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[2-59] 摘み手の初陣

「ええいっ!」


 キャサリンの振り回す『聖水玉』が吸血鬼数体をまとめて塵に変える。

 聖水の気に当てられているのか動きは少々鈍く、キャサリンの攻撃でも充分に有効だった。


 だが、振った玉は手元に引き戻して構えなければならぬ。その隙を突いて第二波が襲い来た。

 爪と牙を剥きだした吸血鬼たちが、キャサリンを仲間に変えてくれようと襲い来る。


「どっせい!」


 隻腕の騎士が聖水浸しの棒を振った。

 脇の下に固定して身体ごと振り回すような一撃で、キャサリンに襲いかかろうとする吸血鬼たちが吹き飛ぶ。


「長くはもたない! そっちはまだか!」

「神像の裏に格子戸が見えたぞ!」


 神像が元あった場所から横にずれると、その足に隠されるようにして塗装の剥げ掛けた格子戸があった。奥からは微かに風が吹き込んでくる。

 半分だけ顔を出した扉は、しかし固く閉ざされていた。堅牢な格子戸には鍵が掛かっていた。


「鍵は!?」

「こいつが持ってるはずだ! 侯爵様の従兄弟だかなんかってんで鍵を預かってるんだ!

 ……うわっと!」


 隻腕の騎士は棒を持ったままの手で倒れた男を指差し、直後、自分に向かってきた吸血鬼に危ういところで突きをくれて白い灰に変えた。


「危ねえ、死ぬかと思った」

「……見ちゃおれん! おい、後頼んだぞ! お前来い!」


 危なっかしい戦いぶりに業を煮やしたように、神像を動かしていた従僕たちの中からふたりほどが進み出る。


「貸してくれ! 俺の方が力あるだろ」

「あの、それでしたら私よりもあちらの方の……」

「大丈夫だ、向こうも交代する」


 ふたりの従僕は隻腕の騎士とキャサリンから武器を引き継ぐと、めいっぱいそれを振り回し始めた。

 いくら戦闘経験が無いとは言え、手負いの騎士や11歳の少女より力があるのは当然のこと。吸血鬼たちは近寄れもせずバタバタと倒れていった。


「鍵頼んだ!」

「はい!」


 手が空いたキャサリンは、侯爵の従兄弟だとかいう男の服に手を突っ込む。血の感触とニオイがあったが、それを気持ち悪く思っているどころではなかった。頭の中が白く燃え上がるように感じて麻痺していた。

 血と聖水で汚れたズボンのポケットから、キャサリンはそれらしきものを探り当てて引っ張り出す。


「ありましたわ!」

「よっし!」


 隻腕の騎士が拳を突き上げ、そして、何かに気付いたように死体を見下ろす。


「なあ、こいつの服……まだ使えるんじゃないか?」

「わ、私、作ります! あれと同じ物を!」

「私も手伝います!」


 礼拝堂の奥で固まって震えていた女性陣の中からメイドたちが飛び出した。


 彼女らは男の服を手際よく剥ぎ取り、祭壇の飾り紐やベルトで縛って、キャサリンの作ったのと同じような武器を作り始めた。

 できた端から彼女らもそれを振り回し始める。


 攻めの手数が増えたことでたちまち戦線は押し上げられる。

 そもそも聖水の一撃で簡単に倒れるようなアンデッド。しかも主武装が『噛み付き』だ。適切な武器さえ用意すれば素人でも戦える相手だった。


 その間にキャサリンは抜け道開通作業班のところへ鍵を持っていく。

 力仕事をしていた従僕たちが戦列に加わった分の穴を、メイドや貴婦人たちまでもが加わって埋めていた。


「これを!」

「ありがとうございます。……しかし、おっそろしい度胸でしたね」

「失礼ですが、どちらのお嬢様か伺っても?」


 鍵を受け取る従僕たちがキャサリンを労い賞賛した。

 彼らは侯爵家の使用人だが、さすがにキャサリンの顔までは知らないようだ。


「どうか私よりも、お父様の名前を覚え置いてくださいな。もし私がおほめの言葉に値するような人なのでしたら、それは私がお父様の背中を見て育ったからです」


 まさか戦う勇気で褒められる日が来るなんてキャサリンは思っていなかったけれど、ここで褒められて居丈高になるようでは淑女としての慎みが足りない。

 謙遜するべきだ。

 勇気を出して行動できたのは、半分は……敵であるルネのお陰と言うかなんと言うか。そしてもう半分は、自分に正義感と決断力を与えてくれた父のお陰だとキャサリンは思っていた。


