1512話
レイ達が情報を集めて銀の果実亭に戻ってくると、既にマリーナ達は宿に戻っており、早速レイの部屋に集まって情報交換をすることになる。
本来なら食堂で何か食べながら……というのも考えたレイだったが、ギルムと違ってこのロッシで自分達は圧倒的に目立つというのは理解していた。
また、アジャスの一件を組織が何も掴んでいないという可能性も捨てきれない以上、やはり人目につく場所での相談は止めておいた方がいいという判断だ。
レイ達の存在に慣れている夕暮れの小麦亭であれば、レイ達が食堂で何か食べながら相談していても、特に気にするような者はあまりいない。
もっとも、常に何か商売の種がないかと考えている者達にとっては、レイ達の相談というのはいい金儲けの種になりかねないので、レイが心配しているのとは別の意味で会話を聞こうと思っている者が出てくる可能性は高かったが。
「はい、お土産。レイはこれが気に入ってたでしょ?」
そう言いながらマリーナが差し出したのは、パーニャン。
大きめのフランスパンのようなパンの中身をくり抜き、そこに肉と野菜を炒めたものを入れた料理で、この国の名物料理だ。
ロッシにやって来て最初に食べたその料理は、マリーナが言った通りレイは気に入っていた。
ビューネも、マリーナが渡してきたパーニャンを貰って嬉しそうにする。
だが……レイ達は酒場でもある程度料理を食べていたのだ。
レイとビューネのように食事量の多い者であればともかく、その性癖はともかく食事量は普通より少し多い――あくまでも冒険者の普通だが――といった程度のものでしかない。
そんなヴィヘラだけに、食べ応えのあるパーニャンを食べられる筈もなかった。
「レイ、お願い」
「ああ」
取り合えずということで、ヴィヘラの分のパーニャンは一旦ミスティリングに収納し、改めて話を続ける。
「それで、あからさまに怪しい場所を見つけることが出来た」
レイの言葉に、エレーナは少し不機嫌そうにしながら、だがマリーナは笑みを浮かべる。
やがて、マリーナが面白そうに口を開く。
「メジョウゴ……でしょ?」
どうやらマリーナ達も正解と思われる場所に辿り着いていたらしい。
一瞬驚いたレイだったが、そもそもメジョウゴは別に隠されている訳ではないのだから、それも当然だろう。
もっとも、娼館と酒場によって成り立っている、文字通りの意味での歓楽街だ。
普通歓楽街という単語を聞かされて思い浮かぶのは、街や都市にある一区画といった場所だろう。
だが、メジョウゴの場合は名前通りなのだ。
当然のようにそのような場所のことをエレーナやマリーナのような美人が探していれば、娼婦希望者と思われたり、中にはもっと酷いことを考えたり……といった者もいるのだろう。
それでも不幸中の幸いだったのは、マリーナの向かったのがギルドだったことか。
「ギルドの方でも、メジョウゴについてはあまり面白く思っていないみたいよ?」
「……うん? 何でだ?」
娼館の客には当然色々な者達がいるが、その中でも冒険者はかなりのお得意さんだ。
依頼にもよるが、討伐のような依頼を受ければ命を懸けることになる。
また、それ以外の依頼……例えば護衛の依頼であっても、盗賊と命懸けで戦うことは珍しくない。
そうして命懸けの依頼を終えた者の多くは人肌が恋しくなり、娼館に向かうということは多い。
勿論恋人がいるのであれば、話は別だろうが。
ともかく、娼館というのは冒険者にとっては酒場と同様に必須の場所だ。
もし娼館がなければ、それこそ性犯罪が多くなってしまうだろう。
そうなれば、当然冒険者の……そしてギルドの評判も悪くなってしまう。
なのに、何故ギルドがメジョウゴを面白く思っていないのか……それがレイには分からない。
そんなレイの疑問を感じたのか、マリーナはレイが用意した果実水を一口飲んでから、説明を始める。
「歓楽街にある娼館の護衛とかも、基本的には冒険者の仕事の一つとしてあるのよ。勿論独自のコネがある場合、それこそ引退した冒険者とか、知り合いの冒険者とかを雇うこともあるけど。ただ……それは、あくまでも一つの店として考えた場合よ」
そこまで言われれば、レイにもマリーナが何を言いたいのかが分かった。
