冒険者コークス
俺の名はコークス。
魔族なのだが残念ながら魔力には恵まれず、剣を主体に戦う冒険者をやっている。
所属しているチーム名は“ミアガルドの斧”
チームに所属しているメンバーは十二人いるのだが、他の仕事で抜けたり怪我で休んだりで大体五人から八人ぐらいでまとまっている。
魔王国の王都では、有数の冒険者チームと自負している。
まあ、自負だけだ。
実際は上の下ってところだろう。
その証拠に、北の森でウォーベアが出たのだが、その討伐依頼は俺たちのチームにはこなかった。
正直、悔しい。
ウォーベアと戦うなんてごめんだぜって思う気持ちもあるが、やはり冒険者となったからには上を目指したい。
他のチームメンバーも同じ考えだろう。
ウォーベアの対策なんかを話し合っている。
まあ、実際にウォーベア退治が依頼されたら迷うだろうけど。
そんな俺たちのもとにやってきたのが、生意気な連中からの依頼。
この生意気な連中、貴族学園の生徒のようだがそれを隠しもしない。
カモられるぞ。
そんな心配をしながら自己紹介をし、依頼の詳細を聞く。
「僕たちは北の森に出た魔獣を退治する。
君たちにはその僕たちの護衛をお願いしたい」
「お前たち、馬鹿か?」
話の途中で、チームメンバーで一番若いのがそう言った。
止める間もなかった。
馬鹿はお前だ。
俺も同じことを思ったけど、それを口にして何のメリットがあるんだ。
「だ、だ、誰が馬鹿だ!」
生意気な連中が怒った。
そりゃ怒るだろう。
貴族学園の生徒だ。
プライドは高いと予想できる。
くだらないことで揉めないでほしい。
「あー、こいつの言葉が悪いのは謝る。
しかしだ、魔獣を退治できる実力があるなら護衛なんて必要ないだろう?」
俺が代わりに謝って、話を進める。
依頼の本質を見極めなければいけない。
実力のある貴族の坊ちゃんが、見栄のために護衛が欲しいのか?
それとも、護衛という名で俺たちを雇い、魔獣退治をさせたいのか?
依頼内容を額面通りに受け取って痛い目をみたことは一度や二度じゃない。
こういったのはリーダーの仕事だと思うのだが、なぜか俺がやることが多い。
「僕たちには策がある」
生意気な連中は、細長い箱を俺たちに見せた。
「剣でも入っているのか?」
「魔道具だ。
これを使えば、どんな魔獣だって倒せる。
もちろん、これだけじゃない。
魔道具は他にも用意した」
生意気な連中の一人がそう言うと、他の連中が手に何かしらの道具を持っていた。
「魔獣は倒せる。
だが、魔獣は不意打ちが得意なのだろう?
魔道具を使う前に、襲われたくない。
そこでベテラン冒険者を雇いたいと思った。
何かおかしいことがあるか?」
「……いや、用心深いのは理解した」
なるほど。
魔道具か。
確かに魔獣に効果的な魔道具があれば、森に入りたいと言えるのかもしれない。
「俺たちが護衛を引き受けるとして、森に入る前に魔道具の性能を見せてもらえるか?」
「よかろう。
一度や二度、使った程度で磨耗するような貧弱な魔道具ではない」
俺たちは依頼を受けることにした。
この瞬間、生意気な連中は俺たちの雇用主だ。
即時、出発となったが問題はない。
俺たちは冒険者だ。
いつでも移動できるようにしている。
「コークス、連中は学園関係者だ。
昼過ぎには連絡するからな」
顔見知りの冒険者が、俺にそう伝えてくれる。
ああ、そう言えばそんな話があったな。
武神に逆らう気はない。
「よろしく頼む。
噂の連中を見たら、どんな感じだったか教えてくれ」
「そっちが生きてたらな」
「じゃあ、大丈夫だ」
俺たちは出発した。
……
ところで、なんであいつは俺に言ったんだ?
俺たちのチームのリーダーは横にいたのだが……
まさか、俺をリーダーと思っているんじゃないよな?
