1531話
林の中で盗賊に襲われていたリュータスを助け、その盗賊を尋問してアジトの場所を聞き出したレイは、当然のようにそのアジトにあったお宝の類を奪う。
……もっとも、五人という少人数の盗賊団。その上この周辺にやって来たのはつい最近ということもあり、お宝と呼べる程の物は殆どなかったのだが。
それでも宝石や装飾品の類を幾つかに、少しの武器と資金を幾らか……といった具合に、多少なりとも稼ぎになったのは事実だが。
「あの辺りで盗賊をしていたんなら、多分この装飾品とかは娼婦にプレゼントしたのか、それとも受け取った娼婦が売ったのか……ああ、いや。でもあの奴隷の首輪のせいで、女達は自分から好んで娼婦をやってるって話だったな」
だとすれば、貰った装飾品の類を処分したりはしないのでは?
そんな疑問を抱くレイだったが、ともあれ今はそれを考えるよりも先にメジョウゴを上空から偵察する方が先だった。
既にセトは、盗賊のアジトから飛び立った時にセト籠を持っている。
当然のようにセト籠の中には誰も入っていないが、魔力が切れないように魔石は多めに入れておいたので、空を飛んでいる途中で魔石切れになるといった心配はいらない筈だった。
「グルルゥ」
盗賊のアジトから飛び立って、数分。すぐにメジョウゴの姿が見えてくる。
「セト、念のためにもっと高度を上げてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは鳴き声を上げ、そのままより高い場所を目指して翼を羽ばたかせる。
いつも飛んでいるのは、大体高度百m程度だが、今は百五十……いや、二百m近い高度となっている。
このくらいの高度になれば、普通なら地上を偵察は出来ない。
いや、地上を見て大体の場所に何があるのかといったことを把握することは出来るので、偵察が出来ないということはないだろうが……どこにどれだけの人数がいるのかといったことを把握するようなことまでは難しくなる。
だが、今回レイが来たのは、メジョウゴの大まかな配置を知り、そして何より地下施設に続く入り口がどこにあるのかを確認することである以上、それでも構わなかった。
(メジョウゴの中心に地下施設の入り口があるって話だったけど……あれか?)
メジョウゴの中心に視線を向けたレイが目にしたのは、一つの建物だった。
大きさという点ではそこまで大きなものではないのだが、周囲に幾つも別の建物があり、レイが目を付けた建物を守るかのように配置されている。
メジョウゴを歩いているだけでは気が付かないのかもしれないが、上空からメジョウゴを見れば隠しようがなかった。
(まぁ、上空から偵察されるなんてことは、まず考えてないんだろうが)
空を飛ぶという行為そのものが非常に難しいこの世界で、レーブルリナ国のような小国が、首都でもないメジョウゴで竜騎士を含めたほんの一握りに対してそこまで警戒するとはレイには思えなかったのだ。
(とにかく、あの建物が地下施設の入り口と考えて間違いないだろう。後は、あそこに続く道を……厄介だな)
上空から偵察されることは考えていなかったのだろうが、当然のように地上からその施設に忍び込もうと考える相手に対しては、かなり厳重に警戒されているのが、レイにも分かった。
地下施設に続く入り口のある建物に向かう途中には幾つもの建物があり、地上から地下施設に向かうにはそれらの建物をどうにかする必要があった。
(まぁ、俺達の場合は意味がないけど)
エレーナ達は、全員がセト籠の中に入ることが出来る。
人数として考えれば少ないが、セト籠で運ばれるのはビューネ以外、人外と呼ぶに相応しい戦闘力を持った者達だ。
一定以上の力の持ち主になれば質より量という言葉が意味をなさず、それどころか質が量を駆逐するこのエルジィンにおいて、セト籠を使って敵のど真ん中にいきなりレイ達が姿を現すのだ。
その攻撃方法は、レイ達と敵対した相手に絶望という感情を抱かせるに十分なものだろう。
地下施設に続いているのだろう建物をじっと調べ、やがてレイはセトの背中を軽く叩いてもういいと合図をする。
そんなレイの行動に、セトは無言で翼を羽ばたかせながらその場を去っていく。
