落第貴族とハズレスキル【翻訳】【四】
ミノタウロスを倒した直後、足元でカツンカツンという軽い音が響く。
「ん?」
視線を下へ向けるとそこには、とても綺麗な石が転がっていた。
「師匠、この綺麗な石はなんでしょうか……?」
「ほぅ。ミノタウロスのやつめ、中々に珍しいものを落としおったのぅ。それは『生命の輝石』。文字通り、万病に効く薬石じゃよ」
薬石は魔石の一種であり、傷病の治療なんかによく使われるものだ。
「万病に効くって、凄くないですか……?」
「うむ、売れば3億ゴルドはくだらん代物じゃな」
「さ、3億ゴルド!?」
そんな大金があれば、一生遊んで暮らせるだろう。
どうやら俺は、とんでもないお宝を手に入れてしまったようだ。
「ど、ど、ど、どうしましょう!? こんな俺が3億で、小石が俺ですよ!?」
「気持ちはわかるが、深呼吸でもして少し落ち着け。何を言っているのかわからんぞ」
「ひっひっふー、ひっひっふー……っ」
「その呼吸法はちと違うが……まぁ、なんでもよいか」
深呼吸によって冷静さを取り戻した俺は、改めて手元の結晶に目を落とす。
「この小さな結晶が3億ゴルド……っ。失くしちゃったら大変なので、一旦禁書庫にしまっておきますね」
「うむ、あそこならば誰にも盗られぬしな」
生命の輝石を禁書庫に収納した直後――大勢の冒険者たちが、血相を変えて突入してきた。
「――『精霊剣姫』ティア・ミストリアを発見! 周囲に敵性モンスターの存在はありません!」
「くそっ、なんて酷い怪我だ……っ。回復術師、治療を急げ!」
「報告にあった魔人は、どこへ行ったんだ……?」
「お、おいおい……なんだこの馬鹿デケェ風穴は……!?」
「警戒を怠るな! このとんでもねぇ大破壊をやった化物が、まだ近くに潜んでいるかもしれんぞ!」
「――おいガキ、そこをどけ!」
「え、わっ!?」
俺はこちらに向かってきた冒険者の大群に呑まれ、最上層の入り口付近まで押し流されてしまう。
「あ痛たたた……っ」
「まったく、荒っぽい奴等じゃのぅ」
服に付いた砂埃を払いながら、ゆっくりと立ち上がり、突如現れた冒険者の一団に目を向ける。
(なんだか凄く強そうな人たちばかりだけど……。始まりの洞窟にいるってことは、あの人たちも駆け出し冒険者なのかな?)
いや、今はそんなことよりも……。
「ねぇ師匠。さっきミノタウロスに襲われていた女の人は、大丈夫なんでしょうか?」
「魔力はすっからかんじゃが、生命力にはまだ余裕があった。まずもって、命に別状はないじゃろうな」
「それはよかった……」
俺がホッと安堵の息を吐いたところで、師匠はゴホンと咳払いをする。
「それよりもアルフィ。お主、何か忘れておらぬか?」
「えっと……何をでしょうか?」
「今回のクエスト、その主たる目的はなんじゃったかのぅ?」
「…………あっ」
そこまで言われて、ようやく気が付いた。
俺はまだクエストをクリアしていない。
今回始まりの洞窟に来た目的は、癒し草を採集することであり、ミノタウロスを倒すことではなかった。
「でも、師匠。ここまでの道中、癒し草らしきものはありませんでしたよ……?」
「おそらく、どこかに見落としがあったのじゃろうな」
師匠は唸り声をあげた後、真剣な目をこちらへ向ける。
「とにかく――F級クエストを仕損じたともなれば、冒険者ギルドに軽んじられてしまう! 儂の愛弟子が侮られるなど、到底許せることではない! 全身全霊をもって、癒し草を見つけるのじゃ!」
「はいっ!」
俺は気合を入れ直し、癒し草の探索に臨んだ。
それから五時間後――。
「……あ、あった……! ありましたよ、師匠!」
「おぉ、よくやった!」
始まりの洞窟の全階層を捜し回り、ようやく目的の癒し草を見つけることができた。
