第七話 誰のために
俺に集まる視線を気にした様子も無く、メポルは説明を続ける。
「本来は、少女は魔法少女に、少年はヒーローになるメポ。けれど、黒奈は魔法少女になったメポ。少年が魔法少女になる事に前例が無い訳じゃないメポ。けど、誰もが変身が五分と持たなかったメポ」
変身をする事にも魔力を消費する。それを維持する事にももちろん魔力を消費する。戦闘をすれば、更に魔力は消費される。
それは、契約者ならば誰もが知ってる事だ。
「黒奈の変身は戦闘していても長時間持続可能メポ。それを可能にしているのが、本人の強い意志と特異点としての力メポ」
「本来ならば有り得ない変身を可能にしている。その上、複数のフォルムチェンジの所有。以上の事を可能性の特異点は可能としています。勿論、本人の意思と素質が大きく影響してますけれど」
「それを加味しても、可能性の特異点の力は絶大メポ。それこそ、可能性の範囲内なら何でも有りメポ」
ここまで言われれば、ヴァーゲが可能性の特異点を持つ意味が分かって来る。
可能性の範囲内なら何でも有りという事は、三つの世界が統合される可能性があるのなら、それが実現されてしまうという事だ。
「ヴァーゲに勝算があるにせよ、無いにせよ、世界に多大な影響を及ぼす事は間違いないメポ。我々は、必ずヴァーゲの企みを阻止する必要があるメポ」
「……理屈は分かった。けど、実際どうするんだ? ヴァーゲってやつの前情報聞いた感じ、善と悪のつり合いが取れて無いと攻撃が通らないんだろ?」
「君達はヴァーゲと戦う必要は無いメポ。君達には装置の破壊をお願いしたいメポ」
「装置は三つ。支柱と皿が二枚。これらの破壊が貴方達の仕事です。ですが、この装置も相当の力が働いているはずです。善悪相当の取れた攻撃でなければ破壊は不可能でしょう」
「相当の取れた攻撃って、そんなのどうやって……」
「ヒーローとファントムで共闘するメポ。上手くお互いの力の出力を合わせて同時攻撃で装置を破壊するメポ」
メポルの言葉に、集まったヒーロー達は騒めく。
それはそうだ。今までいがみ合ってきた相手と、急に一緒に戦えと言われても素直に頷ける訳がない。
けれど、それでは世界を救う事なんて出来ない。ヴァーゲは、妥協して戦って勝てる相手ではない。それは、戦った俺が一番良く分かってる。
本当なら、いの一番に手を上げたい。手を上げて、一緒に戦うと言ってやりたい。ファントムとだって友人になれた。一緒に戦う事だって出来る。分かり合う事だって出来る。皆はまだ、本気で想いをぶつけあってないだけなんだ。
だから、手を上げて戦うと言いたい。言ってやりたい。
それなのに、俺の手はまるで重りがついたように上がらない。声だって、喉に蓋をされてるみたいに出てこない。
だって、俺はもう戦えない。戦えない俺が戦うって言って何になる? 戦えないくせに大口を叩くなって言われるに決まってる。戦うのは俺じゃ無くて皆だ。戦えない俺には、そんな無責任な事は言えない……。
会議室が騒めく中、すっと手があげられる。
「わたし、やります!」
手を上げたのは、桜ちゃんだった。
皆が難色を示す中、桜ちゃんだけが確かな意思を持って戦う事を宣言した。
「世界を救うとか、ちょっと壮大過ぎて実感湧かないですけど、大切な人を護りたいって気持ちだけはずっとあります。ファントムの皆さんと一緒に戦って大切な人が護れるなら、わたしは迷いません。わたしは、いがみ合うために魔法少女になった訳じゃない。わたしは、大切な人を護るために魔法少女になったんですから」
毅然とした態度で、桜ちゃんは皆の前で言ってのける。
おそらく、この中では一番の若輩者が桜ちゃんだ。チェリーブロッサムはそんなに有名なヒーローではない。そんな桜ちゃんが堂々と、彼女にとって当たり前の想いを告げて手を上げた。
そんな彼女を見て、何も思わない者はこの中にはいないだろう。
ヒーローに魔法少女になった時の、その後見つけた戦う理由を、この場に居た皆が思い出す。
「……そうだな。俺達も護りたい人が居るしな」
「そうね。私も、家族や友人を護りたいし」
口々に、彼等は戦う事を表明する。
それは彼等が護って来たもの。彼等がこれからも護りたいもの。
誰と手を組んだとしても、どんな状況になったとしても、それが揺らぐことは無い。それは、彼等にとって当たり前の護りたいものなのだ。
「皆……ありがとうメポ」
「では、早速ですが訓練を開始しましょう。ヴァーゲの指定した時間まで猶予がありません」
早速、攻撃の威力とタイミングを合わせるための訓練へと移ろうとしたその時、深紅がメポルに言う。
「メポル。一つ聞いて良いか?」
「良いメポ」
「俺達の役割は分かった。けどヴァーゲは誰が相手するんだ?」
それは、至極当たり前の質問。
皆の役目は装置を破壊する事だ。しかし、それなら誰がヴァーゲと戦うというのだろうか?
