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プロローグ

 愛とはいったい何だ?


 物語において、最終的に愛が全てを解決する場合が多々ある。


 それは、この乙女ゲーの世界でも同じだ。


 最後は主人公と攻略対象の男子の愛が、ホルファート王国を勝利へと導く。


 実に素晴らしい。


 愛が全てを救う。


 愛って最高だな!


 ……どんな兵器よりも優れた愛は、それ自体がとんでもない兵器なのではないかと考えてしまう俺は捻くれているだろうか?


 愛があるから人は……縛られる。


 愛だけではない。


 人は目には見えない様々なものに縛られ生きている。


 強いだけでは、それらを振り切り生きてはいけないのだ。


 強いからこそより強く縛り付けられる。


 俺のように!


「ふぅ、ようやく到着ね。酷い空の旅だったわ」


 輝くような金髪を手でかき上げたのは、マリエ・フォウ・ラーファン――この度、めでたく神殿から聖女認定をされた聖女様だ。


 その隣にいるのは、どうしてお前がここにいるのかと問い詰めたくなる女子だ。


「マリエ様、お荷物をお持ちします!」


「ありがとう、カーラ」


 マリエの荷物を持つカーラ――カーラ・フォウ・ウェインは、リビアに近付き俺たちを騙した普通クラスの女子だ。


 今はマリエの取り巻きをやっている。


 他にも周囲に女子たちが侍っており、マリエを持ち上げる発言をしていた。


「マリエ様、その衣装もお似合いですわ」

「特別に作らせたと聞きました。流石ですわ、マリエ様」

「マリエ様は何を着てもお似合いですわ」


 周囲に視線を巡らせれば、浮島に到着した学園の生徒たちが背伸びをしていた。


 その中にいるのは、緑と赤。


 ジルク・フィア・マーモリア。


 グレッグ・フォウ・セバーグの二人だった。


「快適な船旅でしたね」


「ロストアイテムの飛行船は凄いよな。俺も欲しいくらいだ」


 二人を中心に、男子生徒が集まって話をしていた。


「ここがエルフの島か」

「なんか想像していた通りの場所だな」

「自然豊かというか、密林じゃないか? 本当にここにダンジョンがあるのかな?」


 ……さて、この状況を整理しよう。


 今、俺たちはエルフが住む浮島へとやって来ていた。


 移動手段は俺が持つ飛行船パルトナーだ。


 どうしてこうなったのか?


 それは俺が聞きたい。


 俺だって、この状況が全く理解できていないのだ。


「……どうして俺がこんなことをしないといけないんだ」


 文句を言う俺の側には、相棒であるルクシオンが浮かんでいた。


 周囲を警戒しながら、俺に答えてくれる。


『それがマスターの仕事だからです』


「何で学生の俺が仕事をするの! 嫌だよ。帰って新しいティーセットでお茶を楽しみたいのに!」


 現実逃避のために購入したティーセット。


 俺、リオン・フォウ・バルトファルトは、学生の身分でありながら騎士――おまけに、子爵様だ。


 宮廷での階位は四位下と、とんでもなく高い地位を得てしまった。


 もう笑うしかない。でも、本音では……泣きたい。


 出世して嬉しくないのか? などと聞いてくる奴らもいるが、世の中は野心あふれる上昇志向の持ち主ばかりではないのだ。


 そもそも、高い地位にいるということは、それだけの責任を背負うという意味だ。


 おまけにそれだけの働きも期待されている。


 責任とか期待とか、とにかく今の地位は俺に荷が勝ちすぎている。


 グレッグが俺にまるで友達のように話しかけてくる。俺、お前と仲良かったか?


 普段の制服姿ではなく、動きやすさを重視した軽装備の格好だ。


「親衛隊長、これからどうする? すぐにカイルの故郷に向かうのか?」


 凄く良い笑顔で俺に話しかけてくるグレッグに、俺は凄く微妙な顔を向けていた。


「何だよ? そんなに嫌なのか?」


 不思議そうにしているグレッグに、俺は溜息を吐くのだった。


「……とりあえず、カイルと一緒に代表者が村に向かう。お前もついてこい」


「了解だ、親衛隊長。あ、隊長の方がいいか?」


 実に楽しそうなグレッグは、俺の指示を受けてこの場から離れていく。


 そう、今の俺は親衛隊長だ。


 誰を守る親衛隊長だと思う?


