多芸
「僕ですか? やっぱり仲間に?」
「……そうですぞ」
そういう事にしておきましょう。
樹は宗教を作るかもしれないので、仲間を洗脳しない様に予防線を張っておくのですぞ。
仲間に対して変な理想を持たなければ、宗教など作らないでしょう。
そもそも錬と樹の死亡回数の差は一回ですぞ。
ですが、差があるかの様に言っておいた方が良い様な気がします。
何度も俺やお義父さんに負けていますからな。
「うう……怖いですね。とはいえ、これからの旅路……勇者同士ではなく個人で戦う時に仲間は必要でしょう。一人で戦い続けるのは辛いですし」
「錬は一人が好きでしたので問題ないかもしれませんぞ」
「確かにそうだが! 俺は尚文に言われた事を実践したい。相手に合わせて行けば、やがて高みへ行けると言う奴をな」
「ついて来てくれる仲間も重要だって尚文さんは言ってましたよね」
「とりあえず、元康のフィロリアル達が当面は手伝ってくれるんだろうが……」
「エクレールさんは尚文さんを護衛してますし……」
「そうですな。俺がフィロリアル様達を買い集めますので、仲間に不自由はしませんぞ」
前回の様に100匹と言わず、200匹でも300匹でも奇跡が起きて1000匹でも良いですぞ。
なんて思っていると錬と樹が俺を半眼で見てきました。
「確かに有能だが、仲間の殆どがフィロリアルというのはどうなんだ?」
「何か不満なのですかな?」
「……本気で言ってるのでしょうね」
「いずれは仲間を募りたいものだな」
「ですね」
そんなに人間が良いのですかな?
フィロリアル様の様な天使達の何が不満なのでしょうか。
「そういえばユキさん達は何処へ?」
「退屈だからと尚文のLv上げの手伝いに行っただろ」
「ああ、そうでしたね。あの子達がいないだけで不思議と静かに感じます」
言われて見れば俺達の会話以外あまり聞こえませんな。
精々外から街の雑踏が聞こえる位ですぞ。
「元康が騒がしい筆頭だがな」
そんな様子で錬と樹は作業中の俺を見ます。
ふふん、ユキちゃん達の衣装ですぞ。
俺は自慢げに見せてやります。
「尚文は料理で、元康は裁縫か……俺も何か手に職を覚えるべきか?」
「武器の技能以外で、ですよね?」
「ああ」
「ちなみにお義父さんは最初の世界では調合、細工、錬金術を覚えていましたな。更にメルロマルクの文字を俺達に教えてくださいました」
「アイツは一体何者なんだよ……」
錬が呆れる様な声を出しておりますな。
何かおかしい事でもあるのですかな?
まあ未来のお義父さんが異世界に来てから数ヶ月も経ってましたから、当然の結果ですぞ。
「多芸にも程がある」
「僕達は?」
「錬は鍛冶を覚えておりました。腕前の方は詳しく聞いてませんな」
確か……村にいた鍛冶師に教わっていたと思いますぞ。
エクレアと一緒に狩りや訓練、もしくは鍛冶の練習でしたかな?
「まあ、確かに面白そうな分野ではあるな。何か良い物を作っていたか?」
「知りませんな。ただ村でいろんな物を作っていたと言う程度ですぞ」
「自作した武器とかを使っていたんだろうか?」
「師事をしていた鍛冶師と、メルロマルクの武器屋の親父さんの腕が良過ぎて地味な印象がありましたな」
「覚える意味があるのか? とはいえ、何も無いよりは覚えた方が……良いか」
「あの……僕は?」
「知りませんな」
樹に関しては、全く知りませんな。
ストーカー豚といつも一緒にいたくらいしか覚えておりません。
「最初の世界や今までの周回を全て思い出しても、特に何かをしていたというのは聞きませんでしたな」
「完全に尚文さんのヒモだったと言う事ですか?」
「待て、元康。お前は何をしていた?」
「フィロリアル牧場を経営しておりました」
「裁縫は?」
「フィロリアル様の服以外は作っておりませんでしたな」
何故か樹がホッとしているように見えるのは気の所為では無いでしょう。
唯のヒモとフィロリアル牧場経営を一緒にしてもらっては困りますな。
「元康もヒモだったと見て良いだろ。樹、心配するな」
「錬さん、自分は鍛冶をしていたらしいからといって、上から目線は許しませんよ」
「ふん、とりあえず何か戦闘以外の特技を習得した方が尚文に負けずに済むだろ」
「く……」
「とはいえ、鍛冶なんて設備が無きゃ出来ない物を今すぐには覚えられないな」
「では僕は洗濯や掃除辺りを覚えましょうか。これからの旅に役に立つでしょう」
「樹、汚いぞ!」
「錬さんは鍛冶を覚えれば良いんですよ。やがて僕達に立派な装備を作ってください」
「それまでヒモ扱いは許さん!」
何やら錬と樹が喧嘩を始めました。
楽しそうな連中ですな。
ですが、止めるべきですかな?