ヴァーゲは装置が壊されるのを黙って見てはいないだろう。それに、敵はヴァーゲだけではない。ヴァーゲの側についているファントムだって邪魔をしてくるはずだ。そうなった場合の対処を、まだ聞いていない。
「ヴァーゲの相手は和泉深紅、お前にお願いするメポ」
深紅の問いに、メポルは即座に答える。
「誰かと一緒にか?」
ちらりと、深紅はレーヴェを見る。暗黒十二星座の中で深紅と肩を並べて戦えるのはレーヴェしかいない。深紅とレーヴェのタッグで戦うのが最善だろう。
「いや、お前一人だけメポ」
けれど、俺の予想とは裏腹に、メポルの出した答えは無謀極まるものだった。
「分かった」
無茶だ。そう声を上げようとした時、深紅は心得たとばかりに頷いた。
その姿に気負いはなく、ただ与えられた役目を落ち着いて受け入れていた。
なんで……深紅、あんなにボロボロにされたのに……。
「方針は決まったメポ! 今からは一分一秒たりとも無駄には出来ないメポ! 早速訓練に移るメポ!!」
メポルの号令で、皆が会議室から出て行く。
けれど、俺はその場から動けずにいた。
だって、俺は戦えない。訓練だって出たところで意味が無い。そもそも、俺は関係者だから特別にこの場所に居るだけだ。事の次第と、少しの事情を教えて貰っているだけだ。
「黒奈。帰りましょうか」
母さんが深紅の両親と一緒に俺の元へやって来る。
「うん……」
「「お姉ちゃん……」」
「ごめんね、二人とも。俺、帰らないと」
名残惜しそうにする二人に、優しく言葉をかける。
「二人とも、頑張ってね」
最後にそう告げて、会議室から出て行こうとすれば、俺の前に誰かが立ち塞がる。
「……」
そこには、不機嫌さを隠そうともしない深紅が立っていた。
「深紅……」
「ちょっと来い」
それだけ言って、深紅は先に会議室から出て行く。
少し逡巡してから、俺は母さんに言う。
「ちょっと待ってて。深紅と話してくるから」
「ええ」
母さんに言ってから、深紅を追いかける。
深紅は俺が着いてきているかどうかの確認もせずに、さっさと歩いている。
少しだけ、珍しいと思う。深紅はどんな時だって相手を思いやれるやつだ。そんな深紅が、後ろを振り返る事無く歩くのは、少しだけ珍しい。まぁ、相手が俺だからかもしれないけれど……。
俺達がたどり着いたのは警察署内に複数ある会議室の一室だった。
「勝手に入って良いの?」
「許可はとってある。好きに使えだとさ」
言って、深紅は手近にあった椅子に座る。
俺は少しだけ離れた位置に座る。
深紅は俺の方を見ることなく言葉を切り出す。
「このまま終わるつもりか?」
静かに、けれど、どこか責めるような声音で深紅は言う。
「……俺には、もう何も出来ないでしょ」
「決めつけるなよ」
「出来ないよ。だって、もう魔法少女になれないんだもん……」
「だから何だよ」
少しだけ、深紅の声音が強くなる。
「諦める理由なんて考えんなよ。そんな事考えるくらいなら、何も考えないで戦えよ」
今度こそ、俺を責める言葉。
