遺跡の秘密
「これはどういうことだ?」
遺跡の奥に空いた穴。
アンジェはランタンをかざしてみるが、奥が見えなかった。
何やら発砲音が聞こえてきており、中では戦闘が行われているらしい。
ジルクがすぐに降りる準備を始める。
「すぐにロープを持って来ます!」
グレッグは槍を担ぎ、
「俺は先に降りる。マリエもバルトファルトもこの下かも知れないからな。急いで助けにいってやらないと」
リビアも名乗りを上げた。
「わ、私もいきます!」
「お前は駄目だ。残れ」
「いきます!」
アンジェが自分も降りようとしたところで、走ってきた村長が声を張り上げる。
「何をやっているんですか!」
アンジェは村長を睨む。
「何もないと言っていたのは誰だ? こんな所に地下へ続く穴があったではないか」
「そ、それは……申し訳ありません。すぐに私たちが向かいます。貴方たちは外に出ていてください」
マリエのことが気がかりなグレッグは、そんな村長の意見が聞き入れられない。
「下で戦っているのかも知れないんだぞ! マリエに何かあったらどうするつもりだ!」
「な、なら私がいきましょう」
村長は背負っていたライフルを手に持ち、穴を滑るように降りていく。
その姿にアンジェは違和感を抱いた。
(あの村長、何があるか分からないのに一人で向かうのか?)
◇
地下へと落ちた俺たち。
ルクシオンが周囲を照らす中、俺とマリエは通路を歩いていた。
一部は崩れ、そこから土や岩が出て通路を塞いで迷路のようになっている。
顔だけ後ろを向いてマリエを見れば、
「治療魔法は使ったんだよな? 歩くのが遅いぞ」
足を引きずっているマリエに文句を言いつつ、歩く速度は合わせてやらないといけない。
ムキになるマリエは、そのことに気が付いていない様子だ。
「怪我は治してもしばらく痛むのよ! もっとゆっくり歩きなさいよね」
「リビアなら痛みも消せるのに。これだから偽物は」
「はっ! あの女が少し可愛いからって入れ込んで馬鹿みたい。あんたみたいなモブ、誰も相手にしないわよ」
「悪いがこれでも女子には人気が出てきたところだ。手紙なんかもよく貰う」
あまり嬉しくない手紙ばかりだが、強がってみせるとマリエが本当に悔しそうにしていた。
俺は地上での話題を再び振ってみる。
「……何で逆ハーレムなんて考えた?」
「文句? 手に入る幸せがそこにあるとしたら、拾うのが人間でしょう」
幸せ?
「他人を蹴落として気分は最高、ってか? お前、リビアに謝れよ」
マリエは暗い通路の中で俯きながら呟く。
「あんたに何が分かるのよ。前世で私は幸せじゃなかったわ。第二の人生くらい、好きに生きて何が悪いのよ。私は! ……私は幸せになりたいだけなのよ」
その方法が酷すぎて笑えない。
「リビアの邪魔をして、アンジェを罠にはめて。お前、最低だよ」
すると、周囲を照らしていたルクシオンが俺も同じだと言ってきた。
『その言葉はマスターにも言えますね。私を発見し、オリヴィアから奪ったのはマスターだと言っていましたし。更に言えば、あの五人を公衆の面前で叩きのめして気分爽快! ……そう言ったのもマスターですよ』
今度はマリエが俺を責めてくる。
「あんた最低ね。人に文句を言う前に鏡を見れば」
「お前に言われたくないんだよ! 大体、お前のせいでこっちは苦労したんだからな! そもそも、最終決戦はどうするつもりだ。公国が攻めてくる確率は低いけどさ」
王国がヘルトルーデさんと、ロストアイテムである魔笛を持つ限り大丈夫なはずだが、それでも奪われたらおしまいだ。
そこから最終決戦が始まってしまえば、非常に厄介なことになる。
「そんなの、私の聖女の力でどうとでもなるわ」
「は? 聖女の力だけでどうにかなる? お前、リビアの力はどうするつもりだ?」
「……何の話?」
「いや、だから!」
そこまで話をしていると、ルクシオンが俺たちの会話に割り込んできた。
『……マスター、どうやら私の疑問は一つ消えたようです』
