10.レオ、おいしい試練を受ける(前)
契約祭の一日目の夜、レオは上機嫌で食事会場に向かっていた。
その足取りは雅やかながら、どこまでも軽い。
ひとえに、昨日から続く幸運のためだった。
(いいねえ。いいねえ、エランド! タダ飯、タダ服、タダ寝台! 快適すぎる)
油断するとスキップしてしまいそうだ。
レオは、かなり調子に乗っていた。
(まず、皇子の監視の目がないっつーのが最高だろ? お目付け役の雪歌鳥には、タダ虫をやって懐柔してるし、あの涼しい部屋なら、暑いエランドでも全然おっけー。あとは、暴言封印の魔術に縛られず話せるあたりも超最高!)
今回、エランドの貴族言葉や古代エランド語を一斉に叩きこまれた結果、もとのスラングと混ざって、敬語表現に限って珍妙になってしまっているのだったが、レオは自分が流暢にエランド語を操っているものと信じて疑わなかった。
むしろこれならば、エランドで貴族相手に商売できるのではないかとすら信じている。
商売、という発想から、レオはにんまりと、己のまとう肩掛け布をなぞった。
(これも、ありがたいよなあ。今夜もほぐして、精霊布の編み方をマスターしよう)
そう。
レオは昨夜から、この古びたラーレンをほぐしては、その作り方を解析しているのである。
ヴァイツでは刺繍の文化こそ発達しているが、編み物の技術はそこまでではない。
特に、エランドで生産される精緻な柄の精霊布などは、作り方すらさっぱり、といった具合なのだ。
そしてだからこそ、ヴァイツではエランド産の精霊布が高値で取引されている。
(俺からすりゃ、このラーレンだってすげえ! って感じなのに、カジェさんたちは「ぼろ布」とか言ってたもんなあ。やっぱ、エランドの技術水準が、ヴァイツとは段違いで高いってことだよな。研究の余地しかないぜ)
レオは改めて、古びてほどきやすくなったラーレンを寄越してくれたカジェたちに、心からの感謝を捧げた。
これが新品だったらうまくほどけないだろうし、形を崩すのも気が引けるが、これだけくたびれていれば心も痛まない。
ちなみに、レオはラーレンを教材としてしか見ていないので、ぼろい衣服を寄越されたと傷つくことなど、あるはずもなかった。
ついでに言えば、この動きやすく汚れの目立たない布地であれば、脱走するにもうってつけだ。
(商売っていうと、ヴァイツの商品を売りつける発想しかなかったけど、これだけ文化が洗練されてんだもん、エランドの商品をヴァイツに持ち込んだほうが得策だよな。なんかないかなあ、新しいビジネスの切り口……)
歩きながら、つらつらとそんなことを考える。
目に飛び込んでくるものすべてが新鮮で、レオのビジネス脳は、先ほどから刺激されっぱなしだった。
と、にこにこ歩いているうちに、目的の場所が見えてくる。
夕闇にかすかに漂うタダ飯の匂いをかぎ取って、レオはますます上機嫌になった。
(こうやって、わざわざ食事を外にしにいく、ってのもまた新鮮だよな!)
