6話 パーティー勧誘
異世界召喚されてから三日が経った。
その間俺たちは召喚された広場を拠点として、周囲の森の探索を続けていた。
目標は二つ。食料の調達と人里への到達である。
食料については一日目から継続してである。食べ盛りの高校生が28人もいる以上、いくら取ってきてもその日の内に消費してしまうためだ。
森にいる魔物が驚異でないと分かった二日目からは探索の効率を上げるために、ユウカの提案の元四つの隊に分けて行っている。というのも、二つ目の目標である人里の到達を早めに為したいからだ。
未だ俺たち以外の人間に会ったことがないので実感が沸かないが、どうやらこの世界にも文明はあるらしい。
そもそも俺たちの最終的な目的は元の世界に戻るために渡世の宝玉とやらを集めることだ。
宝玉について石碑に書いている情報はなく、どんな見た目なのか、集めろということは複数存在するはずだがそれが何個あるのか、そして一体どこにあるのかと分からないことばかりだ。
この拠点に止まっていても進まない。
といっても宛もなく探しても見つからないだろうので、人里で情報収集するべきというのが俺たちの共通見解だった。もしかしたらこの世界の人たちなら渡世の宝玉について知っているかもしれないという期待もある。
「疲れた……ようやく拠点に戻って来れたな」
拠点の北側を探索するユウカをリーダーとする隊に入れられた俺は、今日の探索で食料こそ手に入れたものの、人里の痕跡はなく空振りだった。夕方になり拠点に戻ってきたが、どうやら四つの隊で一番の到着のようだ。
早速『調理師』のスキルも持つユウカが、今日の獲物で夕食を作り始める。厨房はスキル『調理師』を持つ者の独壇場であり、俺のやることはない。
手持ちぶさたにしていると南の探索に向かった隊が帰ってきて、そのメンバーであるリオが俺を見つけて近寄ってきた。
「お疲れさまです、サトルさん」
「リオか。そっちの探索はどうだったか?」
「残念ながら人里の手がかりは何も。西に行った一行に期待ですね」
「だな。昨日人の痕跡を見つけたらしいしな。今日で何か掴めていてもおかしくない」
そのときちょうど俺の言葉を裏付けるように。
「やったぞ!! ようやく人里を見つけた!!」
西に向かった隊が帰ってきて、その成果を報告するのだった。
その後、調理を終えたようで夕食が振る舞われた。
「ふぅ食った食った。しかしそろそろ違うものも食べたいよな……」
三日連続でイノシシ肉とキノコのソテーだ。それ以外に食料が見つからないため仕方がないのだが、こうも続くと飽きる。生活が安定しているからこその贅沢な悩みだ。
「今日は祭りだぁぁっ!」
「ウェェェェイ!!」
「ひゃっほぉぉっ!!」
もうみんな食べ終えたようだが、新たな発見に沸いたクラスメイトたちはテンション高く騒いでいる。どうやら今日の調査で森を抜けて、整備された道路を発見。それを辿ることで人里、規模からして村を見つけたらしい。
というわけで明日はその村に行くつもりのようだ。そして自分たちを受け入れてもらえるようなら、この広場からそちらに生活拠点を移すとのこと。
まあこの広場は生活できるというだけで、居心地はどちらかというと良くない方だったので村に移れるならありがたいことだ。
「人里も見つけたし、これからどうするか、だよね」
騒ぎに巻き込まれないように避難していた俺のところに、ユウカがやってくる。
「委員長様、あの騒ぎを収めないでいいのか?」
「あはは、私でも無理だよ。まあ時間が経てば収まると思うから」
「ユウカでも無理となると相当だな。……ああ、そうだ。夕食おいしかったぞ」
「ん、ありがと。隣、座るね」
俺が座っていたベンチの空いたスペースにユウカも腰掛ける。
俺は話を振った。
「それでどうするかって言ってたが、何か考えでもあるのか?」
「うん。私たちの目的である渡世の宝玉だけど、集めろって言葉から複数存在するはずでしょ? それなのにどこにあるのかすら分からないわけだし……クラスでまとまって探していたら途方も暮れるような時間がかかると思って」
「つまりクラスを分散して、手分けして各地に探索に向かわせるってことか?」
「とりあえず今日見つかったっていう村にはみんなで行くけどその後はってこと。その方が探索の効率は上がるから……どうかな、サトル君」
「へいへい、委員長様の指示に従いますよ」
冗談めいた雰囲気で肯定するが、ユウカの顔は晴れない。
「そうじゃなくて……ねえ、サトル君の考えを聞かせて?」
「いや、だから委員長様の――って、あ……」
ユウカがこちらを真剣な目つきで見ていることに気づいた。膝に置かれた手は微かに震えている。
「………………」
そうだな、教室にいたときと同じように、この異世界でもリーダーシップを取っていたユウカ。それはいつもと変わらない光景のようで……その実、大きな負担をユウカに強いていたのだろう。
突然の異世界召喚で混乱しないはずがないのに、頼れる大人はおらず、縋ってくるクラスメイトしかいない。
クラスメイトたちにとって、自分が最後の拠り所なのだと分かっていた。だから毅然とした態度を取るしかなかった。
だから気づけなかった。そうやってみんなを支えるために頑張っていたユウカを……支えてあげる人が誰もいなかったということに。
「……そうだな、探索効率を上げるために分散することに賛成だ。そのおかげで人里も素早く見つけることが出来たんだしな。
そもそも渡世の宝玉がどこにあって、どれだけ集めないといけないのか分からないし。ちんたらやって元の世界に戻れたのがやっと老人になったころなんて、浦島太郎も笑えない話は勘弁だ。どうやらそこらの魔物も俺たちにとっては敵じゃないって事が分かったし、分散しても十分な戦力は維持できると思う」
だから俺は誠意を持って、ユウカの判断を尊重する意見を出す。
「そう……かな。そこまで言ってもらえると助かるよ。ありがとね、サトル君」
「どういたしまして」
ユウカの声のトーンが少し上がったことにホッとする。
「学校でも……こっちの世界でも……サトル君には助かってるよ」
「それは買いかぶりだと思うが……って、学校?」
ユウカとは元の世界ではほとんど接点がなかったはずだが……ユウカの勘違いか?
