短編 クリスマス
メリークリスマスな短編。特にオチはありません。メリークリスマス。
十二月二十四日。世間はクリスマスイブ。
町はイルミネーションで色めき、恋人達が仲睦まじく肩を寄せ、子供達は特別な日を前に心を躍らせる。冬季でもっとも心躍らせる日だ。
そんな日に、もちろん高校生である彼等も心躍らない訳が無く、笑顔を浮かべた少年が一人の少年に嬉しそうに声をかけた。
「ねぇ、深紅。付き合ってよ」
しかし、声のかけ方は間違えていた。
あれだけクリスマスムードにあてられて騒めいていた教室が、一瞬の内に静まり返った。
しかし、鈍感少年こと、如月黒奈は気付かない。気付くはずもない。なんか静かになったなー程度の認識しかない。
一瞬で特大の爆弾を投下した事に気付かない質の悪さに、黒奈に声をかけられた少年、和泉深紅は深い深い、それこそマリアナ海溝よりも深い溜息を吐いた。
「……お前は……」
「ん、どうしたの?」
きょとんと可愛らしく小首を傾げる黒奈に、深紅は頭痛がし始める始末。
「ついに」やら「とうとう」やら、失礼な言葉が聞こえ始めたところで――後、教室の扉の方からハイライトの消えた瞳でジッと見てくる彼らの幼馴染である、若干黒奈に対してヤンデレ気質のある少女、浅見碧を視認したので――おほんと咳払いをしてから弁明をする。
「あー……で、黒奈。俺はどこに付き合えば良いんだ?」
「ショッピングモール! ケーキと、あと花蓮へのプレゼント買いに!」
「なるほど、了解した。ショッピングモールに付き合えば良いんだな?」
「うん」
わざとらしく少しだけ大きな声で言う深紅に、周囲の者もようやっと納得したのか各々の会話に戻って行った。
唯一、碧だけはそのまま歩を進めて二人の元へとやってくる。
「くーちゃんっ! それ、アタシも行って良い?」
「わっ、碧!」
碧に後ろから抱き着かれ驚く黒奈。
因みに、深紅からは丸見えだったのだけれど、邪魔すると碧が煩いので好きなようにさせた。
三人一緒に同じ高校に入学できたものの、碧だけは別のクラスになってしまったためそこそこ頻繁に二人のクラスを訪れる。来年、二年生こそは一緒のクラスになろうと黒奈だけには言っている。なお、深紅の事はどうでも良い模様。
「う、うん、一緒に行こうか」
碧に抱き着かれ、思わず身体を硬直させてしまう黒奈。
幼馴染とはいえ、美少女である碧に抱きしめられているから――ではなく、これには過去の若干のトラウマが起因しているのだけれど、今は良いだろう。
なにはともあれ、三人でショッピングモールに行くことに。
ケーキや花蓮へのプレゼント選びであれば俺はいらないのでは? と深紅は内心思っているけれど、帰っても特に予定も無いしせっかく誘われたのを無碍にするのも心苦しいので、二人と一緒に行くことにしたのであった。
ショッピングモールに到着すると、黒奈はプレゼントを選びたいと言って、色々なお店を物色した。
黒奈と碧が楽しそうに物色しているのを深紅は少し後ろから眺める。
やっぱり俺要らなかったなと思いつつも、深紅も物珍し気に店内を見て回る。
「彼女さんにプレゼントですか?」
一人で見ていた深紅に、女性の店員が若干顔を赤くしながら声をかける。
深紅はモデルをしているほど顔が整っており、年下ではあってもイケメンに声をかけるのに勇気がいる程であった。
「ああ、いえ。俺は付き添いなので。それに、恋人もいないので」
「そうなんですね~。では、ご家族の片にはいかがですか?」
「いえ、家族にももう買ってあるので」
深紅はこういうイベント事の準備は割と早めに済ませておくタイプだ。何事も余裕を持ってだ。
しかし……。
「……」
ちらりと、二人の方を見る。
「あの、一つお聞きしても?」
「え、あ、はい! 今日は五時上がりです!」
ではなく。期待させて申し訳ないけれど、別段デートの誘いではない。
深紅は今の発言を聞かなかった事にしつつ、こっそりと指をさしてから言った。
「あの二人に似合う物ってあります?」