 ……マリエだよ。


 視線を向けると、マリエが周囲のご機嫌取りに気分良く笑っていた。


 高笑いをしている姿に小物感が滲み出ている。


「おほほほ! エルフの里のダンジョン攻略で沢山稼いでみせるわ!」


 俺が額に青筋を浮かべていると、やって来たのはアンジェだ。


「まったく、実にのんきな奴じゃないか」


 マリエを見る目はどこまでも冷たく、一歩間違えば激怒して武器を手に取りそうな雰囲気を出している。


 そんなアンジェを心配そうに見ているのは、リビアだった。


「アンジェ、落ち着きましょう。ほら、深呼吸ですよ。深呼吸! 空気がおいしいですよ」


 確かに自然豊かで空気はおいしい。


 冬だというのにまるで春のような暖かさで、木々は青い葉をつけている。


 リビアに視線を戻したアンジェは、この島の暖かさに感謝していた。


「そうだな。それにしても、寒くないのはいいな。冬場の冒険は辛いと父も兄も言っていたから、私としても助かる」


 ……そう。俺たちはこの島に、冒険に来ていた。


 集団の中、一人だけ雰囲気が違う女性がこちらに近付いてくる。


 彼女の名前はヘルトルーデ・セラ・ファンオース。


 ファンオース公国の王女様だ。


 公王家の姫なので王女様。公女じゃないのかという質問には、そういう世界だからとしか言いようがない。


 美しく長い黒髪を持つ美女だが、胸は非常に残念だった。


 アンジェとリビアを見た後に彼女を見ると、胸が締め付けられるような痛みを覚える。


 胸に広がる山も谷もない平野に悲しみを覚えた。


「王国の騎士は品がありませんね。いったいどこを見ているのかしら? 欲情した視線を向けるなんて――な、何よ。なんで悲しそうに首を横に振るのよ!」


 欲情できたら良かったのだが、あまりの悲しみに俺は首を横に振ってしまった。


「ごめんね。俺が悪かったよ。それで、何か用?」


 ヘルトルーデ王女殿下――まぁ、色々とあって留学生として学園にやってきた彼女は、とても微妙な立場にあった。


 数ヶ月前に起きた公国の宣戦布告は、俺がぶち壊してしまったために彼女は王国で留学生として受け入れられてしまったのだ。


 彼女としても屈辱だろうが、王国の楽観視には呆れるしかない。


 もっと危機感を持てと思うが……。


 危機感を持てない理由が、宣戦布告したと同時に公国軍がほぼ全滅。


 学生に敗れ、おまけに公国最強と言われた黒騎士まで敗れたのだ。


 ……全て俺がやった。


 俺がやってしまったために、王国も公国を舐めてしまったのだ。


 あまりいい状況ではないのは確かだろう。


「何も知らされずに連れてこられた私に、誰か説明してもいいと思うのだけれど? いったい、この島に何があるのかしら?」


「ついてきたのはあんただろうに」


 俺たちが出発すると聞くと、自分も参加したいと名乗り出たのだ。それを、王宮や学園が認めてしまった。待遇が緩いというか、なんかもう王女様なのに王国に相手にもされていない気がする。


