槍の勇者の選択
「元康くんの人生は元康くんの物なんだ。君がここで終わりにしたいなら、俺はその選択が一番だと受け入れる」
「お義父さん……」
「それに、変わった所はあるし、時々困る事はあるけど、俺は元康くんの事が結構好きなんだ」
「お義父さんのお言葉、光栄ですぞ」
「うん……こんな結末になってしまったけど、元康くんやキールくん、サクラちゃん、ユキちゃん、コウ、ルナちゃん、メルティちゃん、ラーサさん、エレナさん、ウィンディアちゃん、ガエリオンちゃん……これからも皆と一緒にやって行けるなら、俺は嬉しい」
その言葉を聞いて、俺は胸に熱い物を感じました。
「だから元康くん、君に選んで欲しいんだ」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ悩みました。
フィーロたんがいないかもしれない世界。
とても非常に悲しいですが、今日まで一緒にやってきた皆と、これからも一緒に生きて行く。
魅力的な話だと思いますぞ。
ですが、既に心は決まっていました。
俺は最初の世界でお義父さん、そしてフィーロたんと約束したのですぞ。
真に平和な世界にする為に戦う、と。
その可能性が残されているならば、俺は諦める訳にはいかないのです。
「お義父さん、俺は真の平和の為に戦い続けますぞ」
「そっか……はは……なんでかな。それが正しい選択だと思うのに、ここでお別れかと思うと悲しい気持ちになるんだね……」
お義父さんは嬉しそうな、悲しそうな、矛盾している様にも見える、複雑な表情を浮かべました。
「別れでは無いですぞ」
「え?」
「確かに俺以外の者に記憶はありませんが、この世界は次へと繋がっているのですぞ」
「……そうだね。次の世界でもう一度出会えば良いんだよね。うん、元康くん、次の世界の事は任せたよ」
「任されました」
俺は頷きます。
そう、この世界で得た物は全て無駄にはなりません。
Lvや経験、素材、知識など、全てが繋がっているのです。
そう考えてから振り返るとユキちゃんが悲しそうな表情を浮かべていました。
「元康様……つまり私達は元康様と永久の別れになってしまうかもしれませんの?」
「それは……」
「そんなの耐えきれませんわ!」
「ユキちゃん、もしもの可能性だし、まだ試していないんだから落ち付いて」
「ですが……」
「どちらにしても、こんな結末が正しいとユキちゃん達は思う?」
お義父さんの言葉にユキちゃん達は首を横に振りますぞ。
悲しい事が大嫌いなフィロリアル様達ですからな。
このような結末を選ぶよりも別の道があるのなら納得してくださるのでしょう。
「あー……残り時間の関係でフォーブレイのポータルを元康くんに渡せないのが惜しいな」
ポータルは何だかんだでクールタイムが長いですからな。
残り時間を考えるとお義父さんは使えないでしょうな。
「みんな持ってる?」
「忘れたー」
サクラちゃんがおっとりとした口調で答えますぞ。
「あたい等は霊亀だったし、持ってないねぇ」
「鳳凰の封印された国のポータルは手にしましたわ」
「じゃあ選択する前に元康くんに渡しておこう。もしも……また似たような事が起こった時、未然に阻止できる力になるから」
「あの……」
女王が手を上げて俺達の輪に入ってきますぞ。
「どうしたの?」
「経緯は理解致しました。確かにこのような結果に世界中の者達が不満を持っていると思います。ですが……勇者様方の独断で決定されると、それはそれで各国から抗議があるかと」
「まあ、そこは……時間が無いからって事でお願いします」
「……わかりました。どのような結果になろうとも、運命を受け入れるとしましょう」
女王は物分かりが良いですな。
まあ世界総人口の3分の2が失われたのですから、そういう気分になってもおかしくはないですが。
「もしも無かった事になるなら、ルナ……キールくんといろんな事をしたい」
ルナちゃんがキールを後ろから抱き締めますぞ。
それはどういう意味ですかな?
「に、兄ちゃん! なんか俺の身が非常に危険な気がするんだけど!」
「ルナちゃん、そこは少しだけ我慢してね」
「もしも槍の兄ちゃんだけどっか行くとしたら俺はどうなるんだ兄ちゃん!?」
「キールくん、安心して。言葉のマジックだから」
「無かった事になるなら、ですぞ」
「あ! そうか!」
お義父さんも考えましたな。
無かった事にならないなら、出来ませんぞ。
おや? ルナちゃんが気付いて膨れておりますぞ。
「面倒な事になったねぇ。ま、一か八かになるのは嫌いじゃないけど」
「もしも巻き戻ったとして、また何処かで会えたらよろしくね、ラーサさん」
「あいよ。アンタとの日々も退屈しないで楽しめたからねぇ。次があったらよろしく頼むよ」
さて、後はポータル位置を覚えるだけですな。
転送に参加して鳳凰の国の地のポータルを記憶しましたぞ。
ん? ライバルがこっちに来ましたな。
「ガエリオンなの! もしも巻き戻ったらお願いがあるの」
「ライバルの話は聞きませんぞ!」
「元康くん、少しは聞いてあげようよ。ガエリオンちゃんはいろんな技能を持ってるんだから」
「タクトの竜帝を殺した後の欠片を有効活用するのはガエリオンがいると便利なの!」
「……槍の勇者」
ライバルに続いて助手が俺に話しかけてきましたぞ。
こやつも俺に何かあるのですかな?
