熟練の腕
お義父さんの言葉に、錬と樹がそれだ、とばかりに指差しますぞ。
元気な連中ですな。
「何息を合わせたみたいに俺を指差してるの」
「完全に無駄な行為ですな。錬が言った意見の効率が良いですぞ」
「いや! 乗り物酔いをした後だ。治った後は休んでおきたい」
「一昨日と昨日で散々ですからね。十分Lvはありますから採用しましょう!」
結局、錬と樹の二人が強引に午後は俺の監視という名の休息を取る事で決まりました。
いつのまにか俺が監視されるのが当然となっていますが、まあ特に気にしていません。
「ただいまー! コウお腹空いたー」
「あ、うん。じゃあ昨日狩って来た魔物の肉でも食べる?」
「うん! イワタニが捌いて料理してー」
「え……」
お義父さんが珍しく躊躇した様に表情を硬直させましたぞ。
「良いですわね。ナオフミ様の料理は私も評価致しますわ」
「わーい! サクラ楽しみー」
お義父さんは錬と樹に救いの目を向けますぞ。
二人は首を傾げています。
「何か嫌な事でもあるのか?」
「いや……魔物の死骸を丸々解体なんてした事ないよ。血抜きはサクラちゃんが勝手にやってたけど」
「一昨日はやってたじゃないか」
「あの時は元康くんがバラバラにしてたじゃないか。もはやバラ肉だったんだよ」
「なら」
錬と樹が俺に目を向けますぞ?
なんですかな?
「俺は大雑把に斬っただけですからな。この辺りはお義父さんか、解体に使う刃物という事で錬が良いかもしれませんぞ」
技能ボーナスがありますからな。
お義父さんは盾ですから技能ボーナスの倍率は少し低めかもしれません。
その点で言えば、錬は剣ですからな。
包丁などの短剣もあるそうなので、相性は良いと思いますぞ。
「市場にある解体刀辺りをコピーすればお義父さん程度には良質な解体が出来ると思いますぞ」
「俺がやるのか!?」
錬は救いを求めるようにお義父さんを見ますぞ。
お義父さんの方はブルブルと首を横に振ります。
「樹!」
「う……あの時のトラウマが」
「や、やめろ! 俺も思い浮かんできたじゃないか!」
「人がずぶりと……」
「尚文! やめろ!」
「その……イワタニ殿達は何かとんでもない経験をしてしまっているのだな」
「「「んー?」」」
何故かパニック気味のお義父さん達にエクレアが同情し、ユキちゃん達は首を傾げて見ておりました。
ここ等辺はフィーロたんを含め、フィロリアル様達共通の反応ですな。
「良く良く考えてみれば、あのような猟奇的な現場を目の当たりにして平然と肉を食べていた僕達は異常者なのかもしれません」
「腹が減ったら何でも美味いからだろ」
「錬と樹は乗り物酔いでぐったりしてたからじゃない? まさしくそれ所じゃ無かったんでしょ。俺は俺で忘れるように意識してたし、お礼をしたいと思ってたから」
「何が幸いするかわからないな」
途端にお義父さん達のテンションが下がって行きますぞ。
何をそんなに脅えているのですかな?
まあ、初めて異世界で魔物を仕留めた時の感覚を引き摺るのは良いのですが、いい加減慣れて欲しいですな。
前回も前々回もお義父さんは元より、樹や錬は慣れていましたぞ。
「魔物を倒したら血くらい出ますぞ」
「そういう事を言ってる訳じゃないんだが……」
「まあ、今回は俺がどうにか挑戦してみるから、錬も樹も慣れて行ってね。じゃないと碌に戦えもしないLvだけ高い人になっちゃうよ?」
「はぁ……こうして俺達は成長して行くんだな」
「大事な物を失って行っている様な気がします」
「いや、汚れて行くのかもしれないな。血を見ても平然となる様に……」
などと言いながらお義父さん達は出発の準備を始めたのですぞ。
それにしても血を見ても平然となる、ですか。
俺はそんな事を気にしませんな。
フィロリアル様の中には野生に生きている者も多いですぞ。
野生とは即ち、弱肉強食。
気にしていたら限がありませんな。
「夢ばかりで解決なんてしませんよね」
「そうだな。本来は……少しずつ慣れて行ったのかもしれない」
「ゲームだったら死体なんてドロップ確認しかないだろうけど、何だかんだで現実なんだね」
と、呟いたのが印象的でしたぞ。
その後は錬と樹が俺から酔い止めをもらって、お義父さんがユキちゃん達に残り物の肉で料理を披露しました。
錬と樹の食事は昼からだそうですぞ。
「エクレールさんはどうする?」
「私はイワタニ殿とキタムラ殿の護衛をしよう」
「サクラちゃんは……」
「サクラはナオフミを守るよ?」
「そっか、まあ買い出しとかにいると助かるからお願いね」
「うん!」
宿の前でお義父さんは錬と樹を乗せたユキちゃん達をお見送りしておりますぞ。
もちろん、俺も見送ります。
「尚文、ホイホイと町の連中に話しかけるなよ。お前の正体を知られたら大変なんだからな」
「わかってるって。大分強くはなってきているから心配しなくても大丈夫。むしろ元康くんの方が心配でしょ」
