愛の狩人
「くぬ! ぬお! 天使達! やめるんだ!」
うーん……元康を封じるとあの取り巻きが襲って来そう。
事の原因である元康を封じたら良いのかも知れないが、あの三匹は止められるのか?
二匹は押さえつけられるけどフィーロがな。
失敗した場合は確実に俺の負けだ。
しかも元康は取り巻きとの戦いに集中していて動き回っている。
狙うには厳しい。
賭けの要素としてなら元康を狙った方が良いが、射程範囲から外れていて、魔力を上手く込められる自信が無い。
込めた分だけ伸びるような気がするのだけど、練習せねば出来るものも出来ないだろう。
「ごしゅじんさま……食べたい」
まだ言うか!
「フィーロちゃん!」
メルティが俺を守るように前に出て呼びかける。
「危ないから下がっていろ!」
「いやよ! 私はフィーロちゃんの友達なのよ! こんなフィーロちゃんを見捨てるなんて出来ないわ!」
こいつは本当にヴィッチの妹なのかと疑問に思う程の思いやりがあるよなぁ。
友情の為なら命すらなげうつ覚悟か……もしもメルティの命が危ないのなら俺も守ってやらねばならないだろうな。
フィーロが邪魔なら友人を敵として排除するという選択を取るのなら、メルティとリーシアを守りながら攻撃の命令を出さねばならない。
「メル……ちゃん?」
お? フィーロの奴、メルティの呼びかけに応じて顔を向けた。
よし、そのまま説得を続けるんだ。
「そうよ! フィーロちゃん! ナオフミはそんな状態のフィーロちゃんとの関係なんて望んでいないの、だから……あんな奴の力に操られないで、元に戻って!」
「ぐ……う……」
メルティの言葉を聞いてフィーロの奴、ぐらぐらと揺れながらメルティに近づいて行く。
「フィーロちゃん」
メルティは手を伸ばし、フィーロの胸を撫でようと試みる。
俺は警戒しつつ、最悪の事態に備えて魔力を練り、SPに込めて構える。
「さ、フィーロちゃん。元に……戻って」
「……」
説得完了か? フィーロが大人しくなってメルティに頭を下げた。
メルティも微笑んでいるのか、フィーロの頭を撫でている。
「――フィーロ、メルちゃんも食べたい」
「え――」
ガシッとフィーロはメルティの肩に掴みかかる。
「あ、ちょっと!?」
そしてメルティの服の下に手を伸ばして――
少々外道だがこのチャンスを逃すのは惜しい。
済まんメルティ。後で必ずこのツケは払う。
「今だ! シールドプリズン!」
「な、何を言っているの!?」
メルティごとフィーロを盾で作られた檻に閉じ込める。
大丈夫だ。きっとフィーロの良心がメルティは俺と同等として大切なものと認識しているはず。
食べると言う意味も俺に言ったのと同じで、メルティを食べ物として見ていないと……思いたい。
「ナオフミ――ちょ!」
メルティがフィーロに襲い掛かられている最中、俺の作った檻が完成した。
ぐ……魔力がごっそり持って行かれた。
これで少しの間、フィーロは閉じ込められたはず……。
「ふぇえ……王女様がぁああ!」
「メルティは尊い犠牲になって貰った。大丈夫だ。きっと」
最悪……は諦めよう。
ただ、色欲に支配されたフィーロに取ってメルティも対象に入っているのだと信じよう。
暴食に支配されていたら危なかった。
「アトラ、どうだ?」
「はい。尚文様の出した囲いが禍々しい力を断ち切ったのが感じ取れました」
「そうか!?」
それは良かった。つまり檻の中のフィーロは元に戻ったという事になる。
メルティも良くやってくれた。
「尚文様の作りだした檻はとても素晴らしいモノです。まだ所々に解れがありますが、禍々しい力は遮りました」
「ほう……」
どうやら魔力を込めるとプリズンの隙を無くせるようだ。
これは良い事を聞いた。女騎士の攻撃で簡単に壊されたが、次はそうもいかないか。要練習だな。
後は元康達だ。
フィーロの方に意識を集中していて気付かなかったけど、まだ争っている。
手伝ってやっても良いが……どうした物か。
「ぬおおおおおおおおおお! フィーロタンとオトウさんを守って見せます!」
とか。
「天使達! もうヤメるんだ!」
って騒いで凄く五月蠅い。
「もっくんはあたしの――」
「いいえ、もーくんは私のです――」
「違います。もとやすさんはボクの――」
「「「あんなメスになんてやらない!」」」
ああもう。ずっとやってろ!