「なんですかな?」
「もしも……巻き戻るなら、お父さんを……剣の勇者に殺されない様にして欲しい」
「うん、悪くない提案だね」
「それはガエリオンが困るの!」
「なんで!?」
助手とライバルが睨み合いを始めましたぞ。
姉妹喧嘩という奴ですかな?
「ガエリオン! お父さんが死なずに済むんだよ?」
「そうなるとガエリオンがなおふみに出会えないの!」
「ガエリオンはお父さんが死んだのが悲しくないの? 阻止出来るならしたいと思わないの?」
「思わないの!」
信じられないとばかりに助手は大粒の涙を流しますぞ。
こればっかりは俺でも助手の気持ちが理解できますな。
ライバルは何を考えているのでしょうか。
「う……うわぁあああ……ん。ガエリオン……そんなこと言わないでぇええ……」
号泣する助手にライバルはうろたえ始めましたぞ。
「あー、うん、お姉ちゃんごめんなさいなの。だから、お父さんがお姉ちゃんの成長の為に隠していた事を教えるの」
「ふぇ……?」
お義父さんに宥められていた助手がキョトンとした表情でライバルを見ますぞ。
「ぬ!? や、やめい!」
声が完全に変わりましたな。
目付きも違いますぞ。
これは親の方のガエリオンですぞ。
「え?」
「ウィンディアちゃんはもう十分な程に成長……してないけど、心の支えとしていると良いね……錬を殴った事をまだ気にしてるから」
「汝まで言うのか!」
「お、お父さ、ん?」
「ち、違う。ギャウ!」
「ガエリオン……君の娘の語尾は『なの!』だよ」
「ぬ!?」
「お父さん!」
助手がライバルを抱きしめましたぞ。
「なんで? なんでガエリオンの中にお父さんが!?」
「竜帝の欠片を継承した時にガエリオンちゃんの中に入ったみたいなんだ。ウィンディアちゃんが人の世で生きた方が良いって隠してたんだよ」
「そんな――」
それから助手はぷくっと頬を膨らませてへそを曲げましたぞ。
泣いたり怒ったり忙しい奴ですな。
「まあ、あんまり話をしている余裕は無いから元康くんは……あんまり気にしないで」
「気にしないとダメなの! 槍の勇者にお願いなの! もしも巻き戻るのなら、お父さんガエリオンに力を貸してほしいとお願いしてほしいの」
「説得出来ますかな?」
「お父さんは最弱の竜帝なの! 勇者に誘われたら間違いなく手伝ってくれるの。強くなれると思うから!」
「あー……うん。そうかもね」
「汝ら、我を馬鹿にするのも大概に」
「お父さんのバカー!」
「ぬ! ウィンディアアアアアアア!」
と、助手とライバルが追いかけっこを始めましたぞ。
「えっと、まず反省会をしよう。歴史通りに進める事で俺の冤罪疑惑は晴れるけど、いろんな犠牲が出る。エクレールさんって人とかね。だから、この失敗を生かしてほしいんだ」
「わかりましたぞ」
「で、今回の一番の失敗は……錬と樹を説得出来なかった事だね」
そうですな。
全ては錬と樹……どちらなのかわかりませんが、鳳凰の封印を解いて霊亀の封印まで解いてしまった所為ですぞ。
その原因は俺達が錬と樹を説得出来なかったから、ですな。
結果はどうあれ、あやつ等は封印の解除方法を知っています。
なので止めるのは非常に難しいですぞ。
「錬も樹も自分の信じたゲームの世界に転移したと思い込んでいる。ここに鍵があると思うんだ」
「ですな。しかし説得は難しいですぞ。最初の世界の様に霊亀に挑ませて失敗させる。そして俺とお義父さんが最小限の被害で収めるのですな」
「それも手だけどね、もっと良い方法があるんだ。俺も、もしもなんて考えることがあるから、元康くんに試してほしい」
「おお! 何か名案があるのですな」
「まず元康くん、君が初めて異世界に来た時に思った事を思い出して、それが錬と樹が思っている事のはずだ」
お義父さんは作戦を立てるのが得意ですから、きっと上手く行くでしょう。
俺はお義父さんが告げる、とある方法に耳を傾けましたぞ。
「――という感じにやってみて、結果的にメルロマルクにはいられなくなっちゃうかもしれないけど、錬と樹は信じてくれると思うから」
「なるほど! それは名案ですな」
「……」
「メルティちゃん、ゴメンね。こうする事でメルロマルクの被害は最小限に抑えられると思う。元々……勇者を召喚するのが間違いだったって女王も言ってたから」
「はい……ですが……どうか、非常に不安ですが私とナオフミ様を出会う様にしてください」
「覚えていたらしますぞ」
「なんでよ! やりなさいよ!」
「まあまあ」
婚約者を抑えてお義父さんが微笑みますぞ。
