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[3-8] オーグオーガーオーゲスト

 その場所を探り当てるのは簡単だった。

 煮炊きの煙が狼煙のように立ち上っていたのだから。


 森が切り拓かれ、大きな木の葉と木材を組み合わせた原始的な住居が建ち並んでいた。

 ただし、どれもこれも人間サイズの倍くらい大きい。

 小さな身体のルネにとっては更に大きい。


 その戸口や窓からいくつもの顔がルネの方を覗いていた。

 住人たちは皆、分厚い皮がたるんだようになった顔をしていて、濃緑色の肌に褐色の髪。

 オーガという種族だ。老若男女問わず筋肉度が高く、子どもでも人間の大人ほどの体躯を持つ。


 オーガは俗に『巨人族』と呼ばれる魔物の中でも比較的小さく、それと引き換えに繁殖力が高い。

 人族と魔族の戦争では常に魔王軍の先頭に立ち戦ってきた戦士の種族でもあり、その恐ろしさは今も人族の間で語り継がれている。

 ちなみに、『力だけの馬鹿』と思われがちだがそれは魔法適性の低さと戦場での猪突猛進ぶりから来る偏見であり、実際は脳みそが大きい分、悪知恵の代名詞であるゴブリンよりも知能が高いとか。


 そんなオーガたちが、この密林地帯で部族社会を形成して住み着いていた。

 人族がこの密林地帯に迂闊に立ち入れない理由は山ほどあるだろうが、そのうち一つは間違いなく彼らだ。


 集落のド真ん中の広場にルネは居た。

 煌びやかな装備のアンデッドたちを引き連れて突然やってきたルネに部族の戦士たちは臨戦態勢。

 一触即発の空気の中、しかしそれでも戦いにならないのはルネの纏う邪気から実力を推し量ってのこと、そしてルネの背後で『おすわり』をして睨みを利かす巨大犬……"絢爛たる溶鋼獣"改め、フォージ号の存在あってこそだろう。

 オーガが怪しい動きを見せれば、即座に『おて』と『めがふれあ』が飛ぶはずだ。


 この集落があるのはフォージの縄張りの中。

 "絢爛たる溶鋼獣"は、オーガたちにとっても手を出しがたい天災のような存在だったわけだ。それが見知らぬアンデッドの子分になって集落に乗り込んできたのだから驚き戸惑うのも当然だった。


 ルネと相対するは、岩のように隆々たる身体を持つオーガだ。

 全身に大小問わず傷痕が刻まれて、巨大な獣の牙の飾りを全身にジャラジャラと着けているそのオーガは、巨体揃いのオーガの中でも一際大きかった。身長は3メートル半ほどもあるだろうか。

 巨大な鋲付き棍棒(スタデッドクラブ)を手にして、金属製の無骨な胸当てを装備している。どうやら冶金の技術はあるらしい。


 このオーガは、近隣のオーガの部族全てを束ねる大酋長。

 名をンヴァドギと言うそうだ。


「づまり、我ら皆、お前に忠誠を誓い、兵になれど言うのだな」

「ええ、そうよ。理解が早いようで何より」


 ゴロゴロと岩を転がすような声でンヴァドギが言って、ルネがそれを肯定する。

 なお、魔族共通語を喋れないルネは翻訳用のアイテムをエヴェリスに借りていた。聞く言葉を翻訳するイヤリングと、話す言葉を翻訳するチョーカーだ。


 概ね人族程度の知能と社会性、そして人に似た身体を持つ魔物は総称して『魔族』と呼ばれる。

 オーガももちろんその一種だ。


 訓練された魔族は人族同様、複雑な作戦を理解し種々の武装を操る優秀な軍団となる。

 だがそれだけでなく、平時には社会を形成する一員として経済活動を行うことも可能だ。

 もちろん逆に言えばそのためのコストが掛かるということでもあるのだが、アンデッドの兵士と獣同然の魔物で軍団だけ作っても、それは国として張りぼてのようなもの。民を抱え治めてこそ手に入る力がある。何より、アンデッド偏重の軍団は弱点丸出しすぎて対策してくる相手に勝てない。

 付き従う民が増えれば列強諸国と渡り合える軍隊も作れるだろう。ルネは、それをやると決めた。

 つまり彼らは、将来の国民候補だ。


 しかし、従うようにとの言葉に、ンヴァドギを囲むオーガの戦士たちは当然のように困惑し、どよめき色めき立つ。


「だ、大酋長! こいづらやっぢまいましょう!

