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レジェンド  作者: 神無月 紅
レーブルリナ国
1574/3865

1574話

 最初の見張りの兵士を倒してから、レイ達はそのまま洞窟の中を進んでいく。

 当然ながら、その途中には何度か見張りの兵士達と遭遇したのだが、やはりここが襲撃をされるというのは全く認識していなかったのだろう。

 レイ達により、あっさりと次々に倒されていった。

 もっとも、ただでさえ技量という意味ではレイ達の方が圧倒的に優れているのだ。

 その上、油断しているとなれば……兵士達にとって、それは致命的と呼ぶに相応しい。

 エレーナ達の気分を害さないような話をしている者達であれば、運が良ければ気絶。悪くても骨の一本や二本を折るといった程度の怪我で済んだ。

 だが、メジョウゴについて自分も行きたいといった話や、どこの娼婦の抱き心地が最高だといったような話をしている者達は、よくて半殺しといったくらいまでされていたが。

 もしメジョウゴや娼婦について何も知らずに話しているのであれば、エレーナ達も多少不愉快な思いは抱いても、それ以上は何もしなかっただろう。

 しかし、エレーナ達に半殺しにされた者達は、メジョウゴで娼婦をしている者達がどのような素性の者なのかを十分に承知した上で、そのような話題をしていたのだ。

 奴隷の首輪により、無理矢理この地に連れてこられて娼婦をしたいと思わされ、自らの身体を売り物にした。

 それを分かっていながら……と。


(そう言えば、黒水晶はもう破壊された訳だが……その辺り、どうなってるんだろうな?)


 洞窟を進みながら、レイはそんな疑問を抱く。

 様々な土地から強引に連れ去った女達を、奴隷の首輪で娼婦をしたいと思わせるようにしていたのだ。

 まさに洗脳と呼ぶべき効果ではあったが、それが出来たのはあくまでも黒水晶があったからなのは間違いない。

 だが、レイが破壊した以上、既に黒水晶はない。

 であれば、メジョウゴは今どうなっているのか。


(出来ればそこまで酷い騒動になってなければいいんだけどな)


 そんな風に思いつつ、レイは洞窟の中を進むのだった。






「ふざけるんじゃないわよっ! 何であたしが娼婦なんて真似をしなきゃいけないのよ!」

「う、うわっ! ちょっ、止め、止めろぉっ!」


 メジョウゴの中でも、外側にある娼館。

 その娼館の中では、一人の娼婦が娼館を取り仕切っている男に馬乗りになりながら思う存分に拳を振るっていた。

 既にその拳には男の顔から吹き出た血で真っ赤に染まっている。

 それでも何とか娼婦を大人しくさせようと言葉を発していたのだが……やがて強烈な一撃が顔面に当たり、男はそのまま意識を失う。

 寝起きに近い女の姿は、夏ということもあってかなりの薄着だ。

 人によっては、それこそ娼婦の衣装よりも欲情を刺激してもおかしくない、そんな姿。

 普通の男であれば、そのような女に馬乗りになられるというのは、嬉しいと思う者が多いだろう。

 だが……それはあくまでもその相手が娼婦であればであって、怒り狂っている元ランクD冒険者となれば話は別だった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 いつもであれば、まだ眠っているか、そろそろ起きてもおかしくない時間。

