4話 魅了スキル、疑惑
『私もサトル君の魅了スキル……かかっているかもしれない』
「……え?」
委員長ユウカの言葉に驚く俺だが……論理的に考えてその可能性は高いと思っていた。
魅了スキルの効果範囲にいて、対象の『魅力的だと思う異性のみ』にも当てはまっている。失敗する理由が思い当たらない。
だが、ネックとなっていたのは。
「だったらどうしてリオと反応が違うんだ?」
魅了スキルによる好意から抱きついてきたリオと違って、ユウカの俺に対する反応は今までと変わりが無い。
「そ、それは私に聞かれても困るけど……」
「……なるほどそういうことですか」
しどろもどろになる委員長のユウカに対して、リオが謎が解けたという顔をしている。
「そういえばユウカは先ほど確認したステータスでスキルに『状態異常耐性』を持っていましたね。それのせいで魅了スキルのかかりが中途半端なのでは」
「そう、それ! そういうことだよ! ほら見て!!」
リオの言葉にユウカは身を乗り出して同意するとステータスウィンドウを開いて見せる。スキルの中に『状態異常耐性』という表示があった。
「これで魅了スキルがかからなかったってことか」
「いえ。耐性であって無効ではありません。魅了スキルはかかってはいるはずです。ユウカもあの光を浴びてからサトルさんにそれなりの好意を持ったんじゃありませんか?」
「え、えっと……言われてみればそうかも」
リオの言葉に頷くユウカ。
「つまり中途半端に魅了スキルにかかったってわけか」
好意がリオほど上がらなかったから突然抱きついたりしなかったってことだろう。
「ですから、サトルさん。ユウカに命令を出してみたらいかがですか? 中途半端とはいえかかっているなら、命令にも従う可能性もあります。そうなればあんなことや、こんなことをさせることも……」
「ちょ、な、何を言っているのリオ!?」
「衆人環視な状況でそんなことをするかっての」
そもそもそんなことをしたら、今も嫉妬の眼差しで俺を射殺さんばかりに睨んでいるクラスメイトの男子たちに本当に殺されるかもしれない。
「リオさんに飽きたらず……ユウカさんまで!?」
「やっぱり爆発だな。頼めるか?」
「スタンバーイ、オッケー」
ほらな。
「………………」
まあでもどういう状況なのかは気になる。
好意に関しては中途半端だっただけで命令には完全に従う、とかだとしたらちょっとした言葉尻を命令と受け取って暴走する可能性もあるわけで面倒だ。
「すまん、確認のために命令するけど、委員長はいいか?」
「へ、変な命令は駄目なんだからね! 絶対駄目だからね!!」
顔を真っ赤にして念押しする委員長。
……何だろうか。押すなよ、押すなよ言っているようでお約束を守りたくてムズムズするが、しかし命がかかっているので我慢する。
「よし、命令だ――右手を挙げろ」
「え……はい」
「左手を挙げろ」
「えっと……こう?」
「右手を下げるな」
「……おっと」
「左手を下げるな」
「……っ、よしっ」
右手も左手も挙げて、バンザイした状況のユウカ。
「ん、どうやら命令は聞くよう――」
「駄目です、サトルさん」
満足しようとした俺をリオが止める。
「どうした?」
「こんな脳トレで何が分かるって言うんですか?」
「いや、でも命令に従ってはいるだろ」
「こんなのフリでも従えます」
「いや、ユウカがそんなフリする意味がないだろ?」
「とにかく。本当にどこまで魅了スキルにかかっているか確認するには、やはり本人がやりたがらないことを命令するべきです」
「いや、でも……おまえこの状況分かっているのか?」
周囲の嫉妬の眼差しを向けている男子を指さす。
「分かってますとも。ですから……ちょっと耳を貸してください」
リオは耳打ちでユウカに出すべき命令を伝える。そして最後にフッと息を吹きかけられた。
「っ!? く、くすぐったいだろうが!!」
「ふふっ、ちょっとした悪戯心です」
クスクスと笑みを浮かべて離れるリオ。くそぅ、翻弄されているな。
「ねえ、何の話? そろそろ両手下げていい?」
「ああいいぞ……ってずっと挙げてたのか。いやこれも命令の効力か?」
下げないと言った命令をずっと下げてはいけないと受け取ったのだろうか。俺としてはその瞬間だけのつもりだったが、曖昧な命令は受け手側で解釈できるのはすでに分かっている。つまりユウカが律儀な性格だということだろう。
この件からしてもうユウカに命令できると確信してもいい気がするが…………リオに言われた命令を最終試験にするか。
「じゃあ最後に委員長に命令だ」
「何かな?」
安心している表情のユウカ。変なことを命令されるという不安から、脳トレが始まったのですっかり俺が次も普通の命令を出すと信じているのだろう。
……まあ、それは裏切られるのだが。
「委員長の……ス、スリーサイズを教えろ」
「………………へ?」
間の抜けた表情を見せるユウカはそのままフリーズする。
さっきとは違ってすぐには命令に従わないようだが……これも耐性で魅了スキルのかかりが悪いからだろうか。
「………………」
黙ったまま見る見る内に顔が赤くなっていくユウカ。
口を開かないということは命令が効いていない……これは耐性のせいか……。
いや、そもそも魅了スキルが失敗していたという可能性もある。優しい性格の彼女だから、クラスメイトには一定の好意を持っているのだろう。それを魅了スキルによる好意だと思ってしまった。脳トレには反射的に対応してしまったというところだろう。
でも、だとしたらどうして魅了スキルが失敗したのか……そんな可能性があるのか……?