 さて、この島についてだが……。


 マリエの専属使用人であるカイルという美少年エルフがいる。


 そのカイルの故郷に俺たちは来ていた。


 全ては――マリエの借金が理由だ。


 思い出しても腹立たしいあの日の出来事。


 俺は目元を拭う。


「何で泣くのよ!」


 ヘルトルーデさんが怒るも、アンジェとリビアが俺を慰めてくれる。


「あまり責めるな。リオンだって好きで親衛隊を率いているわけじゃない」


「リオンさん泣かないでください。大丈夫。大丈夫ですからね」


 俺は嗚咽(おえつ)を漏らしつつ頷いた。


「うん。俺、頑張りたくないけど頑張るよ」


 微妙な表情をして俺たちを見るヘルトルーデさん。


 そう、全てはあの日が原因だった。



 三学期が始まりしばらくした頃だ。


 学園内の掲示板に張り出された掲示物の前に人が集まっていた。


 リビアと廊下を歩いていた俺は、そんな人だかりの隙間から覗き込む。


「留学希望者募集中? へぇ、外国への留学生を募集しているのか。この学園でもこういうのがあるんだな」


「留学先はどこの国ですか?」


「え~と、アルゼル共和国? 他にも色々とあるみたいだけど」


 留学など行っていたのかと感心していると、人だかりの中から友人が出てきた。


 眼鏡をかけたインテリ風の男子はレイモンドだ。


 どうやら俺たちの話を聞いていたらしい。


「みんなが集まっている理由は留学の話じゃないよ」


 リビアが首をかしげている。


「違うんですか?」


「そっちも興味はあるけど、みんなが気にしているのはあっち」


 数人が掲示板の前から離れ、張り出されていた書類が見えた。


 リビアが口に出して読む。


「神殿騎士募集? えっと、聖女マリエ様を守るための盾になる騎士を募集する。学園の生徒でも応募可能?」


 眉をひそめる俺は、この場から離れることにした。


「興味ないな。誰があんな奴を守るかよ」


 レイモンドは呆れていた。


「リオンの聖女様嫌いも筋金入りだよね。でも、結構人気があるんだよ」


 いわれて掲示板の前を見ると、男子たちが真剣な眼差しを向けていた。


 婚活に忙しい学園の男子たちが、どうして神殿騎士を目指すのか気になった俺はレイモンドに視線を向ける。


 説明を求められたと分かったレイモンドは、その役割を果たしてくれた。


「上級クラスも普通クラスも、今回の話には興味を持つよ。神殿騎士って、基本的に教育を受けた人たち。つまりは僕たちみたいな貴族出身者が多いの」


 リビアが納得した顔をしていた。


「神殿の関係者の方は貴族出身者が多いと聞きますね」


「教育を受けつつ、それなりに戦える学園の男子は候補になるわけか。それで? 今までは別に人気なんてなかっただろうに」


 レイモンドは不敵な笑みを浮かべていた。


 神殿騎士になれるのは知っていたが、ここまで人気があるとは知らなかった。そもそも、神殿騎士は人気がなかったはずだ。


 理由は、王国の騎士にならずに神殿の私兵になるためだ。


 言ってしまえば、ホルファート王国の騎士にはなれない。もっと詳しく説明すると、正式な騎士じゃない。


 神殿騎士になるというのは、貴族の地位を捨てることを意味している。


 貴族社会では、あまりよく思われない。


 それでも毎年のように神殿騎士になる生徒がいるのは、婚活に疲れ果ててしまったからという涙なくしては語れない理由があるからだ。


 あとは普通に信仰心からかな?


 なのに、ここまでの人気が出るとは思わなかった。


「分からない? 聖女様だよ」


「……はぁ? なんでマリエが関係するのさ? 三学期だから、もう結婚を諦めた男子が多いだけだろ」


「みんな簡単に諦めることが出来たら苦労しないよ。僕だって、許されるなら神殿騎士になりたいくらいさ。まぁ、跡取りだから無理だけどね。おっと、話がそれたね。実はこの親衛隊の話だけど、王宮も関わっているんだよ」


 人だかりが更に少なくなり、リビアが近付いてよく読む。


「親衛隊の騎士は王国騎士の資格を与えると書かれていますね」


「嘘!」


 驚いた俺は書類をよく読むが、本当にそんなことが書かれていた。


 レイモンドが勝ち誇った顔をしている。


「分かるかな、リオン? つまり、神殿騎士になっても、王国の騎士になれるのさ。王国から年金も出る立派な騎士だよ」


 王国が神殿の私兵へ給料を払う?


