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[3-57] 吹き荒ぶ熱風の果て

 ぶつかり合う刃が生と死の狭間で剣戟の調べを奏でる。


「らああああああっ!」

「スシ! テンプラ! スキヤキ!」


 舞い散る火花は流星群の如し。

 ゼフトとウダノスケは激しく切り結び、さすがに割って入って防御する余裕は無いと見たカインは挟み撃ちの位置から大盾による殴打スマイトを狙いつつ後衛二人を防御する。

 アルビナは回復に備えつつ、手が空きそうなら神聖魔法による攻撃をする構え。

 クレールは各種の強化バフ魔法を味方にばらまきつつ、こちらも隙あらば一撃を狙う。


 四人の持ち物は武器も防具も、対アンデッドの装備として最高の加護が施されている。

 そんじょそこらの神殿でできることではない。これらの装備は全てディレッタ神聖王国にて専門の職人に誂えさせたものだった。

 全てはチェンシーのため。"怨獄の薔薇姫"と、その手下共を倒すためだ。

 敵の動きは鈍り、邪気による侵蝕も打ち消す。

 だが、それでもグールサムライは四人の一流冒険者を相手取って互角に戦っていた。


「【気刃(キ・エッジ)】!」


 戦いの間隙。間合いが離れたところでウダノスケはカタナの峰を撫でる。

 すると、その刃が輝きを宿した。


付与魔法エンチャント系の練技……?」

「あれで聖気を貫く気だろう。気をつけろ」


 聖気と邪気は相殺し合うもの。

 だが、邪気を動力とするアンデッドにとっては、その相殺そのものがダメージとなる。

 武器に付与魔法エンチャントを掛ければ単純に聖気を払う圧力が増し、それだけ優位に戦えるということになる。


「≪召雷ライトニング≫!」


 だがその隙を逃さず、クレールの魔杖より天に向かって雷が迸る。

 それはゼフトと切り結ぶウダノスケに向かって落ちてくる……のだが。


「グンマケン!」


 ウダノスケは即応した。

 今はカタナを片手持ちにしている状態。空いた手で何か、札のようなものを鋭く天に擲つ。

 雷はまるでその札に吸い寄せられるように直撃し、ウダノスケに届くことなく彼の頭上で炸裂した。


 さらに、ウダノスケは星形の投擲刃を放つ。


「リン!」

「くっ!」

「ピョウ!」

「きゃあっ!!」


 回転しながら鋭く飛翔した刃は後衛を狙う。

 クレールを狙ったものはカインが盾で叩き落としたが、もう片方はアルビナの胸に突き刺さりかけ、彼女はそれを腕で防いだ。


「守る! 回復しろ!」


 カインは前に出る。盾を突き出し迫る。

 同時にゼフトも斬りかかる。


 前後よりの攻撃。

 ウダノスケは……カインの方に向かう。

 大盾目がけて斬り付けるかという刹那、ウダノスケの背後よりゼフトの剣が迫る。


 草を編んだサンダルのようなウダノスケの履き物が地を躙る。

 急停止してウダノスケは転回。半身になって、背中に目が付いているのかという正確さで……アンデッドである以上、視覚だけでなく魔力知覚も持っているのだ……ゼフトの剣を躱す。一本に縛った金髪が半ばで断ち切られた。


 ウダノスケの足が、振り下ろされたゼフトの剣を踏みつける。

 しかしゼフトに背を向けたまま、カタナを引き寄せ、矢狭間を覗き込むように目の高さに構えた。


「ドウチョウ……アツリョク!!」


 ウダノスケはカインの盾を突いた。


 "怨獄の薔薇姫"の魔剣によって穿たれた、盾の穴。

 それは剣の先を突っ込まれた程度なので大した大きさではなかったのだが、しかし。


 装飾的とすら言えるほどに大きな"怨獄の薔薇姫"の剣に対して、細く鋭くも長いカタナ。

 その刃は、針穴に通された糸のように盾の穴を通り抜け、分厚い胸甲すら貫いてカインを串刺しにしていた。


「なんっ……」

「カイン!」


 ごぼりと、カインの口から血が溢れる。

 しかし、にも関わらずカインは怯まない。ウダノスケを押し返し、カタナを胸から引き抜こうと総身に力を込める。

 筋肉が盛り上がり、鎧で着ぶくれしたカインの身体がさらに一回り大きく見えた。


 かと思った、その時だ。


「【気刃解放(キ・ハク)】!」


 ズド、と何かが破裂したような重い音がしてカインの身体が揺れた。 

 カインは血混じりの()()を噴火する火山の如く吐き出す。カタナに纏わせた力を体内で解放され、ズタズタに引き裂かれた内臓が飛び出したのだ。


「何だと!?」


 傾ぐ身体。滑り落ちる盾。

 グールサムライは大盾を蹴ってカタナを引き抜き、一振りして血の汚れを払った。


 そして返す刃で背後のゼフトをも斬り捨てようと……


「ぬおっ!?」


 その瞬間、カインが光り輝きながら爆発四散し、ウダノスケが虚を突かれた様子で驚いた声を上げた。


 カインの肉体は白茶けた砂となって吹き飛び、身につけていた装備品が舞い飛ぶ。

 これこそディレッタ神聖王国で仕込んできたもう一つの奥の手。特殊な肉体聖別術式だ。

 死を迎えた瞬間、その肉体は聖気の爆弾となって邪悪を討つのだ。これなら邪神の手下に死体を奪われることも決して起こりえない。その代わり、魔法による蘇生の望みも絶たれることとなるが。