無意識に握り締めていた拳を机に叩きつけてしまう。
「戦えないんだよ俺は!! 分かるでしょ!? 魔法少女になれないんだから、戦えるわけないじゃん!!」
「もう一度言ってやる。だから何だ。お前が言ってんのは戦わない理由だ。魔法少女になれないからなんだ。それは戦えない理由じゃ無いだろうが」
「魔法少女に変身も出来ないのに戦えるわけないだろ!? ヴァーゲにも、普通のファントムにだって勝てっこない!! そんな俺に……いったい何が出来るって言うのさ!!」
「少なくとも、俺達に出来ない事はある」
深紅はそこでようやく俺に視線を向ける。
「花蓮ちゃんを助ける事だ」
「だから、魔法少女になれなきゃ――」
「そんなの関係無いんだよ!!」
深紅が、感情のままに俺の言葉を遮る。
「魔法少女になれない? ああそうかよ。そりゃ辛いだろうよ。長年付き添ってきたものが無くなったんだ。辛く無い訳無い。で、だからどうした? お前は魔法少女になれなきゃ戦えないのか? ブラックローズじゃなきゃ、花蓮ちゃんは救えないのか? 違うだろ」
怒りを面に出して、深紅は俺の胸倉を掴む。
「花蓮ちゃんへの感情が無くなった? だから何だよ。そんなもの無くなって、花蓮ちゃんがお前の妹である事に変わりは無いだろ。お前達が過ごしてきた時間が消える訳じゃ無いだろ。お前達の信頼も、愛情も、過ごしてきた時間も、交わしてきた言葉も、ぶつけてきた感情も、全部なくなった訳じゃ無いだろ!!」
「……っ」
「こんな事してる間にも、花蓮ちゃんは怖い思いをしてるはずだ。お前は魔法少女の前に、花蓮ちゃんの兄だろうが! なら、お前が戦わない理由なんて無いだろ!! お前は――」
真剣な深紅の声音。深紅は、叩きつけるように俺に問う。
「お前は何のために魔法少女になったんだよ!!」
「――ッ!!」
思わず、息を呑む。
……そうだ。そうだよ。俺は、花蓮の――
「俺は……妹のために魔法少女になったんだ……」
その事実はいつだって変わらない。その想いだけは変わらない。奪われたって、変わらないものなんだ。
「それが分かってるなら、止まってる場合じゃ無いだろ」
「うん……うん……っ」
深紅が手を離す。
「一緒に戦おうぜ。これ以上、花蓮ちゃんを一人にさせないためにさ」
離した手を、今度は俺に差し出す。
俺は、迷わずにその手を掴む。
「うん!」
頷いた俺を見て、深紅は表情を緩める。
「お前は花蓮ちゃんを助ける事だけを考えろ。他は全部俺達がやるから」
「え、でも……」
「心配すんなって。世界くらい、俺に……いや」
言って、深紅は扉の方に歩く。
そして――
「俺達に任せろ」
――扉を一気に開く。
「わわっ!?」
「ちょっ、押さないでよ!」
「「倒れる倒れるぅ!!」
深紅が扉を開ければ、人が雪崩のように会議室に倒れ込む。
「み、皆!?」
誰かいるなんて思わなくて、普通に驚いてしまう。
桜ちゃんに碧、乙女に美針ちゃんに……って、俺の知り合い全員大集合してない!?