「二人ともありがと~。とっても助かったよ」
にこぉっと緩い笑みを浮かべてお礼を言う黒奈。
良いプレゼントが選べたのか、とても嬉しそうである。
「そいつは良かった。と言っても、俺は何もしてないけどな」
「そーそ! 深紅にお礼は良いんだよ、くーちゃん」
「そうストレートに言われるとムカつくけどな」
「でも事実でしょー?」
にこやかな笑みを浮かべている二人だけれど、その空気と言葉は刺々しい。幼馴染ではあるけれど、実はそこまで相性の良くない二人なのだ。
「もー、二人とも喧嘩しないの! 喧嘩する悪い子には、サンタさんはプレゼントあげないよー?」
ぷんぷんと怒った様子で黒奈が二人の言い合いを即座に止める。
深紅は何を言ってるんだこいつはと思いながらもそれ以上何も言う事は無く、碧は「やー! くーちゃんかぁいい!」と言って、黒奈に抱き着く。
「はいはい御静粛に。これから黒奈サンタが二人にプレゼントを配ります。はい、一列に並んで」
「いや、一列に並ばんでも良いだろ。ていうか、いつの間に買ってたんだ?」
「元から用意してたのだよ。はい、深紅にはこれ。碧にはこれね」
言いながら、いつの間にか白い付け髭を付けた黒奈が鞄からラッピングのされたプレゼントを取り出す。
深紅には赤、碧には緑色のラッピングだ。
「わー! くーちゃんありがとー!」
きゃーっと嬉しそうにはしゃいで黒奈に抱き着く碧。
「ありがとな、黒奈」
碧ほどではないにしろ、深紅も笑みを浮かべて友人から貰ったプレゼントを喜ぶ。
気分的には、弟からプレゼントを貰ったような気分だ。本人に言ったら怒られる事間違いなしなので、絶対に言わないけれど。
「じゃあ、俺からも二人にプレゼントだ」
言って、深紅も鞄の中から先程寄ったお店の店員さんに選んでもらったプレゼントを取り出して二人に渡す。
「急ごしらえだから中身は期待するなよ。実際、大したものじゃないしな」
「えー? もっと良いの寄越せよー」
「よし、碧お前のは返せ。代わりに姉さんに渡すから」
「ダメですー! 一度貰ったものは返せませーん!」
「お前は小学生か……」
急いで黒奈と深紅から貰ったプレゼントを鞄の中にしまう碧。憎まれ口を言いはするけれど、内心では二人のプレゼントにご満悦なのだ。
「どんなものでも嬉しいよ。ありがと、深紅」
「おう。こっちこそ、ありがとな」
にこぉっと嬉しそうにはにかむ黒奈を見て、やはり渡して良かったなと思う深紅。来年はもう少し良い物にしようと、すでに頭の中で来年の予定を立てる。
「二人に先越されちゃったけど、アタシからのプレゼントは明日渡すね!」
「うん、碧もありがとう」
「明日はいつも通りの時間で良いんだろ?」
「うん! 毎年恒例、浅見家のクリスマスパーティーにご招待だよ~!」
毎年、クリスマスは浅見家に御呼ばれしてクリスマスパーティーをしている三人。しかし、参加するのは三人だけではなく、花蓮や碧の両親、和泉一家も参加している。三人の親が友人関係にあるので、毎年三家族集まってクリスマスパーティーを開いているのだ。
場所は一番広い浅見家と毎回決まっており、それぞれで手料理を持ち寄る事が恒例となっている。
明日のクリスマスパーティーに思いを馳せながらも、三人はショッピングモールを後にしてそれぞれ帰路に着いた。と言っても、三人とも家が近所なので帰る方向は途中までは一緒だ。
三人は家に帰ると、それぞれ貰ったプレゼントを開封する。
黒奈が深紅に渡したのは、新品のライダースグローブだった。黒革の高校生が買うにはちょっとお高いようなグローブ。
深紅がバイクの免許を取ったという事を聞いていたので、クリスマスプレゼントはこれにしようと決めていたのだ。
「こりゃぁ、来年は俺が奮発しなくちゃな」
思った以上に良い物を貰ってしまって、自分が渡した物との差に思わず苦笑をしてしまう。
ホワイトデーでは無いけれど、倍返しくらいはしてやろうと心に決める深紅だった。
碧も家に帰るや否や、二人のプレゼントを開封する。