ドアが開き、そこに広がっていた景色は……。
液体の入った筒状のカプセルが並び、中には人の姿に近い何かがいた。
エルフたちが俺たちを待ち構え、ライフルやら拳銃を向けている。
マリエの前に出たのは、こいつには聞かなければならないことが山のようにあるためだ。そのために守らなければならない。
ライフルを構えると、エルフが俺を見ながら笑っていた。
「何だ、人間の雄と雌か……変な丸いのもいるな」
まるで実験動物でも見ているような口振りだった。
「化け物を作っていたのはお前らか?」
モンスターであれば倒せば消えてしまうが、地下にいた生物は倒しても消えなかった。
今まで倒してきたのはモンスターではないということだ。
代表者のようなエルフの男が俺に答える。
その手には拳銃を持っていた。
「理解が早いな。お前たちでは想像すら出来ないと思っていた」
男はカプセルに手を触れる。
中に入っていたのは、大きな植物の花――その中央には人の顔があった。見るからに不気味で、エルフたちも気味が悪い。
「我々はこの遺跡で生命の誕生という神の領域に足を踏み入れたのさ。お前ら人間には理解できないだろうが、古代では高度な文明があった。きっと野蛮な人間ではなく、我々エルフが支配していた時代だ。その証拠もある。この地下にはエルフの骨があった。人間の骨は一つもなかったよ」
ここでエルフたちが化け物共を昔から作っていたと思うとゾッとする。
俺がルクシオンに視線を向けると、一つ目を横に振って否定していた。どうやら、ルクシオンは知らないらしい。
だが、自慢話は終わらない。
「我々は、人間に奪われた世界を取り戻し、エルフこそが全ての種族を束ね、導き――」
自分に酔っているエルフの話を遮ったのは、ルクシオンだった。
『それは違います。貴方たちが言う古代の文明を支配していたのは人間です。そして、この施設で作られていたのは――貴方たちエルフでしょう』
マリエが俺の服を指でつまみ何度か引っ張り、ルクシオンを見上げていた。
「ねぇ、あんたの使い魔って何者?」
「こいつはチートアイテムのルクシオンだ。分かるだろ?」
「そんなの知らないわよ。というか、チートアイテムとか卑怯よ。頂戴」
「……お前は本当にいい性格をしているよ」
エルフたちの表情が歪む。
「何だ、その変なことを言う丸い物体は?」
『この部屋に眠っている管理AIにアクセスし、情報の共有を行いました。この島は実験場です。新人類に対抗するため、人が禁忌に手を出した島……魔法を扱える生物として人工的に作りだしたのがエルフです』
周囲から音声が聞こえてくる。
ルクシオンとは別の電子音声で、女性寄りの声をしている。
『その通りです。この島にいるエルフたちは、ここで生み出された個体が野生化した存在です』
「人工知能なのか?」
俺が周囲に視線を向けても、姿は見えなかった。
『はい。旧人類の遺伝子を持つ貴方に会えたことは幸運でした。我々の戦いは無意味ではなかった証ですね』
エルフが周囲に視線を向けながら、はじめて声を聞いたのか慌てふためいている。
「だ、誰だ! そんな嘘を言う奴は! 我々エルフは人より優れた存在だ。寿命も長く、人よりも魔法の扱いに長けている!」
管理AIは淡々と告げるのだ。
『長寿なのはそれだけ長く戦わせるためです。すぐに死なれては困ります。また、魔法の扱いに長けているのは、そのように作り出したからです。もっとも、野生化した影響なのか、我々が作り出した初期のエルフよりも劣化した様子ですが』
エルフたちが唖然としている中、俺たちの前に立った男だけが怒気を強めた。
「ふざけるな! そんな事実はない。我々こそが――」
後ろから気配がしたので振り返れば、そこには村長がいた。
ただ、様子がおかしい。
「いったい何をしている!」
そう叫んだ村長は……同じエルフにではなく、俺たちに怒気を向けていた。
「あ、村長……え?」
ライフルを構えた村長は、マリエの顔に銃口を突きつけていた。