「「………………」」
それからしばらく二人の間に会話は無かった。単に俺は話すことが無いだけなのだが、ユウカは何かを切り出そうとして躊躇しているのが見て取れた。だが、それを聞き出せるほど俺のコミュニケーションスキルは高くないので居心地悪いながらも待つしかない。
また数分が経って、いきなりユウカが口を開いた。
「それで……渡世の宝玉の探索だけど、効率を上げるためとはいえ流石に28人全員がバラバラになるのは良くないと思うの」
「え……ああ、そうだな」
まさかそれを言うためだけにこんな時間をと思った俺だが、どうやら前置きだったようだ。
「だから3人から4人くらいかな。前衛後衛支援職のバランスを考えながらも、気の合う人たちでパーティーを組むように言おうと思ってるんだけど……。
その私のパーティーに……サトル君も加わってくれない?」
「…………」
なるほど、ユウカが言い渋っていた理由が分かった。
渡世の宝玉探索には時間がかかる。それは俺も言ったことだ。つまりパーティーを組めば、その長い探索の間ずっと一緒にいることになる。
そのパーティー分け……修学旅行の班決めより荒れるだろうな……。余り物グループに入ったので俺は関わらなかったが、喧々囂々していた教室を思い出す。
そしてユウカが俺をパーティーに誘った……と。
女子には慕われ、男子には想いを寄せられるユウカ。
そんな高嶺の花に求められる、誰もが羨むようなシチュエーションに。
しかし、俺は渋面を作って答えた。
「……どうして俺なんだ? 魅了スキルなんてものしか持ってない役立たずだぞ」
「役立たずと組みたいって思ったら駄目なの?」
「ああ、駄目だな。その分渡世の宝玉を集めるのが遅れて、元の世界に戻るのが遅くなる。ユウカの職『竜闘士』は優秀なんだから、優秀なスキルを持ったメンバーと組んで渡世の宝玉をガンガン集めてもらわないと」
「でも、スキルだけじゃその人の優劣は決まらないよ。さっきだって私の考えに、ちゃんと自分の意見を伝えてくれた。そうやってこれからも支えて欲しいの」
「そんなの誰だって出来ると思うぞ。おまえの親友のリオとかまさに適任だ」
「どうして……そんな否定ばっかりするの?」
「事実だからだ。……もういいか?」
半ば強引に会話を打ち切り、立ち上がって逃げようとするが。
「最後に一つだけ。私がサトル君とパーティーを組みたいのは、この異世界でも一緒にいたかったから。それだけの理由じゃ駄目かな?」
俺のにべもない態度にも食い下がるユウカ。
どうやら言葉はそれが最後のようで、口を閉じて俺の返事を待つ。
逃亡に失敗した俺は一度あげた腰を下ろした。
「………………」
俺は子供でもないし、馬鹿でもないし、鈍感でもない。
故に今の言葉が……ユウカが俺に好意を持っているからこそ出たのだと分かっている。
それを理解して……俺は……。
無言となった二人の空間に割り込む声があった。
「そういえば、ユウカ。私はパーティーに誘ってもらえるのかしら?」
「もちろんだって。私は前衛だし、後衛のリオがいてくれれば百人力だし………………………………え?」
「まあそうですか。良かったです♪」
手を合わせて喜びを表現するリオを、オイルの切れた機械のようにギギギと効果音が出そうなほどゆっくりと振り向いて見るユウカ。
「…………一体いつからそこにいたんですか?」
「それはもう、『それで……渡世の宝玉の探索だけど、効率を――』」
「はああああああああああっ!? そこからぁぁぁっ!?」
錯乱して叫び声を上げるユウカ。
パーティーのお誘いからということは、つまりユウカが弱った部分を見せてサトルの意見を頼った場面は見られていないということだが、その程度の事実は焼け石に水のようだ。
「二人きりで隣に座って雰囲気を作っていれば、それは注目しますよ。みなさん、そうですよね?」
さらにユウカにとって最悪なことは、さっきまで騒いでいたクラスメイトたちがいつの間にか静かになり、二人を囲んで見守っていたことだった。
「っ……正直羨ましすぎるが……」
「くっ……だがあそこまで乙女な一面を見せた委員長の思いを……俺たちは踏みにじることは出来ん……!!」
