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レジェンド  作者: 神無月 紅
レーブルリナ国
1550/3865

1550話

「ん」


 痛みに呻いている男に対し、ビューネは新たに長針を取り出す。

 ジャーヤという組織の、それも重要な拠点に奇襲を行う以上、当然のように今回は武器を多く持ってきていた。

 牽制として使う長針も、今回はいつもより多く持ってきている。

 また、戦闘では一度使った長針を回収するような真似は出来ないが、今回のような場合は長針を回収して再度使用可能という利点もあった。

 そのような訳で、再び新たな長針を取り出そうとしたビューネだったが……


「そこまで。そこまでだ」


 その手を、レイに掴まれて止められる。

 何故? と無表情のままで小首を傾げるビューネ。

 他の三人はレイに止められていたが、自分は止められなかった筈。

 そんな思いを込め……それでもレイから見れば感情が露わにならない様子の視線を向けられたレイは、失敗したといった様子で口を開く。


「ビューネもだ。これから情報を引き出すんだから、ここで殺してしまったら意味はないだろ? だから、今は我慢してくれ」


 そこで一旦言葉を止めたレイは、男の腕を貫いて先端が突き出ている長針に手を伸ばす。


「ぎゃあああああああああああっ!」


 少し触れただけで、男には激痛が走るのだろう。

 もしくは、実際には痛くなくても見た目で痛みを感じているという可能性もあるが。

 ともあれ、針の先端を摘まみ……そのまま一気に引き抜く。

 長針の先端部分を摘まんで一気に引き抜くような真似をしたのだから、男が感じる痛みは今度こそ本当の意味で激痛だろう。


「ああ、悪いな」


 少しも悪いと思ってない様子で、レイがそう告げる。


「い、痛い……痛い……」


 研究者として、外に出ることはないのだろう。

 ましてや、男が怪我をするといったことは……それこそ実験の時に少し失敗して手を切ったり、日常生活でテーブルに足や手をぶつけたりといった、軽い怪我くらいしかしたことがないのだろう。

 それだけに、腕を長針で貫かれた男には、未知としか呼べないような激痛をもたらしたのだ。

 しかし……貫かれた右腕を左手で押さえている男を見るレイやエレーナ達の目には、一切の同情が存在しない。


「お前が研究した結果で、被害を受けた奴はもっといる。そしてもっと痛い。この程度の痛みでそこまで騒ぐ必要はないだろう?」


 さわやかな笑みを浮かべて告げるレイに、男は得体のしれない存在を前にしたかのような不気味な思いを抱く。


「ふふっ、そうね。その黒水晶と奴隷の首輪のおかげで女達がどんな苦しみを受けたのか……思う存分思い知らせてあげたいところだわ」


 レイに負けず劣らずの満面の笑みを浮かべるマリーナ。

 怒りを押し殺しているということもあってか、どこか凄絶な色気を発していた。

 他の面々も、多少は違えどマリーナと似たような表情を浮かべている。

 唯一、ビューネのみは相変わらずの無表情だ。

 ……ただ、先程その無表情のままで長針を投擲したのだから、男にとってそれで安心出来る筈もない。


「な、何を……一体何をするんだよ!」

「分からないか? まぁ、今までの話から予想はしていたが。ともあれ、俺達はこの地下施設への侵入者だ。つまり、ジャーヤと敵対している存在な訳だ。そんな俺達が、お前に……ジャーヤの人間に友好的に接すると思うのか?」


 もし男が誘拐されて強制的に研究に従事させられているのであれば、レイも危害を加えるような真似はしなかっただろうし、ビューネの長針によって出来た傷もポーションを使って治療するくらいはしただろう。

 だが、レイの前にいる男は、最初は誘拐されたというのは間違いなくても、それ以後は自分からジャーヤに協力していたのだ。

 レイにとって……そして他の者達にとっても、男を許せるかどうかと言われれば、間違いなくそれは否なのだ。


「な、な、な……」

「どうやらその様子だと、まだ自分がどんな状況なのかに気が付いてはいなかったみたいだな」


 男の様子に少しだけ呆れを滲ませるレイ。

 面倒そうにしながらも、ミスティリングからポーションを取り出す。

 ……もっとも、取り出したポーションはレイが溜め込んでいる高品質な代物ではなく、あくまでもその辺で普通に売っている程度のポーションだが。


「なっ!? アイテムボックス!?」


 右腕の痛みを忘れたかのように男が叫ぶ。

 それを見ながら、レイは改めて口を開く。


「俺の件はともかく、お前には色々と聞く必要があるな。まず、お前が研究中だった黒水晶とやらだが、どこにあるのか教えて貰おうか。それと、巨人を産む為の施設や、産まれた巨人が待機している場所についてもな」

