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[3-48] 憲法第21条第2項違反

 一方その頃。


「遠距離通話、お願いできる?」


 ケーニス帝国の片隅の通信局で夜番をしていた局員・デービッドの前に、華やかな装いの少女が突如として現れていた。


 フロアの明かりも半分は落とし、奥に仕切られた半地下の小部屋から漏れる青白い魔法陣の光が窓に照り返している夜の通信局。

 そんな中にやってきた少女は、白い花のような丈の短いワンピースと鐔広の帽子、不思議な模様の入った鮮やかな空色のスカーフを身に纏っていた。

 高価な服を着ていることは、服飾に詳しくなくても雰囲気で分かる。大きな宝石をあしらった首飾りも家が建つほどの値段だろう。それを彼女は全く無造作に普段着のように身につけている。

 編み上げサンダルめいた靴に素足履きが眩しい。


「あ、はい。可能ですが、料金の方は……」

「あー、いいよそういうの。高いって言っても帝国金貨十枚あれば払えるよね?」

「じゅっ……!? はい、それはもちろん!」


 通信局では遠隔地との会話もサービスとして引き受けているが、それは概して高い。

 遠隔通信の魔法は、都市の地脈が貯蔵する魔力を引き出して使っているものであり、魔力消費が多い遠隔通話はそれだけの対価を税として納めなければ使えないものだ。


 そのため、通信局員に通信文を託して伝えさせ、現地で郵便として届けるサービスの方が安価で一般的なのだが、少女は金のことに頓着した様子も無い。

 旅行者……それも、どこぞの成金の放蕩娘という印象だった。


「番号これね。『アマリエを呼ぶように』って伝えれば分かるから」


 少女が示した8桁の番号は、東部沿岸国家アルージーのどこかの通信局であるらしかった。

 遠いと言えば遠いが、金さえ払えば民間人が無許可で通話できる程度には近い。


 通信室の魔法陣の一部に連結された、ミスリルの数字パネルを並べ替えてデービッドは術式を書き換える。

 レバーを倒して発信時用の魔力導線を接続すると魔法陣の光量が増し、どこか遠くの音が魔法陣から聞こえ始めた。


『……こちらはアルージーのメン州フィル通信局です』

「ケーニス帝国リンミン省ギムル市マティス通信局です。民間通話で、呼び出しは『アマリエを呼ぶように』と」

『かしこまりました、しばしお待ちください』


 通信は一度途切れる。これから向こうの通信局に通話の相手を呼び出すのだが、その間も繋ぎっぱなしだとそれだけ魔力を消費するからだ。


 折り返しの通信を待つ間に、デービッドは少女に定型文的な説明をする。


「……えー、民間人の通話に際しましては内容確認のため通信局員が立ち会います。

 また最大10分で強制切断となります。これは都市貯蔵魔力保全のためであり、省令によって……」

「もう、分かってるよ」


 流石に全て承知しているようで、鬱陶しそうに少女は説明を遮る。小生意気な態度さえ魅力的だった。


 やがて、光量が落ちていた魔法陣に輝きが戻る。

 向こうの通信局から折り返しの通信が入ったのだ。意外なほど早かった。


「あ、お母さん。聞こえる? うん、うん。大丈夫、元気にしてるよ」


 通信室に飛び込んだ少女は、虚空に向かって語りかける。

 デービッドは部屋の入り口で少女の背中を見ていた。


「新しいお友だちが二人もできたんだ。

 ……そうそう。ジェリ君はお金持ちでさ、欲しいものはなんでも買っちゃうんだって! いやー、でもオマヌケだと思うよ。口も軽そうだし。

 カノンは苦学生でね、今身体を鍛えてるって言ってた。……うん。そうだよねー、勉強ばっかりしてないで、もっとお友だちを増やすべきだと思うなあ、私」


 少女は楽しげだ。

 内容は本当に何と言う事もない、母への近況報告。

 そんなことのために大枚はたいて遠距離通話をするなんて……と、木っ端公務員のデービッドは思わざるを得ない。

 まあ遠く離れた場所に居る娘の安否が気に掛かる親心は、一児の父として分からなくもないが。


 ……いや、もし娘が大きくなっても一人で外国へ旅行に行かせるなんてやっぱりとんでもない。

 金持ちどもは人脈と見聞を広める機会として、自分の子が旅行へ行くことを割と推奨する風潮があるそうだが、もし彼らに護衛を雇う金がなかったら同じ事を考えられただろうか。

