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友情

 飛行船の甲板は激しく揺れていた。


 リビアは手すりに掴まり、怪我をした船員に駆け寄り治療を行う。


「大丈夫ですか!」


「だ、大丈夫だから」


 力なく笑う船員は、モンスターに腕を噛まれていた。そんなモンスターを槍で倒したのは、学園の男子生徒だ。


 男子生徒が叫ぶ。


「小物はこっちに任せろ! 女子を意地でも守れ!」


 女子たちは口々に呪文を唱え、飛行船を守るためにシールドを展開。


「こっちに来ないでよ!」


 攻撃魔法を放つ女子の姿もあった。


「あははは! 吹き飛びなさい!」


 甲板の上も戦場だった。


 その周りを鎧が飛び回り、人では相手に出来なさそうなモンスターを次々に倒していく。


 クリスはまさに獅子奮迅の活躍という勢いだった。


 誰もが、やはり強いのだと再認識させられる。


 リビアは治療魔法が扱えるので、怪我人の治療をして回っていた。


 船員の治療を終えると、立ち上がって次の怪我人を探そうとして――。


「おい、大砲がこっちを向いているぞ!」

「あいつら囲みやがった!」

「モンスターごと吹き飛ばすつもりか!?」


 モンスターたちの後ろから大砲を構える公国の飛行船。側面を向け、並んだ大砲をこちらに向けている。


 リビアは呼吸が乱れた。胸の前で手を握ると、手首に下げているリオンから貰ったお守りが淡く光る。


「駄目。このままじゃ――駄目ぇぇぇ!」


 背中を丸め全力で叫ぶと同時に大砲が一斉に火を噴いた。


 誰もが目を背ける中、リビアを中心に光があふれる。



 黒い煙に包まれる中、聞こえてきたのはルクシオンの声だった。


『驚きました』


「あぁ、俺も驚いたよ」


 黒い煙が風に流され晴れていくと、俺は後ろに見える豪華客船の無事を確認する。


 飛行船を守るように展開されたのは、とても大きな球体の淡い光。


 魔法陣のような模様が浮かび上がったその光こそ、主人公様の――オリヴィアさんの力そのものだ。


 大砲から船を守り、そして近付いていたモンスターたちを吹き飛ばしたその威力に感心する。


「キーアイテムもないのにこれだけの事を――」


 砲撃に対して備えていたルクシオンが言う。


『彼女の研鑽の結果です。学園で随分と頑張っていましたからね。マスターとの出会いで得たメリットですよ。マスターに守られていたことで、オリヴィアは勉学に励む時間が豊富にありましたからね』