「つまり、メジョウゴでは冒険者はあくまでも客として必要であって、護衛としては冒険者に依頼を出してはいないってことか?」
「正解。そのメジョウゴは、この辺ではかなり有名な歓楽街らしいわね。それこそ、ミレアーナ王国を始めとして、周辺にある国々からも大勢人がやってくるくらいには」
「それだけやってくる客が多いなら、もし冒険者が警備の依頼を受けていれば大きな収入になったのは間違いないでしょうね。それが潰されたのが面白くなかった……そんなところ?」
ヴィヘラが口を挟み、その言葉にマリーナが頷く。
「そうなるわね。ギルドマスターと面会したけど、そのことにかなり強い不満を持っているようだったわ」
「ふーん……ちなみに、そのギルドマスターは、やっぱりマリーナの知り合いじゃなかったのか?」
ギルドに行く前に、ここのギルドマスターはマリーナの知らない相手だというのは前もって聞いてレイも知っていた。
だが、もしかしたら以前会ったことがあったが、忘れているだけなのではないか……そう思っていたレイだったが、マリーナは首を横に振る。
「残念だけど、会ったことのない相手だったわね。向こうは私のことを知ってたみたいだけど」
「……だろうな」
マリーナという存在は、色々な意味で有名だ。
それこそ、ミレアーナ王国の属国でギルドマスターをしている人物であれば、名前を知っていて当然というくらいには。
そう思っていたレイだったが、何故かギルドマスターの話になると不機嫌そうな表情を浮かべたエレーナに気が付く。
「どうした?」
「……正直、私はここのギルドマスターは好きになれない」
「あー……エレーナの場合はそうでしょうね。あそこまで露骨に擦り寄られれば、エレーナには面白くないでしょうし」
「そうなのか?」
「ああ」
レイの問いに、短く返事をするエレーナ。
そんなエレーナの様子を見たレイは、何となくロッシのギルドマスターの性格が自分にも合わなさそうなものを感じた。
「ああいう一種の俗物は、まともに相手をすると疲れる……いえ、面倒かもしれないけど、自分に利益があると思えばこっちを裏切るようなことはないから、使い勝手という面ではいいんだけどね」
「分かっている。私もそれを表に出すような真似はしない。あくまでもレイやマリーナ、ヴィヘラ、ビューネといった者達の前だからだ」
それは、ここにいる面子には気を許しているから本音を出していると、そういうことなのだろう。
エレーナは黄金の髪を掻き上げながら、照れくささからか、そっと視線を逸らす。
「と、とにかくだ。そのメジョウゴという場所に何かの手掛かりがあるのは確実だと、そう思ってもいいのだな?」
照れを誤魔化すように告げるエレーナだったが、実際その言葉は間違っていない。ただ……
「メジョウゴといった場所を全く問題なく運営出来ているとすれば、やっぱりレーブルリナ国の上層部にも組織と繋がっている奴がいるのは間違いないだろうな」
呟くレイの言葉に、他の者達は全員が同意するように頷く。
普通であれば、メジョウゴのような歓楽街を運営出来るわけがない。
それが運営出来ているという時点で、この国の上層部が何らかの形で組織に関わっているのは間違いないと思われた。
「で、問題なのは誰がメジョウゴに行くか、になる訳だけど」
そう言いながらも、マリーナの視線が向けられたのはレイだ。
当然だろう。そもそも一行の中で男なのはレイだけなのだから。
そして娼館がメインで運営されているメジョウゴに行くのは、当然男となる。
結果として、最初からメジョウゴに行くのはレイという結論しかない。
だが……当然ながら、それを許容出来ない者がいる。
「私は反対だ」
真っ先に反対の言葉を口にしたのは、エレーナ。
自分の好きな相手を娼館に送り出すというのは、許容出来なかったからだ。
もっとも、娼館に行くのは駄目だが、エレーナ以外にマリーナ、ヴィヘラと他の二人の妻を迎えるのは構わないという辺り、レイはいまいち理解出来なかったが。
「うーん、私も内心では反対なんだけど……でも、レイ以外に誰が行くのよ?」
不満ではあるが、我慢出来ない程ではないといった様子のマリーナ。
「私もどちらかと言えば、マリーナと同じかしら」