「……そうだな」
「俺は問題ないですぞ」
「張本人が何を言っても説得力がありませんよ」
心外ですな。
俺は真摯に事の解決に挑んでいるだけですぞ。
その為の手段は選びませんが。
「では行ってきますわ」
「行ってらっしゃい。錬や樹を落とさないようにね」
と、お義父さんが言うと同時にユキちゃん達は走り去って行ったのでした。
後姿も華麗でしたな。
「さてと……じゃあ糸を生地にしてもらいに行こうか。その後は元康くんが仕事をするのを確認してから、料理の準備をしよ」
「わかった」
「はーい」
「腕がなりますぞー」
そんな訳で天使であるサクラちゃんの従者として、俺達は糸を生地にする為に店に行ったのですぞ。
もちろん、サクラちゃんの羽のお陰であまり怪しまれずに行動できるようになりましたな。
糸を生地にする間に、俺は店で服作りの機材を借りて型紙を作成しましたぞ。
今までと同じデザインで問題は無いですな。
しかしサクラちゃんは大きくなったり小さくなったり忙しいですな。
何が条件なのか見当も付きません。
「テキパキとしてるね」
「うむ、私もこのような細かい作業の経験は無いが、キタムラ殿は熟練の腕を感じる」
生地が出来た後は宿の部屋に戻って服作りですぞ。
針に糸を通してちくちくと縫って行きます。
ミシン類を使用するのも良いですがな。細かで丈夫に作れますからな。
何分、手で縫うと粗い箇所は出てしまう物ですぞ。
それでも出来る限り細かく作って行きますぞ。
「うわー……元康くんも何だかんだいって裁縫とか上手だね」
「イワタニ殿が料理をしている時と同じような……洗練された物を感じる」
「エクレールさん、褒めすぎだって。俺の料理って結構適当に作ってるんだよ?」
「チクチクー」
なんとも微笑ましい会話ですな。
お義父さんが俺をじっと見ております。
俺はがんばりますぞ!
「サクラ退屈ー……あきたー」
「もう少しの辛抱だからね。その間に俺とゲームでもして遊んでおこうか? その後は……料理の準備だね」
「うん!」
お義父さんとサクラちゃんが部屋で遊び始めましたぞ。
エクレアは素振りをしております。
などとやっている間に時間は過ぎて行き、錬と樹が帰って来たのですぞ。
交代で錬と樹が部屋で寛ぎ始めましたぞ。
「ところで」
俺は錬に向けて尋ねますぞ。
「なんだ?」
「錬はLv上げが趣味のような所があったのですが、どういう風の吹きまわしですかな?」
「今更か……確かにLv上げは好きだが、それは十分に環境が整ってからだ」
「いつ襲われるかわからない敵国でLv上げもクソも無いですよ」
「盾の勇者的に尚文はこの国こそホームみたいだがな。戦争回避の為にフォーブレイに向かうのが先決だろ」
「最低限の強さをキープしたら……と言う事はそろそろなのですね」
「まあな。何だかんだでこんな短い時間で十分なLv上げは出来たんだ。これ以上、急ぐ必要は無い」
なんと、最初の世界や前回の錬に言ってやりたいセリフですな。
こちらの方がクールですぞ。
「後で尚文とも話をする予定だが、フォーブレイに到着した後に何をするかだ」
「ですね。一応、僕達は協力している関係ですが、尚文さんの事を考えたらこの国に戻ってくる可能性だってありますよ」
「お義父さんの過ごしやすい国ですな」
「ああ、問題である戦争を回避するためにフォーブレイへ行くんだ。メルロマルクはもう戦争所では無いかもしれないがな」
「国の上層部を仕留めた訳ですしね」
「……ああ」
錬が両手の指を交差して口元に寄せ、考える様なポーズをしております。
「やはりこの国みたいに剣の勇者を信仰する国とか、弓の勇者を信仰する国とかもあるんだろうか?」
「あるかもしれませんな」
俺も滞在する国は軽めに過ぎて行くのが大半でしたぞ。
メルロマルクは確かに大きい方の国ではありましたが、一番ではありませんし、シルトヴェルトやシルドフリーデンのような複雑な事情がある国もあります。
樹が救ったという小国や、霊亀、鳳凰が封印された地にある国などもありますし、探せばあるかもしれません。
この世界は何だかんだで広いですからな。
龍刻の砂時計だって各地にありますから、参加する場所も多くなりますぞ。
勇者達が世界中を巡る事で、波を未然に防ぐことが出来るのですし、世界中の波にそれぞれ参加していたら身が持ちません。
まさしく交代で世界の為に行動する時が来るのは確かでしょうな。
まあ、ポータルがあるので、参加自体は簡単に出来ますぞ。
「そういう意味で尚文は不運な所があるからな。少し不安だ」
「元康さんの話では、何だかんだで生存率は高い様ですから問題は無いかもしれませんよ。むしろ死亡率が高い人はだれなのでしょう?」
「樹ですな。今の所、死んだ回数は抜きん出ていますぞ」
まあ、その死亡理由の殆どは俺な訳ですが。