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レジェンド  作者: 神無月 紅
レーブルリナ国
1526/3865

1526話

 ゼルスに勧められてソファに座ったレイ達の前に、すぐに冷たい果実水が用意される。

 レイであれば、ミスティリングの中に冬に大量に冷やしておいた果実水があるのだが、ここにあるのはマジックアイテムによって冷やされた果実水だ。

 冷たく……それこそもう少し冷やせば凍り始めるのではないかと思われるくらいに冷やされた果実水。

 夏であればこういうのも飲みたくなるのが分かるレイだったが、それでもこういうのを飲んでいるからこそ……そして身体を動かさないからこそ、ゼルスが太っているのだろうというのは容易に想像出来る。

 もっとも、ギルドマスターの仕事はギルドを運営することであり、別に戦うことではない。

 実際、マリーナの後を継いでギルドマスターになったワーカーも、ギルドマスターとしての能力は非常に高いが、冒険者という観点で見れば……ある程度の実力はあるが、それでもベテランの冒険者を相手に勝つような真似は出来ない。

 いや、才能のある者であれば、それこそ冒険者になったばかりの者にすら負ける可能性がある。

 そういう意味では、ゼルスはやはりギルドマスターとして高い能力を持っているのだろう。

 冷えた果実水を美味そうに飲むゼルスを見ながら、レイはそう考えながら自分も果実水に手を伸ばす。

 他の面々も、レイと同様に果実水に手を伸ばし……それを見ていたゼルスが、やがて口を開く。


「それで、具体的にはどのような用事なのでしょう? あまり人目につきたくないということでしたが?」

「ええ、そうね。……実は、ギルドの方で信頼出来る情報屋を紹介して欲しいの。絶対に他の……特にジャーヤの息が掛かってない情報屋が」


 マリーナの口から出てきた言葉を聞き、ゼルスは肉がたっぷりと余っている顔を顰める。

 情報屋という点では、ギルドと繋がりのある者はそれなりにいる。

 だが、ジャーヤの息が掛かっていない情報屋となると……それは、非常に難しかった。

 レーブルリナという国の中で最大の勢力を誇っている組織、それがジャーヤなのだ。


「国の上の方とすら繋がっている程の組織ですので、ジャーヤの影響力はこの国の中だけではあっても、相当に強いのです」

「……あら?」


 ゼルスの説明を聞いていたヴィヘラは、ふとその言葉に疑問を抱く。

 そんなヴィヘラに、ゼルスは説明を一旦止め、視線を向ける。


「何か?」

「いえ、ジャーヤが活動しているのはレーブルリナ国だけなの? こう言っちゃなんだけど、レーブルリナ国って小国でしょ? 儲けるのなら、それこそ他の国にも手を出していく方が効率的じゃない?」


 実際、金儲けをするのであればそれが最善の選択なのは間違いないだろう。

 幾ら一つの国であっても、レーブルリナ国は所詮小国でしかない。

 ミレアーナ王国の従属国という立場は同じでも、レーブルリナ国よりも発展し、大きな国は幾らでもある。

 それこそ、レーブルリナ国の周辺にある国は、その殆どがレーブルリナ国よりも大きな国なのだから。

 なのに、何故レーブルリナ国の中でだけ活動しているのか。

 それがヴィヘラには不思議だった。


「一応アジャスがギルムにちょっかいを出してきたし、メジョウゴにいる娼婦はその殆どが他国から強引に連れ去ってきた女らしいけどな」

「けど、それは……その、こういう言い方はあまり好きじゃないけど、商売の素材を手に入れに行ったようなものでしょ? それも、メジョウゴで働いてる娼婦達は、連れて来られた時は強引だったけど、今は自分から望んで娼婦をしてるんだし」


 娼婦のことを商売の素材と表現したヴィヘラの言葉に、何人かが嫌そうな表情を浮かべる。

 それでもヴィヘラを責めなかったのは、ヴィヘラが望んでそのような言葉を使っている訳ではないと理解している為だ。

 そして、ジャーヤが他の国で活動をしていないというヴィヘラの言葉には納得せざるを得ない。


「となると、この国に何かあるのか……」

「この国に、ですか。ですが……こう言ってはなんですが、うちは特にこれといった特徴もない小国ですよ?」


 ゼルスの言葉に、この国に住んでる人物が言うのならという思いを抱くレイだったが、同時にこの国に住んでいるからこそ分からないことがあるのでは? という疑問も抱く。


「ともあれ、ジャーヤがこの国に強い影響を持っているというのは理解したわ」


 このままでは話が逸れてしまうと考えたマリーナが、半ば強引に話を戻す。

 ジャーヤがレーブルリナ国でしか活動しておらず、他の国ではメジョウゴで働かせる女を強引に連れてくるくらいのことしかしていない……というのは、若干興味深い内容だったが、今の問題は情報屋についてなのだ。


