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その獣人たちは王都でも危険です ~誇りを失くした最悪獣人族の攻城記~

 チャベレス鉱山の獣人族が反乱を起こし、王都へと向かっている。

 タルフィーアからの早馬による知らせを聞くと、アルマルディーヌ王国国王ギュンターは戒厳令を発し、全ての王都の住民に軍への協力を命じた。


 具体的には、全ての王都の門が閉ざされ、他の街への往来の禁止。

 全ての商店の営業は停止させられ、王都内での外出も原則禁止となった。


 勿論、このような事態は初めてのことで、王都内では大きな混乱が発生したが、騎士や兵士によって事態は強制的に収束させられた。

 攻撃魔法が使える者は、全員城壁の防衛へと駆り出され、女性達は炊き出しの業務を担当させられた。


 子供や年寄りは一か所に集められ、こちらも軍の管理下に置かれている。

 獣人族が攻めて来ると聞いて、王都を捨てて逃げ延びようとした者は、逆に財産を没収されて軍役を課せられた。


 逆らう者には、容赦なく奴隷の首輪が嵌められ、強制的に従わされる。

 これまで殆ど獣人族による侵略を経験したことのない王都で、厳しい措置が徹底出来たのは、ギュンターという人物の恐ろしさを、騎士や兵士が嫌というほど理解しているからだ。


 何か落ち度があった場合には、下手をすれば自分の首が物理的に飛ぶかもしれないと思えば、厳しい措置を行うのは当然だろう。

 王都の騎士や兵士が停滞なく行動出来たのは、獣人族への恐れよりも、ギュンターに対する恐怖によるところが大きい。


 アルマルディーヌ王国の王都ゴルドレーンは、国境の街サンドロワーヌを何倍もの規模にしたような街だ。

 街の周囲は城壁で囲われ、その外側には水堀、その外側は草地になっていて、身を隠す場所がどこにも無い。


 さらに、その草地には戒厳令と同時に大量の水が流され、広大な泥濘ぬかるみと化していた。

 水堀を飛び越えて城壁に取り付こうにも、泥濘に足を取られて思うように助走が出来ない。


 勢いを付けて接近できるとすれば、門へと通じる街道だけだが、門の付近には特に腕の良い魔法使いを揃えて、迎撃の体制を整えている。

 遠くから魔法で狙い撃ちにすべし……獣人族への対処法を街全体で実践している形だ。


 ギュンターは、避難民の受け入れにも厳しい制限を課した。

 大人が隠れられる大きさの荷物は、原則的に持ち込み禁止。


 避難民の王都への立ち入りは昼間のみとし、一度に城門に近付く人数にも制限を設けた。

 そして、王都へ獣人族が侵入する手引きを行った者は、理由の如何を問わず処刑するように命じた。


 テーギィ達がゴルドレーンに到着した時には、全ての迎撃態勢が出来上がっていた。

 城門前が火の海と化して、エウノルムの住民を使って王都に入る作戦が失敗したと悟ると、テーギィは躊躇なく撤退を命じた。


 テーギィ自身がゴルドレーンにきたのは初めてで、地形なども地図で見た情報しか知らない。

 その上、どのような防衛体制が敷かれているのかも分からない状況で、闇雲に力押しをしたところで損害を増やすばかりだと見極めた。


 テーギィは、城壁の上から煌々と明かりを灯す王都を睨み、王国側がいつ打って出て来ても構わないように警戒をさせつつ、交代で休息するように命じた。

 獣人族は、人族に較べれば夜目が利く。


 となれば、夜を待って攻め込むの定石だが、それは今夜ではないとテーギィは判断した。

 最初の一団が城門前で焼死体にされた後、辺りは不気味な静けさに包まれた。


 テーギィは周囲に偵察をだして、城門からの明かりが届く外から、ゴルドレーンの様子を探らせた。

 それと同時に、城門前の火の手が収まってから暫く時間をおいて、エウノルムの住民を10人ほど解放した。


 女性や子供、年寄り、若い男……なるべく偏りの無いように選ばれた10人は、獣人族の囲いから解放されると、互いを気遣いながらゴルドレーンを目指し、そして城門前で集中攻撃を受けて火だるまにされて息絶えた。


