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レジェンド  作者: 神無月 紅
レーブルリナ国
1524/3865

1524話

 レイがメジョウゴに行った翌日……いや、正確には眠ったのは朝方近かったので、当日と表現すべきなのだろうが、やはり起きた時こそが翌日という認識を持っているレイにとっては、翌日だった。

 ともあれ、眠ったのが朝方であった以上当然なのだが、レイが起きたのは既に昼近い時間だった。

 そのまま身支度をして食堂に向かうと、既に食堂には昼食を食べる客がそれなりにいた。

 ……食堂にいる人数がそこまで多くないのは、銀の果実亭の食堂を使えるのは宿泊客だけで、夕暮れの小麦亭のように食堂を開放していないというのも大きいだろう。

 それでも朝と夜は客の数が多くなるのだが、今は昼……日中だ。

 この銀の果実亭に泊まっている客達も、それぞれが自分の仕事をするべく現在は宿の外にいる。

 であれば、昼食も仕事をしている者と食べるといった風に、わざわざ銀の果実亭まで戻ってくる必要はないのだろう。

 だが……食堂にいる人数がそこまで多くないからこそ、その異様さが際だつ。

 食堂に幾つもあるテーブルのうちの、一つ。

 そのテーブルに、現在食堂にいる多くの者が、老若男女関係なく注意を向けていたのだ。

 視線を向けている者以外に、食事をしつつも、そのテーブルの方に意識を向けてしまうのを止められない。


(まぁ、無理もないか)


 食堂に入ってきたレイは、周囲の様子を見ながらしみじみとそう思う。

 当然のように、他の客達の視線や意識が、向けられているテーブルにいるのは、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、ビューネの四人だ。

 イエロの姿がないことを疑問に思ったレイだったが、恐らくまだ眠っているのか、それともセトの下に向かっているのかのどちらかだろうと判断する。

 そうしてエレーナ達の席に向かうレイだったが、そんなレイの姿が目立たない筈はなく、当然のように他の客達から視線を向けられる。

 その視線の中には、お前のような子供があんな美人を口説ける訳がないだろうと、馬鹿にした視線もあった。

 美女、美少女揃いのエレーナ達だけに、もし今が夕方であれば口説こうと考える者も当然出てくるだろう。

 だが、幸いなことに現在の食堂にはそんな真似をしようとする者はいなかった。

 それだけにレイの行動は非常に目立ち、馬鹿にしたような視線が向けられるのも当然だったのだろう。

 だが、レイは当然のようにそんな周囲の視線を無視し、テーブルに近づいていく。

 そして、テーブルで昼食――もしくは遅い朝食――を食べていたエレーナ達は、そんなレイの姿に気が付く。

 周囲の客達が、レイはどんな風に断られるのかと、若干意地の悪い思いと共に見ていたのだが……レイを見たエレーナ達は、それぞれが笑みを浮かべる。

 唯一ビューネだけが、いつものように表情を変えずに食事を続けていたが。

 ただし、その笑みはどちらかと言えばレイの秘密を見ての笑みのようにも思える。

 心なしか自信に満ちている表情を浮かべている三人を見て、レイも何となくその笑みの理由――エレーナが話しただろうイエロの記憶――に思い至るが、今はそれを意図的に無視することにした。


「レイ、今日は随分と寝坊をしたな」

「……そう言っても、寝たのが遅かったんだし、しょうがないだろ」


 からかうようなエレーナの言葉にそう返事をしつつ、レイは特に断りもなくエレーナ達と同じテーブルに座る。

 そんな様子を見ていた周囲の客達が浮かべたのは、驚愕という言葉が相応しい表情だった。

 てっきり身の程知らずにも美女達を口説こうとし、あっさりとそれを断られる……そんな光景を想像していたのだが、結果が全く正反対だったのだから当然だろう。

 それどころか、美人達と気軽に言葉を交わしているのだから、嫉妬の念を抱くなという方が無理だった。


「いや、もしかしてあの顔は……女か?」

「声は男だろ? 態度も男だし」

「……けど、あの顔だぞ?」

「まぁ、お前さんの気持ちは分かる」

「うわぁ……男の人でああいう綺麗な人って珍しいわね」

「そうね。けど、あたしは趣味じゃないな。やっぱり男は頼り甲斐がなくっちゃ」


 食堂ということで、椅子に座るとドラゴンローブのフードを脱いだレイの顔を見て、また小さな騒動が起こる。

 その素顔を見て、一瞬男か女か分からなかったのだろう。

 ましてや、ドラゴンローブで身体のラインを隠しているのも、その判断に影響しているのは間違いない。


「それで、今日はどうするの? 出来るだけ早い内に片付ける必要があるんでしょ?」


 パンの入った籠に手を伸ばしながら尋ねてくるヴィヘラに、レイは店員に適当に料理を注文してから、考える。


「そうだな。メジョウゴがどこにあるのかは分かったから、セトに乗って一旦メジョウゴの上空を飛んできたいと思う。出来れば、メジョウゴ全体がどんな風になっているのか、上空から一度確認しておきたいし」