仲が良いな、あいつ等。
どれもフィーロに似ているけど、アホ毛が無い。
赤いのは爪が基本だけど時々炎を吐いたりする。フィロリアルって火を吐けるのか? 魔法の一種にあるのかもしれないが。
青いのは魔法が基本だけど、羽を抜いて投げてくる。フェザーショット的な攻撃だ。
緑色のはずっと人型。羽が生えた人間みたいで斧を振り回し、魔法を放つ。一番、亜人っぽい戦い方とも言える。大人しい見た目の癖に豪快な奴。
というか、フィーロとは戦闘スタイルがどれも違うなぁ。
フィロリアルの個性か? 知りたくもない。
そんなこんなでプリズンが解けるのを待っていたのだが、効果時間が魔力を込めたからか伸びている。
普段は十五秒しか持たないはずなのに、三分は続いている。
「長いな」
「長いですね」
「ふぇえ……」
中で何が起こっているのか、想像したくもない。
この檻が消えた時に何が待っているのか。
一種の猫箱だよな。シュレーディンガーの猫だったか?
違うか。檻が解けた時にフィーロとメルティに何があるのか……。
可能性はたくさんある。
俺が閉じ込めたと同時にフィーロが我に返って大人しくしているかもしれない。
逆にフィーロに大変な事をされているかもしれない。
可能性は無限だな。
メルティがフィーロを上手く説得できたかもしれない。
そして五分経過した頃、そっと……檻は消えた。
「ふう……」
そこにはフィーロが恍惚とした表情で座り込んでいた。
羽毛が逆立ってなんか気持ちよさそう。
メルティは何処だ?
フィーロに食われていない事を祈る。
考えてみれば王女様なんだからそんな目に会っていたら俺は国外逃亡を余儀なくされる。
フィーロとメルティの友情を信じないといけない。
「お?」
メルティも生きていた。
フィーロの横で……なんかかませ犬で有名な奴が敵にやられた時のポーズで横になっている。
服は脱ぎ散らかされているので、王女の名誉の為に視界に入れないようにしよう。
「メルティ様!」
リーシアが心配してメルティの元に駆け寄る。
仰向けにして生きているかリーシアが確認すると、半笑いのメルティの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
えっと、どこかで見たような光景だ。女の子同士のゆるーい百合の漫画みたいだと思う。
「メルティ……その……本当にすまなかった。後で必ずこの埋め合わせはする……その……悪かった……」
思わず素で出た言葉だ。
まさかここまでの結末が待っているとは……想像の範疇ではあったんだが。
なんというか、咄嗟の事だったんだが……もっとうまくやれたかもしれない。
俺の無力を恨んでも良い。本当にすまなかった。
箱の中の猫は犯されていました。
中で何が起こっていたのか、それは猫にしかわからない。
ま、本人が喋ったらわかるけどさ。メルティは喋らないだろ。
そしてリーシアが転がっていたメルティの服を掛けて抱き起こす。
「大丈夫ですか!」
「うう……大変な目にあったわ」
「またやろうね♪」
「いやよ!」
我に返ったフィーロがメルティに首を傾げていた。
「調子はどうだ?」
「えっとねーなんかスッキリ」
「あれだけ暴れれば、そりゃそうだろうよ」
「ナオフミ! 絶対に後で殺すから覚悟なさい!」
「済まなかったとは思っている。相応の罰は受けよう。だが、お前とフィーロの友情を俺は信じただけさ」
もうそこまでの関係なら俺は何も言うまい。
フィーロもメルティの事が大好きみたいだし、もう二人を別つ者はいないだろう。
「綺麗事を言って誤魔化したって私は騙されないわよ! 絶対に、絶対に許さないんだから!」
「まあ……全てはお前の姉と俺が悪かったと言う事で我慢してくれ」
「ムキー!」
「メルちゃん。何怒っているの?」
「え、えっとね……そのね。フィーロちゃん。あのね」
「キスしたの怒ってるの? でも前した時は許してくれたよね」
なんだって?
