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[3-43] 北の国から

 カデニス公国の南端付近。

 ケーニス帝国青軍・ゲーゼンフォール大森林攻略部隊が本拠とする街、トラウニルにて。


 街を治めていた小領主の居城は青軍に接収されている。

 その一室。元は遊戯台などが置かれていた部屋を改装し、応接間らしき体裁をひとまず整えた場所。

 約束の時間に17分遅れて、石枕せきちんは客を待たせている部屋に飛び込んだ。


「お待たせしてしまいまして申し訳ありません。

 思った以上に診察が長引いてしまいまして」

「いえ、こちらこそ急に押しかけてきたのに、お時間をいただけてありがたいです」


 茶と、山盛りの菓子(客人にそれを出せる程度には青軍の予算は潤沢だった)を楽しんでいた四人の客は、椅子から立ち上がって軽く頭を下げた。

 対する石枕も、掌で拳を包んで礼をする。


「ケーニス帝国青軍、特殊戦闘兵団所属の石枕と申します。

 此度の()()()()において、筆頭特戦兵の立場にあります」


 石枕が属する兵科・特殊戦闘兵とは、ただひたすら個人の戦闘能力に秀でた者を集めたもの。

 規格化された兵士では対処できない、『群』と『数』による圧殺を打ち破る埒外の強者を排除するため、こちらも埒外の強者をぶつけるのだ。

 相手が人とは限らない。強大なネームドモンスターと戦うこともある。

 そんなときには助っ人として冒険者を雇うこともある。今のように。


「これはどうも、ご丁寧に」


 四人のリーダーらしい、軽装鎧の青年が握手の手を差し出した。


「我々は冒険者パーティー"零下の晶鎗"。俺はリーダーのゼフトです」


 石枕はゼフトの手を握り返した。

 手の感触、力の加減、身体のバランス。熟練した格闘家である石枕は、握手一つからでも相手の実力をある程度量ることができる。

 彼は、強い。


 "零下の晶鎗"は青軍の参集に応じたのではなく、冒険者ギルドを通して自ら青軍に売り込みを掛けて来たクチだ。

 人手が足りているときならば追い返してもいいのだが、今は、予算かねならばいくらでもあって人手は足りない状態だ。

 売り込んでくるなら現場の者が見極め、問題が無ければ採用するということになる。


 既に石枕は冒険者ギルドから資料を取り寄せ目を通し、"零下の晶鎗"の実績については把握している。

 素行にも問題無さそうだ……冒険者に求める素行のボーダーラインはかなり低いが。

 気になる点があるとすれば、張り詰めすぎたゼフトの雰囲気だろうか。

 目が据わりすぎている。


 ――この男、危うい目つきだな……俺も言えたものではないが……


 石枕は猛毒に冒されて生死の境を彷徨った。

 そしてどうにか生還したとき、鏡の中の己を見て、酷い目をしていると思ったものだ。

 それと同種の何かが、ゼフトからは感じられた。


「まず形式的なお話から入りますが、我々ケーニス帝国青軍は『冒険者憲章』を遵守し、全ての冒険者を国家間及び政治的な紛争行為の解決に用いないことを誓います。

 皆様の権利ならびに冒険者ギルドに対する義務は、当方による契約とあらゆる指示に優越し、不可侵である事をここに確認します」


 もはや言い過ぎて暗記している文言を石枕は繰り返す。極めて欺瞞的な説明ではあった。彼らに魔物退治をさせて、戦いやすくなった戦場で青軍が侵略行為を行うわけなので。まあ、この程度は良くあること。対軍の戦闘にでも駆り出されなければ冒険者ギルドも目をつぶってくれる。

 既にどこかで似たような宣誓を聞いた事があるのか、四人は心得た様子であった。


「我々が依頼するのは、あくまでも魔物退治です」

「上等だ。俺たちはそのために遙々シエル=テイラからここまで来たんです。

 "怨獄の薔薇姫"は……俺が、いや、"零下の晶鎗"が討つ」


 ゼフトは何かを求めるかのように、胸の前で拳を握りしめた。


「チェンシーが現れたと聞きました。貴方と戦ったと」


 肩を抱きすくめ捕らえるかのような圧力で、ゼフトは石枕を見ていた。


 ――"零下の晶鎗"。チェンシーが所属していたパーティー……


 石枕はある程度事情を把握している。

 青軍の戦闘の情報が冒険者ギルドにも回り、"怨獄の薔薇姫"を追ってこちらへ来ていた"零下の晶鎗"がそれを掴み、青軍へ己らを売り込みつつ、半分はそれを口実に石枕との面会を求めてきたという経緯だ。

