プロローグ
いつも追い込まれなければ行動しない性格は、結局最後まで直らなかった。
雨の降る中、俺とルクシオンは洞窟内に入って休息を取っている。
ここはロストアイテムがあるとされる浮島だ。
今まで必要もないからと放置していたのだが、必要が出て来たためにこうして俺が回収に来ている。
焚火を前に、俺は回収したロストアイテムを眺めていた。
「このライフルはどうだ?」
銀色のライフルは随分と古めかしいデザインをしているが、銃身には文字などが刻まれ観賞用には優れているように思えた。
『希少金属、そして特殊な文字を刻んだ魔法技術がふんだんに使われています。――整備すれば十分に使えるかと』
「それは良かった。それで――俺の頑張りで、勝率はどれだけ上がるんだ?」
『――ほとんど誤差の範囲内です。勝率は三割から変更はありません』
「誤差程度でも勝率が上がれば問題ないよ」
ふわっとした設定の乙女ゲー世界だと思っていた。
俺は癖のある“あの乙女ゲー”世界に転生したと思っていたら、悲しいことに大昔からの因縁に巻き込まれ帝国と戦争することになってしまった。
神聖魔法帝国。
ホルファート王国よりも大きな大陸を持ち、国力もあちらの方が優れている。
そんな国と戦争をするなんて嫌だが、普通ならルクシオンというチート戦艦を持っている俺の敵ではない。
そう、敵ではなかったのだ。
帝国が“アルカディア”という巨大な要塞を手に入れてしまった。
ルクシオンが旧人類のチート兵器なら、あちらは新人類側のチート兵器だ。
残念なことに、ルクシオンがいても勝率は高くない。
外を見ると、雨が激しく降り注いでいた。
少し先も見えない。
「――もっと早くにロストアイテムを回収しておけばよかったな」
俺が愚痴をこぼすと、最近は大人しいルクシオンがフォローしてくる。
『アルカディアが存在しなければ、これらロストアイテムはマスターに不要な道具です。回収する必要性がありません』
チート戦艦を持って調子に乗っていたら、敵がもっと凄いチート要塞を持ち出した。
おかげで俺は命懸けで戦うことになってしまった。
本当に嫌だね。
「それにしても、旧人類と新人類の戦いは終わっていなかったのか。あの乙女ゲーは、本当にろくな設定じゃないな」
笑いながらそう言うと、ルクシオンが俺に問いかけてくる。
それはこれまでに何度も問われたものだ。
『本当に戦うつもりですか? マスターとご家族、そして知り合いを乗せて逃げるわけにはいけないのですか?』
「――何度も言わせるな。俺の答えは変わらない。それに、お前にしては消極的すぎるじゃないか。いつもみたいに、新人類を殲滅したいって言えよ」
新人類が嫌いなルクシオンは、新人類が残した兵器も大嫌いだ。
だからすぐに消し飛ばしたいはずなのに――戦わずに逃げろと言ってくる。
『マスターが命を賭ける理由がありません』
「――理由ならあるさ」
俺だって逃げ出せる状況なら、ルクシオンの本体である宇宙船に乗り込み逃げ出している。
だが――悲しいことに無理なのだ。
この戦い――負ければ、旧人類側である王国の人々はいずれ滅びる。
大勢が死んでしまう。
「それにしても、旧人類側もしぶといじゃないか。自分たちが生きていけない環境なら、将来に期待して細工をするんだからさ」
過去の戦争で、この星には人が住めなくなった。
正確には、旧人類が生きていける環境ではなかったのだ。
新人類たちは過酷ながら何とか生きていける状況であり、戦争の結果は新人類側がかろうじて勝利した形で終わった。
だが、旧人類側は滅んではいなかった。
この星を捨てて脱出する連中がいる中で、残った連中は科学ではなく魔法に頼ったある計画を実行する。
その計画に関わっていたというか、利用されたのが聖樹だ。
聖樹が大気中の魔素を吸い込み、濃度を下げていた。
いずれこの星から魔素が消えるか、とても薄くなると考えた旧人類側は――自らの子孫を新人類に作り替えた。
ルクシオンがどうして新人類が発生したのか分からないのは、遺伝子に手を加えられて発生した俺たちのような存在がいるからだ。
そして、この計画は――将来的に細工が発動するようになっていた。
『魔素の濃度が一定まで下がると、その状況に適した旧人類が復活する細工ですね。魔素の濃度が低ければ、新人類側は放置しても滅んだでしょう』
そう。
将来的に魔素の濃度が不足して、新人類側は環境に適応できずに滅びる。
だから、その頃に旧人類が復活するように魔法的な細工を施した。
――そして、魔素の濃度が下がって旧人類側の仕掛けが発動し始めている。
エリカが病弱だったのも、旧人類の遺伝子が濃く出てしまったからだ。
つまり、ホルファート王国の人間は――もとを辿れば旧人類側。
そして、帝国というのは新人類側である。
このままの状況を放置すれば、新人類側の人間は滅んでしまう。
それを回避するために、帝国の皇帝は魔素を作り出してばらまく浮遊要塞“アルカディア”を復活させた。
