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クーデター

 王宮。


 ミレーヌとの夕食を楽しむローランドは、ワイングラスを眺めていた。


「実にいい香りだ。二十年という時を感じる。だが、残念だ。これ以上寝かせていては、逆に駄目になりそうだ」


 そんな台詞に暗い瞳を向けるのは、ミレーヌだった。


 ナイフとフォークをテーブルに置いた。


 最近、あまり食べていないようだ。


「ダイエットか? 健康のためには食べた方がいい」


「貴方は今の状況を分かっているのですか? 今この瞬間にも、王宮に大砲が撃ち込まれてもおかしくないというのに!」


 声を荒げるミレーヌに、周囲にいる侍女たちが怯えるのだった。


 ローランドはグラスを傾ける。


「上の者が慌てていては、下の者に示しが――」


「何もしていない怠け者が上にいては、下も落ち着きませんよ。もう、いっそ覚悟を決めて――陛下?」


 ローランドの様子がおかしいと、ミレーヌが立ち上がる。


 すると、ローランドがグラスを落として項垂れた。


 ゆっくりと体が傾き、椅子から転げ落ちる前に侍女が支える。


「陛下!」


 ミレーヌがローランドの顔を覗き込むと、青白くなっていた。



「バルトファルト! 王宮からの急使だ!」


 これから眠ろうとしていた時に、俺の部屋にクリスが飛び込んできた。


 その手には武器が握られている。


「急使?」


 何事かと思っていると、ルクシオンが俺に伝えてくる。


『ローランドが倒れました。危篤状態とのことです』


「――は?」


 驚いていると、クリスが俺に詳しい話を聞かせてくる。


「ユリウス殿下も呼び出されている。バルトファルトも、アンジェリカと一緒に王宮に来いと言って来た」


「俺とアンジェに? 何のために?」


 急いで着替えると、クリスは落ち着かない様子でいる。


「分からない。とりあえず呼び出したのか、王妃様の指示なのかも分かっていない」


 王宮は相当混乱しているようだ。


「ミレーヌ様はないだろ。俺は怒らせたからな」


「嫌な予感がする。バルトファルト、お前の婚約者たちはどうする?」


「連れていく。ルクシオン、クレアーレに三人を連れてくるように言ってくれ。マリエたちにも警戒するように伝えろよ」


『了解です』


 着替えを終えて部屋の外に出ると、廊下が静かだった。


 誰もいない。


「みんなは?」


「ユリウス殿下と飛び出していった。今回は、みな危機感を持っているからな」


「お前らはもっと普段から緊張感を持てよ」


 クリスと話しながら外に出ると、クレアーレがアンジェとリビア、そしてノエルを連れてくる。


『マスター、お待たせ』


「エリカたちはどうした?」


『そっちは王宮から迎えが来たわよ』


 アンジェが俺の腕を掴む。


「リオン、分かっているな?」


 この確認の意味を、俺はあまり理解したくなかった。


「ローランドが倒れた。燻っている連中には好機だろうさ。アンジェの実家は動くのか?」


「動くのは不穏分子を排除してからだろうな」


 アンジェがそう言うと、リビアが空を見上げるのだった。


 ライトを照らす飛行船が、学園の上空にやってくる。


「こんな夜に飛行船?」


 ノエルは、飛行船からロープがいくつも垂れてきたことに焦っていた。


「ねぇ、随分と物騒な連中が下りてくるんだけど? これって王国的にはお迎えか何か?」


 アンジェが強く否定する。


「王国でもあり得ない。だが、これで少し見えて来たな」


 ローランドが倒れてあまり時間も経っていないのに、動き出した連中がいる。


 レッドグレイブ家ではない様子なので、反乱を考えていた連中だろう。


「嫌になるな。クリス、俺と一緒に来い」


「分かった」


「ルクシオン、他の連中にもこのことを伝えろ」


『――残念ながら、それは出来ません』


「何だと?」


 俺の命令を拒否するルクシオンは、アンジェの側に寄るのだった。


「どういう意味だ?」


 睨み付けると、アンジェが俺の顔を両手で挟む。


 自分に俺の顔を向かせると、赤い瞳で俺を見つめてくる。


「リオン、お前はもう無理をするな」


「いや、でも」


「分かっている。だが、お前が何もしないでいいくらいに、私たちも強くなった。お前が苦しむ必要はない。それに――」


 アンジェが何かを言いかけると、足音と金属が擦れる音が近付いてくる。


 ライフルを持った兵士たちが、俺たちを囲んでいた。


 クレアーレが楽しそうに状況を説明してくる。


『わ~お。迷わずにここまで来たみたいよ。随分と下調べをしたのね』


 兵士たちの狙いは俺のようだ。


 前に出てくるのは、武装した女性だった。


 眉間に皺を寄せている。


「見つけたぞ。王国の汚点」


「汚点? 俺のことか?」


 ニヤニヤして煽ってやろうとすると、俺の前に出たのはリビアだった。


