[5-2] イタチが飛び出した
十七門の魔力投射・実体弾両用砲が一斉に火を噴いた。
狙われたフェジェラ市の街壁は、都市防衛障壁と重力盾を展開して防御の構え。
お互い魔力リソースを削り合う中、兵器の動きを牽制しつつ兵を動かして打開を目指す……というのが、一般的な攻囲戦だ。
だが。
中央システムに制御された次世代砲の統制砲撃は、一発一発の威力もさることながら、完全に狙いとタイミングを揃えてあった。
一点集中砲撃によって、実体弾の威力を減衰させるはずの重力場はほぼ用を為さぬままに素通しになり、街壁を守る光の障壁は薄い氷のように割れ砕けた。
轟音と共に、破城弾が街壁を抉り取った。まるで、フォークでケーキを掬うように。
丁度そこに据え付けられていた兵器も、それを操る操機兵も、居並んでいた弓兵も、瓦礫と共に吹き飛んだ。
防御など意に介さぬ、ただただ圧倒的な破壊。
地上の者は、皆……滞りなく指揮すべき将軍さえも、唖然としていた。
そしてそれは長く続かなかった。次の一斉砲撃でまた街壁を抉り取られて、砲二門と十数人の命が消えたからだ。
『敵の砲撃を止めろ! 空行騎兵、及び空戦神獣、発進せよ!』
ほぼ反射的と言ってもいい、裏返りかけた声で指示が飛んだ。
直後、地上で待機していた翼を持つものたちが、地を揺るがして助走し、飛び立った。
ディレッタ空行騎兵のほとんどは鷲獅子馬、光照鳥から成る。
ヒポグリフ騎兵の突撃は重く、埃を掃く羽箒のように、地上や壁上の敵を蹴散らす。ヴィゾフニル騎兵は軽く素早く、閃光のブレスで敵を翻弄しつつの一撃離脱を得意とする。これらは世界的によく使われている騎獣である。
さらにそれを支援する、純白の翼と金の目を持つ獣たちが突撃していく。地上の神官兵が召喚した神獣だ。神獣は仮初めの肉体を破壊されようと天へ還るだけ。死なぬのであるから死をも恐れぬ尖兵だ。
神獣を操れるほど優秀な神官兵を、ディレッタは多数抱えている。これはディレッタだけの強みだった。
相手が空を飛んでいようが、乗り込んで砲を破壊すればいいのは攻囲戦と同じ。
後発の神獣の中には、騎士を背に乗せている者もある。無双の精鋭を乗り込ませ、壁上を一気に制圧しようという作戦だ。
それに、シエル=テイラ亡国も受けて立った。
シエル=ルアーレの外壁内側から飛び立つ影がある。
だがその姿は、ディレッタ側の予想とは違ったようだ。そもそも騎獣に乗っていない。
「なんだ、あれは?」
ヒポグリフ騎士の一人が呟いた。
姿を現したのは、小さく機械的な外見のものたち。
飛行能力があるゴーレムに乗った騎兵……ではない。飛行する人型ゴーレムでもない。
飛行用の鎧としか言いようがないものを着た兵士だ。スマートな全身鎧は、胴部や脚部に、浮力を生み出す魔法が仕掛けてある。
高所を恐れず、立体認識能力が高いエルフたちの特性を活かした、装甲空行兵部隊『フロッカス』。
その胸には禍々しい赤薔薇、肩装甲には図案化されたタンポポの花が描かれている。
エルフの空行兵たちは、飛び立つなり散開。
上下左右前後、全方向からディレッタの空戦部隊を包囲した。
なにしろ騎兵ではないのだから、的が小さい。弓や魔法がいくらか撃たれたが、ほとんど外れていた。
「≪聖光の矢≫!」
唯一命中したのは、ヒポグリフに騎乗する神官騎士が放った神聖魔法だ。
メイス状の錫杖から幾条もの光の矢が放たれ、それは幾何学的な軌跡を描いて飛び、空飛ぶ鎧を追尾。空中で幾度も転回した末に遂に捕らえ、白輝の爆発を起こした。
されど、無傷。魔法を受けた空行兵は、全くダメージを受けていない。
「魔法が効かんぞ!?」
ディレッタ側に動揺が走る。
だが何もおかしくない。
鎧の中身はエルフ。ダークエルフですらないのだから、ただ聖気をぶつけるだけの攻撃は無効だ。
神聖王国を相手にするというのに、いきなり魔物を前面に出して損耗させる必要は無いのだ。
エルフの空行兵たちは、敵編隊を中心として、各々バラバラに三次元的周回飛行の態勢。
そのまま彼らは弓を構えた。
