[4b-31] 蓋天吸血花 ミアランゼ
練技。それは、武を極めた者らが自然と体得していく、魔法の如き武技。
練技を持つか持たざるかで、武人としての格が変わるとも言われる。
マドリャの【山礫】は、岩石や瓦礫を操って刃に纏い、渦巻く礫の竜巻を武器とする練技である。
斧を振るえば諸共に叩き付けられる。
だが、マドリャの経験からするとただ振り下ろすより、薙いでこそ強い。
「いいぃぃっ……」
マドリャは身体の脇に斧を、溜めて構える。
【山礫】は範囲攻撃に適した強力な練技だ。
だが、これを使うためには武器となる岩石や瓦礫が必要で、しかも最大の威力を発揮するには、礫の竜巻を加速させて勢いを付ける『溜め』が必要だった。つまり、それができるだけの空間も。
マドリャの闘志に呼応して、瓦礫の渦は回転速度を上げていく。
「はあああっ!」
そして振り抜く!
必殺の射程は、本来の戦斧より遥かに延長されている。斧の刃に追従して振るわれた瓦礫の大渦は、赤黒い液体を大量に撒き散らしながら、大蔦を一本、微塵に断ち切った。
その先にはエルフの戦士が……既に居ない。
彼は大渦が届かぬ位置まで退いており、そこからマドリャを弓で狙い……
「上です!」
「っ!?」
スティーブの警告と同時、マドリャの横合いから血閃が放たれる!
一見すると、見え見えの牽制射撃。マドリャは難なく回避する。
だが、マドリャに躱されて飛び抜けた先で、血閃は別のものに命中した。
飛び交う木の葉が皿のように固められたものだ。
血閃は勢いそのままに反射!
マドリャの頭上で別の『皿』にもう一度当たり、床目がけて垂直に打ち下ろされた。
もしマドリャが、弓と血閃を同時に躱そうとしたら、丁度立っていたであろう場所に。
「これは反射鏡……!?」
すんでの所で仕掛けに気がついたマドリャは、敢えて弓の射線に身を晒し、そのまま斧で矢を弾いた。
すると今度は、己が射った矢を追って、エルフの戦士が迫り来る。
彼は胸の前で指を突っ張って手を構えた。
チョップを打つには遠すぎる。だが、その手に舞い散る葉が集った。
一閃!
エルフの手は落ち葉の大剣となり、掬い上げるような一撃を放つ!
マドリャは礫の竜巻を真っ向から叩き付け、これを相殺。
無数の木の葉と瓦礫が互いに弾け合って飛び散った。
大きめの瓦礫が二つ、両断されていた。断面は滑らかだった。
そして至近距離。
「せいっ!」
斧を振り下ろした体勢からマドリャは、一連の動作として斧を返し、棍棒のような石突きで突き込む!
舞い散る木の葉の向こうに垣間見えるエルフの戦士を、何の手応えも無く貫いた。
「……!?」
そう、全く何の手応えも無く。
エルフは確かにそこに居たはずなのに。
マドリャほどの達人が、気配の在処を間違えたり、あまつさえ姿を見間違えることなどあり得ない。
まやかしだ。
エルフは森の木々と同じような気配がする。舞い散る木の葉でもいくらかは誤魔化せよう。加えて、何らかの特殊な魔法によって感覚を狂わせ、虚を突いたのだ。
そしてマドリャを抜き去り、スティーブに肉薄!
スティーブは腰の後ろに回した手から、一枚のカードを落とす。
するとたちまち、仮想質量を持った光の槍がスティーブの足下から何本も生えて、馬防柵のようにエルフの戦士を迎え撃つ。
猪の如く、愚かに突進したなら自ら突き刺さる。そこまではスティーブも期待していない。だが防御として……
否。茨の壁に血閃が突き刺さる!
相殺し、霧散する魔力の残滓。それを蹴散らして猛進し、鋭く腕を折りたたんだエルフは、頭蓋を叩き割る肘打ちを繰り出す!