 それでもいつもより早く起きたのは、メジョウゴの中で騒動が起きていたからだ。

 幸いにも、この娼館はメジョウゴの中でも外側の方にあったので、中心部で起きている騒動による被害は全くない。

 それでも騒音と呼ぶに相応しい音は街中に響き渡っており、その為にいつもより早めに起きることになったのだ。

 男に抱かれる娼婦という商売をしている以上、当然ながらその抱き心地の重要な要素である肌の状態にも気を使う必要がある。

 娼婦達は、だからこそ不満を抱きながらも起きてきたのだが……不意に、首に嵌まっていたチョーカーが外れた。

 正確には粉のような形になって、崩れ去ったという方が正しいだろう。

 娼婦が身につけるのに相応しいアクセサリではあったが、それの実態は奴隷の首輪だ。

 そして奴隷の首輪が壊れたということは、当然ながらそれを嵌められていた者は自由を取り戻す。

 そして、最悪なことに……奴隷の首輪をつけている間のことは、しっかりと女達の記憶に残っていた。

 好きでも何でもない、それどころか普段であれば嫌悪感しか抱けないような相手に、思うさま自分の身体を貪られたことを。

 勿論客の中には、紳士的であったり、女の好みの相手だったりとした相手もいた。

 だが、それでも……自分の意思とは関係なく身体を許したことに、女が何も覚えない訳はない。

 そうして記憶が完全に戻った瞬間、当然ながら女達の口からは絶望の悲鳴が上がる。

 当然だろう。恋人のいた身、好きな相手のいた身、夫のいる身、まだ男に抱かれたことがなかった身……

 そのような者達が、娼婦として活動していたときの記憶を取り戻したのだから。

 いや、正確には記憶を取り戻したという表現は相応しくはない。

 奴隷の首輪をしている時は全くの別人格……というか、半ば洗脳されているような状況だったのだから。

 とにかく、娼婦達が一斉にそのような悲鳴を上げたのだから、この娼館を取り仕切っている男が慌てるのも無理はない。

 ジャーヤの一員として、下手に娼婦が何らかの被害を受けるようなことになれば、間違いなく自分は制裁を受ける。

 そう思って、何とか女達を落ち着かせようとし……最初に呼び掛けた相手が、元ランクD冒険者の女だった訳だ。

 その女も最初は絶望の悲鳴を上げていたのだが、その男に触れられた瞬間、絶望を怒りが上回った。

 ……男にとっては運悪くと言うべきか、この男はこの女のことを気に入っており、娼館を取り仕切っているという立場を利用して、この女を何度も抱いている。

 それこそ、昨夜も女の肢体を思う存分貪ったのだ。

 その記憶を持っているランクD冒険者の女が、自分の意思も何も関係なく抱いた男に触られればどうなるのか。

 その結果が、今のこの状況だった。

 だが、娼館を取り仕切っている男が血まみれになって倒れていても、今の女達はそれに対して全く気にした様子がない。

 叫ぶことで記憶に残っている忌まわしい思いを何とか出来るのではないかと、そのように考えているかのようにも思えた。


「落ち着きなさい!」


 そんな女達に対し、拳を血で赤く染めた女は鋭く叫ぶ。

 その叫びを聞いても、まだ騒いでいる者はいた。

 それでも女達の殆どは、冒険者の女の声で我に返ったように大人しくなる。


「落ち着きなさい」


 再度同じ言葉を口にする女。

 だが、先程とは違って、その言葉を聞く者を包み込むような柔らかさがあった。

 それが、女達の狂騒とも呼ぶべき状態を落ち着かせたのだろう。


「一応確認するけど、貴方達も無理矢理連れてこられて奴隷の首輪……と言ってもいいのかどうかは分からないけど、とにかくそれを嵌められて、自分の意思とは無関係に娼婦をさせられていた。それで間違いないわね?」


 床に溜まっている、黒い粉とも呼ぶべき存在。

 それを見ながら尋ねる女に、我に返った女達はそれぞれが頷く。

 勿論頷く仕草はそれぞれだ。

 憎悪、憤怒、絶望、悲しみ……それ以外にも様々な感情を表しながら、頷いている。

 最初に口を開いた女も、これ以上ない程に怒りながら言葉を続ける。


「私達がこうして元に戻ったということは、ジャーヤに何かあったってことなのは間違いないわ」


 娼婦として働いている間の記憶があるというのは、この上ない屈辱ではあった。

 だが同時に、現在の自分達がどのような状況にあるのか、ここがレーブルリナ国にあるメジョウゴという歓楽街で、そこを実質的に支配しているのはジャーヤという裏の組織だということも覚えていた。

 ……その情報を得た方法が寝物語であるというのは、とてもではないが許容出来なかったが。


「そ、そうね。奴隷の首飾りがいきなり壊れるなんて……ちょっと普通だと信じられないし」


 何とか落ち着いた女のうちの一人が、多少はマジックアイテムに詳しいのか――もしくはこちらも誰かから寝物語で聞いたのか――そう告げる。


「で、でも……ぐすっ、ど、どうするんですか? このままここにいるのは嫌ですけど、だからって……」


 まだ完全に泣き止んでいないだろう女の言葉に、冒険者の女は少し考えてから口を開く。


「あたしはここを出ていく。これ以上ここにいても、また新しい奴隷の首輪を嵌められて娼婦をさせられるだけだろうし」

「ちょっと、それで捕まったらどうする気よ! それこそ、酷い目にあうんじゃない!? そんなのに私を巻き込まないで!」


 冒険者の女の言葉に、別の女からそんな声が上がる。

 他にも何人か、運動能力に自信のない女がその声に同意する。

 だが、冒険者の女はそんな女達の声に特に気にした様子もなく、口を開く。


「あのさ、誰も別にあたしについてこいなんて、一言も言ってないだろ? ここに残りたいんなら、残ればいいさ。ただ、あたしは強制的に娼婦をさせられるかもしれない可能性がある以上、ここに残りたくはないから出ていくってだけで」


