[4b-38] 落成式
まだキャサリンが帝国に招聘されて日も浅かった、ある日のこと。
上級官舎にキャサリンは、五部屋の住居を与えられており、ウィルフレッドはそのうち一部屋に居候していた。
荷物も余り持ってこなかったので、まだ部屋の内装は簡素だった。
「そう言えば……西アユルサ王国の国名決定に当たって、ラーゲルベック卿の意向が働いたと聞くけれど」
ウィルフレッドは『ハラキリ魂』と書かれた自作カケジクの前で、一枚きりのタタミ(帝都で舶来品として売られていた)の上に座り、カタナの手入れをしながら、ふと、聞いた。
東西に分裂したシエル=テイラ王国は、ジレシュハタール連邦の後ろ盾を得る西側が『西アユルサ王国』、ディレッタ神聖王国の後ろ盾を得る東側が『シエル=テイラ王国』を名乗っている状態だ。
正統後継を主張する東側に対し、西側は自ら、シエル=テイラの名を捨てた恰好だった。
資料を読んでいたキャサリンが顔を上げる。
「ええ、そうですね。確かに自らが推したものだとおっしゃっておりました」
「何故、シエル=テイラの名を捨てたんだろう」
「……私も不思議に思って聞いてみたのです。そうしたら……」
キャサリンは、その時の様子を思い出しておかしくなったようで、口元を押さえてコロコロと笑った。
「ただ一言。
『俺さぁ、ルネちゃんのこと怒らせたくねぇんだよ』と……」
* * *
ルガルット王国を『解放』したケーニス帝国青軍は、ク=ルカル山脈に迫っていた。
だが、その侵攻は、もはやシエル=テイラ亡国の眼中に無かった。
岩山に半ば埋まったような構造の王城。
その深奥にて。
「我らが王国の名を僭称する、彼の国を、滅ぼすべし」
玉座に似せた座席に身を沈め、ルネは呟く。
城の中心近くに作られた指揮所は、ちょっとしたダンスパーティーが開けるほどの大きさであった。
部屋は全体に黒一色だが、魔力の伝達経路の反応光を敢えて隠さずにいるため、壁にも床にも白い鱗光の幾何学的なラインが描かれていた。
高所に掲げられた幻像盤には、世界地図や計器表示、城下を監視するゴーレムからの映像などが表示されている。
それを見ながら、居並ぶ操機兵たち……『オペレーター』と言う方が適切かも知れない……は、手元のボタンやレバーを操作していた。
「市民と兵の収容、完了致しました。
現在、第三防衛線にて交戦中です。
想定より僅かに敵の勢いがあります」
「調子に乗ってやがるわね。まあ、間に合ったなら良し」
伝令役の少年ダークエルフから報告を受けて、エヴェリスはディスプレイを睨む。
農園を踏み荒らす兵士たちに、農作業用スケルトンたちがクワや鎌で立ち向かい、幾許かの戦果を上げていた。どうせ廃棄予定のスケルトンを最後に使い捨てているのだ。
暫定王都シエル=ルアーレは、岩山を魔法で成形した王城と、山の麓の仮設居住区、練兵場やスケルトン農場から構成されていた。
ただし、その城下はあくまでも、捨てることを前提として作られたものだった。
今、城下は城の盾となり、そこは戦場となっていた。
ゴーレムとアンデッドによる堅牢な守備。多重に仕掛けられた罠、防衛兵器。足が止まれば、エルフとダークエルフたちの遊撃戦によって、出血が広がる。
聖別による守護も一般兵全員までは行き渡らず、彼らは死した戦友の死体を破壊する必要があった。それでも処理が追いつかなかった者は再び立ち上がり、さっきまで戦友であった者たちに襲いかかった。
だがそれでも尚、青軍は進む。
その作戦はただただ単純な、圧倒的物量。
相手の十倍の戦力を投入し、充分な兵站を用意すれば、麦を挽き潰すように勝てるのだ。
単純であるがため、対処も至難。
同時に青軍は、後方で入念に拠点を準備していた。
長期戦に備えているのだ。
シエル=テイラ亡国が何かを作っているという情報は、彼らも掴んでいる。
それが城であるという予測も当たっている。
ただし、ガチガチに新兵器で武装した城をじっくり攻め落とそうと考えているなら、それは大きな間違いだった。そもそもシエル=テイラ亡国は、青軍をまともに相手する気など最初から無いのだから。
「一號拡張展開夢想炉『パニーラ』、同期完了……
平均出力91.7%、閾値クリア!」
「ちょっと張り切りすぎよ。先は長いんだからもうちょっと落ち着くよう伝えといて」
「はっ……ですが、無理なからぬことかと」
この城は今や、見た目より広かった。
異界化した空間を内包し、それと継ぎ目無く繋がっている。
これはあくまでルネの能力によるものだが、その維持はルネ無しでできるようになっていた。
『異界創成』は、異界の存在に賛同する者が多いほど力を持つ。
そこで、異界維持の『核』となる者を定めた。
さらに、自我を抹消した千の魂を夢想炉の核に精神連結し、核を補助して奇跡を行使するだけの機関と化した。
あくまでもルネは『火打ち石』として必要だが、一度火が点けば燃え続けるという仕組みだ。
高所のディスプレイには、巨大なシリンダーの映像が表示されていた。
その中では、カボチャの仮面と薄絹を纏った少女が燃えながら踊り、こちらに手を振っていた。
「チェック、オールグリーン。遊撃隊も戻ったわね?
さあ、姫様。ご命令を」
エヴェリスが言うと、ルネに視線が集まった。
指揮所には多くの者らが集まっていた。
仕方なくルネに服従する者ばかりではない。
人の世に捨てられた者があり、人の正義の犠牲となった者がある。
そして今も救われぬ者たちが、この世には存在する。
旗を掲げる者があれば、彼らもやがて、勇気を奮い集うだろう。
驕れる正義に、悪の鉄槌を。
「目標、旧王都・テイラ=ルアーレ。
……浮上せよ、我らが王都! “機動凌雲廃都”シエル=ルアーレ、発進!!」
ク=ルカル山脈が鳴動した。
ここまでお読みくださいましてありがとうございます!
怨獄の薔薇姫 第四部はこれにて終了となります。
第五部『領土再征服編』は年始ぐらいに開始する予定です。
近況報告的な活動報告を書きましたので、よろしければご確認ください。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/977381/blogkey/3080102/