第8話 秀才令嬢は教師から試される
「生徒代表挨拶 フェリシア・フローレンス・アルスタシア!」
「はい」
凛とした声が会場に響いた。
制服に身を包んだ可愛らしい容姿の少女が、そのきめ細やかで滑らかな蜂蜜色の髪を揺らしながら絨毯の上を歩く。
堂々と胸を張り、不敵な笑みを浮かべているその姿は……見る者を圧倒した。
黄金に輝く瞳で周囲を見据えながら、強い意志を感じさせる美しい声音でスピーチを行う。
没落貴族と誹っていた者たちも、その姿には目を奪われた。
高貴なる血筋の没落貴族、秀才少女フェリシア・フローレンス・アルスタシア。
その名は学園中に広まった。
……一方、会場には心中穏やかではない者が三人いた。
一人はアナベラ・チェルソン。
(や、やっぱり……転生者なのかしら? 考えてみれば、悪役令嬢への転生の方が多いものね。ど、どうしよう……)
彼女は転生者というアドバンテージを失うことを酷く恐れていたし、また転生悪役令嬢による「原作崩壊」を心配していた。
もう一人はクリストファー・エルキン。
(嘘だろ? あの金髪不良女が一位? あんな不真面目なやつに僕が負けるなんて……)
彼は強いショックを受けると共にフェリシアをライバルと見做した。
最後の一人はブリジット・ガスコイン。
気の強そうな青色の瞳に、縦ロールのややくすんだ金髪。
絵に描いたような高飛車お嬢様の彼女は、「恋愛ゲーム」ではフェリシアの取り巻き筆頭となるはずだった存在だ。
(女子の中では、私が一番目立つ存在だったはずなのに……くぅー、没落貴族のくせに、許せないわ!)
注目を一手に集める旧い友人に、ブリジットは強い嫉妬と憎しみを抱いた。
さて、様々な者の思惑が入り交じった入学式の翌日。
ついに初日の授業が始まった。
最初は簡単な魔法薬を作成する実技授業だ。
早々に教室に到着した二人は一番前の席を確保した。……ケイティは別段、真面目というわけではないので後ろの席が良かったのだが、フェリシアが躊躇なく前の席に座ったことで、後ろに行きたいとは言い出せなかった。
「私、錬金術苦手なんです……」
「そうなのか? 私は師匠が錬金術師だから、ちょっと自信あるぜ。分からないことがあったら、聞いてくれ」
「は、はい!」
自分よりもずっと貧しい生活をしていたのに勉強ができるなんて、凄いなぁとケイティは増々フェリシアへの敬愛の念を高めた。
一方……フェリシアは周囲を見渡してから、小声でケイティに尋ねる。
「なあ、ケイティ」
「な、なんですか? フェリシア様……さん」
「私って、もしかして平均より背が低いのか?」
元々フェリシアは年の割には背が高い方だった。
実際、八歳の時まではフェリシアとケイティではフェリシアの方が高かった。
しかし今はケイティと同じか、僅かに低いくらいだ。
「え、えっと……そのぉ……は、はい」
「……そうか、やっぱり、そうか」
もしかして自分は発育不良なのでは? とフェリシアは常日頃から疑っていた。
今回、学園に来て自分と同年代の少女たちと見比べ、確信に至った。
(やっぱり食事と睡眠不足が悪かったか……)
フェリシアは常時空腹でお腹を摩りながら、夜遅くまでマーリンに課せられた課題を熟すという生活を送っていた。
発育があまり良くないのは、仕方がないことだ。
フェリシアは自分の平坦な胸を見下ろしてため息をつく。
「……隣、良いかな?」
「ん? 別に構わないぜ……って、お前は図書館にいた『真面目君』か」
「僕にはクリストファー・エルキンという名前がある」
ムスっとした表情でクリストファーは言った。確かに『真面目君』呼びは失礼だったと、フェリシアは少し反省する。
「おお、すまないな、エルキン。私は……」
「フェリシア・フローレンス・アルスタシアだろう? ……お前には負けない」
「お、おう……」(何だ、こいつ?)