「リオンさんは下がってください」


「え、でも――」


「下がってください。ここは私たちで対処しますから」


 すると、女性が舌打ちをする。


「成り上がりの小娘が、私が誰かも分かっていないようね。私は伯爵家の出身なのよ。お前程度が前に出て許されると思うな!」


 随分と苛立っている女性は、声を荒げてリビアを威嚇していた。


 だが、リビアは動じない。


 目を細めて言う。


「その家紋。取り潰された伯爵家のものですね。なら、今の貴方は貴族ですらありません」


 家紋から相手の家を特定したようだ。


「え、そうなの?」


 小声でアンジェに聞けば、頷いてくれた。


「そうだ。反乱に手を貸す者たちはあらかじめリストにまとめていたからな。リビアは全て覚えているよ」


 クリスが「す、凄いな」と驚きながら、剣を抜いていつでも飛び出せるようにしている。


 目の前の女性の金切り声が、妙に苛立ってしまう。


「私を侮辱するな! 私は生まれながらの貴族よ! この娘は殺しなさい!」


 相手は本気だ。俺は舌打ちをしつつ前に出ようとする。


「っ! ア、アンジェ!?」


 だが、アンジェに腕を掴まれ止められた。


「リオン、ちゃんと見ろ。お前は――もっと私たちを頼れ」


 アンジェがすがるように俺に頼んでくる。


 すると、リビアが右手を伸ばして女性に向ける。


 周囲でライフルを構えた兵士たちの前に、魔法陣が浮かび上がった。


 銃口を塞ぐ形で一つ。


 弾倉の前に一つ。


 直後、気が付いた兵士たちはライフルを投げ捨てた。


 だが、数名は反応が遅れ、手に持ったままライフルが暴発してしまう。


「無駄です」


 リビアは真っ直ぐ女性を見ている。


「撃たれる覚悟がないなら、下がりなさい。手加減が出来るのはここまでです」


 瞬時に周囲の兵士たちを無力化したリビアを見て、口笛を吹いてしまった。


「リビア凄い」


「そうだな。だが、まだ甘い」


 今度はアンジェが前に出ると、右腕に炎を出現させた。


 周囲に赤い魔法陣がいくつも浮かび上がり、燃え上がると槍の形になる。


 それらは、周囲の兵士たちに向けている。


「私はリビアのように器用ではないからな。得意な魔法で焼き尽くすことを優先している。学園は焼きたくないが、今は非常時だ。許してもらうとしよう」


 アンジェがゆっくりと女性に近付く。


 一瞬で手駒を奪われた女性は、涙目で上を見ていた。


 そこには自分たちが持ち込んだ飛行船がある。


「ま、魔法程度でどうにかなると思っているのかしら? お前たちは囲まれているのよ!」


「そうだな。お前たちがいれば、上で待機している飛行船も砲撃できない。違うか?」


「ひっ!」


 女性が怯えて下がろうとすると、兵士たちが俺たちに手を伸ばす。


「ファイヤーボール!」

「ライトニング!」

「ウォーターカッター!」


 放たれる魔法がアンジェに襲いかかろうと――しなかった。


 全て、彼らの目の前に、魔法陣が出現して相殺される。


 アンジェの後ろで魔法を使用していたのは、リビアだった。


「私は無駄だと言いましたよ」


 相手の攻撃を無効化するリビアを見て思い出した。


 そういえば、主人公がスキルを獲得すればこんなことも出来たはずだ。


 相手の攻撃をキャンセル。


 相手の魔法をキャンセル。


 ゲームでは、そういったスキルとしか見ていなかったが、リアルで見ると高度すぎて驚く。


 ルクシオンも感心している。


『即座に相手の魔法を判断し、相性が有利な属性の魔法をぶつけたのですね。何とも手の込んだことをします』


「やっぱり凄いんだよな?」


『かなり高度な技術であると判断します。マスターでは同じことは出来ません』


 ――そうですか。俺では無理ですか。


 しかし、リビアも凄いが、アンジェも凄い。


 周囲に浮かべているファイヤーランスの数は十を超えていた。


 手を伸ばしたアンジェが、女性の胸倉を掴む。


「ゆっくりと取り調べをしている時間もない。話す気がないなら、ここで灰にしてやる」


「ま、待って。は、話すわ。話すから――」


 自分たちが不利だと分かれば、すぐに喋ろうとしていた。


 だが、空を見ると大砲がこちらを向いている。


「ルクシオン、防御を――」


『必要ないです』


 手を掲げるのはノエルだった。


「私だけ自分の実力じゃないんだけどさ」


 そう言って、右手に輝く聖樹の紋章からシールドを展開する。


 飛行船から放たれた砲弾を、薄い膜のようなドーム状のシールドが空で防いでいた。


 アンジェが空を見上げると、右手を向ける。


「思い切りがいいのか、お前たちがただの捨て駒なのか――どっちだろうな?」


 炎の槍が空を向いて、一斉に飛行船へと飛びかかった。


 槍に貫かれた飛行船が、炎を上げていた。


 沈めるまではいかずとも、飛行船内は大慌てで消火活動を行っているのか身動きが取れないようだ。


 ――あれ? 俺って必要ない?