 聖なる遺灰を浴びたウダノスケの青白い肌が火傷のように爛れる。

 カインを刺し殺したカタナは聖気に冒され、彼の手を灼いていた。もはや聖印を手にしているに等しい。


「貴様、よくもカインまで!」

「ぐっ……」


 頭が真っ白になるような怒りと共にゼフトは襲いかかる。

 この聖別を施してきたのは、強大なアンデッドと戦う上で当然のこと。しかし使いたくはなかった。使う気はなかった。チェンシーを助けるために別の誰かを失うつもりなどなかったのだから。


 まともに身動きもできぬ様子のウダノスケに、聖なる刃が振り下ろされ……


『ヲヲヲヲヲヲヲヲ!! アアアアアアアアア!!』


 その時。

 半身を機械化した大男のアンデッドが、本来の手より四倍ほどは大きい鉤爪を振り回しながらゼフトに飛びかかってきた。


「こいつっ!?」


 巨大な鉤爪に掴み取られそうになったゼフトは、その手のひらを剣で跳ね返しつつ距離を取る。

 このアンデッドは先程まで別の特殊戦闘兵と戦っていたはずだが、いつの間にやら相手を打ち倒していたようだ。


 機械化された関節を滅茶苦茶な角度に駆動させ、蒸気を撒き散らしながらアンデッドは襲ってくる。

 人どころか普通のアンデッドですら不可能な体勢からの連続攻撃。しかも、横目に見ていた先程までと明らかに動きが違う。防ぐだけで手一杯だ。


「こいつ、急に強く……!?」

「あっはっはっは! やーっぱ手動マニュアル操作の方が強いねえ。

 制御術式プログラムも改良の余地有りだわ。それとも別人の頭とか魂くっつける方が良かったかな? 邪悪で」


 ちゃらんぽらんな笑い声が響く。


 黒い鐔広とんがり帽子を被り、下着と大して変わりない格好で豊満な肢体を曝け出した奇妙な女が、何本もレバーが突き出した真鍮の機械を首から提げて操作していた。


「ご助力、かたじけないでござる……」

「そんな状態のカタナ持ってても、まともに戦えないでしょ? 下がってなさいな。

 こいつらは失敗作と刺し違えるくらいで充分よ」

「何……!」


 決意、覚悟、勇気、正義、そしてカインの死とチェンシーの存在を嘲笑われたように感じ、ゼフトは気色ばむ。

 しかし、刃は届かない。目の前の機械化アンデッドはゼフトより強く、手負いのウダノスケは引き下がっていく。


「あっちは……もう間に合わないか……」


 痴女、もとい魔女はどこかに視線をやって、少し苦く呟いた。


「そこをどけぇっ!」

「≪光輝繚乱イルミネイション≫!」

「≪召雷ライトニング≫!」


 三人の攻撃が機械化アンデッドに集中する。

 ばらまかれた聖気の爆発が動きを鈍らせたところへ落雷が直撃。

 舞い散る光を蹴立てるようにゼフトが胸部両断を狙った一撃。


 寸前、アンデッドの機械部分数カ所から細い真鍮色の鎖が迸った。


 がくん、とゼフトの身体が揺れる。

 血の気の無い肉体を半ばまで切断しながらも、剣が止められていた。

 剣とゼフトの身体に細い鎖が絡みつき、絡め取っていた。


 聖別された剣で一撃を加えた以上、アンデッドの肉体を聖気が冒しているはず。

 しかしアンデッドはますます蒸気を噴き出し、その鉤爪付きの巨大な手で、抱き込むようにゼフトに掴みかかった。


 ――こいつ、確かにアンデッドだが……半分はゴーレムと同じ、純粋な魔法動力で動いているのか!?


 触れ合った人同士が互いの鼓動を感じるように、ゼフトは目の前のアンデッドを巡る力を感じていた。

 それは急激に高まっていく。動力炉が最大火力で燃え、持ちうる全てのエネルギーを駆動させて。


 身動きできなくなったゼフトを見て、操縦者の魔女はにんまり笑う。


「自爆は浪漫。よく分かってるじゃない。

 人間が自爆したんじゃ、機械人形ロボットだって本家の意地を見せるしかないわよね?」

「なっ……」

「念のため自爆装置付けといてよかったわ。

 はーい、犠牲者以外全員離れてー」


 アンデッドが目も眩むほどの光を放った。

 一瞬。嵐を前にしたような風を感じ、ゼフトは全てを失った。


 * * *


 竜頭を模した四つの籠手が、重い音を立ててぶつかり合う。


「おおおおおおおっ!」

「はああああああっ!」


 岩をも砕く一撃必殺の拳がぶつかり合い、首刈り鎌のごとき蹴りを後転で回避。

 地を這い、体重が無いかのように宙を舞い、交錯し、そして拳を繰り出す。

 堕ちたる仙女の如き出で立ちのアンデッドと、石枕せきちんとの戦いは熾烈を極めた。


 『め』や『投げ』には持ち込ませず、互いにやや距離を取っての打ち合いだった。

 それは単に、距離を取らなければ毒でやられる危険性があるからだが。


 ――強くなったな、チェンシー……! 見た事の無い動きだ!