「私はキャサリン・マルガレータ・キーリー。オズワルド・ミカル・キーリーの娘ですわ」

「キーリー……」

「キーリー伯爵とは! なんとまあ……」


 スカートをつまんで挨拶するキャサリンに、感心のどよめきが人々から起こった。お世辞や社交辞令を抜きにした賞賛であり、それがキャサリンには新鮮でくすぐったかった。


 すぐにまたそれどころではなくなったが。


「鍵が開かないぞ!」

「えっ!?」

「こん畜生、鍵まで錆びてやがる!」


 格子戸の鍵穴に鍵を突っ込んでいる従僕が、青筋を立てながら格子戸を殴りつけた。

 ガチャガチャと騒々しく音を立てて鍵を動かそうとしているが、何かに引っかかったように鍵は動かない。


「どけ、若造!」

「何を……」


 進み出た老人が従僕を押しのけ、鍵穴から鍵を引っこ抜く。

 そして、自分の身体を支えるために突いていた杖の先っぽを、鍵穴に無理やり突っ込んだ。


「≪爆破ボム≫!」


 鍵穴が爆発した。

 金属のひしゃげる音が響いて、部品がバラバラと落ちた。

 格子戸は悲鳴のような軋みを上げて、ゆっくりと開く。


「なんてこった、すげえ! 木っ端微塵だ!」

「じいさん、それアンデッドにもやってくれ!」

「済まんが射程が足りんし、久々にやったから今ので精一杯じゃ」


 爆発の魔法で鍵を壊した老人は、杖にすがって腰を叩いていた。

 生業にできるほどの才能は無くとも、多少の訓練を積んでこれくらいの魔法を使える者はちらほら居るものだ。


 これで遂に逃げ道ができた。

 抜け穴を塞いでいた神像は半分くらいしか動かせていないが、それでも充分に人が通れるスペースがある。


「よし、開いたぞ! 逃げろ逃げろ!」

「私からよ!」「息子を先に逃げさせて!」「おいこら! 押すな!」

「おちついて、おちついてください! じゅんばんです!」


 待機していた人々が一気に殺到した。

 押し合いへし合いつっかえながらも、少しずつ人が流れ込んでいる。

 本当なら戦える者が先頭を切って安全を確保すべきなのだろうけれど、そんな余裕は無い。出口で待ち伏せされていないことを祈るだけだ。


「ぎゃあーっ!!」


 悲鳴は、抜け道ではなく背後から聞こえた。


 我先に逃げようとしていた者も振り返る。

 角材の棍で戦っていた従僕が血だまりの中に倒れていた。

 彼に剣を突き刺しているのは……新手のアンデッドだ。


 確かに肌は青白いが、吸血鬼たちのように干からびてはいない。むしろその肉体は生きた人族のように逞しい。

 何より、着の身着のままという風情の吸血鬼たちとは違いまともな武装をしていた。軽装の騎士鎧に兜を身につけ、剣と盾を構えている。


「きゃあああああ!」「別の魔物が出たぞ!」「下がれ下がれ!」「早く行け!」「もっと出口広げろ!」「押すな!」「順番に!」


 人々は一気にパニック状態になった。

 狭い出口に逃げ込もうとぶつかり合って、悲鳴がいくつも上がる。抜け穴の中がどんな状態かは分からないが、仮にここで転倒したりしたら後続に踏まれて死ぬだろう。


「こいつめ!」


 『聖水玉』を持った従僕が、騎士のアンデッド目がけてフルスイングを叩き込む。

 そこからは流れるようだった。

 騎士のアンデッドは盾で聖水玉を撥ね除け、伸びきったベルトを剣で切断。明後日の方向へ飛んでいく凶器を尻目に、返す刃で踏み込んで従僕の胸を貫いた。


「がっ……!」


 血を吹いて従僕が倒れる。


「……来ないで!」