「出歯亀とは感心しないが……まぁ、あれだ」
笑いながら、深紅は心底楽しそうに言う。
「こんだけ仲間がいるんだ。世界くらい、救えなきゃ嘘だろ」
「……ふふっ。うん、そうだね」
「く、黒奈さん!! わたしも頑張りますよ! 花蓮ちゃんを絶対に助けます!! って、重いです!! 上の人速く退いてぇ……!!」
「私だってやるわよ黒奈!! あんたの代わりに、ヴァーゲの奴ぶん殴ってやるんだから!! ちょっ、誰よお尻触ってるの!! 男だったら承知しないんだからね!?」
「くーちゃん! アタシも! 凄く、迷惑かけたけど……くーちゃんを護りたいって思いはずっと変わってないから!! 今度は……今度は花蓮ちゃんも、皆も助けるから!! ……因みに戦のお尻触ってるのアタシ。もみもみ」
「もみもみじゃ無いが!?」
「私も頑張りますわ!! 花蓮さんとは良いお友達になれそうですもの!! それに、世界が無くなってしまったら、私とお姉様の楽園が作れませんわ!! それはそうと、私も乙女先輩のお尻を触っていますわ。わしわし」
「わしわしじゃ無いが!? いい加減放しなさいよあんたら!!」
「「もみもみ、わしわし」」
「止めろって言ってんでしょう!?」
「「お姉ちゃん!! 僕も頑張るよ!! えいえいおーだよ!!」」
「ツヴィ、リング! あんま動くな!! くっそ……おいレーヴェ笑ってないで助けろって!!」
「言葉の割には楽しそうだな、シュティア。しばらくそのままで良いんじゃないか?」
「言いわけあるか!!」
「……うぐぅ……し、死ぬぅ……」
「ちょっ、く、クレブスの顔さ真っ青だぁ!? だ、誰か! えーせーへー!!」
「……何やってるのよ貴方達……良かった、離れてて……」
「アクアリウスも参加してはどうです? 今なら一番上が空いてますよ?」
「遠慮しておくわ。死人が出そうだし……」
「一番上にはメェが座っておくメェ」
「げっ!?」
「ぐえっ!?」
「ぐぅっ!?」
「ふふふっ、なんだか気分が良いメェ」
「降りろツィーゲ!! お前まじでぶっ殺すかんな!!」
「ははははははははっ」
「笑ってないでどいてくださいまし!!」
「うぐっ……中身、出そう……」
「え、ちょっと!? 止めなさいよ浅見!! あんた私の上で吐かないでよ!?」
会議室は阿鼻叫喚。時間は無い。勝てる見込みだって無い。けれど、どうしてだろう。
わーぎゃーと騒ぐ皆を見て、締まらないなと思いながらも、凄く心が温かくなった。
皆がいるだけで、不思議と負ける気がしなかった。魔法少女になれなくても、何とかなる気がしてくる。
ああ、そっか……不安だったのは、戦えないと思ったのは、一人で何とかしなくちゃいけないって思ってたからだ。
「そっか……頼って良いんだ……」
「当り前だろ馬鹿」
「痛っ」
呟いた俺の頭を、深紅が呆れたように叩く。
「誰だって、一人で出来る事なんてたかが知れてるんだよ。俺だって、出来ない事の方が多い。でも、それをお前や碧、母さんや父さん、姉さんが支えてくれたから、ここまでやってこれたんだ」
はっきりと言いながらも、少しだけ照れ臭そうにしている深紅。その頬がいつもよりも赤いのは、それを本人達が聞いているからだろう。
廊下の方から、母さん達の笑い声が聞こえてくる。多分、この惨状も見えていて、深紅の声も聞こえているだろう。
「一人で戦う必要なんてない。人は一人じゃ戦えない。誰かに支えられて生きてるんだ。それを俺に教えてくれたのは間違いなくお前だよ、黒奈」
「……そうなの?」
「そうなの! ……とにかく、花蓮ちゃん以外の事は全部俺達に任せろ」
「うん……ありがと、深紅」
「気にすんな。こんな事さっさと終わらせて、終わったら皆でぱーっとやろうぜ。碧の家に集まって、いつもみたいに飯でも食おう」
「さ、さんせー……」
人の山の中から、碧が声を上げる。
そんな碧を見て、深紅が堪えきれないとばかりに笑う。
つられて、俺も笑ってしまった。
一度負けたのに。花蓮を、感情を奪われたのに……なんでだろう。皆と居ると、負ける気がしなかった。