 護衛など雇えない庶民が旅行をしようと思ったら、見知らぬ土地で己の嗅覚のみを頼りに危険を避けて歩くことになる。

 魔物、賊の類い、犯罪組織、不埒者……美しく成長した娘がそういった連中の手に掛かるかも知れないと思うと、考えるだにおぞましい。


「パーティーに呼んだら、二人とも来てくれるって。でもちゃんとお出迎えの用意をしなきゃ。

 ジェリ君は大丈夫そうだけど……うん。そうだね。

 私は大丈夫、足りないものとか無いよ。お小遣いもまだあるし。うん。

 あー、そうだね、どうせそっちの方に行くからそこへ送って。それまではもつと思うし。うん」


 態度には出さないが、呑気なものだとデービッドは呆れる。

 大して遠くない場所で戦争が起こっていて、何やら呪いの病が広がっているなんて噂も聞くのに。

 このお気楽な少女はきっと、悲惨な争いなどどこか遠い世界の出来事として生きていくのだろう。


「分かった。()()は引かないように気をつけるよ。

 ありがと。じゃあねー」


 少女は弾むような足取りで通信室を出てくる。

 通話内容を雑に書き留めていたデービッドは通話が終わったと見るや、壁のレバーを操作して魔法陣への魔力供給を減らした。


「……通信料金は1万6300ユンとなります」

「はーい」


 少女は肩に掛けていた小さな鞄から財布を取り出し、デービッドの一家が一ヶ月暮らせるくらいの金額を、竜の横顔が刻印された帝国通貨で軽く支払った。

 それから彼女は銀貨を一枚余分に取り出して、それをデービッドに手渡す。


「はい。これで美味しいものでも食べて」

「あ、は、ありがとうごじゃます……」


 ちょっと過分な気もするがチップらしい。

 紅玉のような目を細めて微笑み、少女はデービッドを労った。

 目眩を覚えるほどに愛嬌がある。今はまだ若く青い雰囲気を残しているが、やがて彼女はいかなる男をも手玉に取る傾城魔性の女になるのかも知れない。


「じゃあねー」


 少女はひらりと手を振って、風のように通信局を出て行った。


「金ってのは、あるところにはあるもんなんだなあ……」


 デービッドは、幻術狐サイコフォックスにからかわれたかのような気分で少女を見送っていた。

 幸いにも彼の手の中の銀貨が、葉っぱに変わってしまうことはなかった。

書籍版・怨獄の薔薇姫2巻は7/4(土)発売です!

今回もweb版から大幅改稿でブラッシュアップ。より濃密になり攻撃力を増したストーリーをお楽しみくださいませ!


なお2巻に特典SS等はありませんので、どこで買っても大丈夫です。

それはそれとして1巻TSUTAYA特典SSだった『怨獄の薔薇姫・ウィズイン』の続きを活動報告にて公開しましたので、よろしければお読みください。(下記アドレス)


https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/977381/blogkey/2599138/


1巻特典SS未読の方には「なんのこっちゃ」な内容になりそうですが、ご了承くださいませ。



それと新作【 捨てられ英雄のコンティニュー ~元英雄のおっさん、全てを失い幼女化するが、もう一度世界を救うために成り上がる~ 】の投稿を開始しました。

タイトルでお察しのことと存じますが、例によってまたしてもTSFでファンタジーです。

魔王を倒したのに色々あって世間から排斥された英雄……の20年後。再び現れた魔王を前に世界がのっぴきならない状況になる中、故あって(私の作品の主人公なので必然的に)少女化した彼が、もう一度世界を救うため最強の力と世界を動かせる立場を目指していく感じのお話です。

怨獄の薔薇姫は世界を滅ぼすために頑張る物語なので、なんか世界を救うために知力と暴力と政治力の限りを尽くす(ただし主人公は当然TS娘な)話も書きたいなと思ってやり始めたものです。とりあえず最初の区切りになるところまでは執筆完了してるんですが、続きが書けるかは状況次第と……うーむ、まだ政治力が出てきてない。

ページ下部のリンクから飛べますのでよろしければこちらもお読みくださいませ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 傾国の美少女(実績あり)かな? [一言] 姫様、こーゆーお芝居すごく楽しんでそう(ーωー
[一言] 2巻読ませて頂きました!!めちゃめちゃ加筆されててweb版何周もしてる私も凄く読み応えがありました。ネタバレは控えますがなんか1人だけやたらカッコよくなってましたね... 特にルネとの共感の…
[一言] あ、今日か… ま、雨だから即売り切れっちゅ~こたぁねぇわな 部数に依るけど
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