蛇蝎の如く ③
不味いと気づいた時にはもう遅かった。
チリチリと感じる肌の熱さは錯覚ではない、先ほど垣間見た圧倒的熱量が今私達を飲み込もうとしている。
防御は間に合わない、見かけどおりの威力ならこの僅かな猶予で練り上げられる防壁など容易く消し炭になる。
「シル――――」
「だ、駄目だオーキス!」
地面を切り裂き、またあの異空間へと緊急回避しようとオーキスがこちらに視線を向ける。
しかしそれは出来ない、深く潜るよりも早くあの熱線は地中ごと辺り一帯を焼き削る。
それにこの手の内の少女含め、気絶して逃げられない魔女たちが残っている。 見捨てて逃げる訳には――――
「…………えっ?」
そこで違和感に気付く、周りに人影がないことに。
怪物の乙上によって蹴散らされ、辺り一帯に転がっていたはずの魔女たちの姿がどこにもない。
もしや先に気が付いて我々が気づかぬうちに逃げたのか? だとすればこちらとしても好都合だが。
「シルヴァ、手を!!」
「お、オーキス……お前だけでも……!」
「馬鹿、見捨てられない!!」
オーキスが私の手を取り、片手で気絶した少女を防護膜ごと抱えて駆けだす。
しかし真っ直ぐ逃げるだけではどこまでも熱線は追って来る、道を逸れてやり過ごそうにも僅かでも減速したらその瞬間に焼き尽くされるだけだ。
「お、オーキス! 耐えてくれ! その間に打開策を練る!!」
「は、早くしてねぇ……! わた、わたしもそこまで体力は……ひぃ……!」
2人抱えて走っているのだからオーキスの負担は相当だ、だがお蔭でこちらもペンを綴る余裕が出来た。
一言一句を間違えぬよう、急ぎながらも焦らずに紙にペンを走らせる。
その間にもじわじわと追いかけてくる熱線との距離は縮まっている、果たして間に合うか?
「……大丈夫、間に合わせる……我にはできる……!!」
一人自分を鼓舞しながらも一字、また一字と文字を描く。
あの熱線の威力がどれほどのものか、こちらがどれほどの魔力を注げば耐えきれるか、完全に目測でしかない。
もう猶予はない、すぐにでも展開すべきか? いや、それでまだ耐えきれなければ終わりだ、まだだ、まだ――――
「―――――あっ!」
とうとう最後の一行が書き終えるかという時、迫る熱量に耐えきれず、抱えた本が端から発火した。
咄嗟に燃え広がる前にページを破り捨てるが、完成間際だった術式がこれで崩れてしまった。
「っ……! すまぬ、オーキス! もう一度……!」
「だ、大丈夫……! 私もぉ、頑張るからぁ……!」
自分を罵りたくなるが、泣き言を叫ぶような暇もない。 まずは目の前の脅威を退けなければ話にならないんだ。
だがしかし、再度術式を練り上がるのを残された時間はあまりに少なく――――
「く、うぅ……! すまぬ、オーキス……! 間に合わな――――」
「―――――うわあああああああああ!!!!」
「……!?」
空から私でもオーキスでもない絶叫が響き渡る。
見上げてみれば、迫りくる熱線を掠める様にしてこちらへ飛び込んでくる赤い魔女の姿があった。
……それは、さきほどまで銃を片手に私を追い廻していた魔女だった。
「手! 手伸ばせ!! 早く!!」
「え、あ……わ、分かった!」
「シルヴァ!?」
どういう訳か赤い魔女の背にはクジャクのような美麗な翼が生えていた。
クジャクが飛べるのか、とか何故助けてくれるのか、だとかはひとまず頭の隅に追いやる。
ともかくこの状況から逃してくれるなら手を伸ばすほかない。
「ぐぬぬ、おっも……! しっかり、掴まってろぉ!!」
「「失礼な!!」」
思わず二人そろって声が出るが、3人抱えてなおも飛ぼうとしているのだから無理もない文句だ。
だがそれでも重いと言われたら憤慨するのはしょうがないと我思う。
「ね、ねぇ大丈夫!? 飛べる!? そ、速度落ちてるんじゃないかなぁ!?」
「つ、掴まってろと言っては見たけど……やっぱ定員オーバーだぁ!!」
「い、いや大丈夫だ……これなら間に合う!!」
片手で抱えた本のページを歯で噛み千切り、忌々しい熱線へ向けて吐き捨てる。
終盤が燃えてしまったせいで効果は減衰してしまうが、それでも盾として数秒持ち堪えてくれるはずだ。 今はその数秒に値千金の価値がある。
目論見どおり、紙片から発生する見えない壁が熱線の進行をわずかにだが押しとどめてくれた。
「今だ、飛べ!」
「ふぎぎぎぎぎぎ!! 頑張れ私の羽ぇ!!」
ピシピシとガラスにひびが入るような嫌な音を聞きながら、少しずつ私達の身体が浮上していく。
もっと、もっと、もっと、あと少し、もう少しで――――
―――――防護結界を貫いた熱線が、私の足元を掠めて行った。
「…………た、助かったぁ……!」
「ゆ、油断するなよ! もう一発飛んでくるんじゃないか!? 何なんだあれ、何だあの怪物!?」
「多分チャージが必要だからすぐには飛んでこないよぉ……他の魔女も、あなたが?」
「そ、そうだよぉ何か悪いかぁ!? あんなの暴れたら皆大変な事になるだろ!?」
「へぇ、そっかぁ……良かったねぇ、シルヴァ」
「う、うむ……」
空を飛ぶ魔女の視点から見下ろすと、何とか原形をとどめている建物の屋上に積み上げられている魔女たちの山がうかがえる。
この魔女がさきほどから飛び回りながら、気づかぬ間に魔女たちの避難を済ませてくれたのか。
「わ、私は生きたいから魔法少女を狙うけど……横取りされたりなぁ、他の魔女を蹴落としたいわけじゃないんだよぉ! 何なんだアイツ!!」
「あー……この子、そういうタイプだねぇ」
「ど、どういう意味だぁ!?」
臆病だが根はきっと真面目なのだろう、でなければ危険を冒してまで他の魔女を助ける道理がない。
「なるほどねぇ……この子、使えるかなぁシルヴァ?」
「わ、我は一般人を巻き込みたくはないが……状況が状況よなぁ」
「……え、何々? 私なんかさせられるのか?」
煙が完全に晴れ、怪物たちがこちらを捕捉するまでまだ少し猶予がある。
その間に、空の上ではこそこそと密談が進んでいた。