ただ、そんなことをされると、仕掛けの発動した旧人類側の俺たちがいずれ滅んでしまう。
――だから、戦うしかない。
どちらかが不利益を被れば両者生き残れるかもしれないが、誰だって自分が不利益になるのは嫌なものだ。
俺だけの問題じゃない。
家族や友人知人――知り合いたちも苦しむことになる。
『マスター、お気持ちは変わらないのですか?』
戦うのを止めろと言ってくるルクシオンに、俺は少し前の出来事を話す。
「ジェナ――姉貴が妊娠した」
『はい。男児であると確認しています』
甥っ子が生まれようとしている。
「あの子やあの子の子供――いや、これから生まれてくる子供たちが苦しむと思うときつい」
戦っても嫌な気分になるが、逃げ出しても嫌な気分になる。
最悪だ。
何しろこれは戦争と言うよりも――生存競争だ。
俺が逃げてしまえば、旧人類側は確実に滅んでしまう。
『旧人類のために戦う理由として弱いと思いますが? 姉君の子供も連れて逃げればいいじゃないですか』
「俺に何の力もなかったら、俺一人が頑張っても無理だって心の中で言い訳も出来るけどな。でも、俺はお前のマスターだ。――戦う力を持っている」
自分には言い訳が出来ない。心の中で、ずっと逃げた事を考え続けるのだ。
『誰もマスターに戦って欲しいと望んでいません』
「嘘だな。ファクトたちは賛成したぞ」
『あいつらはマスターを利用しているだけです』
「なら問題ない。俺もあいつらを利用する」
そう言うと、ルクシオンが赤い一つ目を少し下に向けた。
まるで落ち込んでいるように見える。
「お前も逃げるか? 止めないぞ」
ルクシオンがいないと勝てる見込みはないが――無理して戦わせても、こいつが本気で逃げ出せば俺では止められない。
ルクシオンが赤い一つ目を上げ、俺を真っ直ぐに見るのだ。
『私がいないとマスターは戦えないじゃないですか』
「いつもの調子が戻ってきたな」
『私はマスターの命令に従います』
「――悪いな」
こいつには悪いことをしたと思っている。
そもそも、この今の三割という勝率は――俺やルクシオンが命を投げ捨てての勝率だ。
「それにしてもお前も運が悪いな。俺みたいな奴がマスターになるんだからさ」
『否定はしませんよ』
「そこは嘘でもいいから否定しろよ」
ダラダラと話をしていたら、雨が止んだ。
俺は火を消してから立ち上がり、背伸びをした。
「さて、そろそろいくか。他にも回収しないといけないものが多いからな」
ルクシオンが俺を見ている。
『王国には戻らないのですか?』
「――戻っても意味ないだろ。それに、みんなを裏切ることになるからな。今は顔を合わせたくない」
アンジェ、リビア、ノエル――俺は三人を裏切るようなものだ。
でも、あまり後悔はしていない。
「それにさ――これで良かったんだよ」
『何が良かったのですか?』
「俺みたいな転生者が、この世界にいたら駄目だろ。それに、きっと俺の人生に意味があるなら、ここで命を投げ出すことじゃないか?」
本来なら誰も知らぬまま、帝国が勝利――いや、新人類側が勝利して終わっていたはずだ。
そこに俺という存在がいて新人類側に対抗できる。
新人類側にも転生者がいるし、あちらが悪とは言い切れないけどね。
「俺の人生にも意味があったわけだ。少々――というか、かなり責任が重いけどな」
『お一人で戦うつもりですか?』
「――こんな話をして誰が信じる? 俺なら信じないね。それに、協力してもらってもたいして勝率は上がらない」
『先程は誤差程度でも上げればいいと仰いました。それに、帝国側は軍隊を出しています。その対応をさせれば、勝率はもっと――』
「これは生存競争ですから協力してください、ってか? 俺なら疑うね。それに、王国のグダグダ感を散々見てきただろ。期待するだけ無駄だ」
そう無駄だ。
だから、俺は期待などしない。
『そうやって一人で抱え込むのですね。転生者がこの戦いに参加することが責務なら、マリエやエリカも参加させるべきです。共和国側もこちら側ですから、レリアやセルジュも――』
「何度も言わせるな。俺一人で十分だ。それに、マリエたちが当てになると思うのか?」
マリエたちに期待などしない。
エリカも今は眠ったままだ。
それに、レリアやセルジュなど戦力外だ。
こうして考えると、旧人類側の転生者ってろくな奴がいないな。
「ほら、次に行くぞ」
『――はい』
移動しようとすると、ルクシオンが急に動きを止めた。
「どうした?」
『マスター、クレアーレから報告がありました。――マリエがロストアイテムを回収したと報告があったそうです』
◇
ホルファート王国の学生寮。
そこにはリオンのために立派な家が用意されている。
ボロボロの格好で乗り込んだマリエは、クレアーレに回収した瓶を見せていた。
それはまるで酒瓶のようだった。
中身には液体が入っているのが見える。