 マリーナに精霊魔法で話し声を誤魔化すように頼んでから、そう呟く。

 そんなレイの言葉に、エレーナ達は全員が納得したように頷いた。

 ギルムにちょっかいを出してきたジャーヤという組織に落とし前をつけるのであれば、当然そのジャーヤの中でも重要な場所なのだろうメジョウゴで戦闘になる可能性は高い。

 であれば、前もってメジョウゴが具体的にどのような構造になっているのか、調べておくのはおかしな話ではない。


(幸いメジョウゴは歓楽街だ。だとすれば、昼すぎから夕方くらいまでは眠っている奴が多い筈。だとすれば、街の上空を飛んでも、見つかる可能性は低いだろうし……結界の類もあるようには見えなかったしな。最悪、メジョウゴに直接降りてみるのもいいか?)


 そう考えるレイだったが、すぐに考えを改める。

 シャリアから受け取った奴隷の首輪を見れば分かるように、ジャーヤはかなり錬金術の能力が高いと思った方がいい。

 であれば、もしかしたらレイが知らないような何か特殊なマジックアイテムがメジョウゴに仕掛けられているという可能性は決して否定出来ないのだ。

 勿論、レイにとってはそのようなマジックアイテムは、あればあるだけ自分の懐が暖まる代物なのは間違いない。

 だが、相手はマジックアイテムだ。

 シャリアが渡された奴隷の首輪を見れば分かるように、レイにとっても予想外の効果を持っているという可能性は十分にある。

 であれば、レイの意表を突くようなマジックアイテムがないとは言い切れないのだ。


「ふーん。じゃあ、取り合えずレイはそういうことでいいとして……私達はどうする?」

「ヴィヘラ、言っておくけど喧嘩沙汰はごめんよ」


 今日の予定をどうするかと言ってきたヴィヘラに、マリーナは釘を刺すようにそう告げる。

 だが、そんなマリーナに対してヴィヘラは不満そうに口を開く。


「別に、私だって誰彼構わずに喧嘩を吹っかけたりはしないわよ。この国には強い相手はそんなにいないみたいだし」

「いや、そうでもないぞ」


 ヴィヘラの言葉に被せるように、レイが口を挟む。

 そんなレイに対し、ヴィヘラは何かを期待するような視線を向け、口を開く。


「何? もしかしてメジョウゴには強そうな相手がいたの?」

「ああ。ただ、この国の冒険者よりは強いと思うけど、ヴィヘラが満足する程となると……正直、どうだろうなって感じの強さだけど」


 レイの脳裏を過ぎったのは、メジョウゴの詰め所で見たオーク似の女だ。

 この小国にいるとは思えないくらいの強さを持つだろうことは間違いなかったが……それが、ヴィヘラを満足させられると聞かれれば、レイも首を傾げざるを得ないだろう。

 元々高い戦闘能力を持っていたヴィヘラだったが、アンブリスを吸収したことにより、その戦力は更に増している。

 それこそ、本当の意味で……心の底からヴィヘラを満足させるのであれば、レイやエレーナ、マリーナといったレベルの強さが必要になる。

 ……もっとも、今上がった名前の中でマリーナの攻撃手段はあくまでも弓と精霊魔法であり、その辺の相手ならまだしも、ヴィヘラのような強者と近接戦闘で渡り合えるかと言われれば、かなり難しいだろうが。


「ふーん。……でも、このままロッシで何もしてないよりは、そっちの方がまだ面白そうね」


 ギルムにいる時であれば、マリーナの家でエレーナやレイと模擬戦が出来て――命懸けではないので――ある程度満足出来ていたヴィヘラだったが、このロッシでそのような真似をする訳にはいかない。

 いや、この銀の果実亭はロッシの中でも屈指の高級宿である以上、当然身体を動かせるようなスペースは存在している。

 だが、そこでヴィヘラが身体を動かそうものなら、その肢体を見る為だけに大勢の者達がやってくるのは間違いない。

 そうなれば色々と面倒なことに発展する可能性もあったし、何よりロッシでは殆ど名前の知られていないヴィヘラが具体的にどのような力を持っているのかを周囲に知らしめることにもなってしまう。