いつもであれば、レイに撫でられれば嬉しそうに鳴き声を上げるのだが、セトも今はメジョウゴの偵察をしているのだと知っているので沈黙したままた。
そのままメジョウゴから十分に離れたところで、レイは再度セトを撫でる。
「さて、じゃあどこかに一旦寄って、セト籠を収納するか」
「グルルゥ!」
セトの鳴き声を聞きながら、レイは地上に視線を向ける
そこにあるのは林で、丁度レイ達がメジョウゴに向かう途中で盗賊に襲われていたリュータスを助けた近くだった。
残念ながら、既にリュータスの姿は見えないし、盗賊の姿も見えない。
(恐らく、あの時近づいてきた奴等が護衛としてもう移動したんだろうな。……もっとも、リュータスが本当に商人かどうかも分からないが)
育ちのよさそうな表情を浮かべていたリュータスだったが、こっそり近づいてきた護衛といい、リュータス本人から感じた雰囲気といい、恐らくただの商人ではないという予想がレイの中にはあった。
何か決定的な証拠がある訳ではないが……近いうちに、またどこかで会うのだろうという思いがある。
そんなことを考えている間に、やがてセトが林の中に降りる。
もっとも、降りた場所はリュータスと遭遇したのとは違う場所だったのだが。
「すぐロッシに戻るぞ」
「グルゥ」
レイの言葉に返事をしつつ、セトは掴んでいたセト籠を地上に降ろす。……いや、この場合は落とすと表現した方が正しいのかもしれないが。
そのまま地上に降りると、レイはセト籠をミスティリングに収納し、すぐにセトの背に戻る。
「グルルルルルゥ!」
周囲に、セトの嬉しそうな鳴き声が響く。
セト籠を持つことは、そこまで重くはない――あくまでもセトの感覚で――ので問題はないのだが、セト籠は嵩張る。
それが自由に空を飛ぶことが好きなセトにとっては、どうしてもストレスだったのだろう。
ましてや、セト籠の中に誰かが乗っていれば話は別だったろうが、今回はあくまでもカモフラージュの為に使われているので、誰も乗っていない。
それだけに、どうしても扱いが雑になってしまうのだろう。
(まぁ、多少扱いを雑にした程度で壊れたりは……しないよな? このくらいで壊れるようだと、ちょっと使い物にならないだろうし)
遠くに見えてきたロッシを見ながら、レイはそんな風に考える。
元々ロッシとメジョウゴは片道一時間程度の距離だ。
そのくらいの距離であれば、それこそセトの速度で空を飛べば、文字通りの意味で瞬く間に移動可能だ。
(最後の手段として、セトが空を飛びながらメジョウゴに攻撃して……けど、ロッシまでは数分の距離だから、アリバイは成立する。まぁ、この世界でアリバイとかそこまで重視されるとは思えないけど)
ロッシから岩を持って移動してメジョウゴに落として、またロッシに岩を取りに戻ってくる……ということを思い浮かべつつ、どうせそうするのであれば、それこそレイが持つミスティリングに岩を入れ、上空から落とせばいいだけだと気が付く。
自分でも下らないことを考えているのは分かっているレイだったが、何故か今はそんな下らないことを考えるのが無意味に楽しかった。
そしてロッシに到着するまでの数分という時間はあっという間にすぎ……やがて、セトは正門の近くに向かって降りていく。
ロッシの中に入る為に手続きをするべく、並んでいる者はそれなりにいたのだが、当然のようにセトの姿を見れば驚きで身を固くする者が多くなる。
大空の死神と呼ばれるグリフォンがいきなり空から降りてくれば、それも当然だろう。
正門を担当している警備兵もセトの姿には驚いたが、幸いにして警備兵はレイがセトを伴ってロッシから出ていくところをその目で見ている。
だからこそ、他の者達のように見て分かる程に驚くといったことはなかった。
……それでも、セトがロッシの正門から少し離れた場所に降りてきたこともあり、ロッシの中に入る手続きを待っていた者達が暴走するようなことはなかったのだが。
そしてセトが地上に降りてしまえば、その背に乗っていたレイが地上に降りることにより、そのグリフォンが従魔なのだと理解する者も多い。
そのような者達の視線を浴びながら、レイはロッシの中に入る手続きの準備を始める。