 そんなことがあるのかと驚いていると、リビアがよく分かっていない顔をしていた。


「それ、凄いことですか?」


 レイモンドが激しく首を縦に振る。


「凄い。凄すぎてビックリだよ。つまりだよ! 親衛隊の神殿騎士は、王国から認められた騎士になれる。更に! ――婚活からも逃げられるのさ」


 神殿騎士は正確には騎士ではない。


 そのため、結婚相手は貴族の女性でなくてもいいのだ。


 だが、親衛隊の騎士は、王国の騎士でもある。


「婚活から逃げられる? どういうことだ、レイモンド!」


「一代限りの騎士じゃなく、七位下の世襲できる騎士の地位を保証しているの。ついでに、学生ばかりが親衛隊の騎士じゃないからね。その辺りが理由で、結婚相手が貴族の女性でなくても子供に地位を引き継げるってこと」


 神殿騎士からも親衛隊員を募集する。


 そうなると、既に結婚している神殿騎士もいる。


 今更、貴族の女性と結婚してくださいとか……無理。


 なら、今回に限っては、特例として認めると王宮が認めたのだ。


 俺は頭を抱え、膝を屈した。


「マリエの親衛隊になれば婚活から逃げられる。だが、あいつの親衛隊なんて絶対に嫌だ」


 俺がどうするべきか悩んでいると、リビアが俺を説得してきた。


「リオンさん、今は女子から人気者じゃないですか」


 昇進してから、女子からお茶会に出てもいいわよ、みたいな手紙を貰うようになった。


 手の平返しというやつである。


 それなのに上から目線というのが、この酷い乙女ゲーの世界を物語っていた。


「今更すり寄ってくる女子なんか信じられるか! 俺は絶対に嫌だぞ。俺のお茶会に呼ぶのは、リビアとアンジェだけだ!」


 少し嬉しそうにするリビアだが、すぐに思い出したのか目を細めて俺を問い詰める。


「でも、この前はクラリス先輩を招待していましたよね?」


 俺はそっと視線をそらした。


 黙秘を貫く姿勢を見せると、レイモンドが呆れて肩をすくめる。


「リオンは無理だよ。だって、子爵で四位下の騎士だもの。王宮だって絶対に許さないよ」


 俺は立ち上がる。


「それもそうか。はぁ、婚活は来年に期待するか」


 昇進したことですり寄ってくる女子が気持ち悪く思えた。


 今まで見向きもしなかったのに、昇進して子爵になったら目の色を変えるのだ。


 まったく嬉しくない。


 むしろ、人間不信になりそうだ。


 リビアは俺を複雑そうな顔で見ていた。


「来年ということは、在校生とは結婚しないんですか?」


「無理だね。はぁ、マリエの親衛隊じゃなければ、喜んで参加したのに残念だな」


 俺の心情的に無理だ。


 昨日までこちらを見下していた女子が、急に笑顔を向けてくる……まったく魅力を感じないし、むしろ怖いからね。


 今までの仕返しをしてやろうと思う前に、もうドン引き。


 関わりたくないね。


 それにしても、王宮がここまで親衛隊に力を入れる理由とは何だろうか? それが気になる俺だが、どうせ関わることもないからと放置した。


 放置してしまったのだ……。



 王宮では、聖女誕生をきっかけに慌ただしい日々を過ごしていた。


 大臣クラスが集まった会議の場には、公爵家の当主であるヴィンス――アンジェの父も参加している。


「神殿の生臭坊主共が調子に乗って」

「ユリウス殿下を担いで、勢力拡大を目指す考えだろうな」

「聖女様の周りには、有力貴族の元跡取りたちもいる。これは厄介だぞ」


 マリエという聖女を利用し、王国内での地位を向上させようと神殿が動いていた。


 これを機に権力を握ろうとしていたのだ。


 アトリー家の当主。クラリスの父親である【バーナード・フィア・アトリー】が、周囲へ提案する。


「……信用のおける騎士を送り込む必要があります」


 王宮が親衛隊のために予算を用意したのは、人事権に口出しをするためだった。


 マリエという厄介な聖女を放置できないという危機感からだ。


 公国よりも、王国はマリエに危機感を抱いていた。


「聖女の首輪に、よく鳴る鈴を付けるのは当然だな」

「だが、あの聖女だぞ。下手な騎士では籠絡(ろうらく)されないか心配だ」

