短編 ハッピーバレンタイン2020
ハッピーバレンタイン。
そう言えば、100万PV突破しました。ありがとうございます。
これほど愛していただいて、嬉しい限りです。
-高校一年 冬 2月14日ー
バレンタイン。一日中男子がそわそわして、一日中女子もそわそわしたりする日。だと、俺は思っている。
「皆そわそわしてるね」
「まぁ、バレンタインだからな」
いつも通りの休み時間。俺と深紅は携帯ゲームをしながらぼうっと話す。
俺と深紅は別段そわそわしたりはしない。深紅は毎年貰ってるし、俺だって、花蓮との仲は上手くいってないけど、チョコは毎年貰ってるし、なんなら碧からも貰えるし。
別段気になる女子もいないし、誰かから貰いたいとも思わない。そりゃあ、チョコは美味しいから貰ったら嬉しいけど、年中食べられるもので一喜一憂したりしない。
と、言ったけれど、俺は先程クラスメイトの女子に貰った棒状のクッキーにチョコレートがコーティングされたお菓子を食べる。そう、義理チョコ貰ったからこの余裕なのだ。もう貰っちまったもんね~。
一つ貰ったからいいや。他人と競うつもりも無ければ、深紅と競うなんて馬鹿らしい。だって勝てないし。勝てないの知ってるし。
俺は勝者の余裕を持ちながら、深紅とゲームに興じる。
ふと、近くの席に座っている男女の会話が耳に入る。
「なぁ、勝負しようぜ」
「はぁ、勝負? なんの?」
「今日バレンタインだろ? チョコを渡すシチュエーションで誰が一番ロマンチックかを競おうぜ!」
「何馬鹿な事言ってんの?」
聞こえていた俺も思うけど、何馬鹿な事言ってんの? ついにチョコレートを貰えなくてとち狂ったかと思ったけれど、深紅はくくっと楽しそうに笑っている。
「どしたの?」
「いや、あいつ上手いなと思って」
「上手い?」
「ああ。ああやって遊びだって言っとけば、チョコ渡しやすいだろ? 今は逆チョコってのも流行ってるし、流れでついでにやるよって出来るしな」
「ほう、なるほど」
なるほどなるほど。馬鹿じゃ無かったのか。すまなかった。
「けど、感付く奴は多いだろうけどな。わざわざバレンタインって言ってるし。何人か心得たった顔してるしさ」
馬鹿だった。やっぱり馬鹿だった。
それでも、ちょっとおもしろそうだなと思いながら耳を傾ける。
「じゃあ、言い出しっぺのお前からやってみろよ」
「よし、任せろ!」
言って、懐からチョコレートを取り出す男子。どっから出してんだ。
「用意周到過ぎる……」
俺が呟けば、深紅はおかしそうにくくくっと笑う。これ深紅楽しんでるな。
「まずシチュエーション」
「おう」
「隣の席の奴が――」
「お前の席両隣男だけど良いのか?」
「――リアルを持ち込むな!! 俺はシチュエーションの話をしてるんだ!!」
「なに、俺にチョコくれんの?」
「やらん!!」
男子生徒の隣の席と思しき男子が遠くから茶々を入れる。そのせいで、教室中の視線がその男子に集まっているけれど、まるで気付いた様子が無い。
深紅は腹を抱えて笑うのを堪えてる。大声で笑わないのは、笑ってしまうと寸劇を止めてしまう可能性があるからだろう。
クラス中の視線が集まる中、男子は続ける。
「隣の席のな、ちょっとつんつんしてる女子に――」
