴの周辺に、その息の掛かっていない盗賊が姿を現すことは基本的にない。……もっとも、以前リュータスが囮をしていた時のような例外はいるのだろうが。
ジャーヤの存在が半ば公然の秘密である以上、当然リュータスの目の前にいる兵士達も、それは知っているだろう。
だが、兵士達がリュータスをただの商人だと思っていれば、もしかしたらその辺りの事情を知らず、多少なりとも時間稼ぎが出来るかもしれない。
勿論言葉だけで戦いを避けることは出来ないのは、リュータスにも分かっているので、あくまでも時間稼ぎが目的だった。
幸い、リュータスが最初に話し掛けた男は、その企みに乗ってくれそうだったのだが……隣の兵士は、生憎とそんなことに誤魔化されるようなことはなかった。
「忘れたのか? この森にいる奴は全員殺せって命令だ。例えそれがジャーヤの手の者ではなくてもな」
「いや、だが……見ろよ、こいつら。商人だって言ってるぜ?」
「あのな、商人だってのはあくまでもその男が言ってるだけだ。そもそも、商人だってんなら商品はどこにあるんだよ? 商品を持ってない商人なんざ、どこにいる?」
その言葉通り、リュータスの周囲に何らかの荷物は存在していない。
とてもではないが、それを見てリュータスを商人と呼ぶのは難しいだろう。
もっとも、それに対する反論は幾つもあった。
例えば、荷物は洞窟の内側に隠してある。……洞窟にジャーヤの人間や巨人がいるというのを目の前の兵士は知らない以上、それを誤魔化すのは不可能ではないだろう。
例えば、盗賊――この場合はジャーヤの兵士――に追われ、仲間と共に荷物を放り出して何とか逃げ切った。
例えば、新たに商品となる物を探す為にこの森に入った。
例えば、大事な取引を行う為の待ち合わせとしてこの洞窟の前にいた。
そのような、様々な理由が。
だが、リュータスが何と言おうか迷っている間に、周囲の森の中から何人もの兵士達が姿を現す。
この洞窟にいるのだろうジャーヤの者達を殺すのが目的である以上、森を囲んで逃げられないようにしてからこの洞窟を目指して兵士達がやってくるのは当然だろう。
(となると、メジョウゴとの間に繋がっている地下通路の方も押さえられているんだろうな)
リュータスがそんな風に考えている間に、ここに合流してきた兵士達は何をやってるんだ? といった視線をリュータスと話していた兵士達に向ける。
兵士達が受けた任務は、この森の中にいる者はもし子供や老人であっても全員の息の根を止めること。
だというのに、何故悠長に話しているのかと。
「おい」
その不満が口に出たのか、新たにやって来た兵士の一人が不機嫌そうに仲間に声を掛ける。
既にこの場にいる兵士の数は二十人近い。
それだけの兵士を前に、リュータスはどうにか時間稼ぎをしようと考え……
「若、もうこれ以上は無理です。若が話し掛けた兵士以外は、皆こちらを疑っています」
護衛の一人が口を殆ど動かさず、それでいてリュータスだけには聞こえるという特殊な喋り方で警告する。
もしレイが今の護衛を見れば……そして護衛が人形か何かを手にしていれば、『腹話術!?』と驚きの声を上げただろう。
ともあれ、護衛の忠告にリュータスは何とかまだ時間稼ぎをしようかと一瞬考えるが、今の状況でそのような真似をしていても、結局兵士の数が増えるだけだと諦める。
自分達には大量の敵を相手にどうにかするだけの力がない以上、敵の数は出来るだけ少ない方がいいと、そう判断し……
護衛の言葉に小さく頷き、そのまま一歩前に出る。
「いやいや、そんなに警戒しないで下さいよ。……ん? おや、ラルケーノさんじゃないですか。ラルケーノさんもお仕事ですか?」
と、リュータスは誰にともなく話し掛ける。
当然のように、兵士達の中にラルケーノという人物がいるのかどうかリュータスは分からない。
だが……突然そのように話し掛けられれば、兵士達も当然のように声を掛けられたと思しき者に視線を向けるのは当然だった。
誰だ? お前か? いや、違う。じゃあお前……
そんな風に、リュータスの言葉が誰に向けられたのかといったように大勢が自分の近くにいる者に視線を向ける。
もしここに実戦慣れをした騎士なり、より上位の兵士といった者がいれば、リュータスから視線を逸らした兵士達に向かって怒声を発しただろう。
敵……とは限らないが、怪しい相手を前にして視線を逸らすとは何事かと。
だが、現在ここに集まっている兵士達の中には、少人数を率いている者はいるが、実戦慣れしたという存在はどこにもいなかった。
そもそも、レーブルリナ国のような小国の兵士が実戦を経験するということが非常に珍しいのだが。
ジャーヤと繋がっている以上、盗賊の類が出てくれば自分達の縄張りを侵したとしてジャーヤが始末するし、近隣諸国から攻撃をされようものなら、それこそミレアーナ王国という自分達の宗主国に声を掛ければそれで済む。
反乱の類でもあれば兵士達が出向くことになるだろうが、最近はそのようなことが起きる様子はない。
結果として、数だけは多いが実戦経験という意味ではほぼ皆無に近いこの兵士達のような存在が生まれたのだ。
兵士達が、全員リュータスの見ている方に視線を向け……次の瞬間、リュータスは刃の切っ先を下に向けていた長剣を一気に突き出す。