「ぐぼっ!」
「スティーブ君!」
決して小柄ではないスティーブが吹き飛び、もんどり打って倒れる。
だが割れたのは……スティーブの頭ではない。
面前に張られた、盾札の対物理障壁だ。光の壁は砕けて、破片は地に落ちるより早く消えた。
「チッ。存外堅い」
「凡人なりに訓練受けてますからね」
スティーブはすぐに立ち上がり、片鼻を押さえて息を吹き、鼻血を飛ばした
*
血に塗れた顔で、かっと目を見開き、その男は怪物じみた形相でルネを睨んでいた。
その口は、邪悪への怒りか神への祈りか、なんらかの言葉を吐こうとしたようだが、呪いで穢れた黒い血の塊を吐き出しただけだった。
「ルシオン……!」
「まずは一人」
白銀色の聖なる鎧の腹部を、呪いの赤刃が貫いていた。
早贄状態の神殿騎士を、焚き火で炙るマシュマロみたいに、ルネは掲げて宙吊りにしていた。
その戦果を誇るように高々と死体を掲げると、空に異変が起こった。
「な、なんだ!?」
星空に、唐突に、異様な雷が閃く。
溢れ出す奇怪で邪悪な気配に、流石に滅月会の隊士たちは気付いた様子だった。
次いで、散りばめられていた星々の輝きもそのままに、空が歪み、形を変えた。
夜空の一部が巨大な手となって、地上に差し伸べられ……子どもが虫でも捕まえるように、串刺しの死体を掴み取ったのだ。
巨大な握り拳の形をした何かは、みるみる昇っていって、夜空は元通りになった。
残された三人が呆気にとられていると、結界の中に芝居がかった少年の声が響いた。
「お喚びとあらば、どこでも参上!
あなたの願いのパートナー、ザレマ=ミライズ。罷り越してございます!」
耽美な外見の美少年が、結界の中心にいつの間にか立っていた。
彼(性別という概念が悪魔にどれほど通用するかは不明だが、便宜上『彼』とする)は仰々しく手を広げて自己紹介し、それから一礼した。
「悪魔!」
「はてさて、なんともキナ臭い所に喚ばれたもので」
対邪悪戦闘の専門家、滅月会の戦闘員とあらば、悪魔と対峙したことも一度ではなかろう。ザレマ=ミライズが悪魔であるとすぐに気が付いたようだ。
ただし、ザレマ=ミライズはルネの助太刀をしに来たわけではない。今日は、そこに居るだけだ。
「『血涙』を宿した、滅月会隊士の魂。レアものよ。
……悪魔の血の代価としては、いかがかしら?」
「この四倍は頂きたいところですねぇ。
なにしろ後払いでしたもので、利子が嵩みましてねぇえ」
「分かったわ。そこで見てなさい」
ザレマ=ミライズは宙に腰掛け、戦場を睥睨する。
そして甘い美貌を、耳まで裂けそうな笑みの形に歪め、嘲笑った。
「魂を逃がさぬ結界!!
いかに染むるとも、魂そのものに聖も邪もありませぬからなぁ。徒になりましたなぁ……!」
高位聖職者や、邪悪と戦う者たちは、死体や魂を悪しき者に奪われてアンデッドにされないよう、神の加護を賜って保護している。
滅月会の戦闘員ともなれば、当然だ。
だが。
彼らは今、それとは別の奇跡によって、魂を捕らえる檻を編んだ。ルネの本体である魂を捕まえるには、聖気の壁を作っただけではそれ以上の邪気によってこじ開けられてしまうので、神に助力を願う儀式にて、この世の決まり事の特例を作り出した。
己らの魂を守る奇跡に、別の奇跡で対抗してしまった。
檻が破れれば、死した戦士の魂は天に引き上げられ、『血涙』もあるべき所に還ろう。だが、そう、その前に悪魔への供物にでもしてしまえば話は別だ。回収役は、この通り、檻の中まで自ら出張ってきた。
捕らえられた獲物は、さて、どちらだったか。
神の使徒たちはようやく気が付いたようだった。
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なろうで連載中の別作品『災害で卵を失ったドラゴンが何故か俺を育てはじめた』コミカライズ一巻が9/30発売となります。
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