左腕装甲と一体化した、クロスボウのような剛弓だ。腕全体で張力を支える構造となっており、通常の弓より遥かに強力な射撃が可能である。
ディレッタの空戦部隊目がけ、四方八方に上下まで含めた全方から矢が浴びせられた。
いかなる空行騎兵も、空を飛ぶ神獣も、こんな攻撃を全て見きって対処することは不可能だ。
ある者はデタラメに武器と盾を振り回して矢を防ごうとしたがたちまち針山になり。ある者は不規則な軌道で飛んで回避しようとしたが全く避けきれず。
ある者は死なば諸共と、乗騎のヒポグリフ共々矢を受けながら突撃した。だがその鎗の穂先がエルフの空戦兵に届くより早く、大砲のような衝撃と共に太矢がヒポグリフを貫き、撃墜した。
シエル=ルアーレの外壁上には、ダークエルフの弓兵たちが展開していた。
エルフたちは比較的華奢で非力だが、ダークエルフは別だ。
しなやかで隆々たる肉体を持つ彼らは、エルフ以上に強い弓を使える。
まるで攻城弩のような超大型弓を用い、空戦部隊の援護射撃とする。
そも、敵は大きく味方は小さい。
適当に矢を撃ったところで、敵に当たる公算の方が大きいのだ。
ましてダークエルフたちの弓射であれば、し損じぬ。
ヒポグリフの図体も、重厚な騎獣鎧もものともせずに貫いて、一頭、また一頭と、地面に叩き落としていく。
それは戦闘と言うにはあまりにも一方的で短かった。
シエル=テイラ亡国側は負傷者すら無し。
対するディレッタ側の空戦部隊は全滅。……軍事的には、部隊の何割かが死ねば事実上戦闘続行が不可能になることから『全滅』と言うが、そういった言葉のアヤではない、正真正銘の全滅だ。
その間も大砲は自由であったのだから、間断なく地上へ砲撃を続けていた。
街壁は粉砕されて、元気な男の子なら瓦礫を乗り越えて街へ入れそうなくらいの状態だった。
地上部隊も散々に砲撃され、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
敵方の射撃がほぼ無くなったと見るや、シエル=ルアーレは外壁の巻き上げ門を下ろす。
そこからフワフワと出てきたのは、運河を遊覧する大きめのゴンドラのような、空飛ぶ小舟だ。
着陸艇『カロン』。
スケルトンの兵を満載したその姿は、死者が乗るという冥府への渡し船の如し。
小舟が地上に近づくと、そこからスケルトンが次々と飛び降りた。
そして、果敢にも抵抗しようとする一部の兵や、逃げ去ろうとする大多数の兵に、無慈悲に襲いかかっていった。
* * *
シエル=ルアーレの下部から大地に向かって、恐ろしく太い鎖が伸びていた。
その先端はオベリスクのような、紋様が描かれた巨大な杭だ。
まるで船を繋ぎ止める碇のようだが、これは地脈から魔力を回収するための吸引装置である。
基本的に、都市というのは地脈上の魔力溜まりに存在し、汲み上げた魔力を使っているもの。それこそ民家の灯りから、都市防衛兵器までだ。
しかして、空中の都市には固定の地脈というものが存在しない。それをシエル=ルアーレは、巨大かつ多数の魔力貯蓄槽と、敵地での収奪によって補うのだ。
その魔力補給と並行して、フェジェラの街で物資の補給も行われていた。
アンデッドの兵たちが街の中まで入り込んで監視する中、街の者たち自身の手で、廃墟と化した門前に物資が積み上げられていく。
食料、ポーション、武具、そして現金……
つい先程の戦いに掛かった費用の負担として、シエル=テイラ亡国は要求を釣り上げていた。その要求がどれほど法外であろうと、受け容れる以外の選択肢は無い。
ついでに街の外の戦場では、聖別されていなかった者の死体も集められていた。死体が勝手に歩き出して着陸船に乗り込んでいくのだ。
『諸君の理解と協力に感謝する。
我々が徴収した分は、是非ともディレッタ王宮に請求してくれたまえ』
最後に一声言い残し、浮遊都市はフェジェラの街を跨いで飛んで、北西へと向かっていった。
朝日と共に戦いが始まったというのに、まだ昼にもなっていなかった。