「喧嘩はダメですぞ」
「喧嘩じゃない。共同生活での方針を話し合っているんだ!」
「ですが掃除等の家事もお義父さんに敵うのですかな?」
「「……」」
「料理でアレだけの腕前を持つ尚文さんが掃除を出来ないと考えるのは無理ですね。あの人は完全に主夫ですよ」
「むしろなんであんなに多芸なんだ。主に家庭方面で! アイツ、実家に住んでたんだろ? 普通親がやるだろ」
「オタクだったみたいですし、家族の風当たりの関係では?」
「ああ、もしかしたら家族内での地位は最低だったのかも知れない。それでも思い通りに生活する為に覚えた技能か……」
チッと錬が舌打ちしました。
何故そこで舌打ちを?
どういう意味ですかな?
「しょうがない、解体……覚えるか」
ポツリと溢した錬の一言に樹が戦慄しましたぞ。
「く……ここまで剣の勇者として召喚された錬さんが羨ましいと思える時が来るとは……」
「弓で出来る事……狩猟って、特に代わり映えはないからな」
「何かサブカルチャー的な物を樹は覚えていないのですかな?」
「習い事なら小さい時に色々とやっていましたが……」
「樹って外見で見ると、細々した事をやっていそうな印象があるよな。音楽とか」
「小学生の頃にはやってましたね。ピアノやバイオリン辺りを。あんまり面白くなかったんですよ」
おお、樹は楽器が弾けるのですな。
俺もエレキギター辺りは触れた経験がありますぞ。
ま、趣味にもならない範囲でしたな。
昔、豚共の中に趣味にしていたのがいたので覚えた程度ですぞ。
ライブに参加した事がある程度ですな。
「やっぱりか」
「錬さんは剣道の心得とかありそうですね」
「VR内の訓練プログラムにある。ネット内じゃ精神以外は疲れないから俺の世界の奴等は大抵、何かしら覚えているぞ」
どんな戦闘民族ですかな?
「はー……便利な物ですね。他には何かしていなかったんですか?」
「料理類もアプリとかでシミュレートはするが……尚文には勝てないだろ、アイツは変態だ」
「俺は料理も出来ますぞ! お義父さんには劣りますがな。一人暮らしが長かったので」
「家事の領域が広すぎるんですよ。尚文さんが万能過ぎて卑怯です!」
「待て、何も全て尚文にさせる必要は無い。掃除に洗濯辺りを率先してやれば俺達にも勝機はある」
「尚文さん無双にさせない様にがんばりましょう。その中で僕達も手に職を覚えれば良いんですよ」
「今なら調合とかも尚文の役割から奪えるかも知れないしな」
などと話をしながら俺はユキちゃん達の服を作りあげたのですぞ。
やがて議論に疲れた錬と樹は、フォーブレイ到着後に不必要になりそうな事を覚えてどうするんだ?