 しん、と。

 冒険者の女の言葉に、騒いでいた女達は静まり返る。

 当然のように、冒険者の女は自分達を安全な場所まで連れていくと、そう思い込んでいたのだ。

 だが、冒険者の女はそんなのは気にせず、気に入らないのなら置いていくと、そうあっさりと告げる。

 娼婦として偽りの性格をしていた時であっても、それなりに接してきた相手だけに、まさかこのようなことを言われるとは思わなかったのだろう。


「じゃあ、あたしは……」


 そう言い、外に出る準備をしようとした冒険者の女だったが、ふとその動きが止まる。

 外から悲鳴が聞こえてきたのだ。

 その悲鳴がどのような意味を持つ悲鳴なのかは分からなかったが、それでも何らかの事態が起きたのは間違いない。


「……街の中心からは離れろ! この騒動はメジョウゴの中心で起きている! そこから離れれば、問題はない! それと、奴隷の首輪が外れた女はこっちに集まってくれ! 今、メジョウゴを出る準備をしている!」


 そんな声が聞こえてくる。

 罠? と女冒険者は一瞬思ったものの、現在の自分達の状況を考えれば、恐らくメジョウゴにいる大勢の女達の多くが……もしかしたら全ての女が奴隷の首輪から開放された可能性もある。

 そうであれば、もしかしてこれは絶好の機会ではないのか? と、そう思う。


「今の声が聞こえたね? あたしは行く。あんた達も自分がどうすればいいのか、それを考えた上で行動するんだね」


 それだけを告げると、もう泣き言を聞く気はないと言わんばかりに、娼館を出ていく。

 冒険者の女が出ていくのを見ると、他の女達もそれぞれ行動に出る。

 すぐに冒険者の女を追っていく者もいれば、外に出るのが怖いと固まっている者、何か使える物はないかと娼館の中を探す者……といった感じに。

 女達にとって運が良かったのは、本来なら娼館の用心棒を任されている男達がいなかったことだろう。

 セトが暴れ続けている為に、少しでも戦力になりそうな者達はそちらに引っ張られたのだ。

 もし用心棒の類がこの娼館に残っていれば、間違いなくここで戦闘になっていただろう。

 そうなれば、しっかりと武装している護衛達と、冒険者であっても武器も防具もない女。どちらが勝つのかは、目に見えていた。

 ましてや、女達の方は戦力として数えられる者はそう多くないのだ。

 そういう意味では、タイミングとして考えればこれ以上ない絶好の機会だったのは間違いない。


「ちょっと、私を置いていく気!? 強いんだから、面倒見なさいよ!」


 外に出ていった冒険者の女に向け、何人かの女がそんなようなことを叫んでいたが、言われた方は全く気にした様子もなかった。

 そんな冒険者の女を見て、本当にこのままだと自分達はここに置いていかれると思ったのだろう。

 急いで娼館を出る。

 そうした女達が見たのは、自分達と同じような者達だった。

 中にはどうやって入手したのか、しっかりとした服を着ている者もいるが、その多くは寝間着や娼婦の服――どちらでも大して変わらないが――を着ている。

 それを見れば、女達がどのような存在なのかはよく分かる。

 そして、どこに向かっているのかも。

 当然それは、声の聞こえてくる方に決まっている。

 突然奴隷の首輪が消え、半ば混乱している状態だけに、誰かが行くのであれば……と、そう思う者がいるのは当然だった。

 そのような者が増えれば、当然更に他の者もそれについていく。

 結果として、メジョウゴにいる娼婦の多くがレジスタンスの下に集まることになるのだが……当然それは、レジスタンスにとっても予想外の人数まで増えることになる。

 レジスタンスもこれには困ったが、それでもレジスタンスである以上は女達に対処する必要があった。

 ……レジスタンスにとって運が良かったのは、元冒険者の女がそれなりにいたこともあり、ある程度の戦力を補充出来たことだろう。

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