ルクシオンは妙に納得していた様子だった。
『なるほど。あの里長の言っていたことは、全てが嘘ではないようですね』
狼狽えているエルフたちに村長が命令する。どうやら、こちらが本性というわけか。
「こいつらはここで始末しろ。人工生物たちにやられたように見せればいい」
エルフたちはカプセルを解放し、そして液体が排出されたカプセルからは化け物たちが出てくる。
『装置を動かせただけでも褒めた方がいいのでしょうか?』
落ち着いているルクシオンの横で、俺はライフルを構えた。
「俺たちを殺して証拠隠滅か。エルフって見た目通り腹黒いよな」
村長は俺を見て笑っている。
「人間風情が調子に乗るなよ。お前たちのような下等生物は、我々に頭を下げていればいい!」
管理AIが嘆くように言うのだ。
『……緊急対応を実行します』
直後、飛びかかってくる人工生物たちに施設の壁から出てきた武器が向けられ、そのまま撃ち抜かれ殺されていく。
エルフたちが混乱している中、俺は村長の肩をライフルで撃ち抜いた。
「あがっ!」
ライフルを落としたところで、マリエの前に出て銃床でその顔を殴り飛ばした。
エルフたちが叫ぶ。
「う、撃て!」
弾丸と魔法が俺たちに降り注ごうとすると、マリエが頭を抱える。
「もう嫌ぁぁぁ!」
五月蠅いと思いながら、ルクシオンに命令する。
「やれ」
『この程度ではマスターを傷つけることも出来ませんね』
俺たちを中心に発生した光の壁により、弾丸も魔法も全て弾かれる。
ライフルを村長に向けながら、銃も魔法も効果がないと知ったエルフたちを見る。
「まだやるか? 高貴で賢いエルフ様たちは、滅びの美学がお好みですか?」
このままやっても勝てないと分かると、エルフたちは銃を捨てて両手を挙げるのだった。
「全員を拘束する。お前も手伝え」
「ちょっと! 私はこれでも聖女よ。あんたの上司よ!」
「……俺がこいつらのせいにして、お前の頭を撃ち抜いてもいいんだぞ」
やるつもりはないが、脅してやるとマリエは笑顔になる。
「もう、怒らないでよ。ちゃ、ちゃんとしますから撃たないで」
……最初からそう言えばいいのに。
◇
エルフたちの拘束が終わる頃。
管理AIが俺とルクシオンに話しかけてきた。
『……我々が敗北したのは理解しました。そうなると、この施設は自爆する必要がありますね』
「お前ら自爆が好きだな。ルクシオンと同じ反応じゃないか」
管理AIはこの遺跡――施設の役割を話すのだった。
『本来は新人類に対抗するための施設でした。無意味となってしまった今は、この施設を残す意味がありません。残してしまえば、ここにいるエルフたちのように悪用する者たちが出てきます』
人工生物を作りだしたエルフたち。
確かに残してはいけない施設だろう。
「……管理AIとして、お前はそれでいいのか?」
ずっとここを管理してきた人工知能は、久しぶりに目覚めると自爆を選択しなければならなかった。何故か、それでは寂しい気がする。
『問題ありません。ルクシオン、私の持つデータを全て貴方に渡します。それから、これを受け取りなさい。移民船である貴方には必要になります』
床から出てきたのは、立方体がいくつもくっついた何かだ。
浮かび、それは輝いて見える。
『いただきましょう。これで更に私は活躍できますね』
「これは何だ?」
『財宝です。非常に価値がある物ですよ』
それを聞いたマリエが飛び上がった。
「財宝!」
『はい。私たちにとって価値はありますが、この世界では利用方法も分からないので、光る置物程度の価値しかありませんけどね』
「……本当に最悪。財宝なんてないし、やっぱりゲームと違うのかしら? 大体、ファンタジーだと思っていたのに、SFとか聞いていないわよ」
……エルフを作り出したのは人間。
エルフは新人類に対抗するために作られ、他の亜人種たちも同じような理由で作り出されたと思うと……確かに少し不思議な世界だな。
乙女ゲーのふわっとした甘くて優しいファンタジー世界はどこにいった?