「あ、すいません。……とにかくそんな訳で、ギルドが使っている情報屋という意味ではちょっと難しいかと」


 そう告げるゼルスだったが、その言葉を聞いたマリーナは小さく笑みを浮かべる。

 レイを含めた他の者達も同様だ。……ビューネのみは、果実水と一緒に出されていた干した果実を無表情に食べていたが。


「ギルドで使っている情報屋と表現するということは、それ以外に心当たりがあるのね? それこそ、ギルドとは関係なくゼルスが使っている情報屋……とか」

「……お見通しでしたか」


 マリーナの言葉に、ゼルスは頬の肉を振るわせながら笑みを浮かべる。


「ええ。ギルドの使っている情報屋、なんて言葉を使っている時点で怪しいわよ。それで? それ以外に何か伝手があるの?」

「はい。実はギルドではなく、私が個人的に使っている情報屋がいまして。その情報屋は、ジャーヤに対して深い恨みを持っています」

「……貴方、よくそんな情報屋を使ってるわね? このレーブルリナ国の首都でそんな真似をすれば、それこそジャーヤに目を付けられるんじゃないの?」

「そうですね。正直なところ、私も普通であればそのような危険な真似はしません」


 マリーナとの会話で何かを思い出したのか、ゼルスの目にはどこか悲しそうな表情が浮かぶ。

 それは、ゼルスや情報屋が過去にジャーヤと何かあったと、そう察するには十分な表情。

 だが、それをここで言うべきではないと判断したのか、ゼルスはレイ達が何かを言うよりも前に口を開く。


「ウンチュウ、という男です。ジャーヤについて色々と調べている男で、マリーナ様の……いえ、皆さんのお役に立つのは間違いないかと」

「ウンチュウ、ね。……けど、そういう情報屋がいるのであれば、昨日教えて貰ってもよかったんじゃない?」

「彼は私の友人でもあります。そうである以上、マリーナ様であってもそう簡単に紹介する訳には……それに、ジャーヤの目は様々な場所にあります」


 その言葉に、レイはゼルスに対する評価を一段上げる。

 マリーナの色香に迷ったりするような男に見えたのだが、実際には違ったのだと。


(まぁ、ギルドマスターを任されてるんだから、そのくらいのことは出来て当然なのかもしれないけどな)


 腐っても鯛という、ゼルスに対して失礼な感想を抱いている間も、マリーナとゼルスの間で話は進む。


「ここからそんなに離れていない場所に、一軒の酒場があります。太陽の絵が描かれている看板があるので、迷うようなことはないでしょう。その酒場の店主に、これを渡してミール牛のチーズがあるかどうか、尋ねてみて下さい。そうすれば、ウンチュウのいる場所に案内してくれる筈です」


 ソファから立ち上がり、執務机の引き出しから柄の先端に青い宝石が嵌められた短剣を取り出したゼルスは、マリーナにそれを渡す。

 その短剣が何を意味しているのかは、考えるまでもないだろう。

 レイも随分と厳重な行動だとは思うが、この国でジャーヤという存在と敵対しているというのは、それだけ厳しいことなのだろうと納得する。

 また、ウンチュウといった人物はあくまでも情報屋で、直接的な戦闘力という意味ではそこまで高くはないのだろうと。


「ええ、ありがとう。じゃあ、早速その酒場に向かわせて貰うわね。……今更だけど、私達にそのウンチュウという人を紹介しても構わないの? もしジャーヤに狙われるようなことになったら……」

「その辺は、ウンチュウを匿っている時点で変わりませんよ。いえ、寧ろ私達の方がマリーナ様達の戦力を利用させて貰うのですから」


 頬の肉を振るわせながらそう告げるゼルスの笑い声が執務室の中に響く。

 そんなゼルスの笑い声を聞いていたレイ達だったが、やがて全員が立ち上がる。


「ありがとう、ゼルス」


 笑みを浮かべて告げてくるマリーナに、ゼルスも満面の笑みを浮かべ、無言で頷く。

 そうしてレイ達は執務室を出ると、そのまま一階に降りてギルドを出る。

 その際には何を話していたのかと興味津々の視線を、ギルド職員や冒険者といった者達から向けられもしたのだが、それでもレイ達に向かって絡んだりするような者はいなかった。