黒奈からは可愛らしいマフラーだった。洗濯表記の書かれたタグが無いので、おそらく手編みなのだろう。両端に可愛らしいクマの顔があり、耳と鼻は立体的になっている。
「やーん! かぁいい!」
きゃーっと嬉しそうに早速マフラーを巻く碧。
碧はたいていの物は持っているし、その全てが世界的に有名なブランドメーカーのブランド品である。だから、どれを渡してもお店で販売している物は見劣りしてしまう事は分かっていたので、黒奈は手作りのマフラーを編むことにしたのだ。
しかして、深紅のプレゼントは二人が気付かない間に買ったものだ。
「こういうとこ、くーちゃんとは違うなー。ダメダメだなー、深紅は」
言いながらも、碧はプレゼントを開封する。
深紅からのプレゼントは、綺麗な銀のネックレスだった。
「おぉ、可愛い」
錠前の形をした可愛らしいネックレス。けれど、んん? っと小首を傾げる。
錠前といえばセットになっている物が在るはずだ。
そう思ったちょうどその時、スマホが軽快な電子音を上げる。
「ん、深紅からだ」
深紅から届いたメッセージ。そこには、短くこう記されていた。
『鍵は黒奈が持ってる』
その一文を読むと、碧の口角は自然と上がってしまっていた。
「あいつ、結構ロマンチストだなぁ~?」
にやぁっと笑いながら、深紅を揶揄う言葉を送る碧。
満更でもないのは、言うまでもないだろう。
黒奈は家に帰ると、深紅から貰ったプレゼントを開封した。
「おぉ、可愛い」
中身は鍵の形をした銀のネックレス。
おしゃれな奴だなと思いつつ、ネックレスをしてみる
「うん、おしゃれ」
部屋着に可愛らしいネックレスの組み合わせがおしゃれかどうかはさて置いて、黒奈は貰ってプレゼントがとても気に入った様子だ。
そも、大切な人から貰ったものなら何でも嬉しい黒奈は、大切な人から貰えた事実が嬉しいのだ。
失くしてしまうと嫌なので、ネックレスを外してジュエリーボックスと化している机の引き出しの、ネックレスをしまう場所に丁寧に仕舞う。明日着けて行こうと思いながら、黒奈はお夕飯などの準備をした。
その足取りが軽かったのは、気のせいではないだろう。
なんてところで綺麗に終わるかと言われれば、そうでもない。
黒奈にはまだやる事が残されており、それを完遂しない限りはクリスマスイブを終われないのだ。
黒奈はちらちらと廊下に顔を出して隣の部屋の電気が消えているかどうかを確認する。
何回か確認した時、隣の部屋――つまり、花蓮の部屋だけれど――の電気が消えている事を確認した。
黒奈は良しと頷いて、赤いサンタクロースの服を身に纏い、付け髭をしてからプレゼントを持って花蓮の部屋にそーっと入り込む。
「ふぉっふぉっふぉっ、サンタじゃよ~」
なんて口走りながら、黒奈はそーっとそーっと花蓮の眠るベッドに近付く。
最近、花蓮は黒奈に対して冷たい。なので、面と向かって花蓮にプレゼントを渡しても受け取ってもらえない可能性があるので、こっそり夜中に枕元に置こうと言う作戦なのだ。
「メリークリマスじゃぁ」
そう言いながら、黒奈は花蓮の枕元にそーっとプレゼントを置く。
ミッションコンプリート。さぁ、お部屋に戻って眠ろう。なんて思ったけれど、黒奈はその場に留まり、眠っている花蓮の頭を優しく撫でる。
「お休み、花蓮」
優し気な声音でそれだけ言って、黒奈は花蓮の部屋を後にした。
黒奈が去った花蓮の部屋で、花蓮は寝返りを打つ。
その寝顔は、まるで喜びが堪えきれないようなそんな笑みを浮かべていた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
黒奈には聞こえなかったその言葉。けれど、その言葉が、笑顔が黒奈にとっての一番のクリスマスプレゼントである事は、まず間違いないだろう。
さて、それじゃあ僕もそろそろプレゼントを置くとしよう。え、僕が誰かって? そうだね。僕らはしがない子供の親だよ。
メリークリスマス、愛しい我が子達。