「……それは……巨人の施設はともかく、黒水晶の方はどうにか勘弁してくれないかな? あの黒水晶は僕がずっと研究してきたものなんだ」

「その黒水晶があるからこそ、奴隷の首輪が効果を発揮しているんだがな」

「それは……」


 レイの言葉に、男は何かを言い返そうとするも、その後ろにいる女達から鋭い視線を向けられて黙り込む。

 もしここで何か言えば、右腕の激痛が何倍にもなって襲ってくる結果になりそうな気がした為だ。

 その判断は、正しかっただろう。

 もしここで無理に言い返したりすれば、最悪の結果を迎えていた可能性は高い。

 黙り込んだ男に対し、レイは先を促すように再び口を開く。


「取りあえず、巨人の方を片付けるか。それで、巨人を産む為の部屋はどこにある?」

「ここが地下一階だとすれば、地下三階にあるよ。ついでに妊娠している娼婦は地下二階に纏められているけど、このメジョウゴであの奴隷の首輪を付けて妊娠した以上、既に巨人を産むということは決まっている。覆しようがない結果だ」


 ギリ、と。

 誰かの歯を食いしばる音が部屋の中に響く。

 それを意図的に聞き流し、男が話し始めたのを確認したレイは、手にしたポーションの瓶の蓋を開け、乱暴に男の右腕に振りかける。

 安物のポーションなので、これだけで完全に治癒は出来ないが、それでも長針が貫通した程度の傷を塞ぐことは出来る。

 ……重要なのは、あくまでも傷を塞ぐだけで、貫通した腕の中の傷までは回復しないことだ。

 その辺りの傷もしっかりと回復するには、暫くの時間が掛かるだろう。


「ちょっと」


 ポーションを使ったことに、不機嫌そうな表情を浮かべるヴィヘラ。

 いや、ヴィヘラだけではない。エレーナとマリーナ、そして感情を表情には出していないが、ビューネも含めてレイの行動に不満を持っているようだった。

 レイも、もし自分がエレーナ達と同じ立場であれば、不満に思ったかもしれない。

 だが、別にレイは慈悲の心で男の怪我を治療した訳ではない。


「言い淀んだら、また長針を使えばいいだろ。同じ場所に」


 特に力が入った様子も、緊張した様子もなく、何でもないかのように告げる。

 しかし、それを間近で見ていた男は、軽い口調だったからこそ冗談や脅しの類ではないと理解出来てしまった。

 本気で言っており、もし自分が向こうの質問に答えないのであれば、容赦なく先程と同じ激痛を……しかも同じ場所にくらうだろうというのは、容易に想像出来てしまう。

 そんなレイを前にして、男は言葉をしっかりと口にしなければならない。

 嘘を言う訳にも、沈黙を守ることも出来ず……そう理解してしまったのだ。

 男が自分の言葉をしっかりと理解したと判断したレイは、改めて口を開く。


「巨人の部屋については分かった。じゃあ、次だ。そうだな……結局ジャーヤで使っているマジックアイテムは、黒水晶と奴隷の首輪だけなのか? 俺はてっきり、ジャーヤってのはマジックアイテムを色々と豊富に所持していると思っていたんだがな」

「一応マジックアイテムも作っているよ。黒水晶や奴隷の首輪を研究する為に、大勢の研究者や錬金術師が集められたんだ。折角集めたんだから、裏で流すマジックアイテムを作った方がいいという意見もあってね」


 マジックアイテムも作っているという言葉に、レイは安堵する。

 元々このジャーヤという組織に報復する為にやって来たのは、ギルムにちょっかいを出してきたことにダスカーが報復して欲しいと依頼をしてきたからだが……その報酬の一つに、入手したマジックアイテムはレイの物にしてもいいという契約があった。

