[4b-9] 全てのパソコンの敵
作りたての街であるトウカグラは、何もかもが真新しい。
そして、成り行きで街を作り上げたのではなく計画的にゼロから建設したために、そこにはある種の作為が見える。
街の中心部にあるウィズダム商会の支店は、まるで他国の領主居城みたいに立派で、街の全ての道はこの場所に通じている。
そこはまさしく玉座であったのだ。
街が政府に買い上げられて、競売でバラバラに売られてしまった今となっては、虚しさも感じられる裸の玉座だ。
そして、街と地脈の真実を知る者にとっては、そこはさらに虚しい。
「『スチーム・フリークス』記者、キョウコ・イサザキと申します。
本日はお忙しい中、お時間を頂きまして誠にありがとうございます!」
ウィズダム商会の支店のロビーは、広々として硬質な空間で、街の模型なども飾られていた。
賑やかさを除けば、博物館のエントランスみたいな雰囲気も漂う。
そんなロビーに今日は、ジレシュハタール連邦からの客人の姿があった。
蒸気技術者や、趣味で蒸気工作をする者向けに発行されているジレシュハタール連邦の雑誌『スチーム・フリークス』の記者。
連邦風のファッションで訪れた彼女は、華奢で小柄ながらも人目を引く、東洋系の美女だ。
……そんな自分を、トレイシーは夢見る。
夢見るように演じ、己がジレシュハタール連邦から来た雑誌記者だと疑わない。
目覚めれば消える白日夢。なれどそれまでは、キョウコ・イサザキは、ここに居る。
「ウィズダム商会トウカグラ支店長、マイク・ヒーリーです。
ジレシュハタール連邦より遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」
ロビーでは支店長が直々にキョウコを出迎えた。
マイクは60に手が届こうかという歳の人間で、自信に満ちてぎらついた笑顔を作る男だった。
『スチーム・フリークス』は実在する専門誌だが、今回の一件には本当は関わっていない。
いかにウィズダム商会と言えど、他国の業界専門誌の状況を調べて取材アポの裏を取るような能力も暇も無いのだ。ナイトメアシンジケートの協力を得て小細工をし、『スチーム・フリークス』の名を騙り、偽物の取材アポを入れたところウィズダム商会は見事に引っかかった。
このトウカグラの街はウィズダム商会の作った街。
利権は他所に食い荒らされたと言えど、仕事は誇らなければおかしい。
他国の記者を追い返したなんて噂が立っては困るのだろう。
「……そちらは?」
マイクは、キョウコの傍らに追従する車輪付きの真鍮製水筒みたいな物体を指し、訝しげな顔をした。
「音声記憶用ゴーレムのネギトロ君です。
会話を記録して繰り返す機能があります。より正確な取材のため、こちらを利用させていただきたいのですがよろしいでしょうか」
「え、ええ、まあ」
「ありがとうございます。
それじゃネギトロ君、記録よろしく!」
『承知』
真鍮色のゴーレムは渋い声で呟いた。
「……ちょ、ちょっと音声認識の学習過程で、サンプルの偏りがありまして」
どう返答すれば良いか分からなかったようで、マイクはとてもとても曖昧な笑い方をした。
「では、こちらへ」
『博物館のよう』と思ったキョウコの感想はあながち間違いではなく、マイクが案内した先には手の込んだ展示スペースが用意されていた。
この巨大な支店の一階は来客向けの広報効果も考えているのだろう。もしくは一般開放することも考えられていたのか。
最新式の魔力汲み上げ設備、建物全体を快適にする一体型魔力空調、人々の日常を支える地下埋設インフラ、そしてそれらを実現する建設技術……
模型や機械部品を展示して、ウィズダム商会の技術力が余すところなく解説されていた。言うなれば産業博物館だ。
「新発見された魔力溜まりの上の、世界一新しい都市・トウカグラ!
