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[4b-12] クセになってんだ

 作戦第一段階は、街の動力源喪失。


 地脈から魔力を汲み上げる龍律極ルーターは、街の全ての命綱。これを破壊したり、魔力流量の異常を引き起こして街中にサージを発生させるのが最高だが、流石に守りが堅い

 作戦決行に際しては数分間の猶予さえ貴重だ。動力源喪失の瞬間まで、動きを気取られてはならない。警備を相手に戦闘を起こすなどもってのほかだ。

 もっとスマートなやり方がある。街中に魔力を供給している、地下の導線を断てばいいのだ。


 縄のようにミスリルを編んだ魔力導線は、耐腐食性も強度も高い。ぶった切るのも爆破するのも大変だ。

 だがエヴェリスは、なんだかよく分からない薬を準備していた。

 ぼんやりと緑色に輝く、どうやって調合したのか疑問である薬剤が入った針無しの注射器が、ガトルシャードには与えられた。

 この中身を導線にひっかければいいらしい。


 先日も調査のために侵入したトウカグラ地下には、各種生活インフラのためのトンネルがあった。

 都市の地下と言えばダンジョンみたいな下水道が定番だが、このトンネルは下水道と分離されているようで、静かで、乾いていて、人工的に形成された石の匂いだけがした。


 ぽつりぽつりと掲げられた魔力灯照明が、地下トンネルを照らす。

 トンネルの半分ほどは、横たわる大蛇のような魔力導線に占められていた。

 破壊すべきポイントは四箇所。

 ウィズダム商会支店の方面への魔力供給を絶つ、最重要の一箇所目に注射器を打ち込んだら、後は時間との勝負だ。地下トンネルを駆け抜け、残りの破壊ポイントを速やかに巡回し、街の全機能を……


「やはり、あなたが来るんですね」


 そこに人が居る、と気配で察したのとほぼ同時。

 声が掛けられ、ガトルシャードは身構えた。


 魔力灯照明が生み出す影の中で、何かが虹色に揺らめいた。

 次の瞬間、何も無かったはずの場所に、頼りない雰囲気の若い人間の男が、一人立っていた。

 身に纏っているのは虹色の外套。……姿を消すマジックアイテム『裏影の外套』だ。


 その男の名は、スティーブ・クロックフォード。

 警察庁から派遣されて、この街に出張っているという警察官僚。ガトルシャードは一度、ホテルのカジノで彼に会っている。


「何故、こんな場所に……」

「張り込みですよ。誰かがウィズダム商会の地下を狙って、魔力導線を破壊しに来るのではないかと思いましてね」


 緊張感に満ちたスティーブは、しかし、何も驚いていない様子だった。


「……何か勘違いをしていませんか?

 私は最新の都市の構造に少し興味がありましてね……

 こんな場所に入るのは良くはありませんでしょうが、これはただ、好奇心からの行動です」


 動揺を押し隠し、ガトルシャードはしらばっくれた。

 かつてガトルシャードは嘘などつかない実直な生き方をしていたが、必要とあらばいくらでも嘘をつける己を知った。嘘をつく才能というのも、世の中にはあるものらしい。


 しかしスティーブは、揺らがなかった。一見して柔弱な雰囲気に全くそぐわぬ、意志の強さを感じた。


「あなたは既に一つ、嘘をついています。

 ……先日、カジノでお会いしましたね」

「それが?」

「絨毯に足跡が付いていなかった」


 その言葉の意味をガトルシャードが理解するまで、少し間があった。


「あれは下生えを傷付けないための、森エルフに独特の歩法ですね。

 幼い頃から訓練を積み、それを当たり前のものとして染みつかせねばできないはず。

 あなたは、あなたが語ったとおりの経歴ではない」


 ガトルシャードは音も無く息を呑み、舌を巻く。


 草の上を歩くのであれば、まだしもガトルシャードは気をつけただろう。街で育った者のように、意図的に草を潰して歩いたはずだ。

 だがまさか、足に染みついた歩き方が絨毯の上でまで効果を発揮するとは。まして、あれだけ人が入り乱れている中で、他人の足跡を観察して来歴を推察するような男が居るとは思わなかった。


