[4a-2] >NEW GAME
ジレシュハタール連邦首都、サクタムブルク。
『蒸気と歯車の国』と言われるジレシュハタール連邦の首都は、まさにこの連邦の特徴を煮詰めて濃縮したような場所だ。
何本もの柱のような塔によって支えられ、樹木が枝葉を広げるように皿状の市街地を積み上げた超巨大多層建築都市は、朝も夜もなく廃蒸気をくゆらせ、街中で純粋電力照明を輝かせている。
最高所にある真鍮色の城塞めいた建物が、この国の頭脳たる連邦議会議事堂だ。
議事堂の置かれた『皿』のすぐ下には、同じ高さに三枚の『皿』が並んでいる。
ここには中央官庁や公共機関の事務所などがひしめいていて、役人や各組織の役職者などがゴーレムのようにキビキビした動きで日々闊歩しているのだが、そんな中に少し毛色の違う一角もある。
『街区2-3』の一角には、この辺りの区画に勤める人々向けの食事処や酒場などが並び、そんな中にジレシュハタール連邦冒険者ギルドの本部が存在していた。
『ここに必要だが騒がしくて面倒なものは全部ひとまとめにしてしまえ』という豪快な都市計画の賜物だ。飲み屋と同じ分類にされたことは憤懣やるかたないギルド職員もいるようだけれど、ギルドに出入りする冒険者たちは、居るだけで肩が凝るような空気のお役所通りなど歩きたくもないだろう。
そんなギルドの本部、六階建ての巨大箱状建築の正面入り口前で、ちょっとした騒ぎが起こっていた。
「安心しろ。峰打ちだ……でござる」
冒険者用の旅衣の上から着流しキモノを羽織った青年、ウィルフレッドはカタナを一振りして鞘に収める。
ウィルフレッドの前には筋骨隆々たる身体を見せびらかしているのか、剣闘士みたいな装備の男が手を押さえて蹲っていた。
ウィルフレッドに因縁を付けて一本勝負を持ちかけてきた彼は、戦いが始まるなり鞘越しの突きを鳩尾に食らい、さらに強かな峰打ちを手首に受けて剣を取り落としていた。
野次馬(ほとんどはギルドのロビーに居た冒険者たちだ)が沸き返る。
「そ、そんな……ギャレットが!?」
「新人に因縁付けてはボコってたギャレットが!?」
「実力を付けるよりルーキー狩りで名を轟かせて指名依頼を取ってた向上心の無いギャレットが!?」
「トップクラスってわけでもないのに半端に強いせいで手が付けられなかったギャレットが!?」
「まだ冒険者になってすら居ない奴に負けたってのか!?」
「よっしゃあ、今夜は飲むぜえ!」
騒々しく口笛が鳴り響き、やんやの大喝采で彼らはウィルフレッドを褒め称える。
「お前本気で嫌われてたんだな……」
「う、うるせえ……」
蹲る男の、トサカみたいなモヒカン頭に呆れ混じりの一瞥をくれると、彼は唸るようにそれだけ言った。
「ったく! 余計な時間を食っちまった!」
溜息をつく。
冒険者になるための手続きをしに来たのに、こんなところで無駄な戦いをすることになってしまった。
「おい、あんたすげえな!」
「うちのパーティー入らないか!?」
「悪い、そういう話は後にしてくれ」
ウィルフレッドがギルド本部に入っていこうとすると、野次馬の何割かはそのままぞろぞろと付いてきて、めいめい勝手なことを言ったりウィルフレッドの肩や背中をバシバシ叩いたりした。
内心では得意になっていたが、ウィルフレッドはあくまで硬派に振る舞った。こういう時にヘラヘラと喜ぶのはサムライ的奥ゆかしさから逸脱した振る舞いだ。サムライの名を穢すことがあれば、剣の師匠と心の師匠、二人に顔向けできない。
広大なロビーにはお役人らしき人々から鎧兜で武装した冒険者まで様々な人が居り、受付のカウンターがずらりと並ぶ。
ウィルフレッドは、ちょうど自分と同じくらいの年若い受付嬢のところへ向かった。
「冒険者になりたい。申し込みはこちらで?」
「はい。新規での冒険者登録をご希望の方ですね」
受付嬢は無欠の営業スマイルで何かの用紙を取り出す。
「サムライだ。俺をサムライ・クラスにしてくれ」
「えっ?」
そして、ウィルフレッドの一言で硬直し、ウィルフレッドに付いてきていた野次馬たちはどっと笑った。
「その……ギルドへの登録は所定の職種のうち、いずれかからお選びになっていただく形式となっております」
若干引き攣った表情で笑いを堪えながら受付嬢が説明する。
「なにっ!? サムライって職種は無いのか!?」
「ねえよ、そんなもん!」
ドワーフの重戦士が腹を抱えて笑いながらウィルフレッドの背中をバンバン叩いた。
「ええと……確か、サムライとは極東地域における騎士の名称でしょうか。
もし、主にそちらの剣で戦うことを指向されるのでしたら、やはり戦士としての登録が適切かと」
「なら戦士かな……でも、これは剣じゃない。カタナって言うんです。サムライにとってはすごい大事なものでしてね」
「では手続きを行います。連邦市民証をお持ちでしたらご提示ください」
「……連邦だと冒険者ギルドでまで、これが必要なのか」
ウィルフレッドは、真鍮色の金属で縁取りされた、やや厚みのあるプレートを取り出す。
ウィルフレッドの名前と市民番号が刻まれているこの小さな金属片が連邦市民証。ただ名前が刻印されているだけではなく、何か割り符的な意味もあるようで、連邦で公的サービスを受ける際は度々これを提示することになる。
「ウィルフレッド・ブライス様ですね」
受付嬢は市民証を確認して、何か四角い魔動機械に差し込んですぐ取り出し、申請用紙に番号を控える。
「私は本日貴方を担当致します、ジレシュハタール連邦冒険者ギルド、本部所属管理官のキャサリン・アークライトと申します。
よろしくお願いします」
炎と灰燼の色をしたオッドアイ。
蜜柑色の髪が美しい彼女は、見惚れるような笑顔で礼をした。