 様子を見守っていた者から状況が語られると、獣人達からは憤りの声が上がったが、テーギィは表情を変えなかった。

 相手がギュンター・アルマルディーヌだと考えれば、何も不思議に思うことはない。


 それに、そうした結果になると見越して人選をして解放したのだから、問答無用で処刑した兵士達を責めるのもおかしな話だ。

 テーギィは、部下に命じて別の門でも同じことをさせてみた。


 チャベレス鉱山の方角にある門は、当然備えが厳しくされているであろうが、他の門ではどのような対応をするのか確かめるためだ。

 結果としては、他に5つある全ての門で、助けを求めたエウノルムの住民は、問答無用の攻撃を受けて殺された。


 恐らく、最初に接触した門から、他の門に知らせがもたらされ、対応策が徹底されたのだろうとテーギィは推測した。

 その上で、テーギィは夜明けまでの間に、同じことを3度繰り返した。


 6ヶ所の門に、10人ずつ、3回、合計180人の避難民は、1人も王都の土を踏むことなく兵士の攻撃魔法によって焼き殺された。

 それもまた、テーギィにとっては予想の範囲内だった。


 翌朝、報告を受けたギュンターは、自ら城壁まで足を運んだ。

 守りを固めている騎士から、獣人族は魔法が届く範囲の外で、ジッと鳴りを潜めていると聞かされると、不機嫌そうに眉を顰めた。


 これまで獣人族と言えば、ひたすら突撃を繰り返して自滅同然に敗北する生き物だったが、遠くに見える者達はこれまでとは毛色が違っているように思われたからだ。

 守りを固めて、力押ししてくるのを待ち構えて叩く。


 これまでのパターンであれば、数日と掛からずに決着していたであろうが、攻めて来ないとなるとプランの変更を余儀なくされる。

 一番の問題は食糧の備蓄だ。


 王城の食糧庫から穀物や塩などが、何者かによって盗み出されている。

 すぐに担当者に仕入れを命じておいたが、発注した全ての品の納品は済んでいない。


 すでに戒厳令を出して、穀物を扱う商店には協力を命じ、食糧を供出させる約束を取り交わしているが、王都の全住民の胃袋を賄うとなれば、何日持つのか分からない。

 今すぐどうこうという話ではないにしても、対峙が長期化するような事態は避けたい。


 ギュンターは、兵士達に門を守る重要性を説き、犠牲をいとわず厳しい対応を続けるように命じた。

 その後、全ての門を視察した後、次なる一手を考えながらギュンターは城へと戻っていった。


 一方のテーギィも、ゴルドレーンの周囲を巡って状況を確認していた。

 何処の門も、同じように堅固な守りを敷き、それ以外の場所は広大な泥濘となっていて、泥の深さを確かめようと近付くと、すぐに攻撃魔法が飛んで来た。


 王都の周囲はどこも同じ状況で、城壁どころか水堀の際まで近付くことさえ難しい。

 テーギィは偵察を切り上げて戻ると、獣人族の主だった者達を集めた。


 獣人族の中でも、戦争奴隷として連れて来られた者達は、早く攻め込ませろと息巻いていた。

 憎きアルマルディーヌ王国の王都を目前にして、あと少しで王族達の首にも手が届く思えば当然の反応だろう。


 攻撃を主張する者達を前にして、テーギィは落ち着いた口調で話し始めた。


「みんなの気持ちは良く分かる。だが、奴らをあっさりと楽にさせても面白くないだろう」


 テーギィが浮かべた後ろ暗い笑みに、攻撃を主張していた者達は顔を見合わせた。


「これまで我らサンカラーンは、散々王国に煮え湯を飲まされて来た。特にベルトナールが現れてからは、いつ攻め込まれるかと危惧する日々が続いていた。見ろ、それが今は逆の状況だ。王国の連中は、我々がいつ攻めて来るのかと恐れを抱いて閉じこもっている」


 実際には攻めあぐねているのだが、あくまでもテーギィはいつでも攻められるように装って話を続ける。


「ここは、アルマルディーヌ王国のど真ん中、本来なら我々がいるはずのない場所だ。塀の向こうに閉じこもっている連中には、たっぷりと恐怖を味わわせて、今までの行いを後悔させてやる。楽しみは、これからだ」