「……無駄じゃないならそれでいいさ」


 前を向きながら、ショットガンに弾丸を装填する。


 ハンドルを握りしめ、シュヴェールトのエンジンを唸らせる。


「おら、行くぞ!」


『最短ルートを選択します。マスター、振り落とされないでくださいね』


 エアバイクが直進すると、モンスターたちが襲いかかってくるが縫うように避けて目的地に向かう。


 目の前に見えるのは、大きな鯨のようなモンスターだ。


 大きな口を開け、その中にあるいくつもの目が俺を見る。


「気持ち悪っ!」


『なんたる悪趣味。まぁ、突っ込みますが』


 目から光――ビームのような魔法が放たれるが、それらも全て避けて直進した。


 大きな口の中、俺はルクシオンと共に突撃する。



 アンジェは揺れるその場所で、手すりに掴まっていた。


 室内に連れ戻されると、無理矢理押し込められたその場所にはヘルトルーデもいる。


 アンジェが文句を言う。


「乗り心地の悪い飛行船だ。おまけに趣味も悪い」


 ヘルトルーデが眉間に皺を寄せていた。


「な、何ですって! 可愛いじゃない!」


「どこがだ! お前の目は節穴か?」


 とんでもなく大きなモンスターを飛行船にするなどアンジェは考えつかなかった。


 すると、報告を受けた使者の男が笑顔になる。


「どうやら先頭を走っていた男は、食べられてしまったようですよ」


 ニヤニヤしながらの台詞にアンジェが涙をこらえ睨む。


 それを察した男は止まらない。


「馬鹿な男です。たった一人で突撃してくるのですからね。まぁ、公国の歴史に名前を刻んであげますよ。一人で向かってきて、無駄死にした馬鹿、とね」


 随分と身分の高い男は【ゲラット】と名乗った。


 ゲラットはリオンの事を馬鹿にする。


「そもそもあの年齢で騎士! 王国は人材不足なのですか? まぁ、そうでしょうね! 公国とは大違いですよ!」


 アンジェは俯く。


「……リオン」


 ――下の方から。床からメキメキと音が聞こえてきた。


 そのままその部屋の床を突き破って出てきたのは、エアバイクに乗ったリオンだった。モンスターの体内を突き進み、ここまでやって来たのだ。


「リオン!」


「頭を下げて!」


 ショットガンを構えると、そのままアンジェの頭上を通過するように騎士たちへショットガンを放って吹き飛ばしていた。


 相手も騎士。魔法で防御をしたのか、ダメージは致命傷ではない。だが、すぐには動けない様子だった。


 リオンがエアバイクから降りると、ショットガンでゲラットの顎を横殴りし、ヘルトルーデに銃口を向けた。


「お前も来い。人質にしてやる」


 だが、ヘルトルーデは笑っていた。


「まさかここまでするか。侮っていたよ、王国の騎士。名前を聞かせてくれるか?」


 だが、リオンはすぐにショットガンを発砲。


 ヘルトルーデの後ろにいた侍女を吹き飛ばした。


 アンジェは気が付く。


(対人用のゴム弾?)