「受付のお姉さんは、群生していると言っていましたが……。全然そんなことなかったですね」
癒し草を見つけたのは、第七層にある泉のほとり。
他の雑草に紛れるような形で、ひっそりと三本だけ生えていたのだ。
「他の冒険者たちが丸ごと刈り取った後なのか、はたまた受付の情報が間違っておったのか……。まぁなんにせよ、この癒し草を持って帰れば、無事にクエストクリアじゃ。胸を張って、達成報告へ行こうではないか!」
「はい!」
始まりの洞窟から出ると、綺麗な夕焼けが茜色の絨毯を敷いていた。
「ここに来たときはまだお昼頃だったのに、もうすっかりいい時間になっちゃいましたね」
「うむ。急ぎ街へ戻り、速やかに宿の手配をするのじゃ。先に言っておくが、絶対に野宿はせんぞ? 儂の潤艶ボディは、日々の手入れによって成り立っておるのじゃからな」
「あはは、了解です」
師匠の美意識が高いことは、禁書庫での共同生活で承知しているつもりだ。
(さてと、それじゃちょっと急ごうかな)
行きよりも少し早足で、帰り道を歩いていると――。
「だ、誰か……助けてください……ッ」
遥か遠方から、女性の悲鳴が聞こえてきた。
「師匠」
「ぬぅ……あまり時間はないが、仕方あるまい」
「ありがとうございます」
俺は街道を外れ、悲鳴のした方角へ走り出す。
平野を駆け抜け、丘を滑り降り、森の木々を跳び越えた先――脇道に停められた三台の馬車と両手をあげて膝を突く人々、それを取り囲む大勢の野盗を捉えた。
「――<禁書庫>(五・六・七……十一人か。けっこう多いな……)」
無銘の黒剣を取り出しながら、敵の数と位置を素早く把握。
するとその直後、
「お、お母さん助けて……っ」
「うるせぇ! 黙ってろ、クソガキ!」
野盗の一人と見られる男が、小さな女の子へ拳を振り下ろした。
俺はすぐさま黒剣に魔力を流し、遠距離型の斬撃を放つ。
「黒の太刀・壱ノ型――閃空」
漆黒の斬撃は空を駆け、
「ぱがらッ!?」
野盗の顔面に直撃。
(……ん?)
人質の女の子を巻き込まないよう、かなり手加減した一撃だったのだけど……。
当たりどころが悪かったのか、男は泡を吹いて卒倒した。
「なっ!?」
「だ、誰だ!?」
野盗の集団が混乱している間に、俺は人質となった女の子を回収し、大きくバックステップを踏んで十分な間合いを確保する。
「お、お母さぁん……っ」
「シェリー、よかった……っ。本当に、無事でよかった……ッ」
女の子とその母親らしき人は、涙を流しながらギュッと抱き合う。
(あぁ、間に合って本当によかった……)
ホッと安堵の息を吐くと同時、物騒な獲物を持った野盗たちがグルリと周囲を取り囲む。
「おいてめぇ……。自分が何をやったのかわかってんのか? 俺たち血鬼団に手を出して、タダで済むとは思ってねぇよなぁ?」
「その芋くせぇ装備……。くだらねぇ正義感に駆られた、駆け出しの冒険者ってところか」
「へっ。こういう勘違い野郎には、現実の厳しさってやつを教え込んでやらねーとな!」
彼らは凶悪な笑みを浮かべながら、鋭い敵意を向けてくる。
さて……この難局をどうやって乗り切ろうか。
■
俺と野盗の集団、互いの視線が交錯し――両刃のナイフを握った小柄な男が先陣を切る。
「ひゃっはー!」
(あの歪な形状……毒だな)
右手の獲物に注意を払っていると、男は何故か急に跳び上がった。
「俺様の空中殺法を食らいやが――げふっ!?」
「――まずは一人」
不用意なジャンプによって生まれた、隙だらけの鳩尾。
俺はそこに右拳を叩き込み、男の意識を素早く刈り取る。
「こ、こいつ……ただのガキじゃねぇぞ……!?」
野盗の集団に動揺が走る中、
「おいおい、あんなヒョロヒョロのチビ助を相手に、何をビビッてんだ?」
