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[3-58] 悪い政府だ

 ケーニス帝国、帝都エテルグランゼ。

 広大にして華美なる都の中央に位置する王宮。

 その深奥、水上庭園の庵の如き第二の謁見の間にて。


「……ご報告は以上となります」

「そうか……」


 跪く大将軍・星環と、玉座に深く座った皇帝・竜淵。

 いずれも厳しい顔だった。


 大将軍である星環自らの報告は、帝国の南の果ての占領地、カデニス公国における敗北の報。

 展開していたゲーゼンフォール大森林攻略部隊は拠点の街を包囲され、何かの間違いで逃げ出せた者を除いて徹底的に虐殺される壊滅的大敗北を喫した。

 その戦いが概ね終息して、一時間が経ったところだった。観測部隊によって収集された情報を早くも整理し、星環は竜淵に子細に報告していた。


「負けるべくして負けたという印象だな。

 ……所感を述べよ、星環。何故我らは負けるいくさをしてしまった?」

「はっ、では僭越ながら。

 このような結果になると判断すれば、ゲーゼンフォール大森林攻略を諦め、カデニス公国を放棄して戦線を下げる選択もあり得ました。

 そうしなかったのは敵戦力を見誤り『勝てる』と判断してしまったためです」

「ふむ。具体的には?」

「予想外の要素としましては、トラウニル包囲に際してイール川を魔力供給に使うという奇抜な戦術と、それを可能にする技術力。

 森での戦闘では伏せられていた、特殊戦闘兵に値する敵精鋭戦力の質と量。

 大森林のエルフ共の地脈操作技術を奪うことまでは予想できておりましたが、戦力として吸収されたエルフ共の多さと士気の高さは誤算でした。アンデッド化されることを想定しておりましたが生きたままで、中にはダークエルフになった者も多数という始末」


 淡々とした星環の反省を聞き、竜淵は軽く鼻を鳴らす。

 アンデッドは様々な強みを持つが、聖気の攻撃に非常に弱いという弱点も抱えている。

 だが、エルフのゾンビでも相手にするつもりで準備をしていたのだとしたら、生きた敵(ダークエルフ)に引っ掻き回されるのも分かる。ダークエルフを含め、魔物たちはやはり聖気によってダメージを受けるが、アンデッドほどは聖気に対して脆弱でない。


「本来であれば密偵やスパイによって内部の状況を調査すべき所、閉鎖的な大森林に対する諜報は難しく、間接的なものに留まりました。

 ですがルガルット王国に対する諜報で我らが得る大森林の情報も、おそらく脅威度を誤認させるために制御されていたものかと」

「まあ、そんなところだろうな。幕僚局に検証を急がせよ」

「御意に」


 跪き頭を垂れていた星環は、細い体を折りたたむようにしてそのまま平伏する。


「此度の敗北、大将軍として己の不明と力不足を感じ、慙愧の念に堪えません。

 主上と帝国に勝利を捧げられなかったこと、心よりお詫び申し上げます」

「なんだ星環、貴様らしくもない情緒的な物言いだな。

 詫びている暇があるなら、どのように取り返すべきか考えればよかろう」


 この敗戦に関して、竜淵は星環に責任を取らせる気など無かった。

 もっとも、誰も責任を取らないようでは示しが付かないのも確かなので、青将軍には引退してもらうより他に無いだろうけれど。

 戦術的瑕疵はおそらく無い。戦力を集中させ切れなかった戦略的な失敗を言うのであれば、それは竜淵も同罪だった。

 誰がどう責任を取るか、なんてことよりもまずは、この失敗による被害をどう立て直して次に繋げるか考えるべきだ。普段ならむしろ星環の側がそう言いそうなものだが、どこか、ほんの僅かであれ、星環は常の冷静さを欠いているように竜淵は感じた。


「郷里の大森林が古巣の青軍に一矢報いたことは複雑な想いがあるかな。()()()()()()

「!」


 彼が父と部族に貰ったという本来の名で呼ぶと、星環は氷の塊でも口に突っ込まれたかのようにぴくりと背中を震わせる。


「主上。どうか夢にもそのようにはおっしゃいませぬよう。

 ……私はケーニス帝国大将軍・星環。

 私は森と家族を捨てましたし、家族も私を捨てました。ただそれだけのことです」

「そうか。ならこの話はここまでだ」

「力が全てを手に入れ、力が全てを守る……」


 小さな声で星環は呟く。

 竜淵も幾度か聞かされた、彼の哲学だ。己に言い聞かせるようなその言葉を、竜淵は聞こえなかったことにしてやった。


「……例の予定は明日、だったか」

「はい」

「結局、奴らの思惑通りというわけか」


 皮肉めかして竜淵は吐き捨てる。


「起こると分かっている反乱を事前に止められぬとは。我が帝国も衰えたものよ」


 青軍が占領し、帝国に編入した地域にて、()()()()()()()反帝国組織の動きが異常に活発化しているのを帝国の情報局は掴んでいた。

 そのうちいくつかにはスパイを潜り込ませてあったが、いずれの組織にも武器などの物資と戦闘用ゴーレムが密輸・供給されていた。

 全ての組織は、同じ日に蜂起するため準備を整えていた。


 * * *


 ケーニス帝国東部、レンオウ省、旧ルマイエ王国王都・クトゥラにて。


 その日は朝から全市民に、理由も告げぬまま外出禁止令が申し渡され、衛兵隊や治安維持のため駐留する青軍は厳戒態勢を敷いていた。

 だがその警戒を嘲笑うかのように事件は発生した。


 明け方、行政府として使われていた旧王城と通信局が相次いで爆破され、自宅待機状態だった省高官三人が暗殺される。

 混乱の中で武装した集団が、多数の戦闘用ゴーレムを伴い市街警備中の青軍を襲撃。青軍に対して総数では劣りながらも、各所に配置された部隊を各個撃破していくことで確実に血を流した。


