表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/177

傷だらけ

 血だらけで青い顔をしているエリカを見るマリエは、傷口に手を当てて治療魔法を使っていた。


「何でよ。なんで反応しないのよ!」


 マリエが涙を流しながら叫ぶ。


 無駄に鍛えてきた魔法が、死にそうになっている娘に効果がない。


 うまく扱えなかった。


 そんなマリエの背中に、リオンが声をかけてくる。


「無駄だ」


 振り返り、マリエはリオンを睨み付けるのだった。


 マリエの形相に、エリヤは「ひっ!」と青い顔をして震えている。


「――何でよ。なんで兄貴が、エリカを殺すのよ!」


 手を握りしめ、リオンに向かって駆け出すと勢いよくぶつかる。


 何度も何度も拳を叩き付け、マリエはリオンを見上げるのだった。


 その顔はとても冷たい表情をしている。


 目も怖かったが、今のマリエには関係なかった。


「兄貴ならエリカを助けてくれると信じていたのに!」


 リオンは背筋が寒くなるような笑みを浮かべていた。


「俺を信じていた? 笑えない冗談は止めろ。お前の期待に応える義務は、俺にはないんだよ」


「許さない。絶対にゆるさ――っ!」


 銃のグリップで頭を叩かれ、マリエはそのまま両手で頭を押さえた。


 それでもリオンを睨み付ける。


 そんなマリエとリオンに、車椅子を押して近付くエリヤは困惑していた。


「あの、マリエさんは何に怒っているんですか?」


 マリエは、のんきなエリヤが腹立たしかった。


「何に? あんた、どうしてそんなに平然としていられるのよ! あんたなんか、エリカと婚約させなければ――させなければ――」


 プルプルと震えるマリエは、車椅子に座っているエリカを見て驚く。


 血で汚れた服をしているのに、その胸が僅かに動いていた。


 呼吸をしている。


「――な、なんで!?」


 状況が理解できないマリエに、リオンが弾倉を銃から抜くと投げ渡す。


 受け取ったマリエは、薬莢に魔法の弾丸であるという刻印がされているのを見た。


「こ、これは」


「ルクシオンに作らせた睡眠系の魔法の弾丸だ。血糊も出る」


 リオンはマリエから弾倉を奪うと、銃も懐にしまってエリカを見るのだった。


「あんたたち、知っていたわね!」


 エリヤの方が驚く。


「え? むしろ、なんでマリエさんが知らないんですか? も、もしかして、兄貴」


 リオンは馬鹿にしたように笑っていた。


「演技に迫力が出るだろ。エリカも信じ切っていたぞ」


 そう言って、リオンはクレアーレを呼ぶのだった。


 屋上にやって来るクレアーレは、作業用のロボットたちを引き連れていた。


 やって来たクレアーレは、眠っているエリカを見て指示を出してくる。


『さっさとお姫様を医療カプセルに運ぶわよ。慎重に運ぶのよ。傷を付けたら、マスターに撃ち殺されちゃうからね』


 冗談を言うクレアーレを見て、マリエはその場に崩れ落ちるのだった。


「先に言ってよぉぉぉ!」


 泣いているマリエを見て、リオンは「しょうがない奴」みたいなことを言って笑っていた。


 だが、マリエには、その笑みが気になった。


「兄貴?」


「何だ?」


「怒ってる?」


「――情けない妹分に腹が立っているだけだ。ほら、エリカの側についてやれ。エリカが目覚める頃には、全てを終わらせないといけないからな」


「う、うん」


 エリヤと共に屋上から出ていく。


 だが、リオンは屋上に残って、帝国の使節団が遠くに離れていくのを見送っていた。


 その背中が、マリエの知っているリオンの背中とは違った。


「――兄貴」


 マリエは、エリヤに先にエリカを連れていくように言って、リオンに声をかけようとする。


 だが、それをクレアーレが止めるのだった。


『どこに行くの?』


「だって、兄貴が――」


 フェンスの金網を握りしめ、膝から崩れ落ちるとリオンが泣き始めた。


 マリエは、前世も含めて――そんな兄の姿を初めて見てしまった。


「ど、どいて、兄貴が!」


『――マリエちゃん、これは貴女の仕事じゃないのよ』


「え?」


 クレアーレの言葉は、いつもよりも冷たく感じられた。


 階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。


 アンジェとリビアが、ルクシオンに連れられて屋上へとやって来たのだ。


 マリエの横を通り過ぎていく。


「リオン!」

「リオンさん!」


 二人がリオンに近付き、そして慰めはじめた。