 これは我らが部族への侮辱です」


 血気にはやったオーガが棍棒でドンドン地面を突きながら叫ぶ。


 強い魔物に従うのは魔物の本能。自然と力の差を感じ取り、強き者に従うもの……と言っても、それは本能的判断をする低知能な魔物に限った話だ。知能の高い魔物は本能に流されるばかりでなく、従うべきか否か頭で判断する。

 例えば、この部族のほとんどのオーガはルネにとってゴミのように弱いだろう。しかしコミュニティの結束が維持されている限り、彼ら弱いオーガでさえ、ルネにバラバラと恭順を誓ってくることはないはずだ。


 ンヴァドギが僅かに首を巡らせ一睨みすると、騒ぎ立てていたオーガは身長が半分になったのではないかというくらいに身を竦ませた。


「強ぎ者であれば従う……それだけだ。

 奴が弱いと決まったわけではない。まだ確かめでいない」

「し、しかしごのような小娘如きが大酋長に勝るなど……」

「『森の陽炎』を従えていることに、違いはない」


 値踏みするようなンヴァドギの視線にルネは心中ほくそ笑んでいた。

 突然現れて服従を要求したルネにも、ンヴァドギが戯れ言と切り捨てず取り合っているのは、やはりフォージの存在が大きいようだ。


「強き者に従い、最も勇敢な兵となる。それがオデたぢの戦士の誇りだ。

 オデが一番強いから酋長になった。他の部族にもオデより強い奴が居なかったがら、大酋長になっだ。

 もしお前がオデより強いなら、従おう」

「いいじゃない。それで、どっちが強いかどうやって決めるの?

 郷に入ってはなんとやら。公正な決め方であれば、あなたたちの流儀に則るわ」

「決まっでる。戦士の決闘だ。酋長、いつもそれで決まる。

 戦神バルカナェトに捧げる戦いをずる。

 部族を挙げて夜通し祈り、朝日と共に戦う」


 ンヴァドギが口にしたバルカナェトなる神は、人の崇める神ではない。

 人族の信仰の領域では、大神の下に多くの『子神』が居て、さらにそれらの神々が『天使』を遣わし人々を導いている。

 それと同じように邪神サイドでは、邪神の下に多くの邪悪なる『魔神』たちが存在し、その神々が『悪魔』を操っているのだ。

 バルカナェトは魔神である。詳細はルネもよく知らないが、ひたすらに荒々しい戦いと、その結果としての破壊・殺戮を求める、いかにも脳筋種族オーガに崇められそうな神様だ。


 つまりンヴァドギの提案は、神前にて行われる奉納試合。

 雰囲気から察するにどう考えても儀礼的なものではなく、『死人が出るのも已むなし』系の超絶ガチファイトだ。

 そこでルネがンヴァドギを打ち破ったとしたら、確かに部族のオーガたちも文句の付けようがないだろう。


「ただじ……使う武器はこれと決まっでいる」


 ンヴァドギはそう言って、背後から何か巨大なものを受け取るとルネに放って寄越す。

 ルネの前に転がったのは石の柱……ではなく、大岩を削り出した巨大な棍棒だった。原色系のカラフルなペイントが施されている。

 それはオーガの巨躯を以てしても『重量級武器』と言うに支障の無い逸品だった。


「魔法みだいな、軟弱者の武器は認めない。もしお前が決闘を穢すならオデは容赦しない」

「容赦? 全力で戦えばわたしの軍勢が勝つわよ?

 力尽くで服従させてもいい所、あなたたちのやり方に合わせてあげてるんだってこと忘れないで」

「そうがも知れん。

 だが、やっでみろ。我らは女も子どももなく最後の一兵まで戦い、お前は我らと戦っだごどを後悔する」

「ふうん。

 ……ま、いいわ」


 挑発にもンヴァドギは揺るがず。

 ルネは、明らかに自分以上の重さと体積を持つ棍棒を見下ろす。


「やめるなら今のうぢだぞ。……持てるか?」


 巨大な石の棍棒は、比較的細く削られた持ち手部分さえもまだ太い。

 それをルネは両手で挟むように持ち上げた。


 頭部を首に乗せているので外見上普通に見えるだろうが、今のルネの身体はデュラハンだ。

 白兵戦特化の能力を持つデュラハン形態は怪力を誇る。

 石の棍棒を抱え上げると、頭上で一度ブンと振り回し、ルネはその先端で地を突いた。


「軽いじゃない」

「ほぉう……」


 ンヴァドギは興がるような感嘆の声を上げた。


「お前だぢ、酒と祭具を準備じろ。

 狩人は森へ入れ。供物を捕らえるのだ。明日の夜を祭りとし、夜明けと共に我が戦いを奉ずる」


 大酋長の号令一下、集落のオーガたちは慌ただしく動き始めた。

フルネームはフォージ・ワシントン

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