このたびの食事では、もてなしの意味を込めて、エランドの大導師から振舞われるため、普段の聖堂ではなく、その外郭に位置する東屋へと呼ばれているのだ。
巫女ひとりに対しひとりの大導師が付き、今回集まった三十ほどの国の巫女たちは、それぞれ別の場所で食事をすることになる。
ナターリアによれば、他国の姫同士の争い、または結託というような、いかなる政治的要素をも持ち込まぬよう、という、これもまた契約祭の掟のひとつであるらしい。
東屋は、聖堂を取り囲む広大な庭の中に点在している。
レオがカジェたちに案内されたのは、中でも一番小ぢんまりとした場所だった。
いかにもエランドらしい、幾何学模様のタイル床に、丸く膨らんだ屋根。
窓や壁はなく、柱と柱の間に掛けられた精霊布が、風よけの役割を果たしている。暑さをしのぐためだろう。
見慣れぬ様式の建物の中に、しかし見知った顔があったので、レオは大きく目を見開いた。
「カイ! 来て、いたのですね!」
「はい。聖堂には立ち入れずとも、外郭くらいまでならば許されますから。聖騎士様はさすがに許可が下りませんでしたが、私はあくまで侍従の扱いで、入場の許可を得ました」
できる従者は、にこやかにそう答える。
しかし、レオの恰好を見ると、少しだけ眉を寄せた。
「レオノーラ様、そのお姿は……。肩掛けの布もそうですが、ローブの裾が少々、ほつれているようです」
「ああ……。繕おうと、思ったですが、間に合わなくて。お恥ずかしい」
うっかりラーレンの解体を優先して、裾をほつれたままにしていたレオは、ばつの悪さに頬を掻いた。
いや、むしろもらったときより状態は悪化している。
せっかくほつれているなら、小銭を忍ばせる折り返しやポケットを作ろうと、裾を全部ほどいてしまったからである。
だが、そんなこととは知らぬカイは、主人が嫌がらせに遭っているのだと確信して、わきに控えるカジェたちに冷ややかな眼差しを注いだ。
「……このことは、すべて、侯爵閣下や皇子殿下にご報告させていただきますので」
「えっ! やめるください!」
対するレオは困惑顔だ。
自分の小銭収集癖、というか、収集場所をチクられても困ってしまう。
カイのシャツの裾をちょっと引っ張り、
「あの、どうか……特に、皇子には、言わないで……」
小声で頼み込むと、なぜか従者は「やりきれない」といった顔になり、やがて苦しみをこらえるような顔で「……かしこまりました」と答えた。
その時である。
ふ、と風が動く気配がして、東屋に一人の男がやってきた。
『――ようこそ、エランドへ』
涼やかな低い声。
黒いローブと頭衣をまとった、すらりとした立ち姿。褐色の肌に鋭い青灰色の瞳を宿した青年――サフィータである。
彼はこちらを見ると、ほんの少し驚いたように目を見開いた。
が、あまり感情が顔に出るタイプではないのか、すぐに無表情に戻る。
褐色の肌といい、まるでブルーノのようだ。
サフィータは簡単に名乗ると、籐で編まれた椅子にゆったりと腰を下ろし、レオにも座るように勧めた。
その些細な仕草が、統治者としての威厳に満ちている。
(サフィータ……サフィータ……ええと、……ああ! 十人会の統領か!)
レオは、この一週間で叩きこまれたエランドの王族系譜を総さらいして、なんとかその情報を引き出した。
サフィータ。
家名を、マナシリウス・アル・エランド。
エランドが王国であったときの、支配者の息子。つまり亡国の王子である。
(たしか……ヴァイツは、開戦のきっかけになったエランドの貴族と、その時の王様を処分したあと、王家を解体したんだったよな。ただし、聖地としてのエランドを完全に征服するのはよくないってことで、自治区扱いにして、協力的だったエランド貴族を知事として任命した)
王族の身分を剥奪された王子の家系と、協力的だったエランド貴族の九家を合わせて、十人会という。 または、エランドの貴族は実質的に大導師を兼ねていることから、十賢者とも。
それが、レオの知る情報のほぼすべてだった。