コイツ等……俺の知らない所で、随分とアブノーマルな関係が進んでいたんだな。
俺も無粋じゃない。これからは遠くから見守らせてもらおう。
またの名をフェードアウトとも言う。
「あのね。その事じゃなくて」
「フィーロの初めてはごしゅじんさまだから安心してね」
なんだって?
いつのまに襲われたんだ?
いや、ありえない。寝込みを襲われてもさすがに気付くだろう。
適当な事を言いやがって。
「……フィーロちゃん。私の初めてのキスはずいぶん前にフィーロちゃんに取られちゃったんだけど……」
「でもメルちゃんがキスってどんなのかしらって言うから」
「セカンドもサードもフィーロちゃん……うう……もう母上には絶対に話せないわ」
メルティが顔を真っ赤にしてフィーロと話をしている。
怪しいとは思っていたがそこまで進んでいた訳か。
良かったなフィーロ、もはやお前とメルティは親友を超えた関係だよ。
だから、俺を相手に発情するなよ。メルティで解決しろ。
フィーロの初めて? キスか?
俺? えっとー……思いっきり舐められた覚えがあるが、あれか?
うえ……そのカウントだと俺もキスされた事になるのか……。
「メルティ」
「何よ!」
「フィーロのはノーカウントにしよう。俺とお前の決まり事だ」
「ふざけないで!」
「別にふざけてはいないぞ」
俺はイヤだ。
気にしない方向でメルティにも合意して貰わないと事実の物となってしまう。
「余計悪いわよ!」
「で? どうなんだ?」
「うう……わかったわよ!」
「よし。じゃあ次の行動に移るか」
ふむ、良く見るとフィーロの張った結界も解けているな、このまま逃げ切る事は出来そうだ。
元康の方は……まだ、戦っている。俺たちの方に飛び火しないのが奇跡だな。
どうした物か。
あのまま放置していると何時までも戦っていそうだ。
で、下手にまたスキルを使われるとシャレにならない。
「フィーロ」
「なーに?」
艶が良くなっているフィーロに俺は命令する。
「元康に向けて俺の言う通りに言え」
「えー……やー!」
まったく、理性が戻っても反抗的な奴。
「じゃないと元康にまた操られるぞ。今度こそ助けてやらないからなぁ……気付かない内に、元康に何をされるか――」
「や、やー! ごしゅじんさま! どうしたら良いの!?」
「俺の言った通りにするんだ」
「何言わせるつもりよ」
ぼさぼさの格好のメルティが魔法で体を清め、服を着直して尋ねてくる。
「ああ、実はな――」
「やめるんだ!」
元康はずっと取り巻きの説得を続けている。
原因はお前だ。その取り巻きはどうやらお前の事が好きみたいで、フィーロに嫉妬しているんだ。
と、言っても聞かないだろうから、冷静になったフィーロに解決して貰う。
「あのねー! 槍の人聞いてー!」
フィーロの声に元康が振り返る。
嬉しそうな顔をしているが、打ん殴りたくなるな。
「ハーい! なンですかフィーロタん!」
「えっとね。フィーロはプラトニックな人が好きなの、世界が真の平和になるまでそう言うのは考えないようにしてるのー。他にもね、なんだっけ? えっとね、誠実でね、皆に優しくてね、ズルをしなくてね、賭け事はちゃんと釣りあった条件でしてね。後ね、約束は表面だけじゃなくて、しっかり守ってー」
ここぞとばかりに元康に対する不満をフィーロに言わせる。