「殿下や名門の跡取りたちを数ヶ月で籠絡した女だからな……まったく、厄介な女だ」


 王宮に情報を流すスパイを送り込みたい面々。


 バーナードは、先程から黙って話を聞いているヴィンスに視線だけを向けた。


「一人心当たりがあります。聖女と同じ学生という身分であり、実力も確か。籠絡の恐れもない騎士がね」


 周囲もヴィンスに視線を向ける。


「……成り上がり者だが、確かに彼奴なら」

「公爵家の新しい番犬でしたかな?」

「だが、寝返ると痛いぞ。彼奴が持つロストアイテムは脅威だ」


 会議の場では「ロストアイテムを取り上げてはどうだ?」「それをすれば国是に反する」「ロストアイテムだろうと、取り上げては王宮へ反感が集まる」などと話が脱線する。


 バーナードが咳払いをし、改めてヴィンスに問う。


「……リオン・フォウ・バルトファルト子爵をお貸しいただけるかな、公爵?」


 ヴィンスは小さく笑っていた。


「彼は公爵家の寄子ではないのだがね。好きにするといい」


 バーナードが話をまとめる。


「では、聖女親衛隊の隊長に、王宮はリオン・フォウ・バルトファルト子爵を推薦しましょう。彼なら任せられる」


 ヴィンスは腕を組んでいた。


「さて、どうしたものか――」



 マリエは笑いが止まらなかった。


(もう最高! 生活費に悩まない日々がこんなにも素晴らしいなんて――素敵!)


 五人もの男子の生活に頭を悩ませることもなくなったのは、聖女となったマリエに王宮や神殿から予算が出されたからだ。


 卒業後は聖女となるべく教育が待っているが、今のマリエは生活費に悩まされない日々こそが幸せだった。


(買い食いだって出来る! 食費を切り詰めて服を買わなくても良い。好きな物を買えるって幸せ!)


 おまけに周囲の女子たちだ。


「マリエ様、今日もお美しいですわ」

「やはり聖女様は雰囲気が違いますね」

「マリエ様、実は評判のお店を見つけましたの。今度、ご一緒しませんか?」


 今まで自分のことを見下していた女子たちが、手の平を返してマリエのご機嫌取りをしているのだ。


 理由は簡単だ。


 マリエが聖女になったことで、ユリウスの評価が持ち直していたからだ。


 公爵令嬢を婚約破棄したユリウスだったが、好きになった相手が神殿も認める聖女だったのだ。


 ユリウスの後ろ盾など皆無だったが、ここに来て神殿がユリウスを担ごうとしていた。


 つまり、マリエは勝ち馬になりつつあったのだ。


「もう、みんな、様付けなんて止めてよ。私たち、友達じゃない」


 そう言うと、周囲は更に感動したように振る舞う。


「流石は聖女様ですわ。何とお優しい」

「友達だなんて、嬉しいですわ」

「マリエ様、一生ついていきます」


 お世辞だと分かっていても嬉しいマリエは、内心で大笑いをしていた。


(最高! 取り巻きを連れている連中の気持ちが分かるわ。これ、病みつきになりそう! ――あら?)


 そんなマリエが、一人の女子を見つける。


 ベンチに座って落ち込んでいたカーラだ。


 取り巻きたちが、マリエに言う。


「マリエ様、行きましょう。あの女は駄目です」


「知っているの?」


「……取り潰された伯爵家の元寄子ですよ。空賊たちと繋がっていた恥さらしです」


「へぇ~」


 リオンたちを襲撃した空賊たち。


 その空賊と関わりがあった伯爵家は取り潰されてしまった。


 本来ならカーラも学園を退学になってもおかしくなかったが、実家自体は空賊たちと関わりがないとされ見逃されていた。


 ある種の見せしめでもある。


 周囲からは貴族として信じられないと蔑まれ、取り潰された伯爵家の元寄子の関係者――主に生徒たちからも距離を置かれている。


 裏切ったらどうなるかを、まるで見せつけているような光景だ。


 だが――。


(あの連中を騙した女……あのモブ野郎は、さぞかし腹立たしいと思うわよね)


 ――リオンへの仕返しのために、マリエはカーラに声をかけた。


(グレッグやブラッドも騙したのは許さないけどね。精々、こき使ってあげるわよ)