『――契約祭の一日目が早くも終わろうとしていますが、いかがでしょうか。エランドの地で、快適に過ごせていますか』
『はい。大変、快適に、過ごし……させ、過ごせ、させていただっそい!』
静かに問われた内容に、レオは少々噛みながら、力いっぱい答えた。やれやれ、サ変活用に付く謙譲表現だけはちょっと苦手だ。
途端に、なぜか相手が『ほう』と、口の端を引き上げる。
こちらを検分するように見つめてくるので、レオは戸惑って首を傾げた。
『快適に? あの不潔な部屋に、その古びた衣装で? あなたは随分、おおらかな神経をお持ちのようだ』
『え……』
サフィータの発言に、思わず眉を寄せる。
彼もまた、あんなに快適な部屋や衣装を、豚小屋やぼろ布のように表現するのか。
いったい、エランドの皆さまは、どれだけきれい好き、かつ、卓越した生活レベルを要求するのだろう。
孤児院で、「よっしゃあ、今週は床が抜けなかったぜ」「やったねレオ兄ちゃん」なんて会話をしている自分たちの立場がないではないか。
『本気で、不潔、ぼろ、と思いながら、手配をされたのでごぜえますか?』
前提とする生活レベルを探るつもりで尋ねたら、サフィータはふと皮肉気な笑みを浮かべた。
『……だとしたら?』
『お見それしました!』
『なぜそうなる』
民度の高いエランド人に心からの敬意を表明したのに、なぜか素と思しき口調で突っ込まれてしまった。
サフィータはしばし怪訝そうな顔をしていたが、やがて意識を切り替えたのか、ぱんぱんと手を打ち鳴らした。
すると、カジェたちがしずしずと、料理を運び入れてくれる。
いよいよ、夕飯の時間だ。
自らは銀の杯に果実酒を注がせると、サフィータは頬杖を突き、レオたちに食べるよう促した。
親切に、カイにも振舞ってくれるらしい。
だが、タダ飯だ、といそいそフォークを取ろうとしたレオとは裏腹に、従者は強張った声を上げた。
「これは……!」
その声が引きつっていたのも無理はない。
繊細な染付が施された陶器の皿には、エランドらしい、繊細かつ上品な料理ではなく――見たこともないような、グロテスクなぶよぶよとした塊が乗っていたのだから。
『それは、エランドの一部で食べられている郷土料理です。そうだな? カジェ』
『はい。豚の内臓をあぶり、塩を振ったものです』
ここ最近の猛勉強の成果で、かろうじてエランド語の一部を聞き取ったカイは、さっと顔を青褪めさせた。
「豚の、内臓……!?」
ヴァイツ人とて、羊の腸に詰めたソーセージは大好物だが、あれはひき肉を食べているという意識なのであって、内臓を食べたがる者はいない。
さらに言えば、豚は家畜の中でも一段下等な動物であって、その肉ではなく内臓を、それもそのまま焼いただけのものなど、貴族――いや、市民であっても、口にする者はいなかった。
貧民ならば話は別かもしれないが、それでもハーブ漬けにせねば生臭くて食べられたものではないだろう。
なんという無礼を、と思い、サフィータを睨みあげてみれば、彼は涼しい顔でそれを受け流す。
言葉を失っている主人に代わり、カイは勇気を振り絞って、慣れぬエランド語で話しかけた。
『しつれいながら……あなた様は、食べる、なさらないのですか?』
ぎこちなく問うたカイに、サフィータはくっと笑ってみせた。
『私は食べません。これは、巫女殿に供された食事なので。……まあ、もっとも、こんなものを食べるのは、我がエランドでも奴隷か、よほど食うに困った貧民くらいのものですが』
『…………!』
無言で控えていたカジェたちは、一瞬むっとした表情を浮かべたが、カイの怒りはそれよりも数段激しかった。
「『奴隷』に、『貧民』……!? 無礼な! レオノーラ様に下賤の食を与えるおつもりか!」
『従者殿? ここは契約祭のエランド。精霊の言語で話していただけますか。それに、勘違いしていただいては困ります。これは、あくまで試練。エランドのもっとも恵まれぬ者どもと同じ食事を得ることによって、魂を磨いていただくというものです』
「…………っ」
血管が浮かび上がりそうなほどに強くこぶしを握る。