兵士達にとっては、完全に不意を突かれた一撃。
その一撃は、最初にリュータスと話していた兵士だ。
リュータスに対して友好的……とまではいかなかったが、それでもしっかりと話をしようとしていた兵士だったが、そのような兵士だからこそ自分達が裏切られたと思えば激しく反撃してくるだろうと考えたからの一撃だった。
長剣の柄を握っている手に、肉を貫く感触が伝わってくる。
リュータスはその感触に微かに眉を顰めるも、それは一瞬。
すぐに次の行動に移る。
当然だろう。今は相手が油断してくれている、最大の好機なのだ。
それこそ、この機会に少しでも敵の数を減らすことが、現在では最優先となる。
そう思ったのはリュータスだけではなく、リュータスの護衛達も同じだった。
兵士達がリュータスの言葉に引っ掛かって視線を逸らした瞬間、一気に攻撃に出る。
長剣、短剣、槍。
そのような武器を使い、一気に兵士達を攻撃したのだ。
ほんの数秒で、数人の兵士の命が奪われる。
仲間の悲鳴と顔に掛かる血、そして地面に倒れ込む音。
そこまでくれば、兵士達も自分達が騙されたのだというのは、容易に想像出来た。
「何しやがる!」
真っ先に叫んだのは、リュータスが最初に殺した兵士と話をしている時に槍を構えた兵士。
自分が攻撃されるのはともかく、まさかあの兵士が……リュータスと会話をしようとしていた兵士が攻撃されるというのは、完全に予想外だったのだろう。
「知るか!」
叫んだ男に向かって長剣を振るいつつ、後方に跳躍する。
前ではなく後ろに向かっての一撃だった為に、兵士の身体に傷を負わせることは出来ない。
長剣の切っ先がかろうじてレザーアーマーの表面に傷を付けるが、それは引っ掻き傷程度の傷だ。
衝撃で骨を折るようなことも、ましてや兵士の身体を吹き飛ばすようなことも出来ない。
だが……兵士は自分のレザーアーマーの表面を長剣の切っ先が削り取ったのを、しっかりと理解出来た。
それだけに、頭に血が上り……
「てめえ、殺す!」
怒りと殺気に満ちた表情で叫ぶと、長剣を構えたまま後ろに……洞窟の方に下がっていくリュータスを追う。
他の兵士達も、目の前にいるのは自分達の敵だと、そう明確に認識した為だろう。
洞窟の方に下がっていくリュータスを、武器を手に追いかける。
「若、早くこちらに!」
近くに落ちていた石を投擲しながら、護衛の一人が鋭く叫ぶ。
本来なら短剣を投げたいところだが、兵士の数を考えれば投擲用の短剣は圧倒的に数が足りない。
そうである以上、最善なのは洞窟だということで、周囲に幾らでもある石を使うことだった。
……もっとも、投石というのは原始的ではあるが決して馬鹿に出来ないだけの威力を持つ。
現に兵士達のうちの何人かは、頭から血を流して地面に倒れている者もいる。
それでも、倒れる兵士よりも新たにここに到着する兵士達の方が多いので、焼け石に水といった状態だが。
だが、リュータス達が洞窟に入るまでの猶予は出来た。
そうして洞窟の中に入ってしまえば、取りあえずは一度に大量の敵を相手にする必要はない。
洞窟の中に入ってくる兵士達だけを相手にしていればいいのだ。
弓を持っている兵士も確認出来たが、この洞窟は自然に出来たそのままの洞窟だ。
中央こそ巨人達が移動する為に幾らか手を入れられて歩くのにそれ程支障がないようになっているが、壁の近くには普通に岩の類もある。
それこそ、身を隠すには十分なだけの大きさを持った岩が。
そこに隠れれば、弓の類を恐れる必要はない。
ただ、そこに隠れている間に兵士達に距離を詰められるといったことになれば、苦戦するのは間違いないだろうが。
(だからこそ、ある程度苦戦をしてみせる必要がある。弓を使わなくても、俺達を倒せると、そう思わせるように。……普通に戦ってもそういう風に思われる可能性は高いんだけどな)
先程後退しながら放った長剣の一撃でレザーアーマーを傷つけられた兵士の槍を回避しながら、リュータスは面倒なことになったと小さく眉を顰める。
もっとも、ここに残ってレイ達がやってくるまで待つと決めたのは自分だ。
そうなると、今の状況はある意味で自業自得と言っても決して間違いではないだろう。
槍の穂先を回避しながら間合いを詰め、放たれる突き。
槍と長剣のどちらが突きに向いているのかと言われれば、大抵の者であれば槍と答える。
そして、実際それは間違ってはいないだろう。
だが……それはあくまでも、同レベルの強さを持つか、差はあっても多少程度のものでしかない場合にすぎない。
リュータスはレイのように個人で一軍を殲滅したりといった真似は出来ないが、それでもレーブルリナ国の騎士でも何でもない、ただの一兵士に負けるような弱さではなかった。
放たれた長剣の切っ先は、次の瞬間兵士の喉を貫き、その勢いで首を切断する。
まるで噴水のように切断された首から血を吹き出しつつ、兵士の死体は地面に倒れる。
こうして兵士を倒すことで、相手の足場を奪う……という副次的な効果も期待出来た。
(もっとも、いつまでも保つって訳じゃない。頼むぞ、早くレイを連れてきてくれよ)
そう思いながら、リュータスは仲間を殺されて怒り狂った兵士の隙を突き、再び突きを放つのだった。