これで改善されれば良いんだが……。
尚、フィーロの好みに関しては嘘だ。
さっきまでメルティに襲い掛かっていた奴では説得力皆無だ。
この状態だって、直ぐに解けてしまうかもしれない。
言わば賢者タイム中のフィーロに言わせているような物だ。
しかしフィーロ、一つ抜けているぞ。
「あ! 最後にね、人の話はちゃんと聞いてー。特にごしゅじんさまの命令は絶対に聞いてね。後ね、世界が本当に平和になるまでフィーロにつきまとわないで!」
最後のは俺が言った内容では無いんだが……。
妙な所で知恵を付けやがって。
「そ、ソウナのですか!? フィーロタン!」
よしよし、元康の懐柔に成功した。
後はフィーロ、奴の槍を変えるだけだ。
「だからー……」
フィーロが目を泳がせて俺に視線を向ける。
教えた事を忘れたな。鳥頭が。
「あっ。そうそう、その槍を別のにしないとー嫌いになっちゃう! 特にその槍にしたらダメー」
「そ、ソンナ! わかりました! ワタクシ、元康。この槍には絶対に変えません!」
フィーロの言葉に元康はサッと槍を別の槍に変えた。
素直な奴……アッサリ過ぎる。
というか、そんな簡単に変えられるのかよ。
元康が槍を変えた瞬間、取り巻きは電池が切れたように地に倒れる。
これで静かになった。
「さて……」
俺はフィーロに次の伝言を吹き込む。
「えっとー……フィーロはー、世界の為に戦う勇者が好きなのーだから自分の罪に向き合って、女王様に自首してー」
「わかりました!」
もう元に戻っているはずなのに元康の奴、なんかおかしいな。
「元康ー」
「なんですか、お義父さん!」
「……こいつは何に見える?」
また、メルティを指差す。
「青い子豚です」
戻ってねー!
でも槍は普通の槍だ。
カースシリーズの影響じゃないのか?
俺が味覚障害だった時のように、視覚と聴覚の障害か?
でもフィーロに救われたなら治っても良いはずなんだが。
まあ、良いか。
「お義父さん、これから私元康は真に世界を平和にする為、そしてフィーロたんの心を射止める愛の狩人となって貢献する事を誓います」
また訳のわからない事を……。
「……とりあえず、城へ行け。そして二度と帰ってくるな」
「わかりました! さあ行こう! 俺の天使達! ポータルスピア!」
一瞬で元康達は消えた。
これで静かになる。
「俺たちも帰るか。疲れた」
「そうね……ナオフミ、絶対に許さないわよ」
「わかっている……」
メルティもしつこいなぁ。
まあしょうがないとも思う。
謝罪しても足りないとは思うが、あの時はああするしか無かった。
メルティが本当に困った時、必ず駆けつけるから許してくれ。
これにて一件落着。
か?
「尚文様の手腕、素晴らしかったですわ」
……アトラが適当な事を言っている。
もう帰ろう。
フィーロの発情期は、報酬として抑えて貰えるだろうし、こんな所だろう。
「うう……フィーロの馬車がー……」
「お前がやった事だ」
「馬車ー……」
「はぁ。後でまた買ってやるから、元気だせ」
「わーい!」
「ふぇえ……しばらく馬車に乗りたくないですぅ……」
「奇遇だな。俺もだ」
と、まあこんな感じでその日は村に帰った。
今日は、この世界に来て一番疲れた気がする。
なんか陽の光が眩しかった。