「他に財宝はないのか?」
マリエが目に見えて落ち込んでいるので、管理AIに確認を取ると――何故か、凄く嫌そうに答えてきた。
『財宝と言えるか分かりませんが、一つだけ存在している物があります。引き取ってくれるのなら、是非とも引き取って欲しいですね』
マリエが復活する。
「あるんじゃない! もう、隠していないで渡しなさいよ」
こいつ本当にいい性格をしている。
◇
遺跡から離れた場所。
その場所で、俺たちは――。
『くぁwせdrftgyふじこ!!』
――激怒しているルクシオンを落ち着かせるために苦労していた。
「だから落ち着けよ」
『私は冷静です。冷静にこの物体を破壊し、すり潰し、灰にして、とにかく塵すら残らないレベルで消滅させて――ぎぃやぁぁぁ!』
……壊れたのだろうか?
マリエは絶望したように地面に横になり、うつろな表情をしていた。
「……こんなの貰っても嬉しくない」
そんなマリエを励ましているジルクとグレッグは、本当に安堵した表情をしていた。
「マリエさんが無事で良かった」
「そうだぞ、マリエ。宝なんかまた探せばいいだろうが」
俺たちの前にあるのは、遺跡の管理AIが最後に渡してきた物だ。
それは鎧――パワードスーツの右腕だ。肘から先の部分になっている。
刺々しい腕を前に、壊れてしまったルクシオン。
こんなジャンクパーツは金にならないと嘆くマリエ。
リビアはルクシオンを前にオロオロとしている。
「ルク君落ち着いて! ほら、深呼吸だよ、深呼吸!」
『私は呼吸を必要としていませんので出来ません』
「え、あ、はい。な、何かごめんね」
冷静に返答され、逆に困ってしまうリビアが可愛かった。
アンジェが俺に近付いて状況を確認する。
「リオン、村長が怪我をしているのに拘束を解かないのはどういう理由だ? それに、このエルフたちは遺跡のどこにいた? まさか、捕らえられていたのか?」
拘束されているエルフたちを見て怪しんでいた。
遺跡の件を話すわけにもいかない。
報告すれば遺跡を破壊したことを責められる。
勝手にエルフたちを罰することも出来ず、俺には何も出来ない状態だ。
「あぁ、こいつらはちょっと――おっと」
地面が揺れるのを感じ、俺は驚いたアンジェを支えて遺跡の方を見た。どうやら、無事に自爆したらしい。
無事と言っていいのか分からないが、これであの遺跡は二度と人工生物を作れない。
これで良かったのだ。
そう思っていると、空に大きな飛行船が姿を現した。
……ルクシオンだ。
光学迷彩で隠れているが、俺にはその不自然さが見えていた。薄らと空に飛行船――ルクシオン本体の姿が見えていた。
「おい!」
俺が睨み付けると、ルクシオンは悪びれもせずに言う。
『私を騙した報いを受けてもらいます。こんな物を押しつけるとは!』
激怒したルクシオン本体からの一撃は、光の柱となって遺跡に降り注いだ。
その光に村長がガタガタと震えている。
「まさか、里長が言っていたのはこのことだったのか。魔王だ。魔王が我々に怒っている!」
ごめん、それうちの相棒がやったことだから。
魔王じゃないんだ。
エルフたちがこの世の終わりのような顔をしている。
この場にいた全員が光の柱に目を奪われる中、ヘルトルーデさんだけは鎧の右腕を見ていた。
それにしても、この形状はどこかで見たことがあるような気がする。
黒く刺々しいこの右腕をどこかで俺は見たような……。
「ねぇ」
「ん?」
ヘルトルーデさんが俺に話しかけてくる。
「貴方――私に手を貸さない?」