 だからこそ、レイもわざわざレーブルリナ国という小国までやってきたのだ。

 ……もっとも、その小国にやって来て、そこで行われていることを知った今では、レイの中で優先順位は若干変わっているのだが。

 それでもジャーヤが気にくわない、マジックアイテムを手に入れるという目的そのものは変わっていないだけに、男の言葉はレイにとっては安堵すべきものだった。


「それで、そのマジックアイテムはどこにある?」

「幾つかの倉庫に分けて置いてあるし、この地下施設以外の場所にある倉庫にも分けて置いてるらしいよ。ただ、残念ながら僕が知っている倉庫は何個かしかないけど」


 ジャーヤに対して協力的な態度をとってはいるが、それでも結局男は強引に連れて来られた人物にすぎない。

 そうである以上、将来的にはともかく、今はまだそこまで信用することは出来ないという判断なのだろう。

 それでも、何も情報がないよりは明らかに助かる。


「その倉庫はどこにあるんだ?」

「この部屋から三つ隣の部屋に一つ、それとその倉庫から六つ離れた場所にある部屋に一つ」

「そうか。……どういうマジックアイテムがある?」

「基本的には消耗品が多いよ。君がどういうマジックアイテムを欲しているのかは、僕にも分からないから何ともいえないけど」


 その言葉に、レイは少しだけ不満そうな表情を浮かべた。

 レイが欲しいのは、あくまでも使えるマジックアイテムだ。

 魔剣の類や隠し武器の類、またセト籠のことを考えれば、マジックテントがあれば最善……といったところか。

 だが、今の話を聞くようではその類のマジックアイテムはまずないと考えた方がよかった。


(他の……それこそ幹部とかしか使えないような倉庫には俺が欲しいマジックアイテムが置かれているのか、それとも単純にそういうマジックアイテムがないのか。微妙なところだな)


 普通に考えれば、レーブルリナ国のような小国の組織に、レイが欲するようなマジックアイテムがあるとは思えない。

 だが、メジョウゴという、まさに金のなる木と呼ぶべき存在があるのだから、それこそ幾らでも金は集まるのだ。

 その金を使えば、それこそ余程高価なマジックアイテムでなければ、購入するのは難しくはないだろう。

 その辺りの事情を考えると、もしかしたら……そう思わないでもないのだ。

 もっとも、組織で作ったマジックアイテムならともかく、わざわざ金を出して買ったマジックアイテムを倉庫に置いておくとは思えなかったが。


「なるほど。取りあえず倉庫に関しては色々と探していく必要があるか。……あまり期待は出来ないが。それで、奴隷の首輪は?」


 地下施設を守っていた男から、奴隷の首輪も倉庫に置かれているという話は聞いている。

 だが、実際にはどこの倉庫に置かれているのかというのは聞かされていない以上、出来れば目の前の男からその情報を得たかった。

 しかし……そんなレイの楽観的な希望は男の言葉で既に否定されている。

 まさか、奴隷の首輪がそう簡単にその辺の倉庫に置かれている筈もないだろうというのは、当然予想出来たことだ。

 そうである以上、奴隷の首輪の類はそう簡単に入手出来るとは思えなかった。


(いっそこの地下施設にいる敵を全滅させるか? そうすれば、ある程度の時間は作れると思うが……いや、隠し倉庫とかがある可能性を考えると、それはちょっと無理か)


 結局、この先で誰かに遭遇したらマジックアイテムの倉庫がある場所を聞いていけばいいだろうと判断し……そして、最後の質問に入る。

 最後にして、最大の質問。


「それで、黒水晶はどこにあるんだ?」


 そう、今回の一件の最大の原因となった、黒水晶。

 目の前の男が出来ればそれだけは勘弁して欲しいと言ってきた存在がどこにあるのかを、レイは改めて尋ねる。


「そんな……他の質問に答えただろう!? なら、黒水晶は……」


 ああ、と。

 何故こうも自分達に協力的だったのかの理由を、レイは悟る。

 他の情報を教えて、何とか自分が興味を持っている黒水晶については勘弁して貰おうと、そう考えていたのだろう。


「駄目だ。そもそも黒水晶がなければ、こんな騒動は起きなかったんだ。である以上、それを放置しておく訳にはいかない。……ビューネ」

「ん」


 名前を呼んだだけだったが、ビューネはレイが自分に何を期待しているのかを知り、そっと長針をレイに手渡す。

 長針に貫かれた痛みを思い出したのだろう。

 男は咄嗟に右腕を……最初にビューネが投擲した長針が貫通した場所を押さえ、顔色を蒼白に変えるのだった。

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