 同時に衛兵隊詰め所を制圧した武装集団は、据え付けられていた広報用の設備によって街中に声を届けた。

 彼らの名は『ルマイエ解放軍』。目的は帝国支配からの脱却と、王国再興であると。


 * * *


 青軍の残存部隊は市街を放棄し、王城に立てこもる体勢となった。

 そして戦闘が睨み合いの小康状態に陥ると、それを待っていたかのように、衛兵隊詰め所にて控えるルマイエ解放軍『元帥』カンラの所へ帝国風のドレスを着た華やかな装いの少女が訪れる。


「やあ、調子はいかがー?」

瞬戒しゅんかい殿!? 何故このような危険な場所に……」


 戦場には似つかわしくない明るく溌剌とした雰囲気の少女が、何をどうやってこんな所まで来たのか、ひょっこり姿を現す。

 帝国風に『瞬戒』と名乗っているが、明らかに帝国人ではない少女。

 いや、あまりに世慣れて肝が据わった彼女の様子を見るに、本当に外見通りの少女であるかさえも怪しい。


 しばらく前、突如としてカンラに接触してきた彼女は、反乱を起こすために必要な武器と、大いなる戦力となるゴーレム兵を、ルマイエ解放軍に売ると持ちかけてきた。

 当然カンラは怪しんだ。帝国は反政府勢力に対して厳しい対策を取っており、カンラたちは剣1本手に入れるにも用心と面倒が必要だった。

 そこに瞬戒の申し出は余りに好都合すぎて、本当に可能なのか、詐欺かそれとも当局のスパイかと疑うのは当然だった。


 しかし、彼女はいつの間にやら主立った幹部の信用を得ており、気付けばカンラも警戒を解いていた。

 そして何より彼女は、嘘などついていなかったのだ。

 どうやって運び込んだのか全く見当も付かなかったが、アジトの地下に積み上げられた武具と、整列したゴーレムの部隊を見た時は心臓が熱く燃えたものだ。ついでに、周辺地域で流行し始めた疫病の治療薬も手に入った。

 その代価も、安くはないが状況を鑑みれば良心的とさえ言える金額だった。旧王族の隠し財産によって支援されているルマイエ解放軍には充分、支払い可能だった。


 国外の商人でさえ交易許可の取り消しを恐れて反乱軍に協力などしない。

 法外な報酬を積まぬ限り旨味より危険が大きく、闇の犯罪組織さえ簡単には手を貸さない。

 そんな中で自分たちに助け船を出すのは何者か……

 カンラは国際情勢というものが多少は分かっているつもりだ。ある程度見当は付いたが、目をつぶることにした。

 買えたのは人骨製なんかじゃなく鋼やミスリルでできたまともな武器であり、スケルトンやゾンビじゃなくゴーレムなのだから、表向きはシラを切り通せば良い。

 祖国を取り戻すためなら、魔物だって利用してやる。カンラはそれくらい形振り構わなかった。


()()()()に言われて様子見にね。ここは、今日起こっている中では一番大きな戦いだから」

「他所の国はどうなっている?」

「んー、まあ上手く行くところも行かないところもあるんじゃない?

 でも戦いが起こってるのは確かだから、まあ二、三日でここに援軍が来るってことは無いと思うよ」


 あっけらかんとして瞬戒が言う。

 瞬戒に聞いた時は驚いたが、彼女は多くの反帝国組織に掛け合って支援し、同じ日に一斉蜂起するよう仕組んでいるというのだ。

 実際にそんなことができるなら青軍の力を分散させられるので、それだけ有利になる。

 その発想の大きさにまず舌を巻いたが、なんとそれは実現してしまったらしい。


 カンラは大きく頷いて、丁度その場に居た同志たちに向き直った。


「聞いたか。悪しき帝国の支配に立ち向かう義士は我らだけではないようだ。

 今こそ祖国を取り戻す時。腐った帝国の連中を皆殺しにして、奴らの血で罪を贖わせるのだ!」

「「「おおお――――っ!!」」」


 闘士たちは武器を振り上げ叫ぶ。

 緒戦の勝利によって、彼らの士気は烈火の如く高まっていた。

・エルフに名字の概念はありません(強いて言うなら部族名が名字)が、親とかの名前の一部を貰うことは割とあります。親しい間柄だと名前の前半分を愛称として呼びます。


・ケーニス帝国が中華『風』のあれやそれを取り入れたのは一時期の文化復興運動によるもので、また他国の領土をぶんどって巨大化していった国でもあるので、古い地名なんかはリネームされずそのまま残ってたりします。

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[良い点] こういう雰囲気の場面好き(語彙力) [一言] (投票しました…応援してます…!)
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