 『聖水玉』を振っていたメイドたちが威嚇のように攻撃を繰り出しながら後退した。

 騎士のアンデッドたちは恐れた様子もなくじりじりと近づいてくる。


 目を離さないようにしつつ後ずさるキャサリンの背中が、何かに触れた。

 抜け穴入りの順番待ちをしている人だ。


 ――どうすればいいの! あと一分もあれば、みんな逃げ切れるのに!


 濁った目で油断なくこちらを睨みながら、騎士のアンデッドは距離を詰めてくる。

 時間を稼ぐだけでいい。だが、素人では敵うわけがない強さの相手だ。この状況でどうすれば時間を稼げるというのか。


「嫌っ!」


 威嚇をものともせず近づいてくるアンデッドたちに、ついに『聖水玉』が投擲された。

 アンデッドたちは、それを盾で軽く弾き飛ばす。

 三秒稼げた。

 それで、終わりだ。


 ――やられるっ……!


 キャサリンが死を覚悟しかけた、その時だった。


 頭上で盛大に何かの割れる音がした。


「伏せろっ!」


 声が降ってきて。

 キャサリンはわけも分からず顔を伏せて。

 バラバラになったステンドグラスの欠片が辺りに降り注ぎ。

 次に、どことなく胡散臭い雰囲気の男がひとり降ってきた。


 騎士のアンデッドは咄嗟に盾で頭を庇う。

 降ってきた男はミスリルのブーツで盾を蹴りつけるように着地し、ほぼ同時に、鎧の隙間からアンデッドの首筋に剣を突き立てていた。

 そして、差し込んだ剣を抉るようにして首をねじ切った。


 彼は青く輝くオリハルコンの騎士鎧を着ていたが、肩から生えるはずの腕が存在しない。代わりに、金属の骨格標本みたいな右腕で剣を持っていた。


「騎士たる者、紳士たれ。レディに乱暴するなんて嘆かわしい」

「第二騎士団長様!」


 ステンドグラスをぶち破って飛び込んできたのは、かつて王宮騎士団で第二騎士団長を務めた男。

 バーティル・ラーゲルベックだった。


「遅参失礼、ご無事で何より。助けに来ようと思ったんですがね、外が酷いことになってるもんでなかなか近づけませんでした」


 まだ何が起こったか分からないという顔の人々を背後に庇い、バーティルはただひとりアンデッドの軍勢に向かい合い、剣を向けた。


「山ほどのブラッドサッカーに、指揮官は騎士グール三体だな。……おっと残り二体か。

 おい、お前ら。もう死んでるだろうけど無駄死にしたくねえなら引き返せ」


 数だけを見れば圧倒的不利だ。

 だがバーティルの口調は自らの勝利を疑わぬものだった。


 アンデッドたちは感情の読めない顔でバーティルに向かい合う。

 言葉を理解しているのか、何を考えているのかキャサリンには判然としないが、逃げる気が無いということだけは分かった。


「逃げる奴ぁいねえか。忠義あっぱれ、だがお前らは俺に勝てるほど強くない」


 バーティルは溜息に近い調子で鼻で笑い、自らの顔を隠すように剣を構えた。


「練技【無音駆け】、ごろうじろ。もっとも……

 ()()()()、の話だがな」


 トン、と弾むようにバーティルが踏み切り、次の瞬間バーティルはキャサリンの動体視力の限界を超えた。


 二体の騎士グールと、三十近い数のブラッドサッカーが、息を吹きかけられた埃のように一気に吹っ飛んだ。

ポイントの増え方が安定期に入って久しい感じなので、ふと思い立って実験として副題を削除してみました。

これでポイントの増え方が明らかに悪くなるようでしたら元に戻します。

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