こちらも、仕方がないといった様子でヴィヘラが呟く。
そんな女三人とは裏腹に、ビューネはどちらでも構わないと自分以外の面々のやり取りを見守っている。
「……レイはどう思っているのか、聞かせて欲しい」
「そこで俺に聞くのか……」
うわぁ、といった表情でレイが呟く。
男が自分だけである以上、当然ながら自分が行くしかないというのは理解している。
だが、同時にエレーナが反対する理由も理解は出来るのだ。
「で? レイはどう思っているのか……私も聞かせて欲しいわね」
そんなレイの様子を見ていたマリーナは、笑みを浮かべながらレイを見る。
ヴィヘラも、そんなマリーナと同様に、レイの方を見ていた。
そんな三人の視線を受け、レイはどうしたものかと考える。
色々と言いたいことはあるのだが、そもそもレイ達は依頼を受けてレーブルリナ国に来ているのだ。
そうである以上、ギルムにちょっかいをだしてきた組織の報復をする為に、手段を選んでいられないというのも事実だ。
ましてや、紅蓮の翼の面々は全員が増築工事において大きな役割を果たしている。
そうである以上、出来るだけ早くギルムに戻った方がいいというのも理解している。
「あー……そうだな。他に何も手掛かりがないのなら、結局俺が行くしかないと思う。間違いなく、メジョウゴには組織の手掛かりがある筈だし」
「それは……」
エレーナも、レイにそう言われれば言葉を引っ込めるしかない。
そもそもの話、エレーナがこうしてレイ達と共にレーブルリナ国に来ているのは、父親のケレベル公爵からレイ達に協力するように言われている為なのだから。
公爵令嬢として、そして姫将軍の異名を持つ貴族派の象徴としての自分と、一人の男に恋する女としての自分。
その狭間で揺れ動くのは、エレーナの潔癖さが生み出した苦しみ故のものだろう。
「レイ、どうしても行くのか?」
「俺が行くしかないだろ? 勿論ロッシにも間違いなくアジャス達の組織の拠点は幾つもある筈だ。けど、それが具体的にどこにどのくらいあるのかというのは、当然ロッシに来たばかりの俺達には分からないし」
「情報屋も、本当に信頼出来る相手はそう簡単に見つからないでしょうしね」
マリーナがしみじみと呟く。
それは、かつて冒険者として活躍し、その後はギルドマスターとして働いてきたからこそ分かることなのだろう。
嘘や古い情報を売るだけならまだしも、最悪の場合はレイ達の情報を組織の方に売りかねない。
そのようなことをしない、信頼出来る情報屋を探すというのは、大変だ。
ましてや、ここはレーブルリナ国の首都ロッシ。
誰もここの土地勘のようなものはない以上、更にその難易度は上がる。
誰かに紹介して貰うという手段もあるのだろうが、そうなるとその誰かが信頼出来る相手かどうか……という点も大きく関わってくる。
「特に俺達の場合、そんなに時間を掛ける訳にもいかないしな」
呟くレイの言葉に、全員が頷く。
「ほら、エレーナ。別にレイがメジョウゴに行ったからって、本当に娼館に行く必要はないでしょう? この場合、必要なのはそのメジョウゴにいる娼婦達が、アジャスのような人達に連れ去られた相手かどうかを確認するだけだし」
「だが、マリーナ……お前は平気なのか?」
「面白くないかどうかと言われれば、勿論面白くないわよ? けど、情報が少ない今の状況をどうにかするのなら、多少の危険は覚悟する必要があるでしょう。……まぁ、危険は危険でも、身の危険じゃなくて貞操的な意味の危険だけど」
面白そうに呟くマリーナだったが、レイはその最後の部分は聞かなかったことにする。
「俺の育った場所には、虎穴に入らずんば虎児を得ず……って言葉がある。簡単に言えば、何か大事な物を欲するのなら危険な目にあう必要があるってことだな」
「……レイの場合、虎と遭遇しても寧ろこれ幸いと倒してしまうような気がするが……」
「そうね。レイなら虎くらいは余裕よね」
エレーナの言葉にヴィヘラが同意するように頷き、部屋の中に笑みが漏れる。
そうして笑みが消えると、エレーナは不承不承ながら口を開く。
「分かった。レイに任せるとしよう」
不服そうにしながらも、レイがメジョウゴに向かうことを認めるのだった。