4 新生ルチアーナ 2
開いた教科書は王国古語だった。
たくさんある教科書の中から古語を選んだ理由は、一番薄かったからだ。
古語というからには、かつて王国で使われていた言葉なのだろうと思い、文法や、古の単語などが羅列されているのかと思いきや、短めの話が幾つも幾つも掲載されているだけだった。
いや、短めの話とも言えない1つの文、ものによっては途切れた一文にもならないフレーズのような記載まである。
とりあえず、開いたページから読むことにする。
「『風の契約により、かく語りき精霊は、いと高き』……って、これで終わっているの? これって、明らかに文の途中だよね? えええ、仕方がない、気を取り直して次の文章は……『黒百合の森に現れし緑の蛇は、赤き湖にて永遠に眠る』……うーん、一文がちゃんと終わっていても、理解できないわね。なんじゃこれ、暗号かしら??」
授業をまともに受けていれば、この意味不明の言葉の記載を理解できるのだろうが、いかんせん、古語の授業の記憶が何一つ頭の中から出てこない。
頭の中から出てくるのは、3年生の剣技の練習風景だけだ。
……ああ、ルチアーナがこの席を選んだ理由が分かったわ。窓から、他の学年の授業風景を見るのに都合がよかったからね。
そして、古語の授業を思い浮かべようとすると、3年生の剣技の練習風景が浮かぶということは、ルチアーナは古語の授業中はいつも、この窓から運動広場で行われている剣技の練習を覗いていたに違いない。
王太子にべったりとくっついている割には気が多いことねと思ったけれど、そこではたと思い当たる。
うああ、これは悪役令嬢の特質だわ!!
ゲームの主人公が誰をヒーローに選んだとしても敵役としてからめるように、全ての攻略対象者に同時並行で秋波を送っているというか、情報収集をしているのだろう。
いや~ん、ルチアーナったら傲慢お嬢様なだけではなくて、気も多いなんて。この、欠点だらけ令嬢め!
なんてふざけている場合ではない。
一家での追放を避けるためにも、まずは全ての攻略対象者から距離を置くというのが、絶対にして堅守すべき作戦だったはずだ。
私は気を引き締めるため、机の横に掛けていたバッグを開けると、休んでいる間に書きつけてきた、『機密文書』と表紙に書かれた一覧表を取り出した。
……ふはは、私を舐めてもらっちゃ困る。
これでも前世では毎晩毎晩、飽きもせずに『魔術王国のシンデレラ』をプレイしていた熱心なゲーマーだったのだ。
攻略対象のリストアップなど朝飯前だ。
問題なのは、このゲームは攻略対象者が多いと有名だったことだ。学園内だけでも4人いる。
私は一覧表のうち、『学園内』と書かれたページを見つめた。
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『魔術王国のシンデレラ☆学園内攻略対象者一覧』
1 王太子、エルネスト・リリウム・ハイランダー。
2年Aクラス(同じクラス)。18歳。
普段はミドルネームを忌みて、省略することが多い。
2 隣国の第2王子、カール・ニンファー。
2年Aクラス(同じクラス)。17歳。
3 筆頭公爵家の嫡男、ラカーシュ・フリティラリア。
2年Bクラス。19歳。
エルネスト王太子の従兄。
4 公爵家の3男、ルイス・ウィステリア。
1年Aクラス。15歳。
代々強大な魔力を持つ公爵家の一員。
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一読した私は、ふひーっと息を吐き出した。
うわー、改めて見ると、さすが攻略対象者だけあって、全員が高位者だわね。
1,000人集まっても1人も混じらないと言われる、王族と公爵家しかいないなんて。明らかに異常な集中具合だわ。
くわばら、くわばら。私は君子ですから、絶対にこの4人には近付きませんよ。
「……ええ、ええ、この4人だけは、絶対無視だわ。完全無視のムシムシ作戦よ」
私はいつの間にか一覧を両手に掲げ持ち、間近に覗き込みながらぶつぶつとつぶやいていた。
この4人から逃げ回ることが命題だと、本当に熱心に一覧を覗き込んでいたため、その中の一人に話しかけられるまで、至近距離まで近付いてこられたことに気付かなかった。
「―――なぜ、私の名前が書いてある?」
そう質問されて初めて、私は私のすぐ横に人が立っていることに気付いたのだった。