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[3-53] 超合金vs超脳筋

 巨体対、巨体。

 棍棒対、棍棒。

 大地を揺るがす重量級のぶつかり合いが、包囲陣の内側で巻き起こっていた。


 『黄巾力士・乙型』は身長4メートルほどで、何かの甲羅のような鎧を着た巨人……を、象っている合金製の大型戦闘ゴーレム。頭に巻いた黄色の布がトレードマークだ。初期型黄巾力士は、この布が制御の鍵であり弱点でもあったのだが、それは既に克服され、今は象徴的な意味合いに留まっている。


 ゴーレム自身の能力によって障壁を展開し(魔力をバカ食いするはずなので長時間は保たないとみられるが)、砲撃を防ぎながら突っ込んできた黄巾力士たちは、蒸気を撒き散らしながら刺々しく巨大な棍棒を振り回す。

 そして黄巾力士を盾にして進み出た軽騎兵が後詰めを務める体勢だ。


 それを迎え撃つは、黄巾力士より少々背の低い、緑色の肌をした巨人たち。オーガだ。

 隆々たる肉体に戦化粧を施し、剣闘士の如き簡素な鎧を纏った彼らは、これまた巨大な石棍棒を手にしていた。


「ぬあああああああっ!!

 退くな、退くな! 押し返せ! オーガには前進あるのみ!!」


 先頭に立つンヴァドギが怒号を上げる。

 彼は黄巾力士三体を同時に相手していた。打ち合う度、石棍棒が徐々に削られていく。


 軍団のぶつかり合いにおいて、中核となる戦力の『重さ』は重要だ。騎兵なども、歩兵には持ち得ない重量・突破力が期待される場面は多い。

 オーガの重歩兵はその点、必要充分と言える。オーガは巨人種の中では小さな部類だが、相手が人であれば充分に大きく、力強い。これまで青軍との戦いでも機を見て投入され、大きな戦果を上げていた。