「そこまでこだわるのか?」
「――お前はもうシャラップ!! 最後まで聞けってばよ!」
「へいへい」
「おほんっ! 気を取り直してな。その女子から、こうすっと渡される訳だよ」
「ほうほう」
「そんで、目を逸らしながら彼女が言うんだ。と、隣の席のよしみであげる……って」
言いながら、隣にいる女子にチョコを渡す男子。ほう、彼女にチョコを渡したかったわけか。
「おー、確かにつんつんしてる子が多くを語らずに取り繕いながらチョコを渡すと言うシチュエーションは萌えますなー」
一人の女子がほうほうと頷きながら同意する。
「だろ!? 女子にしろ男子にしろ、良いよな!?」
「うん。あ、そうだ! 和泉くーん! ちょっと聞いて~!」
一人の女子が、深紅を呼ぶ。
深紅は笑い涙を拭いながら女子の方を見る。
「なに?」
「え、なんで泣いてんの?」
「気にしないで、笑い涙だから」
「そっかぁ」
なんとなく察したのか、女子はそれ以上は聞いて来る事は無かった。
「和泉くんさ、アタシの隣に座ってさっきのシチュエーションでチョコ渡してくれない?」
女子がそう言えば、他の女子も何かに気付いたようにはっとしたような顔をする。
「えぇ……」
深紅も何かに感付いたのか、渋い顔をするも、直ぐにいつもの笑みを浮かべて言う。
「じゃあ、俺が一番良いと思ったシチュエーションを提案してくれたら良いよ」
深紅がそう言えば、周囲の女子達の眼が得物を狙う猛禽類のようにぎらぎらと輝く。
「よっし! 言質取ったからね!」
「これまで温めていた私のシチュエーションフォルダが火を噴くわよ!!」
「和泉くんからチョコを貰える絶好のチャンス!! 逃すわけにはいかなわい!!」
深紅の言葉に、昂る女子達。や、昂るっていうかなんか暴走してるような気がするけど……。
「くっ、俺も便乗して渡そうと思ってたのに……!! 畜生! 悔しいから俺も便乗してやる!! 俺が優勝して、男が男に渡すだけの虚しい光景を生み出してやる!!」
「お前の執念怖いわぁ……ま、面白そうだし俺もやるわ」
「俺も俺も! 和泉、覚悟しとけよー!!」
女子だけではなく、男子達も参加表明をする。
なんだかちょっとしたお祭り騒ぎになってるなぁ……。
「いいの、深紅?」
「ああ。優勝者は決まったようなもんだからな」
「へ? そうなの?」
「ああ」
くくっと楽しそうに笑う深紅。
誰が優勝するか。なんて、聞いても答えてくれないに違いない。深紅が言ってしまえばそれは完全に出来レースになってしまうのだから。
わいのわいのとチョコレートを貰うシチュエーションを発表しあうクラスメイト達。と言っても、そう言うのが苦手な人もいるので、クラスメイト全員が参加している訳では無い。
静観していたり、俺みたいにゲームをしていたりだ。あ、レアアイテムゲット。
「見て、深紅。排出率三パーを勝ち取ったよ」
「お、ほんとだ」
深紅に自慢しつつ、俺も彼等のシチュエーションをちゃんと聞いている。
後ろからハグからのチョコを渡すだったり、キスをしてからだったり――って、キスって言った人男子なんだけど!? それ実行する深紅の顔も若干引き攣ってるんですけど!? ていうか言ってる本人も顔引き攣ってますけど!?
