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3 新生ルチアーナ 1

「ごきげんよう、皆さま」


2日半学園を休んだ翌日、今日こそはと意気込んで私は学園に登園した。

そして、控えめな表情を作って挨拶をしたつもりだったけれど。


「まぁ、ルチアーナ様! ルチアーナ様からご挨拶いただけるなんて、至極光栄ですわ!」

「ああ、相変わらずお美しい! 微笑んだ姿は、大輪のバラも恥じらう程ですね!」

「ルチアーナ様がいらっしゃるだけで、ぱっと世界に光が差すようだな! この2日間は、学園もどんよりと曇っていたはずだ」


あれあれ、おかしなことになっているわよ。


私は精一杯控えめな態度を装ったつもりだけど、どうやら皆が感心するくらいには、堂々とした煌びやかな態度だったらしい。

とはいっても、全員が私よりも格下の家柄出身だから、おべっかを使っているだけかもしれないけれど。


けれど、まずいことに、16年間高飛車な侯爵令嬢として生きてきたことは事実で。

そして、その16年間生きてきたルチアーナの人格も、確かに私の一部なわけだ。


今朝がた、窓越しにぱらぱらと雨が降っているのを見て、「今日はお休みしようかしら」と考えたことを思い出す。


改めて確信したけれど、ルチアーナには体の隅々まで怠け者思考が身についている。

約30年間の前世での堅実生活を打ち消す程の、怠惰なダメ令嬢の生き方を改めないと、あっという間に1年経過して、何の手立ても打てないまま一家で放逐されることになってしまうわ。


ダメダメ、そんな生活は! しばらくは怠け心との戦いね!


ぐっと片手で握りこぶしを作ると、私は心の中でそう決意した。


そして、いやいや、もう一つあったわと思い出し、もう一方の手でも握りこぶしを作る。


そうだった、私は二重苦だった。怠け心に加えて、無意識に魅力的に振舞おうとするこの態度を、どうにかしないといけないのだ。

やるわよ! 何たって、私は何事にも控えめな元・日本人。

誰からも気に留められなくなるという、「路傍の石作戦」を頑張るわ!


改めてそう決心した私は、おとなしめな(と自分では信じている)笑みを浮かべると、そそそと取り巻いている人々から離れた。


前世の記憶が蘇ったからか、3日ぶりに訪れる学園はとても新鮮に映った。あるいはこの世界自体が。


前世の私からすると、この世界は存在自体が不思議な場所に思われた。

剣と魔術とドレスの世界。

スマホと科学とスーツの世界で生きていた私からすると、全く原理が異なる場所だ。

そして、そんな世界を端的に表しているのが、この学園だった。


―――王国王都の北側にある、高い白壁で囲まれた小さなお城、それがリリウム魔術学園だ。

元々は、湖が好きな初代国王の妃のために建てられた離宮だったという。

つまり、湖に浮かぶ島の上に築かれた王家の城を改築したもので、豪華で美しい造りとなっている。


ただし、位置的には王都の中心から少し離れているため、通学が困難という理由もあり、全ての生徒は敷地内に併設されている学生寮で暮らしていた。

といっても、生徒のほとんどが上級貴族の家柄出身という特殊事情を鑑みて、一人分が5部屋からなる豪華仕様だ。


内訳は、居間、私室、寝室、キッチン、侍女用の部屋で、侍女用の部屋があることからも分かるように、通常の生徒は寮での生活用にと1~2名の侍女を伴っていた。

かくいうルチアーナも普段は学生寮に住んでいて、2名の侍女に身の回りの世話を頼んでいる。

喉が渇いた時に紅茶を淹れてもらう時とか、ルチアーナの着替えの時とかのために。……うん、今の私なら全部自分でできるな。


さて、リリウム魔術学園の校風は「自由と誠実」だ。

自由を掲げているせいか、結構色々とゆるい。


たとえば、入学時の年齢は、その年に15歳になる者、あるいは、それより上の年齢であれば問題ない。

そのため、2年生のクラスには私と同じく16歳が一番多いけれど、17歳とか、王太子のように18歳とかもいてばらばらだ。


次に、私の学問知識がぱっとしないことからも分かるように、学園の成績管理は厳しくない。

試験はあるものの、あくまで本人が自分の学力を把握するため、もしくはクラス編成などの生徒管理のために学園側が把握するためのものであり、個人に配布する成績表はなかった。