 そのオーガたちに対抗するため青軍が用意したと思われるのが、この黄巾力士だ。

 大森林内では巨体が災いして動きにくいためか姿が見られなかったが、最近、大森林攻略部隊へと配備されてきたことをシエル=テイラ亡国側は既に掴んでいた。

 オーガより巨大で頑丈な『黄巾力士・乙型』は、野戦においてオーガに対する抑止力となる。


 腕甲にて棘金棒の一撃を受けたンヴァドギは、次の一撃で棍棒を弾き飛ばされる。黄巾力士の動きは単純だが力強く、意外なほど素早い。

 後ずさったンヴァドギの腕甲はひしゃげ、穿たれた穴からは血が流れていた。


「ぐふうっ。鉄の人形……お前だぢには、祈りが無い……」


 ンヴァドギは、熊でも恐怖の余り失神しそうな眼光で黄巾力士を睨み付ける。

 しかし絡繰りの巨兵たちが恐怖することはない。

 真鍮色をした棘だらけの巨大な金棒で殴りつけてくるだけだ。


「ぬうんっ!」


 振り下ろされる金棒を、ンヴァドギは素手で掴み取って受け止めようとする。

 無茶だが死にはすまい。退けぬ故の一手だ。ここで黄巾力士を食い止めなければ『特殊戦闘兵』との戦いへ乱入を許す。


 しかし、その棍棒は軌道を乱す。

 黄巾力士が膝から崩れていた。


「むっ?」


 正確には、ンヴァドギと対峙していた三体の黄巾力士全ての足下に突然ぽっかりと穴が空き、必然的に黄巾力士たちはそこに足を突っ込んでバランスを崩していた。


 何者かが風の如き速さで駆け寄る。

 それは、鎧のパーツを手掛かりにンヴァドギの身体を背後から駆け上ると、肩から踏み切って宙返りをしつつ空中で弓を引き絞る。


 褐色の肌。暗緑の髪に尖った耳。露出の多い黒革鎧を身に纏う女エルフ。……否、ダークエルフ。

 彼女は宙に舞ってから着地するまでの間に、神業としか言いようのない手際で四本の矢を放っていた。

 流星の如き矢は全て、同じ黄巾力士の手首関節に打ち込まれ、それを破壊する。

 ぶらりと垂れ下がった手から金棒が滑り落ちた。


「これで貸し借り無しだ、デカブツ」

「ほおう……」


 女ダークエルフ……リエラミレスは、挑戦的にンヴァドギを睨み付ける。

 オーガの大酋長は興がるような声を漏らした。


 黄巾力士が落とした金棒を拾い上げたンヴァドギは、それで残る二体を力任せに打ち据える。

 足を取られていた黄巾力士に金棒がクリーンヒットして、頭部がひしゃげた。


 大型ゴーレムはその巨体故に小回りが利かず、こういう搦め手に弱い。

 本来それを防ぐのは随伴する支援要員などの役目なのだが、先程まで騎乗して随行していた術師は胸に矢を生やして地にまみれていた。


 次々と矢が飛ぶ。風が唸る。

 針の穴を射貫くような鋭く確実な一射が、いくつもいくつも数えきれぬほど。

 黄巾力士の戦いを支援していた騎兵たちが射貫かれ、あるいは防御しつつ後退を強いられる。


「行げ! 行げ! ぶち壊せ! 叩き潰せ!

 前進! 前進! 前進!」

「「「うおおおおおおおっ!!」」」


 勢いを盛り返したオーガの部隊は、仲間の死体にすら振り返らず突撃を開始した。


「全く……奴らは脳みそまで筋肉でできてると見える」


 その背中をリエラミレスは呆れつつ見送る。

 後先考えぬ猪突猛進ぶりだ。


 先行したリエラミレスのもとへ、ダークエルフの機動弓兵が集合してくる。

 彼らは皆、大柄な灰色の狼に騎乗していた。

 リエラミレスの愛騎も追いついてきて、鼻をすり寄せ背中を差し出した。

 エルフからダークエルフになろうとも変わらず尽くしてくれる戦友だ。


「空はもう、向こうに残した戦士だけで充分だろう。

 我々は敵ゴーレムの支援要員を排除する。向かって右から崩していくぞ」

「「はっ!」」


 狼にひらりとまたがったリエラミレスは鋭く指笛を吹き鳴らす。

 その合図を聞いた狼たちは、一斉に突撃を開始した。


 * * *


「つまり地脈による世界構築の観点から見れば、この森は独立してるのよ。

 独立採算の子会社をつくって業務委託してるようなもの……って、この喩えじゃ逆に分かりにくくなっちゃうかな君らには」


 ゲーゼンフォール大森林の中心、大霊樹(……と、今も呼べるのかは不明だが)の洞の中に、奇妙な機械がいくつも並んでいた。


 黒く染まった大霊樹の洞の中は、並んだ魔力灯照明によって煌々と、神秘の欠片も感じられない照らされ方をしていた。

 電極のようなものが地面と言い壁面と言い容赦無く突き刺されている。

 洞の中心では、蔦が絡み合って結び合い、何かを宙に抱き留めているかのような形になっていた。『聖域』への門だ。もっとも、その門は既に壊れかけ、蔦の隙間からは血のような赤い液体が滴っていたが。


「かつての大戦で人族は滅びかけた。その時は今より人族の遙かに近くに大神が居たんだろう。

 だからその縁で賜ったんじゃないかな。できれば君らの族長様が生きてるうちに経緯を聞き出したい所なんだよねー。多分もうすぐ死ぬけど」


 独特の形状をした身体にフィットする椅子に座って、メーターとレバーが大量に付いた機械をいじりつつエヴェリスが言う。

 ここ、大霊樹の洞では、地脈を制御して北側地域への魔力供給を引き続き絶ちつつ、南のルガルット王国へは魔力を流す操作を行っていた。

 本来はゲーゼンフォール大森林の地脈が(さらに正確に言うなら彼らの『聖域』が)持っていた機能だが、それを乗っ取る形でエヴェリスは利用していた。

 助手、兼実験台、兼玩具として見繕った白衣姿の見目麗しいダークエルフ少年たちが、計器を観測して黒板にグラフを書いたり、電極の位置を調整したりとちょこまか走り回っている。