 リオンは冷静だった。


「時間稼ぎは無駄だ。魔笛を渡せ。お前も来い。時間がないからな。抵抗するなら――」


 アンジェはリオンが魔笛のことを知っていたのを不思議に思うが、ヘルトルーデは観念して魔笛をリオンに投げて寄越した。


 だが――。


『偽物です。本物は机の下に隠していましたよ』


 ルクシオンが、ゲラットの髭をレーザーで焼くように剃りながら言ってくる。『ついでに永久脱毛処理もしませんと』などと呟いていた。


 リオンはヘルメットをしているが、アンジェには笑っているように見えた。


「残念だったな、王女様」


 ヘルトルーデがリオンを睨むが、アンジェはすぐに本物の魔笛を回収してリオンに渡した。


 抵抗の弱いヘルトルーデに対してリオンはその素直さに少し驚く。ヘルトルーデの腕を拘束してエアバイクに乗せた。


 アンジェも乗り込むと、船内が大きく傾いていく。


「リオン、まさか?」


「あぁ、なんか下のモンスターは消えかかっていたから落ちているね。大丈夫。バルーンが建物には着いていたし、ゆっくり落ちるだけだって」


 下にいたモンスターを倒したと言って、リオンはエンジンを吹かすと壁をぶち抜いて外に出るのだった。そして、捕らえたヘルトルーデに銃口を向けて叫んだ。


「おらぁぁぁ! お前らの王女殿下はここだぞぉぉぉ!」


 王女に銃口を向け、そして人質にして集まってきた鎧たちが手を出せないようにしていた。


 公国の騎士が駆る鎧たちは、ヘルトルーデの姿を見て武器を下ろしていた。


『き、汚いぞ、それでも騎士か!』


 誰かの声がすると、リオンは大声で言うのだった。


「馬鹿が! 鏡見て発言しろよ! おら、退けぇ!」


 リオンの背中に抱きついているアンジェは、背中に顔を埋めて笑うのだった。


 危機に駆けつけた騎士は、物語のように優雅で気品にあふれてなどいない。しかし、アンジェにはとても嬉しかった。


「――お前は本当に……ありがとう、リオン」



「くそっ! 取り囲みやがった」


 豪華客船の甲板にシュヴェールトを着船させた俺は、ヘルトルーデさんとアンジェを降ろした。


 ショットガンの弾を確認すると残り僅か。


 周囲を見れば、モンスターたちはその場に留まり動かない。しかし、公国の艦艇がこちらを取り囲んでいた。


 前後左右だけではない。


 上も下も敵の飛行船が控えている。


 クリスが俺の近くに来ると、鎧の胸元を開けて顔を出した。


「バルトファルト、これからどうする!」


 ……考えてなかったです。いや、このまま王国に戻ろうかと考えていたのだが、どうにも逃がしてくれそうにない。


 周囲を見れば疲労困憊。


 学生の身でよく持ち堪えたと言うしかないが、相手はまだ余力があるのだ。


 モンスターを戦わせただけで、純粋な戦力自体は減っていない。


「……交渉できれば一番良いけどね」


 時計をチラリと見た俺は、それからオリヴィアさんを見た。


 疲れ切って座り込んでいた。


 アンジェには取り巻きたちが駆け寄り、身動きが取れないようだ。


 クリスの鎧もボロボロで、おまけに剣は折れている。


 ……この状態で戦ったの? 何なのお前? ちょっとこいつの事を舐めすぎていた。


「さて、次はどうするか――」


 そこまで口にしたところで、公国の艦隊向けに拡声器で命令が伝えられていた。


『王女殿下はその身を公国に捧げた! 各艦、総攻撃を開始せよ!』


 ゲラットの声だった。


 クリスが苦虫をかみつぶしたような顔になる。


「まだ生きているぞ。自国の王女に死ねというのか!」


 ヘルトルーデさんが、小さく笑ってその場に立っていた。


「――何も分かっていませんね。公国はこの程度では止まりません。私の代わりはいるのです。私は先遣隊を任されたに過ぎない」


 俺は耳を疑う。


「ラスボスじゃなかったのか?」


 すると、ヘルトルーデさんが呪文を唱えた。


 俺が銃口を向けると、彼女は笑っていた。呪文を唱え終わり――そして、モンスターたちが一斉に動き出す。


「何をした!」


「やはり覚悟が足りませんね。即座に私を撃ち抜くべきでした。……モンスターたちを支配から解き放ちました。支配されていたモンスターは、支配していた者を狙ってくる。この船に集まってくるでしょう」


