蜘蛛からも、ゆるパクできましたが、何か?
ゴーレムを護衛に使うことを思い付いて、森を歩く恐怖心はかなり和らいだ。
探知魔法や千里眼を使って周囲の様子を監視しているが、どちらもレベルは高くないので100パーセントの信頼は寄せられない。
ゴーレムは2メートルほどの間隔で、斜め前方左右、左右、斜め後方左右に配置してある。
これで、獣や魔物に襲われたとしても、突っ込んでくる勢いは止められるだろう。
今朝は、歩き出して早々に探知魔法に反応があった。
前方二時の方角に反応があったのだが、俺の位置からは斜め上方のようだ。
「千里眼……うわっ、デカっ!」
距離にして200メートル以上先にいたのは、巨大な蜘蛛だ。
巨木と巨木の間に巨大で美しい巣を作り、その中央に鎮座している。
距離が遠いので、ハッキリとした大きさは掴めないが、脚を一杯に広げた大きさは2メートル以上はありそうだ。
「どうする、戦うか……それとも迂回するか……」
こちらの世界に来て、初めての大物、山ほどあるスキルを活用して戦ってみたい気もするが、自分の想定よりも強かった場合、殺されてしまうかもしれない。
食糧確保という課題もあるが、蜘蛛が食べられるかどうかは別にして、あの大きさ一人では食べきれないだろう。
「そうだ、ステータス・オープン……ゆるパク・オープン。えーっと……あるじゃん、あるじゃん」
同級生や兵士達から、ゆるパクしたスキルの中に、時空間収納レベル1というのがあった。
おそらく、アイテムボックスやイベントリーの類だろう。
早速、制服の上着を脱いで試してみる。
「収納……取り出し……収納……取り出し……」
収納した場所から離れて、別の場所で取り出してみるが、問題無く取り出せた。
大きさとしては、大きめのトランク程度のようで、内部の時間が停止するのかまでは分からない。
「そうだ、あの蜘蛛を鑑定してみよう。鑑定……おぉ、毒持ちじゃん」
どうやら鑑定は千里眼との併用が出来るようで、巨大蜘蛛を鑑定すると魔毒蜘蛛と表示された。
「それならば、やることは決まってるよね。ゆるパク! あれっ?」
蜘蛛に向かって意識を集中して、スキルゆるパクを発動させてみたが、手応えのようなものが無い。
ゆるパクのステータスを開いてみても、毒に関するスキルは表示されない。
「距離が遠いから? それとも人間以外からはスキルを奪えない? とりあえず、もう一度やってみるか……ゆるパク! うぉ、今度は来た」
さっきは思い切り期待しながら発動したのに手応えが無く、あまり期待していなかった今度は手応えがあった。
ゆるパクのステータスを開いてみると、期待していたスキルが増えていた。
「毒作成レベル1、毒耐性レベル1、糸合成レベル1、操糸レベル1、よしよし……あれっ、これなんだ? 魔法阻害レベル1?」
たぶん、あの大蜘蛛から奪ったスキルだと思うが、発動させてみると、身体の周囲が厚さ2センチほどの見えない層で覆われた。
この層は、敵対する魔法を阻害する働きがあるようだ。
「つまり、あの大蜘蛛は、攻撃魔法に対するバリアを張ってるのか……おもしろい」
巣を張って、じっと獲物を待っている蜘蛛だから、スキルを貰ったら素通りしようかと思っていたが、これは一当てしてみる価値がありそうだ。
獲得した魔法阻害はレベル1とあるが、正確にはコンマいくつのレベルなのだろう。
大蜘蛛との距離を100メートルほどまで詰めると、どうにか攻撃の射線が確保出来た。
急な反撃をされないように、離れた場所から攻撃する。
ズルいとか、卑怯だと言われようとも、安全は全てに優先されるのだ。
「まずは、レベル3ぐらいで……水矢!」
レベル3相当の威力を込めて、水属性の攻撃魔法を放ってみたが、水の矢は蜘蛛の身体に届く前に崩れて表面を濡らしただけだった。
大蜘蛛が巣の上で身じろぎし、こちらに視線を向けた気がした。
「それならば、これはどうだ……水槍!」
レベル5相当の攻撃魔法を打ち込んでみると、今度は蜘蛛の背中に突き刺さったが、途中で威力は大幅に減衰しているようだ。
ダメージを受けた蜘蛛は、透明に近かった目を真っ青に染めて、巣から降り始める。
「おっと、激おこだね。では……水槍、ファランクス!」
レベル5相当の水槍が、豪雨のごとく次々と大蜘蛛へと降り注ぐ。
ダメージが通る程に、威力が減衰される割合は減っていくようで、十秒と経たずに大蜘蛛は沈黙した。
千里眼を使って観察すると、頭部や腹部に複数の貫通傷があり、とても生きているようには見えなかった。
「それでも、念のため……水矢!」
レベル2程度に威力を落とした水の矢を打ち込んでみると、あっさりと突き刺さったが、蜘蛛はピクリともしなかった。
それでも、念のためにゴーレムを先行させ、押さえこませてから近付いた。
近くまで来てみると、あらためて蜘蛛の巨大さに圧倒される。
脚の太さは、俺の太腿ぐらいありそうだ。
千里眼を使って、蜘蛛の身体の中を調べてみた。
「なるほど、これが毒袋か、やっぱり糸は尻から出すみたいだな……おっ、魔石か?」
蜘蛛の体内にある青い石のようなものに集中して鑑定魔法を使うと、魔石という表示が出た。
水属性魔法で水の刃を作り、蜘蛛の身体を切り裂いて魔石を取り出した。
体液とかを綺麗に洗い流し、アイテムボックスに保管しておく。
「さて、食えるのかな?」
とりあえず、毒袋から一番遠い脚を切り離し、細い部分を火属性魔法を使って炙ってみた。
細いと言っても、雨どいぐらいの太さがあり、殻は黄色と黒の縞模様で体毛も生えている。
見た目ちょいグロな殻の断面から、煮立った体液がフツフツツと噴き出してくる様子は、お世辞にも食欲をそそる光景ではない。
ただ、殻はちょいグロだが、中身は真っ白に見える。
「やっぱ、良く焼いた方が良いよなぁ……」
殻の表面が焦げても、断面からの汁のフツフツが収まるまで炙り続けた。
土属性魔法で大きな殻割り器を作り、殻を取り除くと、予想外に良い香りが漂ってくる。
「あれっ? この匂いは、どこかで嗅いだことがあるような……まぁ、一口……美味っ! 何これ、美味っ! これカニじゃん、蜘蛛美味っ!」
ほっこりと焼き上がった蜘蛛の脚は、カニそっくりの味わいだった。
当然もう一本追加を炙り、満腹になるまで堪能させてもらった。