RT1:しかり
今回のお話で「私による近代日本改革記」を終わりにさせていただきます。
「み、店を一郎と次郎が切り盛りしているって本当ですか?」
「ああ、なんでも脚気によく効く雑穀煎餅を売り出したって話だぜ。店も大手商店と契約して前より繁盛しているどころかもう二号店まで開店する気らしいぞ」
「まったく、次郎の奴…組を抜けたと思ったら堅気の仕事を乗っ取りやがってな…あの兄弟は手が付けられんからな…お前さんも気の毒だな…」
「あれだけすごく繁盛している店はそうそうないぞ。でも値段をかなり釣り上げて金持ち連中にだけしか売らなくなったみたいだ…でもみんななけなしの金を出して買おうとしているんだ…」
「そんな…そんな非道な仕事をあいつらはしているんですか…」
雑穀煎餅が勝手にビジネス展開されていく…。
こればかりは私としては受け入れられないものだった。
なんとかしてあの馬鹿兄弟を何とかしなければと思ったが、この場所から仮に出たとしても彼らを訴える手段もない。
ましてや私は暴力沙汰になるのは御免だ。
もどかしい。
実にもどかしい。
何もできず、ただ留置場にいることが悔しい。
手を握り潰しそうになるぐらいには私は怒っていた。
そして、目から涙がこぼれ落ちていく。
これは悔し涙だ。
「雑穀煎餅は…雑穀煎餅はそんな悪巧みをするような奴らに食わせる為に作ったんじゃないんです…誰でも買えて…そして栄養を考えて作り上げたものなんです。脚気患いを減らすために作ったのに…こ、これじゃあ、あんまりだ…」
雑穀煎餅はこの時代にやってきてから初めて考案したものだ。
栄養バランスや価格などを考えて貧しい人たちにも行き届くようにと考えたんだ。
それが今はどうなった?
完全に店は乗っ取られて私のアイデンティティーは停止してしまっている。
打つ手なし。
八方ふさがりだ。
何もできない。
結局、弱者は強者の餌食になるという手痛い代償をこの身をもって学んだということだ。
ふざけている。
こんなのはあんまりだ…。
「…はぁ…………ウッ………ウッ…」
言葉に出来ない悔しさ。
これ以上抵抗しても無駄だという事。
外に出たらあの馬鹿兄弟と縁を切って別の場所で働くしかない。
今からでもやり直せるかもしれない。
その一筋の望みに掛けよう。
これは一時的な敗北。
受け入れて、釈放してもらえるならば…そうするしか方法はない。
最悪、刑務所に収容されれば私は懲役数十年は免れないかもしれない。
泣いている私を不遇だと思ったヤクザたちは励ましてくれた。
「なぁ坊主、まだ君は若い、若いうちならまだやり直せる。俺たちみたいなヤクザもんはもう戻れねぇけど、お前なら頑張れるさ…」
「そうだぞ、雑穀煎餅以外でお前が道を切り開けるものを見つけ出せばいい。そうすればあの兄弟にガツンと言ってやれるようになるぞ」
「ああ、辛いのは分かるよ。でもここにいちゃいけねぇ、お前のような真っ直ぐな奴はここで腐っていっちゃいけないんだ。何か手伝えることがあるなら組の伝手を使って手伝ってやるよ」
「…皆さん、ありがとうございます。ですが、私は…私自身の力で彼らを見返してやりたいのです。暴力や陰謀を巡らせるのではなく、食で…この腕と知識を使って…私は頑張ります」
私は意気込みを語る。
あんな卑怯者に好き勝手されることは甚だ悔しいが、かといって暴力手段で解決しようとはおもわない。
そんなことをすればやっている事は一郎と次郎のやっている事と同じになってしまう。
あいつらのような外道には墜ちたくない。
やってやる。
私はやってやるんだ!