「俺たちの分まで……幸せにしろよ」
今までサトルとユウカの関係に嫉妬していた男子たちが、血涙を流しながらも祝福ムードになり。
「……いいわね」
「私たちも……あそこまで思える人が欲しいわ……」
「お幸せにね」
女子たちはうっとりとしている。
「ちょ、へ、変な雰囲気にしないでよ!? 私がサトル君をパーティーに誘ったのはそんなつもりじゃ――――」
「そんなつもりでは?」
「無い……と言えなくも無いような気がしないでもないけど……」
「要するに『ある』というわけですね?」
「………………リオのイジワル」
「「「Fooooooo!!」」」
ユウカが暗に認めたことによりヒートアップする観客たち。
口々にはやし立てたり、いじったり、祝ったりする中、当事者でありながら置いていかれている存在に気づいた者が現れた。
「それでサトルの返事はどうなんだよ!?」
「そうだぞ、ユウカさんがここまで言ってるんだぞ!?」
「早く答えなさいよ、それが男ってもんでしょ!!」
口々にサトルの返事を催促する。
「ああ……そうだな」
一連の流れに圧倒されて思考を放棄していた俺は、その言葉で復活した。
「サトル君……」
ユウカも破裂しそうな心臓を抑えて、答えを待つ。周囲も黙って待ちかまえる。
そんな中俺は小さくため息を付いて……口を開いた。
「全く揃いも揃って――――馬鹿ばかりだな」
「……へ?」
YESかNOが返ってくると思っていたユウカと周囲のクラスメイトたちはその言葉に困惑した。
「分かってない。ユウカのその言葉は……魅了スキルで植え付けられた偽りの好意によるものだ」
「…………」
「二人の様子があまり変わらなかったから、心配してなかったが……ここまで影響を及ぼすとは。……まあスキルを暴発させた俺が言えた義理ではないか」
俺は自嘲気味に発言して、次の宣告を行った。
「二人にかけた魅了スキルを解除する」
「………………へ?」
「どういうことでしょうか、サトルさん」
ユウカもリオも雰囲気が変わっていない。
「やっぱり無理か……」
魅了スキルの詳細に『一度かけたスキルの解除は不可能』と書いていたので駄目で元々ではあったが。
「なら、命令だ。二人とも俺に対する好意を忘れろ」
自分でもゾッとするような冷たい声音で続ける。魅了スキルにかかった二人に対する命令は絶対のものになるはずだったが。
「ねえ、サトル君? さっきから何をしているの?」
「忘れられる訳が無い……ってふざける場面ではなさそうですね」
やはり様子の変わらない二人。これも想定済みではある。
魅了スキルの一文には『虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う』とあった。つまり命令できるのは肉体のみで心にまで影響を及ぼすことは出来ないということだろう。
それでも一縷の望みをかけてだったが……駄目みたいだな。
「しょうがない、なら対症療法でしかないが、物理的に近づけさせなければいいだけだ。
命令だ、二人とも俺への接触を禁――」
「ちょっと待ってよ!」
ユウカの気迫の籠もった声に、俺は命令を中止させられる。
「ねえ、さっきからサトル君私たちを遠ざけようとしてどういうことなの!?」
「どういうことも何も、魅了スキルに蝕まれた二人をあるべき姿に戻すためだ」
「蝕むって……私はそんなこと……!」
「無い、という言葉に魅了スキルが関わっていないと証明できるのか? 偽りの好意から来ている言葉じゃないのか?」
「それは……」
その言葉は予想外だったようだ。否定しきれないユウカから、周りのクラスメイトに視線を移す。
「みんなも今日のユウカの行動は忘れてやってくれ。あれは魅了スキルによって歪められた行動だ」
「何で……そんなことを……」
「どうしてか……それは」
「…………」
「いや、知る必要の無いことだな。――命令だ、二人とも絶対に俺を追ってくるな。他のみんなも願わくば俺を一人にしてくれ」
感傷的になり口を滑らせそうになった俺は、今度こそ命令をかけて踵を返す。向かうのは広場の外に広がる森だ。
色んな感情がごちゃ混ぜになっている。
一人になって整理をしたかった。