 彼らは仕事をしながらもエヴェリスの声に耳をそばだてていた。


「ま、気持ちは分かる。森の中に泡沫のような拠り所を作るよりも、森の()に確固たる永遠の墓標を刻みたいってことよね。森の守りだって強固になるもんね。

 たださあ……あの性悪の神様連中が、広い世界のほんの一部とは言え、タダで人族に任せるわけないじゃーん。

 地脈に還った魂たちは、高度な情報処理を行える集合意識体パラレルコンピューターになるけれど、そこには神様に絶対服従っていうウイルスも仕込まれてたわけ。

 それが、君ら大森林のエルフが『聖域』と呼んでいたものの正体。偽りの楽園。神の奴隷たる傀儡たちのたまり場さ」


 けけけ、とエヴェリスは軽く笑う。

 少年たちは皆、どこか複雑で緊張した表情をしていた。


 ゲーゼンフォール大森林が持つ地脈制御能力は、『聖域』の副産物だった。

 何故、神々の作り上げた『聖域』にそんな機能が付いているかと言えば、単純にそうでなければ、魂の揺り籠として機能しないからだ。

 地脈を流れる膨大な力に晒されたら、地脈に留まろうとする魂など揉みくちゃにされて己を失い、どこかへ吹き飛ばされてしまうだろう。だからそれを防ぐため、結果的に地脈を制御する機能が必要だったのだ。


 その機能をエルフたちが、何故、いつから悪用し始めたかはまだ聞き出せていないが……

 きっと『父祖の意志』とやらの差し金だろうとエヴェリスは睨んでいた。

 この森の『聖域』は神々の意志を映す。そこに力を集めておけばいざという時に活用できるだろうから。それで何か都合の良いお告げでも下して、エルフたちを焚き付けたか。


「今、私はこうやって地脈を制御して世界と再接続し、『聖域』を溶かしてるんだ。

 地脈に溶け込んでたご先祖様方の魂が意思を保ってたのは、この森の地脈が実質的に独立してからに過ぎない。

 大海に浮かべた一塊の泥団子がどうなるか……ま、言うまでもないよね。

 地脈制御機能の()だけは残して、私らが有効活用ね」


 エヴェリスはちょうど近くを通りかかった少年の肩を掴み、引き寄せて、豊満な胸に抱き埋める。


「うひゃあ!」

「酷いかな? 私がしてること」

「えっ? えっと……」


 ダークエルフの少年は二重の意味でどう反応して良いか分からない顔をしていた。


「……聖域の御方々は、先生や姫様にわるい事をしました。

 ですから……ばつを受けるのは仕方ないことなのだと思います」

「んー、優等生ねえ。可愛いけど面白くないぞ、このぉ!

 先生が聞きたい事しか言わない良い子ちゃんはこうやって……」

「うわわわわわ」


 エヴェリスは少年を抱きしめてぐりぐりと頬ずりをする。

 白衣の少年は真っ赤になって、助けを求めるようにぱたぱたと手を振っていた。


「あの、先生! この数値……異常じゃありませんか?」


 そこへ、計器を観測していた別の少年が呼びかけて、捕獲されていた少年は解放された。

 エヴェリスは、ちょうどいいところにあった頭に胸を乗せながら計器を覗き込む。


「ん?

 ……ん? んん?」


 本来あるべき数字とは逆方向に振り切れたメーターがそこにあった。


「こ、れ、は……

 あー。地脈の()()術式打ち込んできたぁ? 悪足掻きだけど多少は影響あるか」


 すぐにエヴェリスは原因を見抜く。

 塗り替えられて邪神の領域となった大森林の地脈を、大神と人族の領域として取り返そうとする魔法だ。

 それが大森林のどこかに打ち込まれていて、その結果、計器に異常が検出されていた。


 一時的に一部だけの地脈を取り戻したところで、大局には何の影響も無い。

 だが、こうして地脈に衝撃を与えることで、大森林からの地脈制御を乱す効果はおそらく出ている。

 攻撃開始から三日もあれば、青軍もどこかで絡繰りに気が付いているだろう。ルガルット王国側に潜入して破壊工作を仕掛けてきたと考えるのが妥当なところか。


「ヘーイ、助手一号! やり方もう教えたよね? 川への魔力流量、なるべく維持よろしく!

 私は敵が仕掛けてきたポイント探るから。あと誰か、姫様かアラスターに通信繋いで!」

「はいっ!」


 エヴェリスはレバーだらけの機械にかぶりつき、一秒間に二回程度の頻度でレバーを上下させ始めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 敵も味方も全力で考えて策を打ってきている。主人公に取り巻きがいるからこそ、こういった多正面作戦が描写できる。彼女は一人で戦ってるつもりかもしれないが、周りから目を背けているだけなのだ。そこ…
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