「どうよ! こいつがあれば兄貴もパワーアップ間違いなしよ!」
クレアーレは瓶の蓋を開け、その成分を確認していた。
『ゲーム的に言えば“バフ系のアイテム”ね』
バフ――能力などを向上させる効果のことを指す。
つまり、この酒瓶の中に入っている液体を飲めば、能力が向上するのだ。
「前に回収しようと思っていたんだけど、その時は迷子になったから諦めたのよ。でも、こいつの効果は凄いわよ。ゲームで言えば、どのステータスも大幅に上昇するんだから! ボスだって楽に倒せるわ」
マリエはリオンの役に立てたことが嬉しいのか、胸を張って自慢していた。
クレアーレは青い一つ目を頷くように見せた。
『確かに素晴らしい効果ね』
「でしょ! こいつでパワーアップして挑めば、兄貴だって――」
とても効果のあるアイテムなのは間違いなかった。
すると、ドアが開いてそこからリオンとルクシオンが入ってくる。
「兄貴!」
「マリエ、アレを回収したのか?」
リオンが急いで戻ってくるくらいには、重要なアイテムだった。
「凄いでしょ! かなり苦労したわよ」
マリエがそう言うと、リオンが頭を撫でてくる。
髪の毛がクシャクシャになった。
「でかした! というか、お前も酷い格好だな。風呂にでも入れば?」
いつもと変わらない軽口を叩くリオンを見て、マリエは安堵するのだった。
(良かった。いつもの兄貴だ)
少し前まで、酷く追い詰められた顔をしていた。
そんな姿をマリエは見ていられなかった。
だから、リオンのためにロストアイテムを回収したのだ。
きっと兄の役に立つと思ったから。
「どうよ。少しは見直した?」
「あぁ、お前は最高だ。俺はどこにあるか忘れていたから、探すのを諦めかけていたからな。クレアーレ、中身はどうだ?」
リオンがすぐにクレアーレにアイテムの状態を確認する。
『――効果は予想以上ね。ここから更にマスター用に改良したら、もっと効果を発揮できるわ。でも、三回分しかないわね』
普通なら一度きりの使用で消失するアイテムだが、効果を高めて三度も使用できるようになるらしい。
マリエはそれを聞いて喜ぶ。
「三回も使えるなんてお得ね」
クレアーレも同意する。
『――そうね』
リオンも大喜びだ。
「これで勝率が上がるな。ありがとな、マリエ」
「えへへ」
和やかな雰囲気だったが、それをルクシオンが壊してしまう。
『――マスター、アンジェリカ、オリヴィアの両名がこちらに向かって来ています』
「お前、もしかして知らせたのか?」
『はい』
「余計なことをしやがって」
リオンは二人に会うため部屋を出ていく。
だが、ルクシオンは部屋に残った。
そして、マリエが回収したアイテムを見ていた。
「どうしたのよ?」
マリエが疑問に思って聞いてみれば、その理由を淡々とルクシオンが語る。
『我々は当初、回収するべきアイテムに優先度を付けました。その際、マスターがどうしても回収したかったアイテムの一つが、この薬です』
「私もたまには役に立つでしょ」
自信満々のマリエに、ルクシオンは普段よりも冷たい声を出す。
『――私は回収したくありませんでした。回収など、させるつもりはなかったのに』
それだけ言って部屋を出て、ルクシオンはリオンのもとへと向かった。
「な、何よ。もっと褒めてくれてもいいじゃない」
マリエが不満そうにしていると、薬をロボットたちに運ばせるクレアーレがルクシオンの態度について説明する。
『あいつはマスターに死んで欲しくないのよ』
「――え? ど、どういう意味よ!?」
クレアーレの言葉にマリエが慌てた。
「何で兄貴が死ぬって言うのよ。強くなれるアイテムがあるのに!」
『マリエちゃん、あの薬がどんなものか分かっている?』
「だから、能力上昇系のアイテムで――」
『現実的に言えば“ドーピング”よ。しかも、能力を随分と向上させるってことは、それだけ強い薬って意味よね?』
マリエの顔が青ざめるのだった。
「ま、待って。それ、兄貴に使わせないでよ」
『駄目よ。マスターが使うと決めたもの』
マリエがロボットから薬を回収しようとすると、他のロボットたちに邪魔された。
「は、放してよ! クレアーレ、あんたは兄貴が死んでもいいっていうの!」
『――これはマスターの望みよ。あの捻くれ者が異常なのよ』
ルクシオンは薬がどこにあるのか知っていたが、それをリオンには伝えなかった。
理由はそのような強い薬を使えば、リオンの体もただではすまないからだ。
――それをマリエが回収して届けてしまった。
マリエが床に膝から崩れ落ち、座り込むと唖然とする。
「わ、私は――兄貴のためにって」
『えぇ、マスターの勝利のために役に立ったわ。マリエちゃん、貴女は悪くないわ。疲れているみたいだから、今は体を休めた方がいいわね』
クレアーレもロボットを引き連れ部屋を出ていく。
一人残されたマリエは、頭を抱えて涙を流すのだった。
「何でいつもこうなのよ。――私は兄貴を助けたかったのに」