死なばもろとも精神なのか、それとも雰囲気にあてられたのか、完全に余計な事口走ったって顔してる。
どうするんだろう。キスが入ってるシチュエーションが優勝したら、深紅本当にキスする事になるんじゃ……。
なんて思って深紅を見るけれど、深紅は苦笑はしているけれど、焦っている様子は無い。余程優勝候補に自信があるのだろうか。
わいのわいの。お祭り騒ぎになりながらも、全員がシチュエーションを言い終わった。
結構面白いのあったなぁと思いながらも、俺は変わらずお菓子を食べながらゲームをする。
「さぁ和泉くん! 誰のシチュエーションが良かった!?」
爛々と目を輝かせたクラスメイト達。そんなクラスメイト達に深紅は言う。
「いや、まだ出揃ってない」
「え? 皆ー、もう言ったよね?」
「ああ」
「うん」
「言った、と思うけど……」
誰も未発表の人はいない。だと言うのに、深紅は笑みを崩さない。
「いや、参加者はもう一人いる」
言って、深紅は俺を見る。
え、まさか……。
「な、黒奈?」
「えぇ……俺も?」
「ああ、お前もだ。俺だけ巻き込まれるのは癪だからな」
深紅が言えば、クラスメイト達はなるほどと頷く。頷くんじゃない。
「面倒なんだがー」
「いーからーから」
「ゲームしたいんだがー」
「ゲームは後でもできるだろ?」
言って、深紅は俺からゲーム機を奪う。むー。
観念して、俺は一つ溜息を吐いてから考える。
シチュエーションって言ってもなぁ……別に深紅にチョコ渡したとしても適当だし……。あぁ、なんだ。適当で良いじゃん。
俺は咥えていたチョコを折ってから、深紅の口に突っ込む。
「「「「「「「「「「――ッ!?」」」」」」」」」」
クラスメイト達が何やら驚いてるけれど、俺はにっと笑って深紅に言ってやる。
「深紅になんて、これで充分だろ?」
「「「「「「「「「「優勝」」」」」」」」」」
「はぁっ!? なんで!?」
俺の言葉の後に、クラスメイト全員が口元を抑えながら優勝と言う。
「てぇてぇ……てぇてぇよぉ……」
「ううっ、なんていう破壊力なの……」
「これが、幼馴染パワー……強い、強すぎる……!!」
「良いなぁ、俺もあんな可愛い幼馴染欲しかった……」
「良いもの見れた。動画を撮っておいて良かったと思う、アタシなのであった」
「はっ!? 今の動画撮ってたの!? って、碧なんでうちのクラスにいるの!?」
いつの間にかクラスメイトに紛れてスマホを俺に向けていた碧は、甘いものを食べ過ぎてしまったかのように口元を抑えながら俺を見る。
「外から面白い話が聞こえてきたから、ずっと見てたよ。深紅が関与してるからくーちゃんが巻き込まれるって確信してたよ」
うぅ、良いのが撮れたと言って、碧は教室から出て行った。って、戻って碧! 動画消してー!!
「深紅!! お前碧が居るって知って――むぐっ!?」
文句を言おうとした俺の口に、深紅は咥えていたチョコを折ってから突っ込んできた。そして――
「黒奈になんて、これで充分だろ?」
――先程俺が言った言葉を、心底楽しそうに言った。
こ、い、つぅぅぅぅぅぅううううううううう!! こうなるって分かっててやりやがったな!! 元々俺を優勝させるつもりだったから、あんなに余裕綽々だったのか!!
「~~~~~~っ!! し、深紅!!」
「なんだ?」
楽しそうに笑う深紅に、俺は目一杯の悔しさと、精一杯の反意の気持ちを込めて言ってやる。
「来月は三倍返しだからな!!」
「「「「「「「「「「可愛い……てぇてぇ……」」」」」」」」」」
「なんでだよ!!」
ううっと口元を抑えるクラスメイト達。今のどこに悶える要素があったんだ!? 結果的に負け犬の遠吠えだからねあれ!?
「三本で良いって事か?」
「良くない!! 美味しいカフェでケーキでも驕れ!!」
「はいはい、分かったよ。それじゃ、その時は花蓮ちゃんも誘うか」
苦笑しながらそう提案してくる深紅。
「……うん」
花蓮と一緒にケーキを食べるのは、仲直りのきっかけになるかもしれない。
もしや深紅、これを見越して……って、無いか。さすがにそこまでは無い無い。
ていうか、なんだよこの雰囲気。これじゃあ出しづらいだろ……。
「深紅」
「ん、なんだ?」
一つ溜息を吐いてから、俺は鞄からラッピングされた小包を取り出す。
「ハッピーバレンタイン。まぁ……いつもの感謝のしるしって事で」
気恥ずかしく、そっぽを向いて渡す。
「「「「「「「「「「尊死するわ……」」」」」」」」」」
「だからなんでだよ!!」
ばたんばたんと倒れていくクラスメイト達。
そんな彼等を見ながら、深紅は腹を抱えて笑っていた。
結局、この騒動は深紅の一人勝ちって事で幕を閉じた。来年はぎゃふんと言わせてやる。