 マリエが何かを言おうとすると、ノエルが肩に手を置いてくる。


「マリッチ、後はあたしたちがやるから、エリカちゃんのところにいってあげて」


 そう言って、ノエルも屋上に向かう。


 ルクシオンは、クレアーレに今後のことを伝えるのだった。


『――仲間たちが目覚めています。アルカディアを目指して攻撃を開始しています』


『呼びかけたの?』


『こちらの呼びかけを無視しています。アルカディアの破壊は最優先命令です』


『あんた、本気で説得したの? ――私の方でも呼びかけてみるわ』


 蘇ったアルカディアに、旧人類の兵器たちが目覚めて攻撃を開始していた。


 マスターを失っても、最優先命令であるために再び起動できたのだろう。


「え、あ――」


 クレアーレは去り、ルクシオンはリオンを遠目に見ている。


 ノエルがリオンの背中をさすっていた。


「な、何をするつもりなの? 兄貴が――兄貴のあんな姿、見たことない」


 マリエがそう呟くと、ルクシオンは告げる。


『戦争です。マスターは、帝国と戦争すると決めました』


「――え? で、でも、帝国ってミアちゃんと、フィンがいるじゃない!」


『だから、苦しんでいるのです』


 現状をルクシオンがマリエに伝えた。


「何よそれ。そんなの聞いてない! 私は知らない!」


『――これが現実です』


 ルクシオンも苦々しい気持ちを、電子音声で伝えてくる。


『エリカと、これから王国で生まれてくる子供のために、マスターは自ら壊れようとしています。――こんな国は、すぐに滅ぼすべきでした』


 悔しそうな、そして歯がゆそうな声だった。


 リオンのもとへルクシオンが行くのを見送ると、マリエは俯いてしまった。


「――兄貴」


 ボロボロになったリオンの背中を見て、マリエはスカートを握りしめる。


「わ、私のせいだ。兄貴、無理をするって分かっていたのに、エリカのことで甘えたから」


 幼い頃から何でもしてくれたリオンの背中は、今のマリエには傷だらけで泣いているように見えるのだった。


 そして、マリエは思い出す。


 自分が前世で兄が死ぬ原因を作ったのだ、と。


「何だ。そっか。きっと私は――」



 ――数週間後。


 帝国の空に浮かぶアルカディアに向かって突撃をかけるのは、球体に一つ目がついた人工知能搭載の飛行機だった。


 飛行船の合間を飛び回り、アルカディアに向かって突撃をかけている。


 船体には海に沈んでいたのか、錆やら貝やらがついている。


 挙動もおかしい。


 それでも、アルカディアに向かっていた。


『奴を止めろ!』

『追いつけない!』

『何としても――』


 追いかけ回す帝国の鎧を振り切り、戦闘機はアルカディアにぶつかると爆発した。


 だが、アルカディアは無傷である。


 帝国の鎧から、パイロットたちが愚痴をこぼす。


『これで何度目だ!?』

『機械の一つ目共、俺たちを無視してアルカディアに突撃しやがる』

『傷一つつかないなら、問題もないと思うが――』


 そんな会話をしていると、彼らは遠い空を見た。


 そこには、錆び付いた三百メートル級の飛行船が浮かんでいる。


 光が放たれたと気が付くと、彼らは蒸発して消えてしまった。


 攻撃を続ける飛行船は――旧人類の巡洋艦だった。


 アルカディアの復活を察知して、海から出て来たのだろう。


 アルカディアに光学兵器が命中すると、シールドに阻まれる。


 錆び付いた巡洋艦が突撃をかけようとするので、帝国の飛行船が前を塞ごうとした。


 そこに――。


『お前たちは下がれ!』


『相棒、一気に破壊した方がいい!』


 ――ブレイブをまとったフィンが現れる。


 錆び付いた巡洋艦が、迎撃のために弾幕を張るも無駄だった。


 フィンは弾幕を掻い潜り、錆び付いた巡洋艦を両断してしまう。


 そして、沈んでいく巡洋艦を見ながら呟くのだ。


『まだ、こんなに旧人類の兵器が残っていたのか?』


 ブレイブが答える。


『マスター不在で眠っていたんだろうさ。だが、厄介だ。数が集まると、今のアルカディアでも対処しきれないぞ』


 フィンがアルカディアへと戻る。



 アルカディア内に作られた謁見の間。


 皇帝であるバルトルトの隣に座っているのは、ドレスを着用したミアである。


 フィンが謁見の間に現れると、ミアが顔を上げて何か言いたげにしていた。


 それを無視して、フィンは二人の前で膝をつく。


「陛下、式典中に大変失礼いたしました」


 バルトルトは、そのことを咎めなかった。


「問題ない。式典にこだわる連中の方が悪い」


 周囲には重鎮たちの姿もある。