 石枕も、それに応じた。


「少し、長い話をしましょうか。お互い、聞きたい事があるはずです」


 石枕は四人に椅子を勧め、自らも着席した。


 * * *


 まだ日も高い時間に会ったというのに、話が一段落した頃には血のように赤い黄昏の光が皆を包んでいた。


「そうか……彼女は遠き地で……

 いや、まさかシエル=テイラに居たとは思いませんでしたよ」


 頭の中に世界地図を思い浮かべ、石枕はしみじみと呟く。


 離れていた分の年月を一気に体験したかのように石枕は疲労感を覚えていた。

 パーティー立ち上げに当たって、テイラ=ルアーレで仲間を募っていたゼフト。そこに転がり込んできたチェンシー。彼らはやがて国一番の冒険者パーティーに上り詰め、そして……


「一つ教えてください。

 彼女は……笑えていましたか?」

「……ええ」


 静かな問いに、静かな答えが返る。

 空っぽになったティーカップが、日時計のように黒々とした影を落としていた。


「最初は誰にでも咆えかかる野良犬みたいに刺々しかったけれど、いつの間にやら打ち解けていました。

 むしろ考え無しに見えるくらいお気楽で。

 過去のことを一切話そうとしなかったのは、気になっていましたが」

「そうか…………」


 入り交じったいくつもの感情が押し寄せてきた。

 彼女が幸せであったという安堵と喜び。

 自分が為すべきであったことを他の誰かがしてしまったという肩透かし感。

 新天地で彼女が手に入れたものを奪われてしまった悲しみと怒り。


「花のように笑う人だった。その名の通り……

 ああ、彼女が笑顔を取り戻せていたのなら……何よりも……」


 嬉しいのか悲しいのかも分からぬまま、石枕は目頭を押さえた。


「すまない。軍人としてではなく、彼女を知る者として礼が言いたい」

「光栄です。

 ……そして、俺たちは彼女を取り戻さなければ」

「取り戻す? それは遺体を取り戻すという意味で?」


 ゼフトの言葉には只事ならざる響きがあるように思い、石枕は思わず聞き返す。


「我々はこちらへ来る途中、神聖王国に寄り道して調べてきました。

 神の奇跡に縋ってアンデッドの肉体を浄化し、『ただの人の死体』に戻して蘇生する……

 それは可能なんです」

「そんな、ことが……!?」

「僅かながら実例が記録されていました。

 普通なら死体の鮮度が落ちるほどに蘇生成功率は下がりますが、キョンシーは元々、死体の保存のために生み出されたアンデッドです。望みがあるかも知れない」


 己の血潮の音が耳の中に響いているかのようだった。

 もはや全ては終わったのだと石枕は思っていた。何もかも取り返しが付かなくなっていたのだと。

 だが、もし今からでもチェンシーを救えるのだとしたら!


「……水を差すようで申し訳ないですが、念のため。奪還の可否をさて置いても、問題は浄化を可能にする奇跡の調()()です。

 稀か。有限か。いずれにせよ神聖王国が国家レベルの手札を切って、ようやく実現するだろうと……」

「クレール」


 眼鏡(おそらく伊達だ)を掛けた魔術師ウィザードが補足する。

 しかしゼフトはそちらを見もせずに制する。


「道は閉ざされていない。なら……俺はそれを目指すだけだ」


 クレールは気後れしたように黙り込んだ。

 異論を差し挟むことすら躊躇われるような鬼気迫る空気をゼフトは纏っていた。


 膨らみかけた希望が急速にしぼんでいくのを、石枕は感じていた。

 ゼフトの様子を見れば分かる。彼は『可能か否か』しか見ておらず、現実的な実現可能性をろくに考えていないのだと。彼の語る希望は、絵に描いた餅のようなものなのだと。そして、そんな不確かなものに縋るほどゼフトは追い詰められているのだと。


 ――破滅的だな。

   最初から強くて半端に活躍した冒険者には、こういうことがよくある。世界だって救えるとでも思っていたのだろう。それが、初めて己の領分を超えた脅威にぶつかり道を失う。

   こいつは大切に使ったところで自分から潰れていく駒だ。惜しい男だが、燃え尽きてもらうより他に無かろう……


 石枕は、個人の情は脇に置いて、武人として軍人として、ゼフトに冷徹な評価を下した。

怨獄の薔薇姫 書籍版2巻の発売日が7/4に決まりました。

今回もかなりヤバい量の改稿をして情け容赦無いブラッシュアップを図っております。

お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です、ありがとうございます [一言] 石枕いいなぁ。こういう自分の立場をしっかり理解してそこから発言やら思考しているキャラは物語的にもメタ的(ネット小説ではこういう基本とはいえ…
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