 言うとおり、モンスターたちが引き寄せられるように集まってくる。


 公国の飛行船も動き出し、この船を目指してきた。


 アンジェがヘルトルーデさんの胸倉を掴み上げ。


「そこまで――そこまでする目的は何だ!」


「言ったでしょう。王国を沈めるためですよ」


 オリヴィアさんに視線を向ければ、飛行船を守ったあの魔法は使えそうになかった。これ以上無理をさせたくもない。


 エアバイクに跨がり、ルクシオンに話しかけた。


「とにかく時間を稼ぐ、付き合え!」


『えぇ、どこまでも』


 エアバイクが宙に浮いたところで、俺は集まってきたモンスターに銃口を向けて引き金を引いた。


 吹き飛ばしたモンスターたちが煙に変わるが、その煙を突き破って新しいモンスターたちが現れる。


 ――最悪だ。



 リオンが飛び立つと、アンジェは手を伸ばす。


 クリスも新しい武器を受け取り、飛び立つと周囲の敵を倒していく。


「――私は。私は!」


 右手首にくくりつけた赤いお守りが淡く光ると、アンジェの周囲に炎が発生した。炎は膨れ上がったかと思うと、六つに収束してそれらは槍の形になる。


 アンジェはその魔法を知っていた。


「ファイアランス。どうして――」


 今まで使えなかった魔法の発動に驚き……そして感謝しつつ、リオンに群がる敵に向かって槍を放った。


「私の敵を吹き飛ばせ!」


 槍はモンスターたちの群れの中に突き進むと、貫き、燃やし、そして大爆発を起こした。


 多くのモンスターを吹き飛ばしたが、やはりそれでも敵の数が多い。


 次々に敵の鎧も飛行船から飛び立ち、こちらに向かってくる。


 アンジェは焦り、そして同じ魔法を使おうとすると倒れているリビアが見えた。


 そんなリビアにモンスターが食らいつこうとしており、慌ててリビアを助けるために魔法を放つ。


 炎の弾丸がモンスターを貫いて弾き飛ばし、アンジェはリビアに駆け寄ると抱き上げた。


「何をしている、さっさと立て!」


 リビアは荒い呼吸をしていた。


 そして、足がふらついている。


「お前、まさか魔力の消耗で――」


 魔力を消耗しすぎたリビアは、顔色が悪くまともに歩けなかった。しばらくすれば回復するのだが、この場で座っていれば的になる。


 アンジェが抱えるようにして船内に逃がそうとすると、リビアが言う。


「私――また役に立てなかった。リオンさんやアンジェの足ばかり引っ張って」


 悔しそうに涙を流すリビアに、アンジェは笑う。


「馬鹿! お前は十分頑張った。それに――お前を助けるのは苦じゃない。お前は……お前は私の大事な友達だ!」


 アンジェが恥ずかしそうに絞り出した言葉に、リビアは驚きそして顔をくしゃくしゃにして涙を流す。


「アンジェ――」


 直後、アンジェは目の前に迫る敵の飛行船が見えた。


「――突撃する気か」


 豪華客船の大きな船体に、公国の軍艦が突撃をかけたのだ。側面にぶつかられた船は大きく傾く。


 二人がバランスを崩しそうになると、そこにモンスターが大きな口を開けてやって来た。


 アンジェはリビアを押しのけてモンスターの前に出ると、右手を向けて魔法でモンスターを焼く。


 炎に包まれたモンスターは消えるが、傾き激しく揺れる甲板の上でアンジェは足を滑らせ投げ出された。


「アンジェ!」


 リビアが声をかけると、アンジェは傾いた甲板の手すりに掴まる。


 体は船から投げ出され、下は海が見えた。


 高度は高く、落ちれば助からない。おまけにモンスターたちがウヨウヨしている。落ちれば食らいついてくるだろう。


 アンジェが手すりに掴まっているのを見る生徒たちもいるが、自分のことで精一杯で助けられずにいた。


 運悪く、その部分が壊され崩れかかっている。


 アンジェが呟く。


「もっと、早くにちゃんと伝えていれば――」


 浮かんだ顔は家族やらリビアに――そしてユリウスの顔も浮かぶが、最後にリオンの顔が浮かんだ。煽るような笑みを浮かべた顔を思い浮かべ、アンジェは笑みを浮かべる。


「リビアと仲良くしろよ、あの馬鹿者が」


 限界が来て手を離そうとしたときだ。


 決死の覚悟ができたリビアが助けに向かってくる。


 アンジェがリビアに怒鳴った。


「来るな!」


「嫌です!」


 リビアが即答すると、壊れた足場を飛び越えてアンジェの下に駆けつけた。まだ体力も回復しきらない体で無理をしたリビアは、呼吸を乱しつつアンジェの片腕を掴んで持ち上げる。