 テーギィは、ロープと大きめの石を使って投石を行うように指示した。

 身体強化の得意な獣人達が、ハンマー投げの要領で飛ばす子供の頭ほどもある石は、軽々と城壁を超えて街に落ちた。


 テーギィが狙うように指示したのは、王都でも一番多くの店が集まっているエリアで、落下した石は屋根を貫き、柱を圧し折った。

 王国側も城壁の上から応戦したが、距離が離れているので木箱を分解して作った簡単な盾でも攻撃を防がれてしまう。


 投石による攻撃の合間には、また人質となっているエウノルムの住民が解放される。

 解放された住民は、投石と攻撃魔法が頭の上を飛び交う中、身を屈めるようにして城門へと近付き、助けを求めては焼き払われた。


「どうして、なんで助けてくれないんだ!」

「う、うるさい、この裏切り者!」

「裏切ってなんかいない、ただ追われてきただけだ!」

「撃て撃て、1人残らず殺せ!」


 城門の守備を統括する騎士が大声で命令を下すが、攻撃の勢いは目に見えて弱くなっている。

 魔法の威力は、術者の精神状態に左右されるのだから当然だろう。


 エウノルムの住民の恨みのこもった叫び声が、あちこちの門から響いてくる。

 生きたまま焼かれた人間の不吉な臭いが風に乗り、王都の中へと流れ込んでくる。


 城門前には、本来味方であるはずの王国兵士によって殺された避難民達の遺体が積み上がり、腐臭を放ち始めていた。

 門を守っている兵士達も、片付けたいのは山々なのだが、門へと続く街道の先には、木箱の蓋で作った盾を構える獣人族達がいる。


 城門を開けて、遺体の処理をしようとすれば、瞬時に距離を詰めて侵入を試みるはずだ。

 兵士たちは射殺さんばかりに獣人族を睨み付けるが、近付いて来なければ攻撃魔法が届かない。


 苛立つ王国側に対して、テーギィは次なる手を打つ。

 今度はエウノルムの住民に大きな土団子を作らせ、それを水堀に向かって投げ込むように獣人達に命じた。


 土の団子で水堀を埋めるなんて、普通に考えるならば非効率だと思うだろう。

 だが、8千人以上の避難民が泥団子を作り、1万人を余裕で超える獣人族が、次々と水堀に投げ込む。


 水堀に落ちた泥団子が次第に積み上がり、水面から顔を覗かせるまでにさしたる時間は掛からなかった。

 だが、水面から土が顔を出しても、人間を支えられるほどの強度は無い。


 それでも、堀が埋まっていく様子を見るのは、守る側の兵士や冒険者にとっては大きなプレッシャーになる。

 その上、泥団子に混じって大きな石までが飛んで来る。


 身を乗り出して堀の様子を確かめていた冒険者が、石の直撃を頭に食らい、そのまま帰らぬ人となった。

 ボシャ……ベシャ……っと泥団子が城壁に当たり、水堀に落ちる音は続き、兵士たちの精神を削り続けた。


 獣人族にとって、こうした工作は小細工であり、これまでは用いられることの無かった作戦だ。

 それだけに多くの獣人族は、こうした搦め手の効果や楽しみを知らなかった。


 獣人達は作戦を実行し、王国の兵士や冒険者の反応を見て、効果のほどを知ってしまった。

 テーギィは途中の村で奪ってきた農具を使って、獣人達に穴を掘らせ始めた。


 わざと、城壁上の兵士達から見える場所を選んで穴を掘り、これ見よがしに何度も王都に向かって指差しをさせる。

 城壁の下に、トンネルを掘っているようにアピールさせたのだ。


 掘り出した土は、団子にして水堀に向かって投げ込ませる。

 城壁の上に兵士が集まって来たら投石を降らせる。

 獣人達の嫌がらせは、時間を追うごとに多岐に渡り、エスカレートしていった。


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[一言] これはもう徹底的に戦わせるのがベストかもしれませんね。 平和主義が戦渦を拡大するというのは歴史上にもありましたからね。第二次世界大戦とか。 今逃げたら明日はもっと大きな勇気が必要になるぞっ…
[気になる点] >そのうち勇者召喚行われて諸悪の根元である魔王ヒョウマを討伐しに来るんじゃないかなぁ? そんな状況になるまでアルマディーヌが保つかどうか… そも魔王を生み出したのは自分達でありヒョウ…
[一言] そのうち勇者召喚行われて諸悪の根元である魔王ヒョウマを討伐しに来るんじゃないかなぁ?
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