 クリスが剣を鞘へとしまっていた。


 その姿に注意する。


「おい」


「バルトファルト、私の出番があると思うのか?」


 目の前の女性や兵士たちは、既に諦めた様子だった。


 だが、今度は飛行船から鎧が飛び出してくる。


 学園に下りて、どうやらこちらに向かってくるようだ。


 それを見た女性が元気を取り戻した。


「あは、あははは! 調子に乗るのもここまでよ! 外国から取り寄せた最新式の鎧が、お前たちを捕まえに来るわ。いくら魔法が多少使えるからと言っても、鎧の前では無意味よ」


 外国の最新式と聞いて、アンジェが苛立っている。


「お前ら、自分たちがいったい何をしたのか分かっているのか?」


「元の王国を取り戻すためよ! そのために、外国も力を貸してくれたわ!」


 それってどう考えても王国を混乱させたいだけだろうに。


 こいつらが王国を奪い取っても、待っているのは外国による傀儡か搾取ではないのか?


「駄目じゃないか」


 俺がそう言うと、ルクシオンとクレアーレが冷静に答えてくる。


『そもそも、支配階級と言うだけで、彼女たちに相応しい能力があるわけではありませんからね』


『見る目のない連中が切り捨てられたのよ。外国の口車にだって乗るわよ。だって、見る目がないんですもの』


 こいつらは落ち着きすぎである。


 クリスが俺を見る。


「バルトファルト、鎧は厄介だぞ」


「分かっている」


 俺が指示を出そうとするも、ルクシオンもクレアーレもアンジェたちを見ていた。


 騒いでいる女性を、アンジェが気持ちのいい音がする平手打ちで黙らせた。


 女性は地面に倒れる。


「お前たちが落ちぶれたのは、お前たちの責任だ。同情もしよう。我々も反省もする。だが、お前たちは手段を間違えた」


 王国の被害者という意味でなら、目の前の連中も被害者だ。


 リビアが俯いていた。


「もう止めてください。これ以上――血を流す必要はありません」


 リビアらしい台詞だ。


 そうだ。血を流す必要などなかったのに――。


「あんたら、昔はよかったとか言うけど、それって苦しんでいる人が多かったわよね? そういう人たちのことは考えなかったの?」


 ノエルがそう言うと、女性は鼻で笑っていた。


「男が女の命令を聞くのは当然よ。新しい命は女からしか生まれないわ。知っているかしら? 動物の雄はね、雌に自らの価値を示すのよ。命懸けで雌を守るのが雄の仕事よ!」


 ――お前ら、自分は獣ですって言いたいの?


 俺は、人間は獣よりも質が悪いと思っているけどね。


 こいつも歪な方針の被害者ではあるが、男の立場からも文句が言いたい。


「でも、種類によっては違うし、一概には言えないよね」


「黙れ! 黙れ、黙れ、黙れぇぇぇ!」


 俺がそう言うと、女性は大声を出した。


 女性が体を起こして頬を手で押さえながら、アンジェや俺たちを睨み付ける。


「何が間違いよ! こんなの間違っているわ。私たちは自分の権利を主張しているだけよ! 王国が間違った道を歩んでいるのを止めようとしているの。私たちは正義よ! 今まで通りで何が悪いのよ!」


 すると、ガチャガチャと音が聞こえてくる。


 大きな機械が壁に張り付いていた。


 蜘蛛のような機械が、俺たちを取り囲む。


 随分と大きく、鎧と言うよりも完全に別の何かだ。


 壁に張り付き、屋根を上り、頭部にいくつもついた赤いレンズが怪しく光っていた。


 女性が、頼もしい味方が登場したと思ったのか、立ち上がって両手を広げる。


「外国の新型は変な形をしているわね。さぁ、こいつらを捕まえなさい! 腕の一本くらいは千切ってもいいわよ」


 アンジェが驚き、リビアも口元を手で押さえた。


「――何だと」


「嘘」


 ノエルは冷や汗をかいている。


「これは――予想外ね」


 随分と醜く笑う女性は、そんな蜘蛛型のロボットたちに命令をする。


「さぁ、やりなさい! 正義は我らにありよ!」


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ローマンはあるな、蜘蛛型戦闘機械。
[良い点] 多脚戦車!!タチコマだあ
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