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[5-4] 選択は君次第だ

 シエル=ルアーレは行く先々で魔力と物資を略奪しつつ、ディレッタ神聖王国をほぼ東西に横断。

 その後は進路を北北西に取った。


 そして、もう少しでファライーヤ共和国の北東部をかすめようか、という頃だった。


『姫様。

 変なものが都市を追走しております』

「変なもの?」

『白旗を掲げた早馬です。騎手は武装しております』


 アラスターから直通の遠話で報告が入ったとき、ルネはエヴェリスと共に、城内の内部拡張モジュール(物理的には15mだが中に入ると100mの長さと複数の小部屋がある廊下)の動作を確かめていた。


 すぐに二人が指揮所へ向かうと、並んだ幻像盤ディスプレイの一枚に、地上の様子が映し出されているところだった。

 シエル=ルアーレが大地に落とす大きな影の中、土煙を上げるほどの勢いで疾走する馬が一騎。

 跨がっているのは、隆々たる肉体と灰色の毛並みを持つ犬獣人コボルトだ。

 略奪品とおぼしき、左肩が砕けた共和国警察制式鎧を着ていて、背中には大ぶりで野蛮な大剣。山賊のような格好だ。

 彼は長い棒きれに薄汚れたカーテンみたいな白布を巻いて旗とし、その旗と手を城に向かって振りながら馬に拍車を掛けていた。


「あれが先ほどから。

 いかが致しましょうか」

「敵ではなさそうね。

 それに、あの手枷……」

「ファライーヤ共和国の『チェーンギャング』ですかな」


 犬獣人コボルトが城に向かって振る手には、奴隷や罪人に嵌めるような、鋼の手枷が付いていた。だがその鎖は千切られて、もはやどこにも繋がれていない。


 近頃ファライーヤ共和国では、主を殺して解き放たれた闇奴隷たちが『チェーンギャング』と名乗る愚連隊を形成し、世間を騒がせている。

 彼らは自分たちと同じような境遇の闇奴隷を()()()()()仲間を増やし、欲望のままにいかなる悪事をも働き、共和国の治安を悪化させている。

 チェーンギャングの振る舞いは無軌道を極めた。彼らはつまらぬ盗みのために人を惨殺する場合もあり、幾人が死刑になろうと他の者は止まらない。


 そんなチェーンギャングの象徴が、鎖の千切れた手枷だ。

 捕らわれた日々の屈辱を忘れぬ証。そして、表の世界で被害者面をしている人々に叩き付ける罪の証だった。


「誰か適当なのを降ろして、話を聞きに行かせて。

 城は止めなくていいわ」


 すぐに小型の上陸艇が発進し、地上へ降りていく。

 早馬も足を止め、騎手は下馬した


『俺は「赤麦の兄弟」首領、ウヴル。

 シエル=テイラ亡国に兵が必要なら、俺たちにゃその用意がある』

『私はガトルシャード。渉外を請け負う者だ』


 亡国の使者と、山賊もどきの犬獣人コボルトが話す姿が、指揮所上部に映し出された。

 その声も遠話で届けられる。護衛を兼ねてガトルシャードに追従する小型警備ゴーレム『フライングネギトロ』によるものだ。


 より近くからの鮮明な映像を見れば、ウヴルと名乗った彼は三角形の両耳に合わせて九つのピアスをぶら下げ、腕の毛皮には威嚇的な、ドラゴン紋様の文毛ファータトゥーを入れていた。