そもそも、この学園は伯爵以上の上級貴族の子弟であれば誰でも入学できる。

ハイランダー魔術王国では魔力が強い者が優れていると考えられ、魔力が強い者が多い上級貴族の子弟は未来の重臣候補と見做されての措置だ。


このことからも分かるように、上級貴族に必要なものは必ずしも勉学の知識ではないというのが学園の考え方だった。


そも勉学の知識が欲しければ家庭教師に教わればいい話で、なぜ、綺羅星のごとき上級貴族が集まる場所で、せこせこと机上での個人作業に勤しまなければならないのか。


学園が育てたいのは単なる物知りではなく、物の見方や考え方、人生を設計する能力を持った人物だ。

そのため、学園が推奨しているのは学生同士の意見交換や共同作業で、綺羅星たちの切磋琢磨により複合的・総合的な物の見方を身につけさせる―――それが、学園の掲げる最終目標だった。


そんな学園の制服には、青と白のコントラストが効いた色合いの伝統的なスタイルが採用されていた。

男性はズボンタイプの、女性はドレスタイプの作りとなっており、男性は袖口に、女性は全体にレースが飾られた、制服とは思えない煌びやかな仕様だ。


特に有名なのは制服に使用している青い色で、その特殊な青は学園名にちなんで「リリウムブルー」と呼ばれ、王都の若者たちの憧れの色となっていた。

学園外では制服の着用は義務付けられていないけれど、リリウム魔術学園の生徒であるということが最高のブランドのため、学園の外でも好んで着用する者が多い、なんて話が語られるくらいには。


私は制服の生地を指でなぞると、その触り心地のよさに目を細めた。

全く、どんな材質を使ったら、こんな触り心地になるのかしら。

制服の金額は不明だけど、間違いなく前世の私の月給よりも高いわね!


私は教室に入ると、教室奥の窓際、その最後列にある自分の席に座った。

季節毎に行われる座席決めは、基本的に生徒同士の話し合いによって決定される。

つまり、学園内の権力者であるルチアーナが、意図的にこの席を選んだことは明らかだった。


……ここだと、前の席に背の高い生徒がいたら、前がよく見えないわよね。

そして、私から教師がよく見えないということは、教師からも私がよく見えないということだ。


ルチアーナったら、全ての行動に怠け心が出ているあたり、本当にダメ人間ね!

けれど、新生ルチアーナはそれでは生き延びられないんだから。

そう考え、冬の座席決めの時には、1番前の席にしようと心に決める。


座ったまま机の引き出しを開けると、置きっぱなしにしていた教科書が何冊も入っていたので、取り出して表紙を眺めた。


王国共通語、王国古語、数学、音楽、天文学、魔術理論、魔術実践書。


残念なことに、ルチアーナの頭の中には、学園で学ぶ授業科目すら入っていなかったので、私はやっと、学んでいる科目が何かを知ることができた。


なるほど。こうやって見ると、確かにどれも生きていくうえで必要そうね。

天文学や魔術関係の教科書があるところが、乙女心をくすぐるけれど。


けれど、ダメダメ。今はそんなことを言っている場合ではないわ。

新生ルチアーナは、学問第一令嬢に生まれ変わるんだから。

私に何が向いているのか、何をやってお金を稼ぐことができるのかを見極めるためにも、全てを全力で学ぶわよ!


そういえば、前世の私は、『学生はいいわー。勉強だけしてればいいんだから』……なんてことを、だらだらとお菓子を食べながら口にしていたわよね。

あれは就職した以上、学生には戻れないことが分かっていたからこそのセリフではあったのだけれど、久しぶりに学生に戻ってみるとどうなのかしら?

やっぱり、学生はいいなって思うのかしら?


そう思いながら、私は教科書を開いたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 大聖女を呼んだせいでルチアーナは時々フィーアを思い出してしまう。面白い
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