 アンジェは最後の力を振り絞ってよじ登る。


 落ちずには済んだが、アンジェはリビアに怒鳴った。


「お前馬鹿だろ! お前まで落ちるところだったぞ!」


「だって……だって……」


 リビアは顔を上げた。涙を流しながら、


「友達だって言ってくれたじゃないですか!」


 アンジェが恥ずかしそうに俯く。


「馬鹿。そんな理由で――」


「わ、私は馬鹿でも良いです。アンジェと友達になれるなら――」


 ただ、もう一度激しく船が揺れると、今度はリビアが船から吹き飛ばされてしまった。アンジェが伸ばした腕は、リビアには届かない。


「――あ!」


 泣きそうなアンジェの顔を見て、リビアは微笑んでいた。そのままリビアが落下していくと、アンジェが泣き出して――。


 灰色のエアバイクが海面に向かって一直線に突き進む。


「リオン!」



 ショットガンを構える。


 落下するオリヴィアさんに食らいつこうとするモンスターたちを狙う。オリヴィアさんはそんな俺を見て胸の前で手を組んで祈るような仕草で目を閉じた。


 信じ切っているような優しい顔をしており――期待を裏切れないのが腹立たしい。これでは、失敗できないではないか。


 引き金を引いて周囲のモンスターたちを吹き飛ばすと、ショットガンをしまう。


 ハンドルを手放してルクシオンに操縦を任せた。


「頼むぞ」


『相対速度合わせます。慎重に掴んでください』


 オリヴィアさんを抱き留める。


 お姫様抱っこのような形になった。


『海面に着水します。衝撃に備えてください』


「本当に忙しいな!」


 オリヴィアさんをしっかり抱きしめ、衝撃に備えるとエアバイクは底の部分を海面に打ち付ける。


 そのまま前進すると、海面を走り後ろには白い水しぶきが発生した。徐々にエアバイクが高度を上げていく。


 オリヴィアさんが泣いていた。


 抱きしめつつ頭を軽く叩いて慰める。


「もう大丈夫だ。ちゃんと上まで届けるから安心して良いよ、オリヴィアさん」


 すると――。


「リビアです!」


 自分の名前を愛称で呼んで欲しいと主張してくる。その姿は今までよりも強い意志を感じ、どこか怒っているようだった。


「あのさぁ――」


「リビアです! リオンさん、私は――私はリオンさんに謝りたかった。ごめんなさいって言いたかった。なのに、私を避けて……名前だってオリヴィアさん、って! 凄く悲しかったんですよ!」


 ルクシオンは黙っていた。


 高度を徐々に上げるシュヴェールトの操縦を行っているのだが、助けてくれても良いと思う。俺、こういう状況は苦手なのに。


「――俺と一緒だと駄目だ。もっとちゃんとした男と一緒にいろ」


「嫌です!」


「何でだよ! 顔の良い奴や、金持ちとか、色々といるだろうが!」


 いつもなら戸惑っているところで、開き直って意地を張ってくる。


 君の相手は攻略対象の男子たちだ。


 ユリウスとジルクはともかく――いや、ブラッドもグレッグも駄目だ。こうなったらクリスを推すか?


 もう、この際、誰でもいいや! この子が幸せになればソレでいい。


「ユリウス殿下とかいるじゃん!」

「アンジェを捨てたので嫌いです!」


「なら、ほら! ジルクとか!」

「腹黒じゃないですか!」


「ブラッド!」

「ナルシスト!」


「グレッグ!」

「脳筋!」


「クリス!」

「構ってちゃん!」


 ……と、特徴をよく捉えていたのね。少し面白かった。


「他の人なんて嫌です! 私は――私はリオンさんと一緒にいたいんです! アンジェと三人で、前みたいに楽しく過ごしたいんです!」


 だ、だが、このまま俺といても、オリヴィアさんのためにならない。


「お、俺と一緒にいたら駄目なんだよ! 気づけよ、俺のどこが良いの!?」


「私が一緒にいたいんです。リオンさんは、優しくて強くて……そんな事よりも、リビアはリオンさん大好きです! それが全てです! 私は貴方が好きです!」


 俺は俯く。


 ……こんなに真正面から好きだと言われたのは、お袋以来だ。


 それをこんな世界で聞くとは思わなかった。


 ルクシオンが俺に言う。


『マスター、飛行船に到着します』


 俺はショットガンを手に取る。弾を込め、そしてオリヴィア――リビアに照れているのを分からせないように小声で、


「しっかり背中に掴まれ……リ、リビア」


「はい!」


 以前愛称を呼んだときは何気ない流れだった。


 どうにも思っていなかったのに、どうしてこんなに意識してしまうんだ。


 リビアが笑顔になって俺の後ろに回り込むと抱きついてくる……どうしよう、ここって普通胸を押し当てられて緊張する場面じゃないの?


 服が分厚いというか、そのせいで胸の感触が分からないんですけど!