そこで活躍する蒸気技術を、本日はみっちり! この街を作り上げたウィズダム商会から、お伺いします」
「ええ、よろしくお願いします。
まずそもそも、敢えて蒸気技術を用いる理由ですが……」
キョウコがほどよく相槌を打っていると、マイクの語りは徐々に饒舌になる。
……得てして男というのは、自分の話を熱心に聞いてくれる年下の美女に弱いのだった。しかも業界紙の記者であるキョウコに対して、マイクは自分の専門知識を噛み砕いて説明する必要が無いのだから、尚話しやすい。
だが、そろそろ最高潮かという所で、青い顔をした男が一人、展示室に駆け込んできた。
「支店長! 本店からの緊急連絡です」
「何?」
「その、来週号の『週刊クリスタルアイズ』が……」
言いかけたところで、彼はキョウコの方をチラリと見やる。
部外者には聞かせたくない話なのだ。
「すみません、少し……」
「ええ、構いませんよ。
……今のうちにお手洗いをお借りしてもよろしいですか?」
「どうぞ。部屋を出て右です、すぐ分かると思います。
そちらのゴーレムは……」
「もちろん連れていきます。お仕事のお話を聞いてしまっては差し障りがありましょうから。
おいで、ネギトロ君」
『承知』
キョウコがそそくさと展示室を出て行くと、ゴーレムも小さな車輪を回して付いてきた。
そこでうたた寝から目覚めたかのように、キョウコの虚実は入れ替わる。
夢は現に、現は夢に。
女子トイレには大きな鏡が付いた手洗い場と、四つの個室があった。
建物の新しさも相まって、本当にトイレなのか疑問に思うほど明るい。
中に人が居ないことを気配で確認したトレイシーは、奥の掃除用具入れから『清掃中』の札を引っ張り出して入り口に立てた。
「どうせおトイレ借りる気だったから丁度良かったかな。
さて、ここの魔力灯照明を……」
便座の上に立って、トレイシーは天井の魔力灯照明のカバーを外す。
そして、光源であるクリスタルを引っこ抜くと、そこに魔力を供給している導線のソケットが剥き出しになった。
続いて、ネギトロ君の尻の部分にあるハッチを開け、そこに格納されていたコードを引っ張り出す。先端部分はワニの口のようになっていて、トレイシーはそれを、魔力灯照明のソケットに噛みつかせた。
――一般的に、魔力導線のシステムは漏出対策がされている。
ここから魔力を吸い出したところで、異常を検知したシステムが魔力の流れを止めちゃうから、建物全体の一部しか無力化できない……
だけど、その逆なら?
これはエヴェリスの発案だった。
蒸気電力化された施設は、落雷被害を受けた時、電力を供給する導線を通して雷が流れてしまい、物が壊れたりするのだそうだ。
それと同じ事が魔力でもできるはずだ。普通は龍律極が誤作動でも起こさない限り、あり得ない事だが、それだけに普通は対策がされていない。
「やっちゃえ、ネギトロ君」
『駆動』
真鍮色のゴーレムが無機質なモノアイを光らせるなり、その小さなボディに詰め込まれた大魔女の技術力が火を噴いた。
内部に貯蔵されていた大量の魔力が瞬間的に、商会支店ビル内部の魔力導線へ流し込まれサージ現象を引き起こしたのだ。
途端。
魔力灯照明で白々と照らされていた建物内は影に支配された。
窓から差し込む光だけが眩しい。
「なんだ!?」「どうしたんだ!?」
従業員たちの慌てる声が聞こえてくる。
ビル内部は人工の照明によって威圧的に照らされていたが、そんな照明の雰囲気を阻害しないためか、窓が少なかった。場所によってはほぼ真っ暗になったようで、何かにぶつかるなり転ぶなりしたらしい音まで聞こえてくる。
ただしトレイシーは暗視の訓練も積んでいて、ほんの一欠片でも……たとえばそれが夜の洞窟の奥に微かに差し込む星明かりだろうと……光があれば全く問題無く行動できる。
手早くネギトロ君の尻尾を収納して、照明器を元に戻して『清掃中』の札もしまい直す。
そして、何食わぬ顔でトイレを出ると、通りすがりの従業員に声を掛けた。
「すみません、急に照明が消えたんですが!」
「トイレだけじゃない、全部消えてるんだ!」
トレイシーに関わっている暇など無い、という様子で、通りすがりの従業員はどこかへ去って行った。
居合わせた従業員たちを見ても、ほとんどの者は狼狽えているか、ただじっとしているか。
だがそんな中で兵士のようにキビキビと動く者があった。
「固めろ、配置に付け! 応援の到着まで動くな!」
マイクが声を張り上げ、重武装した警備員たちがロビーを駆ける。
おそらく、今動いているのは常駐している人員だ。
その様をトレイシーは観察していた。
――何が起こったか調べる前にまず警備を固める。そして更に応援まで呼ぶのか。
現時点で想定されるのは、襲撃や破壊工作よりも設備のトラブルだろうが、だとしても警戒は怠らないようだ。
この商会ビルの地下にある設備は、おそらくビルと別系統で魔力を引き込んでいるはず。
となればゴーレムを含む地下の防衛設備は問題無く動いているのだろうが……それでも人の動きから見えるものがある。
――人の動きは外から魔女さんが感知してる。ボクはあとは……
トレイシーはネギトロ君を抱え、目星を付けていた通路に飛び込み、周囲に人が居ないことを確認。
そして壁の分流箱に取り付き、髪留めを使って三秒で解錠し蓋を開けた。
中には空調操作用のスイッチが収められていたが、それに用は無い。
収められた剥き出しの魔力導線を工具で切断して、ネギトロ君に格納していた箱状のパーツに導線の両端を差し込んだ。つまり、元からあった配線に追加のパーツを咬ませた形だ。
……今は魔力サージでビル中の設備が停止しているため、導線を切断しても設備が停止して気付かれることは無い。
「はい、これでよし」
『完了』
トレイシーが分流箱の蓋を閉めると、ネギトロ君は渋い声で低く呟いた。