   寺院を離れてからも鍛えていたのか! 冒険の中で培った技か!?


 石枕は全ての攻撃、全ての防御に完全なる集中をしていた。

 一撃、一瞬、全てを味わい尽くし無駄にはしない。

 最高の戦いをする。

 でなくば彼女には勝てないし、彼女に面目が立たないし、何より勿体ない。


 ――俺の技も最早、あの寺院にて学んだものとは違う!

   青軍の一員として多くの国を攻め! 数多の強者と死合い、我流の域に至った!


 かつて同じ技を学んだ。

 同じ道を究めようとした。

 競うのはあくまでも、同じ技の優劣だった。


 今は違う。

 あの寺院を出てからの全ての歩みが。

 互いの技に宿っている。


 ――見ているか、チェンシー! これが俺の力! お前に捧げるために手に入れた力だ!


 時間が永遠に間延びしていくかのような、逆に縮んで一瞬で終わってしまうかのような。

 戦場も、敵味方の軍勢も、守るべき人々も全て消え去り、この世に二人しか居ないかのような。


 その戦いは遂に、終局へと至る。

 チェンシーによる二連拳打をくぐって放った石枕の蹴りが、僅かに彼女を揺らがせた。

 それは、僅かだが二人の戦いにおいて最も大きな隙だった。


 石枕は密接する程に間合いを詰める。

 迎え撃つチェンシー。石枕の方が早い。

 致命的な一撃を叩き込める。反撃を許容するなら。


「ぬっ……」


 石枕の拳がチェンシーの胸部を捉える。

 チェンシーの拳が石枕の腹部を穿つ。


 彼女の手から分泌される猛毒が、改造された籠手の絡繰からくりを通して石枕に流れ込む。"怨獄の薔薇姫"とその手下が使う技の中でも、最も危険なものの一つと思われた『魅了』対策を全軍が優先したため、対『毒』防御は不完全だった。

 焼かれるように腹が熱い。だが、石枕は止まらない。


「……あああああああっ!」


 竜頭の籠手がチェンシーを、放たれた矢のように殴り飛ばしていた。

 半ばきりもみ状態で吹っ飛んだチェンシーは、地にまみれて転がり、もう立ち上がらない。

 聖別された籠手によって聖気を打ち込まれ、物理的衝撃によって肉体を破壊され、動けなくなったのだ。


 もっとも、動けないという点では石枕も似たようなもの。

 猛毒にやられた石枕は己の身体を引きずるように、ふらつきながらも向かっていった。


「はあっ……はぁっ……」

「……強く……なったのね。

 兄弟子に……虐めのような組み手を仕掛けられて……泣いていたあなたが……」

「ああ…………お互い様だ」


 二人は、運命を嘲笑うように、もしくは笑い飛ばすように、僅かに苦笑した。


 邪悪なるものが迫る気配を、石枕は感じる。

 既に戦いの大勢は決したようだ。ならば、向こうの手も空くだろうというもの。


「≪七連魔弾フライクーゲル≫!」


 赤刃を手にした銀色の少女が、戦場を切り裂いて流れ墜ちる星のように迫り来る。

 彼女が魔剣を振るうと、そこから飛び出した七つの魔弾が石枕を狙った。


 籠手に魔力を流し、石枕は打ち振るう。

 魔弾のうち四つが弾かれて爆発し、残りは石枕に叩き込まれた。


 クレールに貰った強化バフを潰さないため、護符は使わない。

 呼吸法によって生体魔力を濃く流し、抵抗力を高めていた石枕だが、それでもただ即死せずに済んだというだけ。

 半面を潰され、脇腹を吹き飛ばされながらも、しかし、石枕は拳をチェンシーに押し当てる。


 ――ザマを見ろ、"怨獄の薔薇姫"。チェンシーは……返してもらうぞ。


「【寸勁フェイタルコンタクト】……!!」


 石枕より放たれた力の波動がチェンシーを破壊するのと、深紅の魔剣が石枕を両断するのは、ほぼ同時だった。

※再度注:ウダノスケの怪しい極東語彙は姫様の気まぐれでたまに増えます

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後まであきらめない姫様けなげで素敵 [気になる点] チェンシーがあっという間に退場してしまってちょっと残念。今度は霊体系アンデッドでワンチャンある?
[一言] 姫様なにしとんや……
[良い点] やはりウダノスケは良いキャラですね。 [一言] 200話おめでとうございます!
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