と、結論を付けていたようですな。
ですが、もしかしたら覚える必要があるかもしれないとも話していたのですぞ。
そんなこんなで日が沈みかけた頃。
「ただいまー」
お義父さん達が帰ってきましたぞ。
「尚文、絶対に負けないからな」
「な、何が?」
「ええ、僕達もいずれ貴方の様に多芸になって見せますよ」
「だから何が!?」
「何やら騒がしいな。こっちもかなり騒がしかったが」
「ぶーん!」
「サクラちゃん達が元気に走り回っていたもんね」
「うん! サクラ元気だよー!」
お義父さんがサクラちゃんを撫でますぞ。
「あーコウも撫でて」
「はいはい、コウも良い子だったね」
「元康様! 私、がんばりましたわ!」
「わかっていますぞ。ユキちゃんも良くがんばりましたな」
「それで元康くん、服は出来た?」
「もちろん完成しましたぞ」
今までと同じく、俺はユキちゃん達の服をそれぞれ見せますぞ。
「うわー……完全にゴシックなワンピースだね」
「元康さんのセンスが光ってますね」
「サクラちゃん達、元康くんがせっかく作ってくれたんだから、是非着て見て」
お義父さんがサクラちゃん達を別室に連れて行きますぞ。
但し、コウはこちらですな。
「はーい!」
コウはこちらで服を着始めましたな。
ま、コウの服は男の子用なので、動きやすい作りにしてますが。
「イワタニーこれどうやって着るのー?」
「最初に聞く相手が尚文か」
「完全に母親ポジションですね」
「錬、樹、うるさい」
お義父さんへの分析に、お義父さん本人が注意しますぞ。
「サクラちゃん達が着る方の服は良くわからない構造だったら元康くんに聞くけど、エクレールさんが一緒だったから大丈夫でしょ」
「そうだな。確かにエクレールなら着せられるだろう」
「不器用っぽい人ですが大丈夫でしょうか?」
「ああ、貴族には自分で服を着ないと言う話があるよね。エクレールさんの話を聞くと貴族っぽいし……」
と言う所で、着替えを終えたユキちゃん達を連れてエクレアがやってきましたぞ。
「あ、大丈夫だった?」
「何がだ?」
「いや、貴族って服の着方すら他人任せの話を聞いたことあるからさ」
「フォーブレイの貴族ならいるかもしれんが私はメルロマルクの、亜人優遇を方針にしていた父の娘だぞ」
「経歴だけではピンときませんが……」
「ああ、異世界の認識だからな。だが、着付けも出来るのはわかった」
「わ、私が出来ないのは……」
エクレアがお義父さんの方を見てますな。
ああ、そう言う事ですな。
「家事ですな」
「私は剣しか学んで来なかったのでな」
「勉強は? えっと、座学とか教養とか」
「その辺りは基本だ。覚えていない方がおかしい」
「それでありながら料理は出来ないと……」
「私の事は良いではないか! この者達の方を見ろ!」
と言う事で、お義父さん達はユキちゃん達を見ますぞ。
俺も見ましょう。
相変わらず天使の如く、可愛らしい姿ですぞ。
「ほー……元が良いからか似合うな」
「テレビの子役に出てくるアイドルとか出来そうですよ?」
「いやいや、子役アイドルよりも凄く無い? 俺の知る限りだと、ここまで整った子は見たこと無いよ」
「確かにな。一躍有名人とかに登りつめられそうな連中だと、詳しく知らない俺でもわかる。ゲームで美幼女設定のアバターに勝るとも劣らないな」
「確かに……いるもんなんですね。ああいうのは小説やアニメ、漫画の世界だけだと思ってましたよ」
「ある意味、異世界って時点で漫画やアニメみたいなモノなのかな?」
と、お義父さん達はそれぞれユキちゃん達の姿を褒め称えていますぞ。
ユキちゃんは当たり前とばかりに胸を張っていますな。
逆にサクラちゃんとコウは普段通りに首を傾げながらお義父さんに擦り寄っておりますぞ。
「ナオフミーご飯ー」
「コウもー」
「はいはい、サクラちゃんとコウは容姿を気にするよりもご飯なんだね」
「宝の持ち腐れだな」
「まあ、良いのではないですか?」
「じゃあ出発しようか? さすがに滞在も限界でしょ」
「そうだな。宿の外で何やら不穏な気配がある……そろそろ俺達の正体がばれそうになっているのかも知れん」
「ですね、行きましょう」
と言う事で俺達は足早に出発する事になったのですぞ。
目指すはフォーブレイですな。
「サクラちゃん、みんな少しだけ我慢しててね。移動をして少ししたら晩御飯にするから」
「「はーい!」」
「宿には既に金を払っておりますし、魔法で姿を一時的に隠してから馬車で行きますぞ」
「ああ、準備は万端だ」
「そうだな、少々疲れているがそうも言ってられん」
「乗り物酔いにも備えていますし、移動を開始しましょう」
「これからの旅路が楽しみですわ」
「では出発ですぞ」
と言う事で、宿から出て俺達は急いで出発したのですぞ。
あと少しでシルトヴェルトの使者っぽい者達に声を掛けられそうな状況でしたな。
勇者とばれたら大義名分を与えてしまう所でしたぞ。
そんなこんなでフォーブレイに向けて俺達は動き出しました。