俺たちの雇用主の魔道具は、確かに凄い。
だが、微妙でもある。
魔獣退治には、俺たちも参加しないといけないかもしれない。
討伐依頼を受けた冒険者たちが、魔獣を先に退治している可能性を少し考えた。
……それがベストだな。
そう思いながら森に入り、数時間。
昼を少し過ぎたころ。
魔獣と遭遇した。
ウォーベア。
凄い迫力だ。
それに怯えず、雇用主は頑張ったと思う。
「僕たちだって、やれるってところを見せつけたいんだ」
森に入るまでに聞いた、雇用主たちの目的。
なんでも好きな相手がいるらしい。
それに振り向いてもらうためなんだと。
あまりの青さに、チームメンバー全員が赤面してしまったぐらいだ。
だが、嫌いじゃない。
全力でサポートしてやるさ。
そんな風に思っていた。
ウォーベアが二頭になるまでは。
おいおい、複数いるって……ありかよ。
俺たちは雇用主を守りながら逃げた。
どれだけ逃げたかわからない。
ウォーベアからは逃げ切った。
だが、俺は腕を怪我し、仲間や雇用主たちとはぐれた。
俺が殿だったから仕方がないとはいえ、少しやっかいだ。
雇用主の魔道具に姿を完全に隠すものがある。
中から外部の様子がわからず、特殊なベルでしか情報をやり取りできない。
それを使われていると合流が難しい。
いや、確実に使っているだろう。
逃げたらそれを使って隠れろと叫んだのは俺だ。
だから悔やまない。
俺は特殊なベルで合図を送る。
……近くにはいないようだ。
やっぱりな。
……
さて、どうしたものか。
腕の怪我は……酷いな。
処置をして、固定しておく。
森を出たら、魔法で治療してもらわないといけない。
だが、ここから一人で森を出るのか?
雇用主はどうする?
仲間は?
森を出て、助けを呼ぶのが正解か?
一人で森を抜けられるか?
ウォーベア以外にも魔獣はいる。
今の状態で見つかったら……っ!
俺はとっさに身を隠す。
ウォーベア?
違う、気配が薄い。
だが、確実に強い。
隠れている俺に気付いた。
単独……いや、上に二人?
囲まれる。
これは……同業か。
よし、助かった。
そう思ってみた俺の目に映ったのは獣人族の子供。
「な、なんで子供が……?」
助けじゃないのかよ、ちくしょう。
俺は森を抜けた。
あの子供たちが魔物や魔獣を倒してくれたおかげで、安全だった。
森を抜けたところで軍によって保護された。
俺が森に入った時はいなかったのに、今は凄い数が集まっている。
大袈裟か?
いや、ウォーベアが二頭だ。
これぐらいは必要だろう。
俺は持っている情報を全て軍に話した。
「治癒魔法を使える者を連れて来ているだろ。
俺の腕を治療してくれ。
現場まで案内する」
「慌てるな。
治療はする。
案内は不要だ。
坊主たちが森に入ったからな」
「坊主たちって……獣人族の子供か?」
「そうだ。
知り合いか?」
「まさか。
さっき、森の中で会っただけだ」
ゴール、シール、ブロン。
少し前に王都にやってきた武神ガルフが、冒険者ギルドに一つの依頼をした。
「学園関係者がこの冒険者ギルドで何かやろうとしたら、学園にいる三人に連絡してほしい。
三人がこの冒険者ギルドで何かやろうとしたら、王城に連絡してほしい」
連絡だけでかまわない。
そんな簡単な依頼に、武神は大金を投じた。
冒険者ギルドは快諾し、ギルド施設の改善にその金を利用。
ギルドに所属する冒険者たちは、武神の依頼を強制的に受けることになった。
この依頼。
最初の依頼は、冒険者ギルドと三人の間に協力関係をつくっておけということ。
同時に、あの三人を監視している。
武神がそこまでする、あの三人は何者なのか?
尋常ではない強さは感じ取った。
ひょっとして、武神の隠し子だろうか?
ただの過保護ならいいんだが。
三人が戻ってきたら、話を聞こう。
治療を受けたあと、俺は森の近くで待機することにした。
まだ雇用主も仲間も森の中だ。
先に王都に戻る気にはなれない。
かといって、単独で森の中に戻る気もない。
ウォーベア二頭だけでも酷いのに、その上に軍の連中からラヴァーズビーストがいるかもしれないとの話を聞かされたら、なおさらだ。
二時間ほどして、森から俺の仲間と雇用主が出てきた。
兵士の護衛付きだ。
贅沢者め。
そして無事でよかっ……雇用主が一人足りない?