 ただ強いとか弱いとか言う話ではなく、化け物じみた常識外の仕事能力を持つ者らを上司と仰ぐガトルシャードだからこそ、素直に思う。

 このスティーブという男もまた、観察力の化け物だと。


「なるほど。いや、生まれ育ちを隠すというのも難しいものですね。

 確かに私はほんの二十年ほど前まで森で暮らしていたエルフです。ただ、街で生きるようになり、旦那様と奥様にお仕えするに当たって、森育ちというのはどうも外聞が……そうですね、粗野な印象を抱かれるというのはよろしくないと、嘘をつくようになったのですよ。

 その事で無用の疑念を抱かせたのであれば謝罪しましょう」


 後ろ暗いことなど何ひとつ無いかのように、ガトルシャードは言う。

 もはや誤魔化しきれるとは思っていないが、こうも堂々と嘘をつかれれば、ほんの数秒……あるいは数瞬でも、人は己の疑いを疑うものだ。

 その隙を、逃しはしない。


「あーあ、まどろっこしい。

 尋問なら逮捕してからでいいじゃないのよ、スティーブ君」

「なっ!?」


 ガトルシャードは動かしかけた指を止めた。

 空気の揺らぎだけでガトルシャードは察知する。己の首筋に刃が突きつけられていると。

 女の、と言うか少女のような声が、ガトルシャードの尻の辺りから聞こえた。


 姿を隠していたか、隠れていたか。

 いずれにせよ、気配も物音もガトルシャードは感じられなかった。


「……褒められたやり方ではありませんよ、警部」

「キミ本当に鈍いのね。私が出てくるの、あとちょっと遅かったら、穴あきチーズになってたわよ」

「くっ!」


 判断は瞬時。

 ガトルシャードは微動だにしなかったが、ポケットに入れていた蔓草の種がガトルシャードの意と魔力を受けて発芽。突き出される鎗の穂先のように伸び上がって刃を跳ね上げた。


 ガトルシャードは身を翻し、右手袖口とベルト裏に仕込んでいた獣骨のナイフを抜き放つ。


 背後に居たのはやはり、女ドワーフの警察官僚、マドリャ。

 彼女が両手に一本ずつ持っているのは手投げ斧(トマホーク)のように小ぶりな斧、警邏斧バトンアクスだ。


 ドワーフたちにとって、斧は魂の武器。ファライーヤ共和国警察の中で一勢力を築いたドワーフらは、善良な市民に無用の威圧感を与える巨大な戦斧バトルアクスを禁じられ、代わりにこんなものを生みだした。

 言うなれば刃付きの警棒。本来であれば強固な鞘が刃に嵌められ、犯罪者制圧用の打撃武器として使われることが多いのだが、もちろんマドリャは鞘を外し、必殺の刃を剥き出しにしていた。


「速い……!」

「下がってなさい!」


 言うなりマドリャは踏み込み、斧を一閃。

 朧な魔力灯の明かりを受け、冷たい銀の閃光が虚空に描かれた。

 筋肉の塊みたいな身体のドワーフは、小さな身体ながら、人間やエルフの基準からすれば信じられないほどの怪力を誇る。女ドワーフは永遠に少女のような姿であるため、対峙した時の威圧感は無いけれど、刃を交えればそれは『的が小さい』『懐に入りやすい』という恐るべき強みでもある。


 手の内で斧を滑らせて半回転させ、マドリャは変則的な峰打ちを繰り出す。

 ガトルシャードのナイフを弾き、肉薄。

 そして斧の柄で顎をかち上げようとした。


 その彼女の細腕を、ガトルシャードはナイフを持ったまま、右肘で巻き取るように絡め取る!

 そのまま肘を返しつつ胴当てで体勢を崩し、投げ飛ばしながら左手のナイフでマドリャを引き裂こうとした。

 判断は刹那。

 マドリャは自ら地を蹴っての横宙返りでガトルシャードの左ナイフを蹴り飛ばし、壁にぶつかるなり即座に受身を取って構え直した。


「森エルフの戦い方じゃない!