うっすらと理解できる文意、それに腸が煮えくり返りそうなほど腹が立つというのに、エランド語でなんと返せばよいのかがわからない。
ハンナ孤児院で刺激を受けてから、一か月少々。
ひそかに猛勉強し、少しは語学力も上がったと思ったのに、肝心のところで役に立たぬ自分を、カイは心の底から恥じた。
が。
「待って、カイ。落ち着いて。こちらの品、頂きましょう」
横に座す少女がそっと腕を押さえ、そう告げた。
まるで、沸き立つ湯にすっと差し水をするような、凛と静かな声だった。
『従者が取り乱し、失礼ございますのすけ。ありがたく頂戴いたします』
サフィータにとりなすようにそう告げ、じっと目の前の皿に向き直る。
その眼差しは、さながら厳しい試練を前に、精霊の声に耳を澄ませる導師のようだ。
(なんだろ……この内臓料理、タダ飯ってだけじゃない、なにかそそる波動というか……ありていにいえば、カネの匂いを感じる……)
いや違う、レオは相も変わらず、金儲けに繋がるなにかの波動を、金覚でサーチしていただけだった。
(なんだ……なんなんだ。状況としてはオスカー先輩作の残飯ブレンドに似てるけど、別に高級食材ってわけじゃないし。なんで、こんなに胸がときめくんだろ……)
よく観察してみよう。
このてらてらとした白っぽいビジュアルが特別美しいわけではないし、味付けも塩コショウだけと実に簡素に見える。
なのに、この脂が焦げたようなほんのり甘い匂いが、レオの魂のどこかを激しく揺さぶってくるのだ。
レオはもはや、これが試練の場であるとか、なんかサフィータが感じ悪いといった状況も忘れ、取りつかれたようにその塊を掬い上げて、口に運んでみた。
そして、
「――…………ぅひゃぉう!」
次の瞬間、言葉を忘れた一匹の守銭奴に成り下がった。
「…………っ! ………っ! んんんんん……っ!」
うまい。
実にうまい。
大変うまい。
カリッと焼かれた表面部分と、歯を追いかけてくるような、もっちゃもっちゃとした内側の触感とのギャップがたまらない。
シンプルな塩味と、脂の甘みが混ざり合って、けして高尚ではないのに、いつまでも後を引く味わいがある。
ワインがほしい、いや違う、エールだ。エールがほしい。
(そう、ワインというより、エールのお供……パーティー会場じゃなく、酒場のつまみ……。けして贅沢じゃねえ、庶民派の味なのに……いや、だからこそ、うめえ。Aランクではないが、たしかにグルメ。そう、これは……「B級グルメ」……!)
レオはそのとき、ぴしゃんと雷に打たれたような衝撃を受けた。
高級なものにばかりときめく人生だった。
肉体的な五感は庶民の味を求めていても、金覚だけが高級な味わいを求め、ときに自分の中で感覚が対立することもあった。
だが、今は違う。
レオ本来の庶民的な五感と、カネを愛する金覚が完璧に手を取り合って、美しいハーモニーを奏でている。
このB級グルメでひと儲けせよと、魂のすべてが叫んでいる。
(これは、売れる……! エランド料理は気取ってる、ってイメージで敬遠してた庶民も、これなら気軽に手が伸ばせる。いや、「あえてのB級」ってコンセプトなら、上層市民や貴族だって取り込める。間違いない。これは裾野の広いビジネスになる……!)
新たに見つけたビジネスチャンスに、レオはぶるりと身震いした。
「レオノーラ様、どうかもうおやめください! そのように、震えてまで口にするものではありません!」
一方、守銭奴がただ興奮しているだけという事実に気付かぬカイは、大切な主人が身を震わせ、目を潤ませておぞましい料理を口にするのを見て、悲鳴を上げた。
「『試練』など、そのような言葉に騙されてはなりません! 今までの巫女で、試練の名のもとに、このような侮辱を受けた者はおりません。閣下と殿下にご報告しましょう? どうか、もうおやめください!」
エランド語で話せとの言も無視して、必死に話しかける。
同時に、サフィータをぎっと睨みつけた。
試練の切り札をちらつかせて、いたいけで純真な主人に無体を働くとは、なんという下郎――!
