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第19話 一ヶ月ぶりのダンジョンアタック

 勇者の未帰還を告げられてから二日後。


 俺は銀翼騎士団の三人と一緒に、Eランクダンジョン『日時計の森』を訪れていた。


 厳密にはダンジョンの前で現地集合したばかりで、実際に踏み込むのはこれからだ。


 シルヴィアも同行したがっていたけれど、宿の仕事の都合もあって留守番となった。

 その代わりに――


「おい、白狼の。何で部外者がここにいるんだ」


 ガーネットは俺と一緒にいたサクラを一瞥し、不愉快そうに口を開いた。


 他の二人の騎士は冒険者に近い軽装になっているのに、彼だけは何故か兜までしっかり被った鎧姿をしている。


「フェリックス殿から正式に同行の許可を得ています。私のことはルーク殿の護衛とお考えください」

「それと道案内。俺はここの土地勘がないからな」

「ったく、余計なことしやがって」


 どうにも不満そうなガーネットをよそに、リーダー格のフェリックスは淡々と事前説明(ブリーフィング)を進めていく。


「本日の探索目的は『日時計の森』と『奈落の千年回廊』を繋ぐ階段の実在の確認および、迷宮内壁のサンプル採取です。サンプルは錬金術師による分析に回し、ミスリルであるか否かを判定します」


 俺の無実の証明はこの調査結果に懸かっている。


 絶対に成功するという保証はないが、やらずに済ませるという選択肢もない。


「ということは、結果が出るのはもう少し後ですか」

「ええ。国王陛下のご判断が下るまでは何とも言えません。ミスリル製品の取り扱いも停止して頂くことになりますし……そのですね……」


 フェリックスが言いにくそうに言葉を濁す。


「……当面は我々の監視下に、ということになります。もちろん普段通りの生活と営業を続けて頂いて構いません。我らの一員がそれを見届けるというだけのことです」

「それは仕方ありませんね。構いませんよ」


 俺は即座に同意の意思を示した。


 案件が案件だけに、むしろ監視もなしに放置される方が不気味だ。


「ありがとうございます。陛下はきっと、あなたにとって望ましい処置をなさって下さるはずです。それでは出発しましょう。案内をお願いします」


 俺達の中で一番『日時計の森』に慣れているサクラを先頭に、草木に覆われた斜面を下っていく。


 ドラゴンを討伐したあの日、俺はサクラを治療してすぐに気を失い、それ以来ずっとダンジョンに潜っていなかった。


 なので、ドラゴンと戦った場所までの道順は把握していないのだ。


 冒険者達に踏み均されて生まれた道を進んでいくと、やがて比較的平らな場所にたどり着いた。


「もう到着したのか?」


 ガーネットが乱暴な口調で話しかけてくる。


「いいえ、まだ第一階層です。冒険者以外の住民も野草や薬草を取りに来る安全圏ですね」

「ふぅん……にしても、ダンジョンで採れた薬草なんて、得体の知れないモンをよく使う気になるな」


 ガーネットは薬草を集める町の住民や冒険者を見渡して、吐き捨てるようにそう言った。


 兜のせいで顔が見えないが、声色の表情が豊かなので感情自体は分かりやすい。


 今は兜の下で顔をしかめて呆れ返っているのだろう。


「騎士ってのは薬草を使わないのか」

「使うぞ。薬草園で育てた品質保証付きのをな。けどよ、ダンジョンの奴は気味が悪いくらいに効果が高いだろ? ぜってーヤバい代物だっての」


 相変わらずの乱暴な口ぶりだ。

 こいつと話していると、相手が騎士だということを忘れそうになる。


 それはそれとして、ガーネットの考えは典型的なダンジョン産薬草に対する偏見だ。


 ダンジョンから離れた恩恵の薄い土地だと、こんな風に考える人が少なくない。


「ヤバい代物とかいうけどな。そもそも薬草がどうやって傷を癒やすのか知ってるのか?」

「は? んなもん知らなくても死にやしねーだろ。オレは医者でも薬師でもねぇんだぜ」


 ガーネットは明らかに興味なさげだが、俺は構わずに説明を続けることにした。


「根本的には『スキル』と同じだ。人間が魔力を使って火を放ったり怪力を得たりするように、薬草は魔力を使って自分自身の損傷を修復する。多分、そうやって生き残ってきた植物なんだろう」


 スキルのように魔力を消費して特殊な力を発揮するのは、人間だけの特権ではない。


 動物や植物だって、彼らの生態や生息環境に合わせた能力を行使して、生存競争を生き抜いている。


 薬草もその一つだ。


 捕食されやすい代わりに再生力を高め、動物に食べられても平気なように能力を高めてきたと言われている。


「薬草で傷が回復するのは、魔力による治癒能力が人体にも作用するからだ。そして、ダンジョン内の土壌や空気は魔力が豊富だから、ダンジョンで育った薬草は自然とスキルのレベルが高くなる」


 すり潰した薬草を傷口に塗ると、自身の損壊を治そうとする薬草の側の能力発動が、密着している人体の傷口にも作用する。


 しかし、完全にすり潰された薬草が元通りになることはなく、人体だけが回復を果たす。


 これが薬草を塗ることで外傷が治るメカニズムだ。


 口から飲んで服用するタイプの薬草にはまた別のメカニズムがあるが、そちらにもやはり薬草の『スキル』が関係している。


 きっと薬草自身にしてみれば、こんな使われ方は予想外だったに違いない。


「つまり、ダンジョン産も薬草園産も同じってことだ。ダンジョン産の方が魔力(えいよう)豊富ってだけでな」

「けっ……家庭教師かおめーは」

「冒険者としてはダンジョン産薬草への偏見は見過ごせないんだよ。まぁ、今は休業中なんだが」


 薬草採集は新人冒険者の貴重な収入源である。


 偏見が広まって薬草が売れなくなったら、駆け出しの生活がボロボロになって、冒険者という業界そのものが成り立たなくなってしまう。


「というか、その鎧は脱いできた方が良かったんじゃないか? 森歩きには向いてないだろ。せめて兜くらいは脱ぐとかさ」

「誰が脱ぐか、馬鹿が」


 よく分からないが、素朴な提案が悪態で返されてしまった。


 こんな会話をしている間にもダンジョン内の移動は続き、さほど時間が掛からないうちに第五階層まで到達した。


 『日時計の森』はEランクダンジョン。

 シルヴィアがサクラの護衛だけで一番下までたどり着けたように、踏破するのは俺でも楽に可能なくらいの難易度だ。


 もっとも、心情的には今すぐにでも引き返したいくらいなのだが。


「へぇ。面白ぇ地形だな」


 ガーネットの視線の先では――と言っても兜で顔は見えないが――断崖絶壁の上から大量の蔦が垂れ下がって、まるで緑のカーテンのようになっている。


 あれを登れば第四階層との間を上り下りできそうだが、メリットは特にないだろう。


 こんなルートを使うよりも、正規ルートで移動した方がずっと早くて安全だ。


「ガーネット。先を急ぎますよ」

「へいへい」


 しばらく第五階層を歩いていると、開けた草原のような場所に出た。


 流石に、ここは俺もよく覚えている。

 俺達がドラゴンと交戦したあの場所だ。


「おお……あれは……!」


 フェリックスが珍しく感情の籠もった声を漏らす。


 草原に小高く積み上がった白い物体の山。


 一見しただけだと、軽石か何かが無数に積み重なっているようにも思えるが、そんなありふれたものではない。


 あれこそがドラゴンの白骨死体。

 俺の剣とサクラの技が成し遂げた功績の動かぬ証拠だった。

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