もしかしたらいるかもしれないと考えつつ列に並んでいる者達を見るが……そこにリュータスの姿はない。
レイが林でリュータスと別れてから、時間はまだそれ程経っていない。
だとすれば、ここで会ってもおかしくないんだが……と考えていると、何故か警備兵の一人がレイの方に向かってくる。
「レイさん、悪いけど貴方がここにいると他の者達が緊張してしまう。だから、先に貴方の手続きをしたいと思うんだが、構いませんか?」
その口調が丁寧なのは、セトの存在もあるが……やはりレイが異名持ちの冒険者だということが大きいのだろう。
更にレイの場合、貴族が相手でも容赦しないという噂も流れている。……それは真実なのだが。
それだけに、丁寧な言葉遣いをするのは当然なのだろう。
勿論その辺りの対応は警備兵の性格にもよるが、少なくてもこの警備兵はレイはなるべく早く街中に入れた方がいいと判断したらしい。
実際それは決して間違っていない。
一応セトが従魔であると皆が理解したものの、それでも全く見知らぬグリフォンが近くにいるというのは、恐怖を抱くのに十分な理由だったのだから。
ここがギルムであれば、既にレイやセトの存在や性格を知っている者も多く、そこまで騒動になったりはしなかったのだろうが。
レイもそんな警備兵の考えを理解したのか、小さく頷く。
「そっちがそれでいいなら、こっちは願ったり叶ったりだ。手続きの方を頼む」
「グルルゥ」
レイの言葉に反応するようにセトも喉を鳴らし、それを聞いていた警備兵は一瞬動きを止めるものの、すぐにレイの了承も得られたことで手続きを開始する。
そうして周囲の者達から注意を向けられつつ、手続きを終えたレイはセトに従魔の首飾りを掛けてロッシの中に入っていく。
ロッシの中に入っても、周囲から注目されるのは変わらない。
ただ、ロッシの中で、レイはともかくセトはかなり話題になっているらしく、一度見たことがある者がもう一度見たいといって顔を出したりする者もいるので、外で待っている時よりはセトも孤独を感じないですんだ。
もっとも、レイと一緒にいる時点でセトが孤独を感じたりはしないのだが。
「どうする、セト。真っ直ぐ銀の果実亭に戻るか?」
「グルゥ? ……グルルルゥ」
レイの言葉に、セトは少し迷い……少し離れた場所にある屋台を見つけ、鳴き声を上げる。
その屋台は、レイ達が初めてレーブルリナ国に……そしてロッシに来た時に食べた、パーニャンの屋台。
もっとも、パーニャンという料理は同じでも屋台そのものは以前レイが寄った屋台とは別の屋台だったが。
「そうだな、ちょっと買っていくか。折角だし、美味い料理は出来るだけ溜め込んでおきたいし」
ミスティリングという存在があるからこそ出来ることを口にしながら、レイはセトと共に屋台に近づいていく。
「いら……」
そして屋台の店主は、レイの姿を見てそれ以上言葉を発することが出来なくなる。
もっとも、セトの姿を見慣れている訳でもないのを考えれば、それも無理はないことなのだが。
「パーニャンを二つ」
取りあえず大量に買う前に味見といった様子でパーニャンを二つ買い、セトと共に食べる。
以前食べたものとは若干味付けが違うが、それが不味いという訳ではない。
単純に、レイが以前食べたパーニャンはそれが初めてだったので、その味をパーニャンの基準としてしまったのだ。
「グルルルゥ」
美味しい、と喉を鳴らすセトに、レイもパーニャンを口に運びながら頷く。
以前食べたものよりも若干辛みが強くなっており、それが多めの肉の味を引き立てている。
そのパーニャンの味に満足したレイは、現在あるだけのパーニャンを全て買ってその場を去っていく。
屋台の店主は、パーニャンの在庫が全て売れたことが信じられないといった様子でレイとセトが去った方を見ている。
だが、現在はまだ午後。
一日の中で最も忙しくなる昼はもう終わっているが、これから昼に近いくらいに忙しくなる夕方までは、もう数時間しかない。
今日の稼ぎをより多くする為に、屋台の店主は慌てて材料を追加すべく走り回ることになる。
……こうして、セトは怖いものの、レイとセトは屋台の食べ物を大量に買うというのが少しずつだが知られていくこともあり、レイとセトは上客と見なされるのだった。