[3-45] あくまで悪魔ですから
同時刻、砦の上階にて。
「エヴェリス、『プロジェクト・C』の資金調達の件だけれど……」
数枚の書類を手にしてエヴェリスの研究室に侵入したルネは、見た事の無い何者かがエヴェリスと話している場面に出くわした。
本日も相変わらず絶好調に痴女スタイルの魔女さんと対峙するは、淡いストロベリーブロンドをおかっぱ的に切りそろえた細面の美少年だ。
キリリと黒いタキシード姿で、ルネより少し背が高い。
その眼差しはどこか愁いを帯びていて、秋の日の夕暮れを思わせる色合いを感じさせる。ちょっと目を離したら無理心中とかしていそうな雰囲気だ。どうでもいいけどまつげが長かった。
「……って、どちら様?」
エヴェリスの好みにドストレートな外見だったので、また新しい実験用美少年を連れ込んだのかと思ったが、にしては奇妙だった。
この少年の気配は人ともアンデッドとも魔物ともつかない。もっと強大で異常な何かだ。
少年はルネの存在に気付くと、腰を折る。そのまま身体が折れてしまわないかルネは心配になった。
「シエル=テイラ亡国は国主代理殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。
ワタクシの名はザレマ=ミライズ。
魔女エヴェリスと契約を交わせし悪魔にございます」
心地よく耳に響く美声で、百合の花が咲くような笑顔で、少年は自己紹介をした。
悪魔とは、言うなれば邪神サイドで最下級の神。大神の側でいう天使に相当する。
上位の神々は滅多に人の前に姿を顕さないものであり、地上に降り立って種々の奇跡やお告げをもたらすのは、天使や悪魔の役目だ。
天使も悪魔も人と接することを役目として創られているため、総じて美形なのだと言われる。天使たちは禁欲的で抑えが効いているが、悪魔は人を(時には魔物さえも)誘惑するのも仕事のうちなので、全てを捨てて夢中になるほどの絶世の美男美女の姿をする。
おそらくザレマ=ミライズの姿はエヴェリスの好みに合わせたものだ。
「エヴェリスと契約を?」
「言うなれば大魔女エヴェリスの産みの親よ。
何百年も前になるけど、何の力も持ってなかった私はコイツと契約して魔法の力を手に入れた。40年後に魂を差し出すって契約でね。
……ま、そこは常に自分以外の魂っていう利子を支払い続けることで引き延ばせる仕組みになってんだけど」
さらりと外道行為を告白する魔女さんだったがルネも特に気に留めない。
「私はコイツに貰った力に驕らず、コツコツ修行し続けたから大魔女になれたわけだけどー。
元は人間である私が呪詛魔法使えてるのとか、結局はこいつがパイプになってるからね」
「その悪魔がどうしてここに?」
「もう100年は顔見てなかったんだけど、こないだ、あの『隠れ里』に手ぇ突っ込むのにちょっと手伝ってもらったのよ。神秘には神秘を、ってね」
「そうだったの。その節はどうもお世話になりまして」
ルネは前世の記憶を呼び起こして深々とビジネスパーソン的な礼をした。
助けてもらったお礼だろうと、支配者たるもの容易く頭を下げては沽券に関わるものだ。しかし相手が神ともなれば問題無いだろうとルネは判断した。地球の歴史を俯瞰しても、王とは時に将であり、時に神と向かい合う祭司であるものだ。
「光栄にして勿体なきお言葉……
ワタクシは彼女との契約に基づき、己が職責を果たしたのみにございます」
「姫様、あんまこいつに気を許さないでよね。悪魔なんて、人でも魔女でもアンデッドでも関係無く、隙あらば騙そうとする性悪ばっかりなんだから」
「これはこれはあんまりなお言葉。ワタクシは正統なる契約悪魔として、契約と契約者に忠実たるよう常に心がけております」
「あんたら契約には忠実でも、解釈の余地を少しでも残したら可能な限り好き勝手しやがるでしょうが。
『悪魔に部屋の掃除をさせるなら300ページの契約書が必要だ』なんて言葉もあるくらいでね」
自分好みの耽美系美少年が相手だというのにエヴェリスは辛辣だった。
一周回って気の置けない仲なのではないかとも思えるが。
「で、次の作戦でも遺憾ながらこいつの手を借りようと思うの。少しばかり神頼みが絡むから、そのためのメッセンジャーとして。
コイツは特定の魔神に仕えてるわけじゃないんで割引は効かないけど、代わりに融通効くのよ」
「皆様の望みを、魔神の御方々にお伝えするのもまたワタクシのお役目にございますれば」
ザレマ=ミライズはニコリと微笑み、どこからかホイッスルを取り出した。
「全隊~、前へっ!」
少年が号令を掛けてホイッスルを鳴らすと、散らかりきった部屋の物陰という物陰から、小さなものが這い出した。
ドブ色の毛並みをしたネズミたちがゾロゾロと湧き出し、前後左右に等間隔に並んで、ホイッスルの音に合わせて行進を始める。
やがて部屋の床を埋め尽くさんばかりの数のネズミがルネたちの前に勢揃いした。
「全隊~、止まれっ!」
「あら可愛い」
「実働部隊にございます」
整列したネズミ大隊の先頭では、白いチョッキのような服を着て軍帽を被ったネズミが後脚だけで立ち上がり、器用にも敬礼をしていた。