身長二メートル近い大男が、一歩前に踏み出した。
「よぉチビ助、この世界の『絶対的法則』ってやつを知っているか?」
「……なんでしょう?」
「『力こそパワー』だ! 俺の【剛力】スキルの力、とくと見やがれぇ! ぬぉおおおおりゃああああ……!」
男は近くにあった木を根っこごと引き抜き、凄まじい勢いでこちらへ投げ付けた。
(【剛力】、肉体強化系のスキルか)
俺は迫り来る大木を左手の甲で迎え、投擲の勢いを殺さぬよう、人差し指の背中部分でクルクルと回す。
「……は、はぁ……っ!?」
「こちらはお返ししますね」
軽く左手を振り、大木を投げ返してあげると――。
「おいおい、嘘だろ……ぐはッ!?」
「ぎゃっ!?」
「ぐぉ……っ」
「へぐっ」
大男とその周辺にいた三人が木の下敷きとなり、残りの野盗は後六人。
「け、警戒しろ……! このガキ、強化系のスキル持ちだ! それも馬鹿みてぇに高位のものだぞ!」
「定石から言って、格上の強化系を相手に接近戦を挑むのは自殺行為――。そうなりゃここは、俺様の出番っしょ! 【魔力覚醒】スキル――完全解放!」
長髪の男がスキルを発動すると、彼の魔力量がグッと膨れ上がっていった。
どうやら魔力の底上げを図るスキルを持っているらしい。
「そぉら、食らいやがれ! ――<烈風礫波>!」
男が両手を打ち鳴らした瞬間、魔法で作られた石の礫が突風に乗って殺到する。
『土』と『風』、二属性混合の広範囲攻撃魔法だ。
(でも……これぐらいの出力なら、わざわざ魔法で迎え撃つ必要はなさそうだな)
俺は爪先で軽く地面を打ち、前方広範囲の地層をガンと浮き上がらせる。
「……は?」
反り立つ巨大な土の壁は、<烈風礫波>を完璧に防御。
俺は続けざまに半回転し、たった今浮き上がらせた地層に回し蹴りを放つ。
「フッ!」
土の壁は激しく砕かれ、巨大な岩石が凄まじい速度で野盗の集団へ殺到する。
「こ、の、化物が……ッ。へぶ……!?」
『岩の雨』をまともに食らい、新たに五人の男が倒れ伏す。
そうして十人の野盗をやっつけたところで、最後の一人がゆっくりと動き始めた。
「ったく、てめぇら……。こんなガキ相手に、何を手こずってんだ?」
明らかに一人だけ風格の違う男。
おそらく、この集団を取りまとめるリーダー的存在だろう。
「も、モロウさん、すんません……」
「ですが、このガキ尋常じゃない強さでして……っ」
かろうじて意識のある野盗たちは、泣き言を漏らしながら、失神した仲間たちを回収していく。
「よぉ、うちの馬鹿どもが世話になったな。俺は血鬼団の頭領モロウ・グラッセルだ。てめぇは?」
モロウ・グラッセル。
オールバックにした暗い臙脂色の髪・外見年齢は三十歳半ば・身長は百八十センチほどだろう。
王国西部の民族衣装に身を纏った、渋い声の男だ。
「おいおい、こっちが丁寧に名乗ってやってるってのに……近頃のガキは礼儀がなってねぇな」
野盗に礼儀をどうこう言われたくはないのだが……。
向こうが名乗っているのに、こちらだけ黙ったままというのは確かに不作法である。
「……F級冒険者アルフィ・ロッド」
「F級……? 最低でもBはあると踏んでいたんだが……まぁいい。ほら、掛かって来いよ」
男は武器も持たず徒手のまま、クイクイと手招きしてみせた。
一見すると隙だらけのように見えるが……。
なんとなく、嫌な感じがした。
「師匠、この人……」
「うむ、よくぞ気付いた。お主の感じた通り、あの男はこれまでの雑魚とは一味違う。何せ奴は、強力な『ユニークスキル』を隠し持っておるのじゃからな」
「なるほど、この嫌な感じはそういうことでしたか」
師匠には、相手の能力を大まかに見抜く不思議な力がある。
モロウがユニークスキル持ちだというのは、まず間違いない情報だろう。