 バルトルトに睨まれ、彼らは視線を漂わせている。


 謁見の間に並んだ騎士たちだが、帝国でも指折りの騎士たちだ。


 実力にあわせて番号――特別な階位を与えられた騎士たちだ。


 そんな彼らの横には、ブレイブと同じ魔装のコアたちが浮かんでいる。


 序列第三位の少年騎士の近くにも、ブレイブと同じようなコアが浮かんでいた。


「先輩は頑張りますね~」


 フィンが騎士たちの一番前に出る。


 バルトルトが立ち上がった。


「フィン・ルタ・ヘリング――序列第一位への復帰を許す」


「は!」


「――ホルファート王国には、一代で公爵にまで成り上がった英雄がいる。その者の相手は、ここにいる帝国最強の騎士たちに任せるとしよう」


「――期待に応えて見せます」


「当然だ」


 ミアがとても悲しそうな顔をして俯いていた。


 そんなミアの顔を、フィンは直視できない。


 帝国最強の騎士であるフィンは、心の中で呟くのだった。


(リオン、俺はお前と戦うことになりそうだよ)


 バルトルトが拳を掲げる。


「完全体である魔装のコアも、我々に加勢をするために集まってきた。いくら、旧人類の兵器が目を覚まそうとも、アルカディアがある限り我々の勝利は揺るがない!」


 今まで、魔装の完全体であったのはブレイブだけ。


 それが、今では精鋭である十二人の騎士全員に行き渡っている。


 フィンの隣にいるブレイブは、仲間が増えたことは嬉しいが――複雑そうだった。


 十二人の魔装騎士が揃ったことで、中断されていた式典が再開される。


 すると、慌ただしく兵士がやってくるのだ。


「式典中、大変失礼いたします! 陛下、またも旧人類の兵器と思われる飛行船が姿を見せました!」


 バルトルトが目を細める。


「また来たのか。今日は多いな」


 重鎮の一人が進言する。


「陛下、ここは式典を最優先して、終わった後に――」


「式典は中止だ。せっかくの魔装だ。実戦で使って見せよ」


 騎士たちが敬礼をすると、素早く謁見の間を出ていく。


 重鎮たちがバルトルトを止めようとするのだが、無視してフィンたちを見送る。



 再び戦場に戻ったフィンは、今日は忙しいと思うのだった。


(次から次に飛行船が出てくる。こんなに眠っていたのかよ)


 どこから集まったのか、旧人類の兵器たちはアルカディアに向かって突撃していた。


 暴れ回る魔装に飛びかかり、押さえつけようとしている兵器もいる。


 だが――。


『あははは! その程度でどうにかなると思っているのか? 旧人類の兵器はたいしたことがないな!』


 序列第三位の少年騎士が、魔装をまとって戦っていた。


『こんな凄い鎧で戦えていたなんて、先輩は狡いですよね!』


 戦闘機、脚のない鎧、その他にも色々な旧人類の兵器が集まってくる。


 それらを全て倒すと、フィンは宇宙船を見た。


『残ったのはあいつだけか』


『――相棒、あいつの動きが変わった』


 今まで無理をして突撃しようとした宇宙船が、急に攻撃を分散させていた。


 アルカディアのバリアを破ることもなく、ただ、攻撃を当てるだけの動きになる。


『何をしている?』


『嫌な感じだ。急いで落とそうぜ』


『分かっている』


 これまで突撃を仕掛けてきた旧人類の兵器たちが、急に何か目的を持って動きを変えていた。


 フィンの周りを無人機たちが飛び回る。


『何だ?』


 距離を取り、攻撃してこない。


 それは他の魔装についても同じだった。


『――こいつら、何か探っていやがる。消えろ!』


 ブレイブが魔法を周囲に放つと、無人機たちが爆発して海に落ちていく。


 他の魔装が宇宙船を破壊しており、フィンが他に敵はいないか探していると――遠くに小型艇が見えた。


 この戦場から一気に離脱しており、追いかけるのは難しかった。


『逃げたのか?』


 それがフィンには不思議だった。


 ルクシオンのように、まるで興奮したような人工知能たちが逃げたのだ。


 ブレイブも不安に思っている。


『何かあるのか? 相棒、追いかけよう!』


 すると、少年騎士が近付いてくる。


『先輩、帰還命令ですよ』


『いや、だが――』


『逃げた奴らなんて気にしても駄目ですよ。いずれ来た時にでも対処しましょう』


『――分かった』


 逃げた旧人類の兵器たちが気になるフィンだったが、帰還命令に従い戻るのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] どうしてこうなった
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