急に宣戦布告されたフェリシアは内心で首を傾げた。
まさか、そこまでライバル心を抱かれているとは思ってもいなかった。
一方アナベラは後ろの席、マルカムの隣に座っていた。
「よろしくお願いしますね、アルダーソンさん」
「おう、よろしくな。……もし俺が寝ていたら、起こしてくれ」
欠伸をしながらマルカムは言った。
アナベラがマルカムの隣を選んだのには、いくつか理由がある。
(ゲームでは、前方のクリストファー君、中方のチャールズ様、後方のマルカム君の隣をそれぞれ選べる。……私の大本命はチャールズ様だけど、ここは情報収集を優先するわ)
どういうわけか分からないが、フェリシアとマルカムは親しい様子だった。
マルカムと仲良くなれば、自ずとフェリシアがどのような人物なのか――つまり転生者か否か――分かるという作戦だ。
「さて、君たちには抜き打ちでテストをしてもらいます。入学前の課題で出した、傷薬の作り方です。……合格で弛み、予習・復習をサボっていなければ、簡単にできるはずですよ」
中年の教師はそう言ってから、フェリシアの方を見る。
「フェリシア・フローレンス・アルスタシア君。入試一位の君には期待しています」
「そいつはどうも。ご期待に沿えるように頑張ります、先生」
中年教師は鼻を鳴らすと、生徒一人一人に材料となる薬草が入った袋を渡す。
そして砂時計をひっくり返し、試験の始まりを宣言した。
三分の二程度の生徒たちは袋を開けるとすぐに薬の調合を始めた。
……が、しかし一部の生徒たちは袋を開けてから、手を止めてしまった。
予習をサボっていたことがはっきりと分かる。
そして……その中にはフェリシアもいた。
(くくく……お前の袋には、必要不可欠な薬草を入れず、見た目がそっくりなだけの全く異なる薬草を入れて置いた。さあ、魔導師マーリンの弟子は調合できるかな?)
彼は入学試験の時、フェリシアの火の玉魔法……に見せかけた投影魔法を見抜けなかった教師の一人である。
彼は教師を試すような真似をしたフェリシアに恥を掻かせ、その長い鼻をへし折ってやろうと考えていた。
(マーリンのやつめ、この私を馬鹿にしやがって……)
そして彼はマーリンに対し、強い私怨を抱いていた。
というのも彼には、かつてマーリンに自分の論文を持って行き、師事を受けようとするもその時に論文を酷評され、冷たくあしらわれたという過去があった。
自分が認められなかったのに、フェリシアは認められた。
そのことを逆恨みし、フェリシアで憂さを晴らそうとしたのだ。
さて、そのフェリシアはしばらく考え込んだ様子を見せてから、薬品の調合を始めた。
中年教師は鼻を鳴らす。
(ふん、適当な調合を始めたか)
それからしばらくの時間が経過し、最初に傷薬を完成させたのはクリストファーで、それからしばらくしてチャールズが完成させた。
フェリシアとケイティは半ばほどになって提出し、アナベラはギリギリになって、マルカムは結局完成させられなかった。
試験終了後、中年教師は出来た傷薬を教卓に並べ、品評を始める。
「ふむふむ、クリストファー・エルキン君。君の傷薬は素晴らしい。教科書通り、文句の付け所のない出来です」
「ありがとうございます、ちゃんと予習をしっかりやりましたので」
クリストファーは横目でフェリシアを見てから言った。
勝ったのは僕だ。予習をちゃんとしないから、お前は負けたんだ。
言外にそう言うが……フェリシアはクリストファーのそんな視線に気付かなかった。
無視されたクリストファーは下唇を噛む。
「チャールズ様も素晴らしい出来です。おや……フェリシア君。君のは少し教科書とは違いますね」
明らかに他と色が違う……失敗している傷薬を見て、わざとらしく驚いたふりをしながら中年教師は言った。
同時に周囲から失笑が漏れる。……没落貴族のフェリシアが優秀な成績で入学したことに対し、負の感情を抱いている者は決して少なくない。
「提出するのも遅かったようですが、どうしましたか?」
「いやー、意外に難しかったんですよ、先生」
フェリシアは特に落ち込んだ様子もなく、快活な笑みを浮かべて答える。