 俺の表情を見て察したのか、ルクシオンが割と明るい声で、


『マスターのパイロットスーツは特注品です』


「お前はそういう奴だよな!」


 怒鳴った俺はショットガンを構え、上昇するエアバイクの前に見えたモンスターたちを吹き飛ばした。


 飛行船は公国の船が突撃して傾いている。


 ただ、公国の船にもモンスターたちが集まって身動きが取れないようだ。


 ショットガンの弾を撃ち尽くした俺は、シュヴェールトを飛行船の甲板に無理矢理着船させて周囲を見た。


 ルクシオンが何か言っている。


『……シュヴェールト、ご苦労様です。後で必ず整備をしますね』


 俺はショットガンをシュヴェールトに置いて、リビアを連れて降りる。


 アンジェが駆け寄ってきた。


 そしてリビアと抱き合う。


「馬鹿。馬鹿! 心配させるな」


「アンジェ……ごめんなさい」


 ……泣きながら抱き合う女子って尊いね。誰だ、女子の友情は儚いとか言った奴は? こんなにも美しいじゃないか。


 混戦の続く戦場。


 突撃してきた公国の飛行船のおかげで、砲弾は飛んでこないが実に危うい。


 このままでは飛行船が沈む。


 幸いにして死者は出ていないが、このままでは時間の問題だ。


「ルクシオン。時間は?」


『予定通りです――今、到着しました』


 その言葉を聞いた俺は懐中時計を取り出して時間を確認した。


 ――ピッタリだ。


 遠くに姿が見えるのは、パルトナーだった。


 アンジェがリビアを抱きしめたまま、パルトナーの方角を見る。


「まさか、呼んだのか? この距離で通信が使えるわけが――」


 そんなアンジェに、俺は笑って見せた。


「近くに待機させていたんだよ。俺、心配性だから。ルクシオン――」


『既に射出しました』


 言い終わる前に準備は出来ているとルクシオンは言う。


 最後まで喋らせて欲しい。


 そして、戦場に新たに現れた飛行船に、公国の艦隊は対応するため陣形を崩した。



 ゲラットが移った飛行船。


 その艦橋で怒鳴るように指示を出していた。


「何をしているのですか! 早く沈めるのです!」


 軍人たちが反対する。


「味方がいるのです! それに、王女殿下はまだご無事ではありませんか」


 ゲラットが失った髭を触ろうとして、既にないことに気が付き手を握りしめた。


 自慢の髭だった。


 毎日手入れをしてきたというのに、今は綺麗になくなっている。カイゼル髭は、目を覚ますとなくなっていた。


 あの騎士だ。あの騎士を何としても討ち取らねば気が済まない。


「どうして突撃などさせたのです!」


 ゲラットの言葉に、軍人たちは視線をそらした。


(こいつら、姫様を助けるためにわざと突撃させましたね。砲撃できない理由を作って! 代わりはいるというのに!)