 出来ればヴィヘラやマリーナといった、このロッシまでは名前の広まっていない者達の実力は隠しておきたいというのが、レイの正直な思いだ。

 だからこそ、レイは人目につくような場所で身体を動かさないようにと、ヴィヘラに……そして他の面子にも言い聞かせていた。

 もっとも、エレーナもマリーナもヴィヘラ程に好戦的という訳ではない。

 ビューネにいたっては、動かなくてもいいのであれば動かず、料理を食べていたいというのが正直なところだ。

 勿論長期間身体を動かさなければ、身体が鈍るのは間違いないので、あくまでも短期間という条件付きなのだが。

 

「問題なのは、そいつがメジョウゴにいることだろうな。……まさか、ヴィヘラをメジョウゴに連れて行く訳にもいかないし」

「あー……そうでしょうね。もしそんな真似をしたら、もの凄い騒ぎになるのは間違いないし」


 マリーナの言葉に、その場にいた全員が……食べることに集中していたビューネですら、頷く。

 実際、ヴィヘラの格好は娼婦と言われても納得出来るような代物だ。

 そのような人物がメジョウゴにいれば、当然のようにヴィヘラを買いたいと思う者が大勢現れる。

 そうなれば当然のように騒動が起き、その騒動はジャーヤの者達にも知られ……と、レイ達の存在が露見してしまうのは間違いないだろう。


「最後の仕上げ……ジャーヤに強烈な一発を食らわせる時なら、ヴィヘラがメジョウゴにいてもいいと思うけど……問題なのは、それがどれくらい掛かるか、だな」


 出来るだけ早く戻ってきて欲しいとは言われていたが、だからといって強引に事態を進める訳にもいかないだろう。

 それで全く関係ない場所に被害が出れば、それこそギルムにおけるダスカーの立場が……そして中立派の立場が、悪くなってしまうのだから。

 また、今回の一件ではエレーナが協力しているのを見れば分かる通り、貴族派も協力している。

 もしここで大きな間違いを起こせば、それは貴族派に対してもダスカーが大きな借りを作るということになってしまう。

 出来るだけ早く報復を行う必要があり、それでいながら可能な限りミスをしないようにする。

 色々と厳しい状況だが、そのように厳しい状況だからこそダスカーはレイ達にそれを頼んだのだ。


「もう少し色々と事情を知っている相手がいれば、こちらも楽が出来るのだがな。……残念ながら、そう簡単にはいかんか」


 スープを飲んでいたスプーンを皿の中に戻しながら、エレーナが呟く。


「出来ればそういう相手がいれば、こちらは楽だけど……そんな存在が、そう簡単に表に出てくるかしら?」


 ジャーヤという組織の行動を考えれば、不満を持っている者はかなりの数になるのは間違いない。

 だが、不満を持っているからといって、それを表に出すような真似をすれば危険な目に遭うのは間違いない。

 そうである以上、ジャーヤに対する反感を表に出す者はそう多くない筈だ。

 レイ達がそのような相手に接触しようにも、向こうがそれを隠しているのであれば、それを見つけるのは困難極まるだろう。

 ここがギルムのように勝手知ったる土地であれば、情報屋にそれを頼むという手段もあるのだが……


「情報屋が使えないというのは、痛いな。……マリーナ、ギルドから情報屋を紹介して貰えないのか?」

「無理ね。いえ、紹介はして貰えるでしょうけど、その情報屋が本当に信用出来るかどうかは、微妙なとこなのよね。その辺は前にも説明しなかったかしら?」

「……言ってたな。けど、他に手掛かりがない以上、それが一番手っ取り早くないか? 多少の危険は覚悟して、出来るだけ早く動き出す為にも……」


 レイの言葉に、マリーナは少し悩む。

 そもそも、レーブルリナ国ではギルドの力そのものが、そこまで強くない。

 それでも護衛や盗賊の討伐といった依頼を受けているので、ある程度の力はあるのだが、ギルムのような辺境とは比べものにならない。

 そうである以上、ジャーヤの目が光っていたり、もしくは自分から利益を求めてジャーヤと繋がっているものがいない……とは限らないのだ。

 だが、このままでは事態が進まないのも事実。

 その辺りを考え……やがて、渋々ではあるがマリーナは頷きを返すのだった。

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