相手を糾弾すべく大きく口を開いた、その時である。
「ほら、カイ。あーん」
「…………!?」
ほい、と白っぽい塊を口の中に放り込まれて、カイは言葉を詰まらせた。
「落ち着いて。よく、噛みましょう。ね、おいしくありませんか?」
主人はいたって穏やかに、優しげな笑みを浮かべて問うてくる。
噛んで、よく噛んで、と促したのち、さらにはじっと目を見つめながら首を傾げた。
「どうですか。正直に、言ってください。香ばしい皮、うまみのある中身。カイにも、おいしく、感じませんか?」
「え……? え、ええ……」
流れで咀嚼してしまったカイは、戸惑いながら首肯する。
そう、豚の内臓という先入観を捨てさえすれば、この白っぽい塊は、なかなかに美味だった。
「そうですね……。上品さには著しく欠けますが……強めの塩味といい、なかなか……繰り返し食べたくなる……ええ、おいしい、と思います……」
「よし」
お育ちのいいカイにも及第点をもらったレオは、ビジネス成功を確信して頷いた。
庶民の味に不慣れな人物でもおいしいと思えるなら、まず間違いないだろう。
『は……これは驚いた。貧民しか口にせぬ、豚の内臓を、ためらいもなく食べるとは』
眉を寄せたサフィータが揶揄するように呟くのに気づき、レオはふむ、と内心で思考を巡らせる。
そう。
味は素晴らしくいいのだが、貴族連中の「貧民の食べ物」とか「内臓」への抵抗感を取り去るには、それなりのトークを用意しておいたほうがいいだろう。
彼らは、味覚ではなく、体裁で食べるものを選ぶ生き物だから。
『――貧民しか口にしない、豚の内臓。いけませんか?』
なのでレオは、サフィータに向き直り、彼をセールストークの練習台にするつもりで、説得力のある主張を考えはじめた。
『……貧民への同情を示してみせたというならば、立派なことです』
『私は、これを試練ではなく、おいしい料理として食べました。事実、おいしいからです。何十もの手を経て、冷え切った貴族の料理よりも、私たちのために糧となってくれた命を、すぐに頂く彼らの料理のほうが、おいしい。当然じゃありませんか?』
例えば鮮度という観点を持ち出してみたり。
『……豚の内臓であっても?』
『鴨の肝臓なら高級品で、豚の内臓はゲテモノなど、誰が決めたんですか。光の精霊は、あまねく命を、等しく祝福しているというのに』
例えば精霊という権威をちらつかせてみたり。
トークに必死になるあまり、せっかくここ最近身に着けた過剰な敬語をすっ飛ばして、レオは語った。
図らずも、そのほうが珍妙にならずにすんでいることに、本人は気付いていなかった。
意表を突かれたような青灰色の瞳と、真剣な紫の瞳が交錯する。
先に視線をそらしたのは、サフィータのほうだった。
『――……なるほど? あなたの考えは、よくわかりました』
よし、プレゼンが通じたぜ、とレオは思った。
心の中で固めたガッツポーズに、しかしサフィータが気付くはずもない。
彼は、黒いローブをばさりと捌くと、静かにその場に立ち上がった。
『……本日は、これで。契約祭は、明日からが本番です。あなたがどのように試練に、そして精霊の祝福の場に臨まれるのか、楽しみにしていますよ』
そうして、深く頭を下げているカジェたちに冷ややかな一瞥をくれると、そのまま東屋を去ってしまう。
後ろ姿を見送って、カイはきゅっと顔を顰めた。
「会食すら最後まで共にしないとは……。このたびの契約祭は、なんと不届きなことか。レオノーラ様をいったいなんだと思っているんだ……!」
「まあ、まあ」
だが、レオは、ホルモン焼きをもっちゃもっちゃしながら、機嫌よくカイを宥めた。
「お忙しいのでしょう。時は、金です。忙しい人を、止めてはいけません。気楽に食べられる、よいことでは、ありませんか」
「ですが……」
「カイと二人で、ご飯を食べるなんて、初めてです。私、嬉しいです」
学院ではビアンカたちと、屋敷では夫妻と食事を共にすることが多いため、実はレオは、カイとサシで飯を食ったことがない。
つい孤児院の「よーしエミーリオ、今日は俺と食事当番な」的なノリで朗らかに告げると、なぜか弟分は、目をまん丸にして言葉を詰まらせた。
「は……はい……。わ、私も、とても、嬉しいです……!」
「そうですか」
そりゃあよかった。
レオはあっさり頷くと、次のモツを求めて、フォークを繰り出した。