 ゲラットが腹立たしく近くの者を蹴り飛ばすと、意外に硬くて足を痛めた。


「――っ! こ、これもあの男が悪い。私の髭を奪ったあの男が!」


 すると、乗組員が叫んだ。


「あ、新たな艦影を確認しました! 目算で七百メートル級です!」


 ゲラットが目を見開く。


「馬鹿な! 王国の増援が来るには早すぎます」


 ただ、双眼鏡で見れば変な飛行船だった。


「何ですか? 大砲の数が……二門しか見えませんね」


 軍人たちも不思議そうにしている。


「あの形も不自然です。それに、可動式の大砲? たった二門だけ?」


 側面に固定して数を用意して面で制圧するような戦い方が主流なのに、その形はあまりにも不自然だった。


 ゲラットは言う。顎を寂しそうに撫でながら。


「叩きなさい。あんな品のない飛行船は目障りです。浮遊石を回収すれば問題ありません」


 飛行船を浮かせるための浮遊石。


 これがあるために飛行船の技術が進歩してきた。浮かぶ石があるため、簡単とは言わないが飛行船が作れてしまう世界だ。


 それを回収し、新たな飛行船を建造しよう。


 ゲラットはまともな意見を言っていたのだ。


 ただ、それがただの飛行船であれば問題なかった。


「さっさと囲みなさい」


 すると、ゲラットの乗っていた飛行船に向けて敵艦が砲弾を撃ち込む。


 飛行船は大きく揺れ、大事な機関が損傷して航行不能になってしまった。


「な、何が起きて!」


「敵艦からの砲撃です!」


「砲撃? この距離で届くわけが! ――あぅっ!」


 そしてパルトナーがまたも砲撃を行うと、次々に公国の飛行船が航行不能になっていくのだった。


 パルトナーから射出された何かを見たゲラットは、それが王国の豪華客船に向かうのを見た。


「い、一体何が」


 砲撃で落ちてきた天井の一部が頭に直撃し、血を流すゲラットはこれから何がおこるのか想像も出来なかった。



 甲板に降り立った大きな箱。


 その箱を見る生徒たちは、希望に目を輝かせた。


 クリスは複雑そうな表情をしていた。


 ボロボロになった鎧で、俺の近くに降りてくると声をかけてくる。


「バルトファルト、やれるのか?」


 俺はルクシオンを片手に持って振り返った。


「誰に言っている? そして喜べ――俺の勝ちだ」


 既に勝負は決まったのも同然だった。


 ルクシオンは俺の自信について、


『マスター、敵の鎧がこちらに向かってきています。ドローンの展開許可を求めます』


 頷くと、パルトナーから次々に戦闘用のドローンが射出される。


 上半身だけの鎧たちは、手にそれぞれ違う武器を持っていた。


 箱が展開されるように開くと、そこから灰色の鎧――アロガンツが出てくる。


 胸元を開けて俺が入り込むのを待っていた。


 アンジェとリビアが、ヘルトルーデさんを捕まえながら俺の様子を見ている。


 捕まえられているヘルトルーデさんは、アロガンツを見て目を細めた。


「……ロストアイテム」


 俺はアロガンツに乗りながら、そんなヘルトルーデさんに答える。


「詳しいですね。そうですよ。ロストアイテムです」


「思い出しました。王国に冒険者として名を上げた若い騎士がいると。貴方でしたか」


 ルクシオンが『何だか納得がいきません』みたいに言っているが、無視して胸元を閉めると周囲の映像が見える。


 集まるモンスター、そして動き出す公国の騎士たち。


 アロガンツが起動すると、俺は笑みを浮かべる。


「一方的に殴りやがって。ここからは俺が一方的に殴り続けてやる!」


『マスターも反撃をしましたけどね』


「気分の問題だ! 誰に喧嘩を売ったのか分からせてやる。公国の馬鹿共に、俺が恐怖というものを叩き込んでやる!」


 アロガンツの背中にあるコンテナから、マシンガンを持ったドローンたちが射出されていく。


 周囲のモンスターたちを次々に撃破し、俺はアンジェに言うのだ。


「避難していてください」


 アンジェもリビアも頷いていた。


「あぁ、後はお前に任せる」


「リオンさん、絶対に戻ってきてくださいね」


 そして、クリスが俺の横に立った。


『私は手伝わせて貰う』


 ボロボロなのにまだ頑張るというのだろうか?