地道にコツコツと…どれだけ時間が掛かるかは分からないが、彼らを見返してやる。
当面の目標を立てることができた私は、それまで抱えていた心の錘がどこか外れたような気がした。
後日、私は留置場を出ることになった。
やったことのない罪を自供するのは少々嫌であったが、警察は罪を認めると同時に私を釈放してくれた。
色々と手続きでさらに2日ほど拘留されたが、それでも約束通り無事に釈放してくれたのはありがたいことであった。
実のところ、本当に釈放してくれるのか疑心はあったが両親たちの絶縁宣言の入った手紙を渡されたことで、家族との縁を切られたことをつくづく実感した。
娑婆の空気は美味いという言葉があるが、あのジメジメとした場所に比べたら確かにこの空気は美味い。
釈放と同時に、私は外で待っていた警察官から呼び止められて封筒を渡された。
「その中にお前の母さんから手紙が入っているそうだ。後をどうするかは…自分で決めろよ」
そういって警察官は何処かに言ってしまった。
封筒を開けると、母が直筆で描いた手紙と青っぽいインクで印刷された1円札が30枚入っていた。
手紙にはこう書かれていた。
『豊一郎へ、留置場から無事に出られてお巡りさんからこの手紙を受け取ったら、すぐに横浜を発ってください。一郎と次郎はお前を骨の髄までしゃぶりつくすまで利用しようとするでしょう。夫も彼らの意見に賛同しており、この家にいては貴方は死ぬまで食いつくされてになってしまいます。間違っても帰ってきてはなりません。私は夫と結婚しているので、この家から離れることはできませんが、せめて豊一郎はこれから自分の人生を歩んでください。母からできる最後の餞別です。母は貴方が罪をやってはいないと思っています。貴方はそのようなことをする人間ではないからです。真っ直ぐに、新しい人生を歩んで生きてください。封筒に入っている30円は私が貯めてきたお金です。自由に使ってください。最後に、母は貴方が誰からも束縛されることなく自由で生きてゆくことを望みます。どうかお元気で、さようなら 母より』
母からの最後の手紙。
あまりこの世界にやってきてから最初に世話になった人だ。
私が転生した身として、彼女には風邪を引いて世話になった。
30円…。
だいたい一般的な庶民の平均月収が15円の時代だから約2ヶ月分のお金だ。
これが餞別、いや手切れ金としての価値だろう。
「ありがとう母さん、私はこれから持ち合わせている知識を技術を使って必ず成功してみせる。だからこの恩は必ず返す」
僕は封筒を握りしめて横浜駅に向かった。
この街にいてはあの兄弟に目を付けられてしまう。
であれば、手紙にも書かれていたようにすぐにこの街を出発したほうがいいだろう。
目的地は帝都だ。
中等の座席指定券を75銭で購入し、横浜を発つ。
窓から見える横浜の街を目に焼き付ける。
いずれ、ここに戻ってくる時はあの兄弟よりもより有名に、そしてよりよい食を提供できる店を構えてやる。
そう心の中で誓い、私は汽車で揺れ動く席で横浜の街が見えなくなるまでずっと窓の外を眺めていたのであった。
= 完 =
…どうしても作品を終わらせたかった。
近代日本改革記ではなく、明治食事物語にしておけばここまでグダグダしなかったと思います。
ですので、明日か明後日…来週ぐらいまでには阿南豊一郎氏による「私による明治食事物語」として新作小説として出そうと考えています。
本当に応援してくださっていた皆さま、ブックマークをしてくれた皆さま、感想コメントを残してくれた皆様に申し訳なく思っております。
次回作ではこのようなグダグダはせずに「食事」を重点においたストーリー展開をしていく所存でございます。
次回作が出来次第、後書き欄と活動報告にてリンクを乗せたいと思います。
どうぞこれからも応援よろしくお願いします。
7/8
「私による明治食事物語」を投稿しました。
こちらが続編となりますので応援よろしくお願いします。