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第55話 突然の新商品

 ――我がホワイトウルフ商店を長らく悩ませてきた人手不足という問題も、いよいよ解決の目処が立ってきた。


 雇用したばかりのノワール。

 冒険者ギルドが紹介してくれる予定の人材。

 隣町から引っ越してくることになったシルヴィアの友人。


 最後の一人はまだ確定ではないが、全員揃えば俺とガーネットも合わせて五人体制になる。


 これだけ揃えば、冒険者を短期雇用しなくても店を回すことができるし、逆に冒険者を雇うことで定休日以外にも休日を用意できるようになるだろう。


 いよいよ、店舗としての真っ当な体制を築くことができるわけだ。

 俺一人で始めた当初を思い出すと、なかなかに感慨深い。


「それにしても……ノワールの奴、今日は遅いな」


 もうそろそろ開店準備を始めようかという頃合いだというのに、二人目の従業員であるノワールが姿を見せなかった。


「寝坊でもしたんじゃねぇか?」


 朝食の後片付けをしていたガーネットが、呆れた様子で戻ってきた。


「そういう理由ならいいんだけどな……」


 窓の外に目をやると、冷たい小雨が草木の葉を叩いている。


 グリーンホロウ・タウンの治安は割といい方だが、それでも万が一ということもあるし、急病や不慮の事故という可能性もある。


 他にも、あまり考えたくはない可能性があるのだが――


 思考がネガティブな方向に傾きかけたところで、話題の対象になっていた張本人が勝手口から店に入ってきた。


「……す、すまない……遅れてしまったか……」

「いや、間に合ってるぞ。今日は何かあったのか?」

「実は……昨日、こんなものを作ってみたんだ……」


 ノワールは肩から下げていた袋の中身を、いそいそとカウンターに広げた。


 複雑な模様が描かれた手作りのアクセサリーに、簡素な紐で括られた巻物。


 長い冒険者生活において、何度も目にしたことがあるアイテムの数々だったが、ノワールはこれらを『作ってみた』と言っていた。


「まさかこれ、お前が自作したのか?」

「スキル……持ってるから……。久しぶり、だったけど……上手く出来たと……思う。これ……お店で売れない……かな……」


 そう言って、ノワールは俺の反応を窺うように遠慮気味な視線を向けてきた。


「ひょっとして、昨日サクラと買い物に行ってたのって」

「……材料、買いたかったからな……」


 ノワールは睡眠不足が透けて見える顔で、不器用な微笑を浮かべた。


 材料を買って帰ったのが昨日のあの時間だったなら、これほどの数のマジックアイテムを作り終えた頃には、もうすっかり夜が更けてしまっていたことだろう。


 睡眠不足は露骨に作業効率を低下させてしまう。

 肉体労働だろうと頭脳労働だろうと例外はなく、しかも本人が自覚しにくいのが余計に質が悪い。


 たとえ冒険の只中だろうと、タイムリミットが目前に迫っているのでない限り、適切な睡眠時間を確保することは鉄則だ。


 俺達がしているのは冒険ではなく客商売なのだが、それでも睡眠不足の状態で顔を出したのは注意すべきかもしれない。


「(けど、いきなり注意だけするのも良くないよな)」


 きっとノワールは、自分なりに貢献する方法がないかと考えて、マジックアイテムの製造販売という提案を持ってきたのだろう。


 今日も仕事があるのに睡眠時間を削ってしまったのは良くなかったが、それを注意するよりも優先すべきことがある。


「マジックアイテムの販売か。そいつは思いつかなかったな。たまに行商人の売り物に混ざってるけど、店で売ってるところはグリーンホロウにはなかったんじゃないか?」

「……【魔道具作成】は、基本的に、魔法使いのサブスキルだから……たまに資金調達で売るけど……本業にしてる人は、あんまりいないな……」


 その辺りは俺の【修復】スキルと似た状況のようだ。


 【修復】スキルは道具を扱う様々な職業のサブスキルであり、本業のメインスキルが優先して使い込まれるため、ほとんどの場合で修復精度が高くない。


 一方の【魔道具作成】は魔法使いのサブスキルであり、本業の研究の傍らに活動資金を稼ぐときだけ売り出すため、市場への供給量が限られている。


 どちらもサブスキルであるが故に、需要に対して品質や供給が不十分になっているのだ。


「まぁ、都会の方だと魔道具専門店ってのもあるんだが――」


 ガーネットが興味深そうにスクロールを広げながら口を挟む。


「――ああいうのは、街に魔法使いが大勢住んでるから成り立ってるんだろうな」


 魔法使い一人あたりの生産量が微小でも、大勢いれば総生産量はそれなりのものになる。


 彼らからマジックアイテムを買い付けて販売する専門業者というのも、都会であれば充分に成り立つのだろう。


 ひょっとしたら、その街限定の魔法使いギルドのようなものが存在していて、仕入れと販売を独占している可能性も考えられる。


 何にせよ、グリーンホロウのような田舎町には関係のないことだが。


「……ルーク……どう、かな。この店で売れそうかな……」

「ああ、かなり行けそうだ。これからはマジックアイテムも売りに出してみよう。まずは試験販売からだな」

「そ、そうか? よかった……」

「ただし」


 少し身を屈めてノワールの顔を覗き込む。


 こんな風に顔を眺められる経験があまりなかったのか、ノワールは白い肌を淡く紅潮させて怯んだ。


「睡眠不足で仕事に支障が出たらまずいからな。次からは営業時間中に業務として作ることにしようか。ゆっくり休むのも仕事のうちだ」

「あう……わ、分かった……」

「とりあえず、この天気だとしばらく客足も伸びないだろうから、仮眠でも取ってきたらどうだ?」

「い、いや、でも……」


 露骨に遠慮をするノワールだったが、更に強く勧めると大人しく寝室へ向かっていった。


 やはり強く押されると弱いのは相変わらずのようだ。


 今日も二人の冒険者に短期雇用で働いてもらうことになっている。


 客も小雨が上がるのを待ってから行動を始めるだろうし、俺とガーネットを合わせた四人体制で開店しても、昼前までは問題なく回るだろう。


 さっそく開店準備を始めようとしたところで、ガーネットがさり気なく後ろに近付いてきた。


「武器屋なのに魔道具まで売るのか? 節操のねぇ奴だ」

「俺のスキルだけで仕入れを賄うなら武器屋しかないってだけで、別に他の商品を売りたくないわけじゃないからな」


 これはただの偶然だが、店の看板も『ホワイトウルフ商店』であって、武器だけに限った店名ではない。


 満たされていない需要をカバーできるなら、商品のラインナップを拡大するのも選択肢のうちだ。


「放っといたらよろず屋にでもなってそうだぜ。いっそ揺り籠から棺桶まで丸ごと全部売ってみるか?」

「ははっ。それも面白いかもな」


 冗談めかした会話を交わしながら、俺達は今日の客を迎え入れるための準備に取り掛かったのだった。

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