ヴィラン ③
「……という訳で、頼んだぞ」
「無茶言うなぁ、でもええわ。 その作戦乗ったで!」
ヴィーラと距離を取り、僅か数秒のやり取りだがそれだけで十分伝わったようだ。
即座に離散し、ヴィーラからの弾幕を避ける。 互いに大きく回り込みながら挟み撃ちにする形だ。
「ハク、黒いやつの準備出来るか?」
《……出来ても数秒ですよ、あれは強力ですが周囲を巻き込むリスクがあります。 今のマスターのコンディションでは熱量を制御しきれるか怪しいです》
「1秒で良い、その1秒でケリをつける」
《えぇー……しょうがないですね、あとで説教です》
「いや、なんで怒られることが前提なんだ?」
《どうせロクな使い方しないでしょあなたは》
その言葉には沈黙で答え、地を蹴る足を加速させる。
ヴィーラはというと、二手に分かれた俺たちを前に一瞬目標に迷ったようだが、すぐさま狙いを俺へと定めた。
「随分嫌われたもんだ……なっ!!」
弾き飛ばされた土塊を蹴り砕き、すかさず身をかがめる。
案の定、砕いた土塊にビッタリ隠れて飛んで来た本命の二発目が頭上を掠めて行った。
「しぶっといなぁ!!」
「なーによそ見してるデスかねぇ!!」
「木っ端の相手なんていちいちやってられるかよ!!」
花子ちゃんの銃撃は盛り上がった土壁によって防がれる。
実体のない電撃の弾は土に阻まれ、ヴィーラには届かない。 そしてこの壁は攻撃にも使われる。
「花子ちゃん、避けろ!!」
「あいあい、了解デース!」
壁に阻まれた花子ちゃんサイドからは死角になっているが、ヴィーラにとって盛り上がった土の壁は格好の弾だ。
だるま落としのようにヴィーラが壁を打ち出す瞬間、掛け声を合わせて回避を促す。
「チッ、鬱陶しいなぁイチャイチャと!!」
「二人掛かりなんだ、協力プレーはさせてもらう!」
拒絶の魔法は驚異的だ、だがあくまでヴィーラの身体は1つ。
1か所に固まらない限り、俺たち2人を同時に処理することはできない。
《マスター、こっちはいつでもいいですよ。 タイミング決まったら合図ください!》
「了解!」
発動のタイミングは決まっている、今は距離を詰めながらその瞬間を窺うしかない。
必ず機会は訪れる。 ヴィーラだって俺たち2人に近づかれるのは好ましくないはずだ。
―――――もう一度、全力で拒絶の魔法を振るった時が最大の好機だ。
――――――――…………
――――……
――…
「チッ……!」
心がざわつく、嫌な予感がする。 あいつらの接近を許してはならないと私の中の何かが言っている。
別に近接戦が出来ないわけではないが、一度踏み込まれると獲物の都合上こちらが不利になる事はさきほどあのブルームスターとかいう奴に示された。
向こうもそれをわかって二手に分かれたのだろう、零距離戦闘に持ち込めば勝機があると踏んで。
「鬱陶しいし厚かましいなぁ……! その程度で勝てるなんてさァ!!」
もはや魔力の底はとうに尽きているはずだというのに、搾りカスの体からは限界を超えた魔力が抽出される。
これもローレルから与えられたアレが原因なのだろうか、もしすべてが彼女の掌の上だというのになら――――
「……違う、迷うな。 どうせ選択肢なんて残されてないんだ……!!」
あいつが描いたバカみたいな脚本をぶち壊すには、あいつの力を借りるしかない。
その上でローレルの馬鹿野郎が考えた予想を上回る気合いがなければ、魔女に勝利はないのだ。
「ヴィーラ!! それ以上は――――」
「――――根本から違うんだよ、私とお前たちはぁ!!」
誰も彼もが魔法の力で、光の中を歩けるわけじゃない。
誰もが皆恵まれてるわけじゃない、救われるわけじゃない、心が強いわけじゃない。
ローレルのクソヤロウはぶっ潰す、だけどわたしたちには「魔女」という逃げ道が必要なんだ。
「お前たちに私達の全部を否定させない! ぶっ潰れろツ!!」
「おいおい、オレを無視するんじゃねえ!!」
あと数歩の所まで距離を詰めていた電撃使いが、赤い特攻服を翻してその手に持った剣の先端を――――ぶっ飛ばしてきた。
一瞬だけ面喰らったが、所詮一発限りの飛び道具。 拒絶を纏った槌を自らの足元に振り下ろし、私を中心に巻き起こる土砂の防壁で遮る。
実体がある分銃弾より貫通力を備えたそれは、辛うじて土砂の壁を貫いたようだが、軌道が反れたのかあらぬ方向へと飛んで行った。
「チッ……」
「バーカ! 刃のない剣で何ができる!!」
残ったのは刃を失ったナマクラを握る隙だらけの魔法少女が一人、今のが本当に苦し紛れの奥の手だったのだろうか。
……おかしい、なんで私はいままでこんな魔法少女1人を相手に手こずっていたのだろうか。
「悔しいなァ、おい……ここまでお前の読み通りなんてよ」
「……? ――――!!」
脳裏を過った疑問、しかしその不自然すぎる違和感はすぐに払拭される。
バカか私は、何故忘れていた? 私が戦っていたのは「2人」だ!!
「―――――きっかり1秒だ、俺の事をまた忘れてくれたな?」
「ブルーム……スター……!!」
振り向いたそこには、ブルームスターの姿。 その距離は鼻がくっついてしまいそうなほど近い。
何故? 拒絶の斥力は土砂ごと全周囲に放出していたはずなのに。
その答えはブルームスターの肩に突き刺さった剣先が教えてくれた。
「電、磁力……!?」
「ああそうだ、花子ちゃんに引き寄せてもらった。 羽箒の推進力も合わせてなんとか突破できたよ」
迎撃、防御、回避、どれも間に合わない。 大技をぶっ放した直後の私はそこに転がる赤い魔法少女と同じく隙だらけだ。
そして腹部に押し当てられた掌は、その内に握る石礫を射出しない限り私を逃がしてはくれないだろう。
「……悪いな、ヴィーラ。 歯ぁ食いしばれ」
――――ー撃ち抜かれた熱い衝撃は、もはや限界を超えていた私の身体を止めるには十分な威力だった。