何やら企んでいる様子だが、関わりたくないので拒否した。
「冗談。嫌ですよ」
「欲しい物なら何でも与えるわ。王国よりも好待遇を約束するわよ」
「いらないです」
ヘルトルーデさんは、少しだけ悔しそうに「そう」と呟いていた。
◇
エルフの村に戻ってくると、里長たちが待っていた。
エルフたちは家から出て祈るように天に許しを請う。
「魔王様、どうかお許しください」
「我々の島を見逃してください」
「だから俺は嫌だと言ったんだ! 村長たちが遺跡を荒らすから!」
そんな村の様子を見たカイルは、馬鹿にしたように笑みを浮かべていた。すぐに無表情に戻したが、俺は見なかったことにする。
こいつにも色々と事情があるのだろう。
グレッグは回収した鎧の右腕を、ジルクと共に運びながら周囲の様子を見ていた。
「何か雰囲気違うな」
「遺跡が崩壊したので恨まれると思っていましたが……どうやら大丈夫みたいですね」
壊したのは俺だけどね。
俺たちがやってくると、里長が近付いてくる。
捕らえられたエルフたちを見て何か呟いていた。
隣で里長を支えている女性エルフが代弁してくれる。
「この者たちの扱いについて話がしたいそうです。出来れば、代表者である貴方たちには里長の屋敷に来て欲しいと」
色々と説明も必要だろうと、俺が話をすることにした。
里長がマリエを見ている。
「あいつも呼んだ方がいいの?」
「はい。それから、黒髪の女性と、そちらのお二人も同行願いたいとのことです」
呼ばれなかったグレッグとジルクは、荷物を下ろして休憩していた。
「お前らだけで話をしてこいよ。俺たちはこいつを運ぶから」
「飛行船に積み込むまで大変そうですね」
二人の言葉を聞いて、ルクシオンが嫌そうな声を出す。
『私のパルトナーにその汚物を乗せると?』
「お前もいい加減に諦めろ。ほら、いくぞ」
◇
里長の屋敷。
そこで里長と向き合って座る俺たちは、お礼を言われることになる。
「里長が皆様にお礼を申しております」
マリエが照れている。
「お礼なんていいのに。出来れば財宝か何かが――」
そんなマリエを睨んで黙らせたのはアンジェだ。
「……こちらこそ申し訳ない。結果的に遺跡を破壊してしまったからな」
里長は首を横に振る。
「里長は、古の魔王の怒りがこの程度で済んで幸いだったと言っています」
リビアが俺たちの会話に割って入ってくる。
「あ、あの! 話は変わりますけど、混ざり物って何ですか? ユメリアさんがそう言っていて……カイル君も様子がおかしいですし、どういう意味でしょうか?」
カイルを心配するリビアに、露骨に嫌そうな顔をするのはマリエだった。
「人の専属使用人に口を出さないで欲しいわね」
「そういうつもりじゃなくて、どうにもおかしいと思って」
確かに普通じゃない。
俺が里長の代弁者である女性を見ると、目を伏せつつも答えてくれた。
「エルフの美醜が魔力によって判断されるのはご存じでしょうか?」
ジルクがそんな自慢話をしていたな。
頷くと説明が続く。
「魔力はそれぞれに特徴があります。人に説明するのは難しいですが、色として判断しています。ですが、希に複数の色が混じりあったような魔力を持つものが生まれます」
俺たちには分からないが、それはエルフにとって醜いということなのだろう。
「そういった者たちが使う魔法は強力で、そして魔法も特殊なのです。ですが、我々から見れば嫌悪感を抱かずにはいられない。それを里の者たちは混ざりものと呼んでいます」
普通とは違う魔法を使えるという意味か?