ニヤリ、と中年教師は笑みを浮かべた。
「ふむ、分かりましたか? 皆さん。……入試一位の天才少女も、予習復習を怠ると、このように……」
失敗する、と言おうとした中年教師にフェリシアは言葉を重ねた。
「でも、傷薬にはなっているから、問題はないはずだぜ」
「嘘は良くないですよ、フェリシア君。失敗は認めないと……」
「なら、試してみれば良いでしょう? ナイフを貸してくださいよ。私の手で試します」
「……まあ、良いでしょう」(馬鹿め、失敗した魔法薬の危険性も知らないのか)
失敗した傷薬は非常に危険だ。
皮膚に塗ればたちまち水膨れや蕁麻疹が出るし、時には死を招くことがある。
もっとも……生意気な生徒にはいい薬だと、中年教師は許可を出した。
周囲が見守る中、フェリシアはナイフで指先を傷つけ……傷薬を塗った。
「ば、馬鹿な! 失敗した傷薬で傷が治るなど……」
「だから、失敗してないって言っているでしょう? 先生。ちゃんと傷薬になるように調合したんだから」
「そんな馬鹿なことがあるか! あの薬草で傷薬ができるはず……」
そこまで言いかけて、中年教師は墓穴を掘ったことに気付く。
反射的に自分の口を塞ぐ。
一方、フェリシアはそんな中年教師の態度を特に気にすることなく続ける。
「先生の言う通り、教科書通りのやり方では、できませんが……魔法薬なんて、結果が同じなら過程なんてものはどうだって良いでしょう? それこそ、過程は無数にある。教科書にあるのは、あくまで一番簡単な物だけ……別に材料の種類が違っても、必要な成分さえ揃っていれば、どうとでもなる」
フェリシアがそう言うと……クリストファーは驚いた様子で立ち上がった。
驚愕で目を見開いている。
「教科書通りじゃないって、君は即席で魔法薬のレシピを作り出したというのか!」
クリストファー以外の生徒たちは息を飲んだ。
それは生徒や教師のレベルを超えた、研究者の領域……それほどまでに高度なことなのだ。
一方フェリシアはきょとんと首を傾げる。
「質や量、コストパフォーマンスを無視すれば、魔法薬の開発なんて、別に難しいことでもないだろ。導き出したい結果と、必要な成分さえ認識していれば、あとはそこに至るまでの式を組み立てるだけだぜ?」
フェリシアにとって、こういうことはマーリンとの授業で散々叩き込まれたことだ。
つまりできない方がおかしい。
そしてフェリシアは放心状態の中年教師に向き直った。
「ところで、先生。袋の中身が他のみんなと、教科書の内容と違ったのは、先生が特別に私を試してくれたんだと思ったのですが……違います?」
フェリシアに話しかけられ、ようやく中年教師は我に返った。
そしてだらだらと冷や汗を流しながら、激しく首を縦に振る。
「そ、その通りです! そう、君を試したんです! いやー、さ、さすがですね! フェリシア君!!」
中年教師がフェリシアを嵌めようとしたこと、そしてフェリシアがそれをあっさりと返り討ちにしたことは、その日のうちに学園中に広まった。
マーリン「これが完成品。これが教科書ね。で、これが材料。三日以内に同じものを作りなさい」
フェリシア「師匠。教科書に書いてある材料と、用意されている材料が違うぜ?」
マーリン「教科書に書いてある通りなら、猿でもできるでしょ。……必要な成分を調べて、完成品から必要な反応を推測し、試行錯誤して同じ物を作りなさい。それが研究っていうものよ」
フェリシア「そんな無茶な」
マーリン「ちなみに材料にはダミーがあるから。それと三日後に作った物は飲んでもらうから、死にたくなかったら頑張りなさい」
フェリシア「こんなんアカハラだぜ」
というような授業を受けていた模様
ところで、大抵の悪役令嬢モノって「〇〇視点」みたいなのがあって「あいつ、なんか変わったなぁー。見直したわ」みたいな描写あったりしますが、やっぱり多少はあった方が良いんですかね?
金髪不良娘なのに賢いフェリシアちゃんが偉いと思う方はブクマptを入れて頂けると
フェリシアちゃんの知力がそれに応じて増加します