「勝手にしろ。足を引っ張るなよ」


 俺の憎まれ口に対して、クリスは小さく笑っていた。


『善処する!』


 ……いや、認められても困るというか、もっと“お前に言われたくない!”みたいな反応を期待していたのに……もういいや。


「ルクシオン、大型ライフルと――ブレードを出せ」


『一番、五番コンテナ、解放します』


 出てきた大型のライフルを右腕に持たせ、ブレードを左手に握る。


 アロガンツがゆっくりと飛び上がると、クリスも俺について飛んだ。


 空の上に出たアロガンツを狙って、モンスターたちが襲いかかってくる。


『……無駄です』


 ドローンたちがアロガンツの周囲に集まると、そのままモンスターたちをマシンガンで吹き飛ばしていく。


 それを見たクリスが「これに剣で挑んだ私はどうかしていたな」などと反省していた。


 お前ら、もっと早く反省しろよ。


 周囲にはパルトナーから出撃したドローンがモンスターや鎧の相手をしており、飛行船を守っていた。


 近付いてくる公国の鎧にライフルを向け、引き金を引くと鎧の頭部が吹き飛ぶ。


「さて、公国の皆さんの戦意を折っておこうかな」


『やはりマスターは悪役みたいですね』


 ニヤニヤする俺は、アロガンツの操縦桿を握りしめた。



 ゲラットは艦橋からその光景を見ていた。


「……化け物か」


 公国の飛行船だけではなく、鎧までもが次々に落とされていく。


 灰色の鎧は主流である形とはほど遠く、重装甲。


 旧式など出してと笑っていたが、味方が次々に落ちていく光景に顔を青くしていた。


 近くにいた軍人が声をかけてくる。


「伯爵、もう撤退するべきかと」


 ゲラットはそんなことを言う軍人を殴り飛ばした。


 魔力で強化した拳に軍人は吹き飛ぶ。


「撤退? 馬鹿を言いますね。公国の軍隊は、王国の学生に負けて帰ったと笑われるつもりですか!」


 軍人は立ち上がり、口から出た血を拭う。


「し、しかし、既に我が軍の被害が――」


「姫を奪われ、魔笛を奪われ、挙げ句に子供に負け! 我々に撤退する道は残っていないのですよ!」


 そんな状態で逃げ帰っても、ゲラットたちには未来がない。


 責任を取らされる立場にあるゲラットは、何としても目の前の敵を沈めるしかなかった。


 爪を噛んで目を血走らせる。


「王国にこんな新型機があるなどと聞いてはいない。せめて、あれらを沈めて持ち帰らねば私の立場が――」


 ゲラットが周囲の目を気にせずブツブツと独り言を言っていると、艦橋の騎士たちがやってくる。


 特注の黒い軍服を着用した彼らを見て、ゲラットはハッと顔を上げた。


 先頭に立つ騎士を見て笑みを浮かべる。


「そうでしたね。我々には貴方がいた。公国最強の英雄殿」


 初老の男性はゲラットの顔を忌々しそうに見ている。


「出撃するなと命令しておいてよく言う。姫様が捕らえられたと聞いた。お前を締め上げるのは後にしてやる。俺たちを出撃させろ」


 軍人たちの瞳に希望の光がともる。


 目の前で暴れ回る飛行船も鎧も、この人なら何とかしてくれるという目をしていた。


 ゲラットが嬉しそうに何度も頷く。


「えぇ、構いませんよ。【バンデル・ヒム・ゼンデン】子爵。貴方に、貴方たちに任せましょう」


 騎士たちが艦橋を出て行く。


 ゲラットがクツクツと笑っていた。


「これで全て解決ですね」


 ただ、殴られた軍人が言うのだ。


「し、しかし、バンデル子爵は出撃させるなと国から命令が――」


 ゲラットは鼻で笑う。


「本人が勝手に出撃するのです。それに、この状況で最強のカードを切らないなど馬鹿ですか? 黒騎士ならきっとあの化け物を倒してくれますよ。何しろ、公国最強の騎士ですからね」


 公国最強の騎士が、リオンを狙って動き出した。


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[良い点] 伝家の宝刀ジブリキャッチ [気になる点] 聖女装備常に持ち歩いてるんだろうか? 王女の命が切り捨てられる戦略が建てられて公国は女性第一主義じゃなく王国をなんとしても潰す危険視できてるという…
[良い点] やっと世界観の不快感より主人公ターンの爽快感が勝ってきた! 他のざまぁ作品と違い、ざまぁ相手がキチンと成長していく姿が描かれていくの良いですね!
[良い点] 今まで積み重ねてきたものが収束し、爆発するような、素晴らしい神回! 敵キャラもいい! ルクシオンとリオン、いいバディになって来ましたね! [一言] さりげなくマリエが役に立っていて、 そう…
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