それがエルフにとっては嫌悪感を覚えるとなると、どうしようもない。
生理的に無理とか、そんな類いの話なのだろう。
「カイルの母親であるユメリアは、一時期は里を離れてその魔法で旅芸人の真似事をしていました。その際、人間の男性との間に子供が出来てしまったのです」
アンジェが目を見開き驚いていた。
「……噂話程度には聞いたことがある。ハーフエルフという奴か」
女性エルフが頷く。
「ハーフエルフの立場というのは微妙です。ハーフエルフが生まれるということは、出稼ぎをする男たちにとって放置できない問題ですからね」
専属使用人として高値で買われるエルフの奴隷たち。
彼らが気に入られている理由の一つは、人との間に子供が出来ないからだ。
それが、少しばかり可能性があると知れれば……奴隷を買う方だってためらうだろう。
ためらうかな?
ためらわない気もするな。
むしろ、スリルがあるから買うとかいう連中もいるかも知れない。
「だ、だからあいつ、自分がハーフエルフだって言ったのね」
何やら冷や汗をかいているマリエを放置し、俺は話を切り上げた。
「エルフの里の厄介者か。その話は置いておくとして」
「リオンさん、そんな簡単に話を切り替えないでください」
リビアに責められたが、俺たちに出来ることは少ない。
「他人の家の事情に深く首を突っ込んでも解決できないよ。そもそも、嫌悪感を抱くな、ってエルフたちには言えないし。カイルが微妙な立場なのも理由が分かるからね。あいつ、この島を嫌っているんじゃない?」
女性が頷く。
「そうでしょうね。こればかりは貴方たちにも解決できないかと」
里長が女性に何か話しかけた。
女性は俺たちを見る。
「里長が皆さんを占っていたそうです。その結果を伝えるとのことでした。里長に出来るお礼は、こんなものしかないと」
村長の屋敷よりも質素な屋敷の中には、物も少ない。
生活は裕福には見えなかった。
「では、まず聖女様からです」
「占い? まぁ、聞いてあげるわ。一番いい結果を教えなさいよ」
こいつ本当に態度がでかい。
だが、占い自体には興味を持っているのを見ると、毎朝の占いをチェックしていた前世の妹を思い出す。
あいつもいい結果が出なければ、違うチャンネルに変えて違う占いをチェックするような奴だった。
……思い出したら苛々してきたな。
「不思議な運命の下にいるそうです。そして、運命の相手とは巡り会うもすれ違います」
「運命の相手って誰よ!」
「それは分かりませんが、既に出会っているそうです。その方とは袂を分かたれ、一緒にはなれないでしょうとのことでした。それから――」
「何よ?」
「背負ったものからは逃げられません。貴女に待つのは過酷な人生だそうです。全てを手に入れるか、全てを失うか、その二つの道しか貴女にはないそうです」
マリエは唖然とし、次第に怒り始めた。
「やり直し! やり直しを要求するわ!」
「さて、次は黒髪の貴方――」
「話を聞きなさいよ!」
黙っていたヘルトルーデさんは、興味なさそうに占いの結果を聞いていた。
「いずれ貴方には大きな転機が来るそうです。貴方の目の前に大きな困難が現れると里長が告げています」
「そう。それくらいの方が人生は面白いわ」
「それと、貴女は運命の相手と出会います。その方と共に歩むことが出来れば、貴女の困難な道は光に照らされ、頼もしい支えになってくれるそうです」
「そ、そう。まぁ、気にかけておくわ」
少し嬉しそうにしているのを見るに女の子だな。
運命の相手と聞いて嬉しそうだ。
そんなことで喜べるなんて羨ましい限りだよ。
「次は貴女です」
「私か」
少し期待して待っているアンジェの方を見ると、いつもと違って可愛く見えた。
占いもたまにはいいのか?
里長の言葉を聞いた女性が少し戸惑っていた。
「な、何だ? 早く言ってくれ」
急かすアンジェに、女性は言う。
「貴女と、そちらの方には、古の魔王すら従える勇者が守っているように見えるそうです。既に現れているのか、これから出会うのか分からないそうです」
「……勇者?」
アンジェが首をかしげ、リビアも少し戸惑っていた。
「男の子向けの物語に出てきますね。魔王を倒した勇者……え、えっと、そんな凄い人は知り合いにいませんけど」
一気に胡散臭くなってきた。
また魔王か。
しかも古の魔王って、怒りがどうのこうのと言っていた奴じゃないか。
倒されているなら出てこないだろうに。
アレかな? もう里長は力尽きた感じかな? 的中率が下がっているとか村長が言っていたよね?