囮に……そうか。
根性は認めるが、褒めないからな。
持っているだろう魔道具に期待したい。
その後、森から冒険者たちがバラバラと戻ってきた。
魔獣の討伐依頼を受けた冒険者たちだ。
戻ってきたのは夜が近いからか?
何人かは俺以上の怪我をしている。
顔見知りだが、メンバーが足りない。
俺と同じように、まだ仲間が森の中に残っているのだろう。
治療を受けたあと、森の傍から離れなかった。
こっちはたいした情報を持っていないが、一応は挨拶して情報交換でもするか。
俺が近付くと、リーダー格の奴が手を軽くあげてくれた。
その手が示すのは、冒険者だけが使う独特の符丁。
極秘。
いまさら極秘にする事態があるのか?
ラヴァーズビーストの話は聞いたぞ。
俺は耳を近づけた。
「“混ぜ物”が出た」
「……本当か?」
「ああ。
うちのチームの斥候が確認した。
いま、冒険者ギルドに一人、走らせている」
「軍には?」
「まだだ。
あれは駄目だ。
軍に言っても何も変わらん」
「だが、“混ぜ物”が出たなら避難させないとまずいだろう」
それなりの数の兵士がここにいる。
ここに“混ぜ物”が出たらと思うと、ぞっとする。
軍には伝えるべきだろう。
「それを含めて、冒険者ギルドの判断待ちだ。
正直、俺たちでは軍を相手に極秘の話はできん。
下手に話が広まったら、王都はパニックだぞ。
軍に話すのは冒険者ギルドのお偉いさんの役目だ」
「そうかもしれないが……」
この時の俺は、雇用主や仲間よりも、獣人族の三人の子供のことを考えていた。
馬鹿なことを考えず、無事に逃げてくれ。
日がかなり傾いたころ、最後の雇用主が森から出てきた。
兵士に担がれて、かなり情けない姿だが無事のようだ。
頑張ったな。
駆け寄りたいが、まずは治療だそうだ。
そのあとは、学園関係者が取り囲んでなかなか近付けない。
そうこうしていると、森からあの三人が出てきた。
おおっ、無事だったか。
かなり疲れているな。
まあ、当然か。
まだまだ子供だしな。
軍のお偉いさんが出迎えって……本当に何者なんだ?
「ウォーベア五頭、ラヴァーズビースト三頭が討伐された。
当面は警戒を続けるが、脅威は去ったと宣言する」
軍の発表に、俺は愕然とした。
ウォーベアが五頭もいたのか?
いや、それよりも“混ぜ物”の件はどうなった?
軍は“混ぜ物”の情報を未だに掴んでいないのか?
隠している?
王都の傍だから?
どうする?
この場で叫ぶか?
「改めて言う。
軍は脅威は去ったと宣言する。
ここに集まってくれた冒険者諸君の協力に感謝する。
あとは森の守護者と……ドラゴンにも感謝しておくとしよう」
……え?
宣言した兵士は笑顔だ。
最後のドラゴンにも感謝って……“混ぜ物”は討伐されたのか。
誰が倒したんだ?
ドラゴンじゃないのは誰だってわかる。
まさか、あの三人?
……
嘘だろ?
可能性は……ないな。
しかし、何かを知っている可能性はある。
話がしたい。
猛烈に。
助けてもらったしな。
「すみません。
獣人族の三人に伝言をお願いできますか」
俺はそう叫んでいた。
その日の夜。
「そうか、フォーオ様か。
ははは、なるほど。
さすがは北の守り。
ん?
森の中でスパイダー系を討伐することはあるのかって?
しないしない。
強い上にすばしっこい、その上で森の奥にいるからな。
そうそう倒せないっていうか……不可能だろ。
スパイダー系は相手にするより逃げろってね。
わざわざ手を出す冒険者はいないって。
それより、ギルドの対応の遅さに俺は文句を言いたい。
俺があの場でどれだけヒヤヒヤしていたか」
最後、口外禁止なのでシールたちは喋っていません。
シールたちが出した(出せる)情報から、コークスが想像しただけです。