 マリエは周囲の反対する声を無視して、カーラへと近付いた。


「貴女、どうして一人なの?」


 カーラは顔を上げると、酷く怯えた顔をしていた。


 制服には汚れが目立ち、手には痣もあった。


 酷いいじめを受けているのがすぐに分かった。


「え、あ――」


 逃げようとするカーラの手を、マリエは握る。


「お友達になりましょう」


「で、でも、私は――」


「大丈夫よ。私は全てを知っているわ。それでも、貴女とお友達になりたいの。駄目?」


 首を横に振り泣き出すカーラを見て、マリエは思うのだった。


(手駒ゲット! 私のために頑張って働いてね。グレッグとブラッドには、後で説明するとして、早速あいつらの前でカーラを見せつけにいこうかしら)


 色々と考えているマリエの下に、クリスがやって来た。


 取り巻きの女子たちがクリスを見て頬を染める。


 その姿にも、マリエは優越感があった。


「マリエ、手紙だ」


「ありがとう、クリス」


「いや、問題ない。それよりも実家からだぞ。何かあったのか?」


 実家と聞いて、少し不安に思うマリエだった。


「だ、大丈夫だと思うけど――」


 その場で手紙を読み始めたマリエは、カタカタと震えだしてしまった。そのまま膝から崩れ落ち、クリスに抱き留められる。


「マリエ! す、すぐに病院に連れて行くからな!」


 周囲が騒がしくなる中、マリエは泣いていた。


「……もう嫌。信じられない」



 俺は王宮からの辞令にカタカタと震えていた。


 アンジェからは、アンジェパパ――ヴィンスさんからの手紙も渡された。


 寮の自室、俺はアンジェの顔を震えながら見る。


「諦めろ。王宮はリオンに親衛隊の隊長を任せた。父上もその提案に賛成している。身分的にも丁度いいからな」


 身分的に丁度いいとはどういうことだろうか?


「意味が分からないです」


「……マリエの周囲にいるジルクたちは、将来的に男爵位が用意される。まぁ、爵位ばかりの男爵たちだが、そんなあいつらを率いるには上の立場であるリオンが相応しいという判断だ」


 マリエの親衛隊を用意するのなら、確かにあいつらも参加するだろう。


「ユリウス殿下は?」


 アンジェの表情が少しだけ曇った。


「殿下が親衛隊入りなど出来ると思うのか? まぁ、本人は参加したいと言って、ミレーヌ様を困らせていたらしいが」


 ユリウス殿下最低だな。


 俺はその場に膝から崩れ落ちる。


 側に浮かんでいるルクシオンは、


『流石に予想外でしたね。まさか、マスターがマリエを守る親衛隊の隊長になるなんて』


 俺だって信じられない。


 いったい、どうして俺がこんな目に遭うのか?


 どれだけこの世界は俺に冷たいのだろうか?


 涙が止まらなかった。


「……やりたくない」


 アンジェが俺の背中をさする。


「気持ちは分かるが諦めろ。親衛隊の隊長といっても学生の身だ。働く機会など滅多にない」


「……それより、神殿騎士になったら、俺も婚活から逃げられるかな?」


 ルクシオンが目を横に振って。


『マスター、そんなに結婚が嫌なのですか? 前は、ビジネスライクな嫁が欲しいと言っていたではありませんか』


 アンジェが急な話の変更と、ビジネスライクという単語に困惑していた。


「びじねすらいく?」


「いや、選べる立場なら選ぶだろ。というか、未だに結婚の条件を出してくる女子の気が知れないね。愛人は三人まで認めろとか、普通に言ってくるんだよ」


 それでも控えめにしたと自信満々に言ってきた女子がいたが、丁寧にお断りを入れてやったら「信じられない!」だって。


 俺の方が信じられないよ!


 アンジェが俺を見て少し悲しそうにしている。


「……リオンの場合、王宮側の立ち位置に近い。婚活からは逃げられないぞ」


「こんなのってないよ!」


 神殿騎士になっても、婚活から逃げられないとか損ばかりじゃないか!


 もう、嫌だ。


 どうして俺がマリエなんかを守らないといけないのか。


 急にノック音がすると、訪ねてきたのはリビアだった。


 ……こんなに頻繁に女子が俺の部屋に出入りしていいのだろうか? ここ、男子寮なのに。


「リオンさん大変です!」


「何? マリエが高笑いのしすぎで過呼吸にでもなったの? 俺も見たかったな」


 そのまま病院にでも担ぎ込まれれば良いと思っていたら――。


「違いますよ! マリエさんが親衛隊を集めて、今度の連休に冒険に出ると言っていました。それから、パルトナーを出せと言って」


 ……早速お仕事の時間らしいが、拒否してもいいだろうか?