 ギルドマスターの知り合いだというのが、多くの者に知られていた為だろう。

 レイ達がギルドに来た時はいなかった冒険者も何人かいたのだが、そのような者達も周囲からレイ達のことを聞いているのか、遠くから見るだけだ。

 そうしてギルドから出ると、そんなレイ達に気が付いたセトが嬉しそうに近寄ってくる。

 そんなセトの姿に、周囲にいた他の通行客達はただ驚き、すぐに距離を取ろうとする。


「グルルルゥ!」

「ほら、落ち着け。こうしてすぐに戻ってきただろ?」


 そう言うレイだったが、セトはレイの身体に顔を擦りつける。

 ここがギルムであれば、セトがここまで寂しがるようなこともなかっただろう。

 だが、ここはセトを可愛がってくれる者はいない、レーブルリナ国なのだ。

 そうである以上、ただ待っているセトは暇でもあったし……何より自分が恐がられているのが分かるだけに、寂しかったのだろう。

 だからこそ、大好きなレイがやって来たのを見て、甘えたくなったのだ。

 そんなセトを撫でながら、レイはマリーナに視線を向ける。


「じゃあ、行くか」

「ええ」


 そうして、全員で次の目的地……太陽の絵が描かれている看板のある酒場に向かう。

 セトがいるおかげで、特に絡まれるようなこともないまま、レイ達は道を歩き……やがて目的の場所を発見する。

 ギルドから歩いて二十分程の場所。

 特に何か騒動が起きることもなく到着したことに、少し疑問を感じる辺り……レイも自分がトラブルメーカー的な存在だというのを理解しているのだろう。


「グルゥ……」

「悪いな、セト。また待っててくれ」


 ここまで歩いて移動する際に、レイを始めとした他の面々に撫でられていたこともあって、セトは一人で待つというのに余計に寂しさを感じる。


(イエロでもいれば、話は違ったんだろうけど。そうなればそうなったで、余計な面倒になりかねないんだよな)


 セトの友達……親友という表現が相応しいイエロだったが、そのイエロは現在銀の果実亭にいる。

 そのイエロがいれば、セトの寂しさも少しは薄まるだろうと思ったレイだったが……竜の子供がいるのを見れば、良からぬことを考える者がいないとも限らないのだ。

 ここでは、イエロがどのような存在なのか、知っている者はそう多くはない。

 何も知らず……だからこそ、エレーナの逆鱗に触れかねないような真似をする者もいる可能性は高かった。

 ただでさえレーブルリナ国ではジャーヤのような組織が強い影響力を持っているのだから、そんなことがあってもおかしくはない。

 そんな風に考えつつ、レイ達はセトをその場に残して酒場の中に入っていく。

 残されたセトは、自分がいれば通行の邪魔になると判断しているのか、酒場から少し離れた場所で丸くなるのだった。






「いらっしゃ……」


 酒場の中に入ってきたレイ達を見て店主が声を掛けようとするものの、その声は途中で止まる。

 昼間ということで酒場の中には食事をしている者が何人かいたが、そのような者達も店主の言葉が途中で止まったのを不自然に思って視線を追い、同様に動きを止める。

 レイ達一行が周囲に与える衝撃というのは、それだけのものがあるのだ。

 そんな周囲からの視線を無視し、レイ達はそのままカウンターに近づいていく。

 酒場の店主も我に返ったのか、レイ達が近づいてくるのを待つ。

 そうしてレイ達が自分の前に来た時、改めて口を開く。


「いらっしゃい。食事かい? それとも酒かい?」

「……いいえ。どちらでもないわ」


 そう言いながら、マリーナはゼルスから受け取った短剣を店主に見えるようにカウンターの上に置く。

 その短剣を見た店主は驚きに顔を強ばらせ、短剣を持っていたマリーナの方を見る。

 そんな店主に、マリーナは艶のある笑みを浮かべながら、口を開く。


「ミール牛のチーズはあるかしら?」


 そう尋ねたマリーナの言葉に、店主の顔には数秒前より更に大きな驚愕が浮かぶのだった。

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