という所で視界に浮かび、残り時間が減っているのに気が付きました。
「そろそろ限界ですな」
「そっか……まだあると思ったけど、一時間って意外と短いんだね」
「前回は急いで戻ってしまいましたからな。まだ少しだけ聞けますぞ」
お義父さんと仲間達が俺を見送る様に並んでおります。
「さっきも言ったけど、錬と樹を説得する時、最初に思っていた事を考えて」
「鉄は熱いうちに打てですな! お義父さんの作戦、必ずや成功させますぞ」
お義父さんは大きく頷きました。
「その作戦が成功した時には、きっとメルロマルクに留まれないと思う。だけど、未来よりも素早く良い結果になると思うから。後、タクトがフォーブレイにいるかもしれないけど、あんまり警戒しないで良いと思う。だってその時は元康くんの近くに俺や錬、樹がいる」
「ですが、タクトの残党が問題を起こしますぞ」
「それはフォーブレイの王様に頼るんだ。で、タクトのね……取り巻きは美女揃いだから上手く立ちまわれば戦争にならずに済むよ。間違いない」
「そうなのですかな?」
「うん、フォーブレイ王は七星よりも四聖が欲しいけど、我慢してる人なんだ。だからかなり無茶な要求でも通るはずだ」
「わかりました」
「まあ、フォーブレイじゃなくて別の国でも良いけどね。メルティちゃんの意見を取り入れるなら、そっちの方が出会えると思う」
なるほど。
この元康、お義父さんの願いを心に刻みましたぞ。
「最後に……元康くん、俺は元康くんに助けてもらって嬉しかった。感謝してもしきれない。なのにこんなお願いをするのは我が侭かもしれないけど、頼めるかな?」
「なんでも言ってください」
お義父さんの言葉に間違いは無いですからな。
何よりも頼まれ事とあらば、叶えずにはいられません。
「今……錬と樹は凄く後悔していると思うんだ」
「間違いなく後悔しているでしょうな」
今どこにいるかわからない錬と樹を思い浮かべますぞ。
ループしていない所を見るに、どこかで生きているはずです。
きっと青い顔で絶望しているでしょうな。
「俺達が何度も止めたのに、結局やってしまった二人の自業自得だとは思ってる」
「そうですな」
「だけど、俺は二人を助けて上げてほしいんだ」
……錬と樹を助ける?
今回のループを考えるに必要性を全く感じませんが……。
「きっと今、二人は自分を殺したい位、後悔しているはずだ。最初に、あの日に戻れたなら、こんな事にならない様に行動したいって言うと思うんだ」
あの日、ですか。
きっとこの世界に来た最初の日の事ですぞ。
俺はこれからその日にループするのです。
つまりお義父さんは……。
「もちろん心情的な理由だけじゃなくて、錬と樹を味方に付けて強化方法を実践出来れば、彼等以上に頼りになる味方はいないんだ」
確かに実現出来れば錬も樹も相当強いですぞ。
実際、最初の世界での二人は俺と同じ位強いですからな。
「だから……俺を助けてくれた様に、錬と樹を助けて上げてほしいんだ」
世界をこんな風にした錬と樹を助けて、とは。
お義父さんはやはりお優しいですな。
最初の世界のお義父さんが聞いたら、鼻で笑いそうな言葉です。
ですが、俺は今回や前回のお義父さんも尊敬してますぞ。
……ならば俺が口にする言葉は一つだけですな。
「わかりました。この元康、錬と樹を助けて見せますぞ」
「うん、ありがとう。いつも無理な事ばっかり言ってごめんね……」
俺の言葉を聞いて、お義父さんは微笑んでくれました。
「元康くん、ありきたりな言葉しか言えないけど、がんばって……例え全て無かった事になったとしても、応援してるよ」
「はい、ですぞ」
お義父さんが手を振るとみんな手を振りますぞ。
「それじゃあ、また――」
俺は選択肢の『いいえ』を選びました。
すると視界がループする時と同じように止まり、時計が出現し、槍が震えて逆回転を開始しました。
どうやら龍刻の長針でループするのは複数の条件があるのですな。
ここまで四霊を討伐するので失敗する事は無いでしょうが、過程を考えるのなら時間が掛り過ぎるのもまた事実。
ならば、お義父さんの言う通りに行動してみましょう。
善行をし過ぎると内乱が起こり、樹が俺達を目の敵にする。
結果的に四霊の暴走を引き起こしてしまう。
お義父さんの願いを叶える為に俺は再度、あの時へと舞い戻りますぞ。
前にも思いましたが、ループによって得た情報を元にお義父さんとの約束を守るのですぞ。
こうして俺は――再度、過去へと舞い戻るのでした。
メルロマルク編終了です。
次回からフォーブレイ編に移行します。