 ……色々とあった。


 エルフの住む浮島で、俺は物思いにふけっていた。


 ヘルトルーデさんが困惑している中、マリエが俺の所にやってくる。


「あんた、私の親衛隊の隊長でしょ。さっさと働きなさいよ」


 上から目線で命令してくるマリエに、俺は冷めた目を向ける。


「あ゛?」


 アンジェも鋭い視線を向けているため、マリエは少し焦っていた。


「……親衛隊長なんだから、真面目に働いて欲しいと思っているわけでして」


 視線をさまよわせ、一気に態度が弱くなるマリエを見ながら俺は溜息を吐いた。


「お前のためにどうして俺が働かないといけないの? そもそも、ダンジョン攻略は親衛隊の仕事じゃないし」


 マリエの周囲には取り巻きたちがいない。


 今はマリエ一人だった。


「し、仕方がないじゃない! 私だって――私だってこんなことになるなんて思ってもいなかったのよ! みんな実家が悪いの!」


 ヘルトルーデさんは首をかしげていた。


「どういうことかしら?」


 マリエに同情しているリビアが答える。


「マリエさんのご実家が、その……莫大な借金があるらしくて。それと、マリエさんが聖女になったから、更に強気になってお金を借りて回ったそうです」


 マリエの実家であるラーファン子爵家がやりやがったのだ。


 普通に借金があるのに、娘が聖女になったから威張りだした。


 おまけに借金を更に増やして豪遊を繰り返し――そのツケがマリエに回ってきた。


 王宮と神殿が用意した予算が、借金で消えた。


 それどころか足りなくなったのだ。


 子爵家の借金だろ? そう思ったが、マリエの両親はハッキリ言って屑親だった。俺でも同情するレベルである。


 ラーファン子爵だが、マリエの名前で借金をしたのだ。


 おまけに自分たちの借金は借りた金で返済している。


 実家のために、マリエは莫大な借金を背負う形になってしまった。


 ヘルトルーデさんも、まさかこんな理由で飛行船を出して冒険したとは思わなかったらしい。


「え、何? もしかして、お金がないから冒険をすると言い出したの? 貴方たち本気? 馬鹿じゃないの?」


 俺も馬鹿だと思うよ。


 実際、子爵家の対応に激怒したユリウス殿下、ブラッド、クリスの三人は抗議やら後始末で走り回っている。


 ジルクがここにいるのは、ユリウス殿下の親衛隊に所属していた経験があるからとマリエを守るために側に置かれていた。


 グレッグは単純に戦闘力を評価されたというか、他の三人と違って後処理に向かないのでこの場にいる。


 マリエは泣きそうになっていた。


「私だってこんな奴に頼りたくないわよ! けど、けど……お金がないって辛いのよ!」


 そんなマリエに、ヘルトルーデさんは冷ややかな目を向けていた。


「これが聖女なんて世も末ね」


 まったくの同意見だ。


 だが、哀れすぎて、俺はパルトナーを出してマリエに付き合ってしまった。


 見ていて可哀想で……。


 というか、下手にこいつらだけで行動して死んだら目も当てられない。


 俺はこいつに聞きたいことがあるのだから。


 はぁ……どうしてこんなことになったのだろうか?


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― 新着の感想 ―
[一言] 前世から魂が他のスペックと引き換えに金運と男運を搾取されてんだな、しょうがないね また実績を積んで公爵令嬢と真聖女を嫁にできるように頑張れ
[一言] リオンもマリエも大概に問題児だけど、リオンの両親はまだまともだからね。マリエはこちらの世界の子供時代で改心するような環境になかったわけか。まぁ、いい。家計をやり繰りする為に駆けずり回った経験…
[気になる点] > ヨシヨシ 感情移入するのはいいが、ここまでくると指示厨の心理状態に近いな。 作中人物に地の文は見えないし視点は都合よく切り替えられないことを頭にいっぺん叩き込んだ方がいい。 [一…
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