というか、勇者がいるなら出てこいよ。どうして俺が代わりに頑張っているの? 本当に使えない勇者様と、従っている魔王様だ。使えない奴らだ。
「里長が疲れているなら寝かせてあげれば?」
女性は俺を止める。
「だ、大丈夫です。えっと、続きもお二人一緒になります」
この人もちょっと怪しいと思っているのではないだろうか?
微妙になった空気の中、俺たちは続きを聞く。
「貴女たち二人の運命は複雑に絡み合い、本来あるべき道から大きく外れているようです。そして、貴女たちは本来背負うべき重荷を他者が既に背負ってくれています」
リビアが戸惑っていた。
「え、えっと、助けて貰ったんですかね?」
「はい。そして貴女も既に助けられています」
アンジェが俺に視線を向けた。
「ま、まぁ、何度も助けられたこともあるが」
女性は困っていた。
「里長も複雑すぎてよく見えないそうです。ただ、お二人の近くには勇者の加護が見えるそうです」
アンジェもリビアも俺をチラチラ見ていた。
リビアが里長に頼む。
「リオンさんも占ってください!」
アンジェも同様だ。
「た、頼む。こいつだけ占われないのも寂しいだろう? 気になるとかそういう意味ではなく、やはりこういうのはみんな一緒がいいからな!」
俺は里長を見るのだった。
「里長、疲れているのなら寝てもいいですよ。別にこの島をどうこうするつもりは――」
里長が俺の前で姿勢を正した。
小さい声ながら、俺に聞こえる声を出す。
しわがれて声を出すのも辛そうに聞こえる。
……無茶するなよ、婆ちゃん。俺が悪いことをしているみたいじゃないか。
「この里を救っていただきありがとうございます。貴方様はとても優しい方のようだ」
里長の言葉に目を見開いて驚くのは、マリエとヘルトルーデさんだった。
……文句があるのか? いや、あるだろうな。
この二人からすれば、俺は優しくなどないのだから。
「私の占いも、貴方様の未来は見通せません。ただ、貴方様はいずれ――大事なものを失い――過酷な――」
いきなり俺に告げられたのは、望むものが全て手に入らないという最低な部類の占いだった。
小声で呟いてしまう。
「さ、里長?」
もう一度だけ占って欲しいと頼み込むも、里長は黙ったままだった。
「え? 里長?」
女性が里長を支える。
「その、お疲れのようです。眠ってしまわれました」
俺は立ち上がって里長の両肩を掴む。
「待って! お願いだから目を開けて! お願いだからちゃんと教えてよ! 不穏なことを言ったまま眠らないで!」
アンジェとリビアが俺を里長から引き離した。
「リオン、いい加減にしないか」
「お年寄りは大事にしないと「めっ!」ですよ!」
分かっているが、こんな結果は認めたくない。
認められないのだ!
マリエとヘルトルーデさんは、俺を見てとても楽しそうに笑っていた。
「いい気味ね」
「本当ね。可哀想になるわ」
可哀想と言いつつ笑っているヘルトルーデさん。
この女、やっぱり性格が悪いぞ。
「こんなの嫌だぁぁぁ! やり直しを要求する!」
黙って話を聞いていたルクシオンは、不機嫌そうに呟くのだ。
『占いなど信じていないとか言っていたのに、随分と本気で嫌がりますね。マスター、格好悪いですよ』
「五月蠅いよ! 誰だってこんな結果は嫌だろうが!」
格好いいとか悪いとか、そんな問題ではないのだ。
俺が人生を楽しく生きるために、こんな結果は認めたくない!
そもそも、大事なものを失うとか、どういうことだよ!