「84・60・80……です」
ボソっと答えた声に、思考から現実に引き戻される。
ユウカは命令を順守した。どうやら失敗したという危惧は無駄だったようだ。
「そ、そうか……悪い……」
顔を真っ赤にして羞恥に震えているユウカに、罪悪感を覚える俺に対して。
「え、何て言いましたか? サトルさん、もう少し大きな声で言うように命令してください」
まさに死人に鞭を打つリオ。
「鬼だな、あんた」
「本当に命令できるかの確認ですよ、ほらサトルさん」
「……もう少し大きな声で言え」
やけっぱちで命令を追加する。
「だ、だから……84・60・80よ!! 悪いっ!?」
ユウカに涙目で睨まれた。
「す、すまん」
「ふふっ……そういうことですか」
どうして俺が……いやリオに従って命令を出した以上俺が悪いのだが。
「……おいおい、聞いたかよ」
「ああ、バッチリだ」
「ふう……まあ爆発させるのは止めておくか」
周囲の男子が、ユウカのスリーサイズを聞き出した俺を英雄視する。みんなが得する命令ならば嫉妬されない。リオの提案は流石だったが……。
「サイテー」
「卑劣」
「死ね」
直球の罵倒が女子から浴びせられる。……これは甘んじて受けるしかないか。
「……どうよ!! これで分かったでしょ!! 私にも魅了スキルがちゃんとかかっているって!!」
「分かった、分かった。疑って悪かった、委員長」
「ユウカ。リオも名前で呼んでるんだから私も名前で呼んでよ」
「え、えっと……ごめん、ユウカ」
「ふん……」
まだ少し涙目が残っているユウカが仁王立ちで訴えると、俺は両手を挙げて降参を示す。勢いで名前呼びも要求された。
疑惑は晴れてユウカに魅了スキルがかかっていて、命令も効くようだと判明した。それはいいのだが……少し違和感を覚える。
それはユウカの態度についてだ。
どうしてユウカは自分が魅了スキルにかかっていると主張してきたんだろうか? 分かったところで、俺なんかに命令されるリスクを負うだけだというのに。
律儀な性格だから曖昧にしたくなかった……ということなのだろうか?
考えているとリオがポンと手を叩いた。
「これで一見落着ですね」
「リオ? あんたも許してないんだからね」
「きゃー怖いですっ! サトルさん、助けてください」
俺の身体を盾にするリオ。いや、どうしろと。というかユウカさんも俺が庇っているように見ないでください。何なら熨斗を付けて差し出してもいいんで。
しばらく怒りの表情が収まらなかったユウカだが、首を振って切り替えると。
「全く、色々あったけど……よろしくね、サトル君。頑張って元の世界に戻ろうね!」
俺に右手を差し出してきた。
「……」
本当にすごいスキルだ。
リオもそうだったが、ユウカだって元の世界ではほとんど話したことがない。それなのにこんな俺によろしくなんて言葉を投げかけるほどには好意を持ってしまっている。
向けられた好意にトラウマがフラッシュバックする。
『……あー、勘違いしちゃったか。女慣れしてなくてからかうの面白かったよ、おもちゃ君』
彼女たちが俺に向けている好意は……トラウマのあの子と同じで本物ではない。
魅了スキルによって作られた偽物の好意だ。
「……こんな俺でもいいならよろしく頼む、ユウカ」
「うん!」
おそるおそる握り返した俺に、ユウカは朗らかな笑顔を浮かべる。
……大丈夫だ、今度こそ俺は間違わない。
揺れ動く心を落ち着けるため、もう一度自戒の言葉を胸中でつぶやいた。