『俺を子分共々、雇ってほしい。獣人ばかり100人は居る。

 人間どもがのさばる世界にゃ、みんなうんざりしてるんだ。

 奴らのクソッタレな所業を償わせるなら、俺たちは、その牙になる』


 ウヴルは決してへりくだらず胸を張り、闘志を漂わせながらも、傲慢に見えぬよう一線を引いていた。

 強いかはまだ分からぬが、少なくとも聡い。


『姫様にはご恩がある……ただし、だからって奴隷に戻る気は無ぇ。

 話はあくまで、働きに見合った待遇を約束してくれるなら、だ』


 ルネとエヴェリスは顔を見合わせ、すぐに頷き合った。


「よろしい、上がるように伝えなさい」


 * * *


 深い森の中を、物騒な出で立ちの獣人たちがのし歩いていた。


「だから言ったろ。

 俺らは今が一番高く売れるんだ、って」


 先頭を行くウヴルは口の端を釣り上げて、後に続く元・子分……現・部下たちに言う。

 今や彼らは、シエル=テイラ亡国の兵として任を帯びた身の上だった。

 この場に居るのは十数人。残りは空の城で引っ越しの荷物を解いている。


「本当にこれで良かったのか?」

「『チェーンギャング』ん中でまともに生き残りそうなの、結局ぁ人間の下についた奴ばっかじゃねえか。

 なら俺はこっちのがマシだ。札無しの奴隷なんてよ、元から魔物みてえな扱いじゃねえか」

「スラムのビルより空飛ぶお城だろ」


 部下たちは歩きながら口々にさえずる。

 持参した装備を使う者も、支給品の装備を持つ者もあった。


 この場に居る以上は皆、ある程度納得してウヴルに付いてきているはずなのだが、それでも色々と思うことはあるだろう。

 実際、魔物の国に身売りすることに反対し離反する者もあったが、ウヴルはそれも仕方ないことと思い、去る者をただ見送った。


「そうだ。

 共和国の中で抗争にうつつを抜かしてる場合じゃねえ。その陰で人間どもが笑ってる。

 俺たちゃ、もっとデケぇ喧嘩をするんだ」


 チェーンギャングの発生は、本当に最近のこと。

 ファライーヤ共和国で“怨獄の薔薇姫”が、突如として闇奴隷主を殺して回った、一年あまり前の出来事だ。


 解き放たれた闇奴隷たちは、これまでの鬱憤を晴らすように好き勝手な生活を始めたが、金のる木は既に囲われている。

 そのため賢明な職業犯罪者はあまり手を出さないような、粗暴で短絡的な犯罪によって稼ぐ者が多かった。必然、討伐される者、捕縛され処刑される者も増える。


 そして、勢力を広げていけばどこかで他の者とぶつかる。

 チェーンギャング同士の縄張り争いが起こり始め、そこで既に存在する犯罪組織の子飼いになって、威を借りる連中が現れた。

 命知らずで無軌道なチェーンギャングは、既存の犯罪組織にとっても、魅力的な使い捨ての兵隊だったのだ。


 チェーンギャングたちが我が世の春を謳歌する中、その立ち位置の危険さをウヴルは察した。

 『赤麦の兄弟』は組織も大きく膨れて成功していた部類だが、独立独歩であったために、その活動は急速に息苦しくなっていた。

 ウヴルは腕っ節も度胸も人一倍だが、算盤アバカスを弾くのも得意で、先々まで物事を考える質だった。


 そんな中、彼はシエル=テイラ亡国がとんでもないことをやり始めたというニュースを聞いた。そしてこれこそ光明であると考えた。

 不死の兵団を有する魔物の国と言えど、生きた兵にはまた別の必要性がある。

 そもそも、チェーンギャングを生み出したのは“怨獄の薔薇姫”であるのだから、己らを見捨てはするまいという淡い期待もあった。

 ウヴルは生き方を変える決断をした。


「最初に上の覚えが良いと、後々まで得するぜ。

 規律に従い、仕事は真面目に。

 ひとまずそれが肝心だ」

「奴隷の頃を思い出すなあ」

「だが給料と美味いメシは出るし、首輪も着けられねえ。

 尻尾を振る準備はあるか?」

「毎晩酒を飲んで肉が食えるならな」

「食い放題だぜ。

 女も好きなだけ抱ける。骨しか残ってねえけど」


 ……なお、かつてエヴェリスが居た魔王軍ではいくらでもサキュバス族を動員できた(むしろ呼ばなくても来た)ため、エヴェリスは軍の体制を整備する上でその辺りを余り考えていなかった。

 兵員待遇向上のため、後にエヴェリスは輜重ゴーレム『サキュバスドール』シリーズを開発し好評を博するのだが、それはまた別の話である。


 獣道が分かれている場所で、ウヴル一行は足を止める。


「ここらでいいだろ。拡声杖マイクの準備をしろ」

「俺、ネコ野郎の言葉なんて知らねえぞ」


 部下の犬獣人コボルトが憮然とした顔で拡声杖マイクを出した。


 ウヴルの部下は、数種の獣人の混成だ。

 彼らは共通の言語として人間語で話している……奴隷時代に誰もが覚えさせられたから通じるのだ。

 しかし、今ここで必要なのは猫獣人ケットシーの言葉だった。


「そこは、うちのネコ野郎に任せるとしよう。

 ぶちかませ、ムールォ」

「合点」


 部下の猫獣人ケットシーが、布告の書状と拡声杖マイクを手渡される。


『あー……

 我々は! シエル=テイラ亡国よりの使者である!!』


 ファライーヤ共和国北の獣人居住区。

 猫獣人ケットシーたちの森に、威圧的な声が響き渡った。

ちなみにジレシュハタール連邦にはゴーレムの娼婦も普通に結構居ます。

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― 新着の感想 ―
[一言] なかなか目端の利くケモナーである ケモナーたちに支給される南極1号は、やっぱりケモナー仕様なんだろうか・・・
[気になる点] ゴーレムの娼婦のビジュアルも気になるけど…フライングネギトロのネーミングに全て持ってかれたww [一言] ケットシーかぁ、ミアランゼちゃんじゃダメだったんかなぁ?色々混じったキメラだ…
[一言] ゴーレムの娼婦……南極×号!? まぁ基本幹部が全員女性で兵隊の大半がアンデッドだから野郎の性衝動なぞ知ったことではないわなー。 魔女さまは知ってたけど以前の環境のせいですっぽ抜けてましたかw…
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