 あれはアル・スタンダード……暗殺者の体術です! 気をつけてください、警部!」

「言われなくても!」


 太い魔力導線の陰に隠れて観戦しているスティーブが叫んだ。


 ガトルシャードは蹴り飛ばされたナイフをちらりと見やる。

 拾うには遠い。おかわりを出す隙も危うい。

 そもそも、この女ドワーフを相手に格闘戦を挑むのは分が悪そうだ。と、なれば。


 左手首を鋭く突き出す動きで、絡繰りが起動。

 上級使用人らしいお仕着せの袖を斬り裂いて、銀色の小さな弓が弦を展開させた。

 アームガードのような弾倉から小さな矢を抜き出し、瞬きの間につがえ、ガトルシャードはそれを射る。

 鋭い射撃は、一瞬前までマドリャが居た場所を穿ち、矢は石壁に突き立った。


「な、なんだあの弓!?」

「もう顔出さないで隠れてなさいよ! 死ぬわよ!?」


 マドリャが回避した隙にガトルシャードは、上着に隠していた予備弾倉を引っ張り出して展開し、一秒に二発程度の速度で矢を放った。


 これもエヴェリスの発明。密偵となるエルフたちの求めに応じて開発された仕込腕弓リストボウだ。手首から前腕に固定されている折りたたみ式の小弓で、近距離戦闘での使用を想定した射撃武器だ。

 ドワーフが斧を好むように、エルフは弓を好む。己の腕の延長のように自在に、エルフたちは矢を放つ。近距離戦闘においても、槍より遠くに、魔法より早く届くエルフの弓は必殺の武器だった。


 雨あられと射かけられる矢が騒々しくトンネルの内壁を抉る。

 いかなる達人であろうと、こんな逃げ場の少ない狭い場所で、エルフの弓を躱し続けることなど不可能だ。

 そう思ったのはガトルシャードだけでなく、マドリャも同じだったようで、彼女は即座に戦い方を変えた。


 一撃。斧で矢を弾く。

 二撃。斧で矢を受ける。

 三撃。踏み込み、太ももに矢を受けながら、彼女は鋭くバトンアクスを投じた。


 このバトンアクスは重心が調整されており、投擲用の武器としても優秀なのだ。

 その一撃は狙い違わずリストボウの軸を破砕し、弦を断ち切った。肉は切られなかったが、衝撃でガトルシャードの左腕の骨は折れた。


 残った斧を両手で構え、マドリャが迫る。

 逃げ切れない。

 だが。


「何……っ」


 ガトルシャードは上着を翻しつつ脱ぎ捨て、マドリャに叩き付けた。

 同時に、自然魔法によってポケットに残っていた蔓草の種を全て発芽させる。蛇のようにうねる蔓草が上着ごと、マドリャに絡み付いた。


 稼げる時間は長くない。

 逃げるか、あるいは。


 ――答えなど……決まっておろうが!!


 ガトルシャードは針の無い注射器を抜き、魔力導線の束に突き込み、中身をぶちまけた。

 たちまち嫌な音とニオイがして白い煙が立つ。


 それとほぼ、同時だった。


「がっ……!!」


 ガトルシャードが破壊工作を行う時間は、マドリャがいましめを破るのに充分すぎた。

 上着ごと蔓草を引き裂いた彼女は、次の瞬間にはガトルシャードに斧を叩き込んでいた。

 重すぎる一撃。肉が裂け、アバラは砕け、内臓が潰れる。


 視界が赤く染まり、ガトルシャードは崩れ落ちた。


「警部!」

「殺してはいないわよ。……20時54分、非常権限逮捕」

「そうじゃないです、こいつ……」


 倒れたガトルシャードは、しかし、折れた左腕で通話符コーラーを掴んでいた。

 魔法触媒を織り込んで作られた紙切れは、起動状態を示す蒼い光を放っていた。


「……報せたのね」


 失笑するように、ざまあみろと、ガトルシャードは笑った。

 そして彼の意識は闇の中に落ちた。

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[気になる点] 誰だっけこの人……
[一言] バトルアクスならぬ、バトンアクスにウケた
[一言] 元々時間の勝負だし、事の露見は遅かれ早かれってところ それを思えば任務を成功させて情報の伝達まで出来たので十分 後は生きてるなら救出を待つだけだし上々って感じかな?
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